第15話 婚約(2)

 

 本日はフィリップ様が婚約の挨拶にいらっしゃるそうです。

 エバン兄様がおっしゃっていたように、王都で上級魔道具職人として忙しくしていられるそうなので申し訳ない気持ちですが……正直嬉しいです。

 ですが、少しだけ不安な気持ちもあります。フィリップ様はこの婚約をどう思っていらっしゃるのでしょう……本当は婚約などしたくないと断られるのではないか。そんなことを考えては落ち込んでしまいます。それでもフィリップ様がいらっしゃるのを楽しみにしている自分もいて……


 フィリップ様が挨拶にいらっしゃる事を知った数日前から何度も何度もドレスやアクセサリーを選びなおし、使用人やデボラ、お母様やリーリアにも変なところがないかチェックしてもらいました。


 家では効率重視のためほとんどお仕着せ姿なので余計に、落ち着かない気分のまま待っていると、屋敷の前に馬車が止まりフィリップ様の訪問が知らされました。


 先駆けの知らせは前もって届いていたので、慌てることはなかったですが、もう1度デボラに身支度をチェックしてもらってから応接室へと向かいます。

 もちろん、本日は特別な日ですので魔道具は必須ですわ。


 「デボラ、本当に変なところはないかしら?」

 「ええ、お嬢様。お綺麗ですよ」

 「ありがとう」


 ドレスを破らないよう、はやる気持ちを抑え、ゆっくり慎重に歩みを進め応接室へ向かいます……すぅーはぁー


 力を抜いてそーっとノックをします。デボラにお願いすればよかったかしら……


 コンコン……


 ふう……魔道具のおかげでしょうか?うまくノックできましたわ!


 「イレーナです」

 「入りなさい」

 「はい、失礼いたします」


 応接室にはすでにお父様とお母様、エバン兄様とフィリップ様がいらっしゃいました。


 あら、どうしてエバン兄様もご一緒なのでしょうか?


 「おお、来たかイレーナ」

 「はい。お父様」

 「イレーナ、気合入ってるな」

 「もうっ、エバン兄様ったら」


 あのパーティー以降、何度も思い出していたフィリップ様の視線がこちらへ向いているというだけでドキドキしているんですのよ……変なこと言わないでください!粗相してしまったらどうするのですか!魔道具だって万全じゃありませんのよ。


 「うむ。うちとしてはイレーナが迷惑をかけるとは思うがよろしく頼む」

 「はい。こちらこそよろしくお願いいたします」

 「ええ、イレーナはエバンほどではないから安心してね」

 「……はい」


 そういってお父様とお母様は機嫌よく部屋を出ていかれました。

 エバン兄様ほどでないとはどういう意味でしょうか? ……まさか、フィリップ様もエバン兄様のリーリア愛に振り回されたおひとりなのでしょうか?

 挨拶もすでに終わってしまったようですが……わたくし来るのが遅すぎたのでしょうか。それともノックに時間をかけすぎたのでしょうか……ですが、フィリップ様に婚約を断られた様子がなくひとまずホッといたしました。


 「さて、お前らどうせ話すことに困るんだろ」

 「「…………」」

 「ここで、エバン様の出番だ……イレーナとりあえず庭でも案内しろよ」

 「ええ、エバン兄様……わかりましたわ。フィリップ様こちらへどうぞ」

 「……ああ」


 みんなが気を利かせ、遠巻きに見守る中わたくしはフィリップ様を庭を案内いたします……その視線、まさかわたくしが粗相をしないようハラハラしていませんか?大丈夫ですわ!何も触れなければ壊しようがありませんもの。


 「こちらがエバン兄様が落ちかけた井戸で、あちらがぶら下がって枝を折った木です。そしてそちらの大きな花壇はリーリアに花をプレゼントするためエバン兄様が育てている最中ですわ」

 「なぜ、エバンに関する場所ばかり……」


 こういう時はどういうことを話せばいいのでしょう?なぜか、エバン兄様のことばかり話してしまいましたわ……


 「そうですわ……先日、ライナス様とアナベル様にお会いしてまいりました。とても素敵な時間を過ごさせていただきましたわ」

 「そうか。祖父母からも大変楽しかったと聞いている」

 「そうですか、嬉しいですわ。フィリップ様は魔道具職人でいらっしゃるのですよね」

 「ああ、その魔道具も私が作ったものだ」

 「まぁ、そうなんですね……ありがとうございます」


 フィリップ様が作った魔道具を身につけていたなんて……全てそうなのでしょうか。いえ、上級魔道具職人の方だって1人ではありませんもの。ですが、これは壊れてしまった後も大切に残しておきましょう。


 「なぜ、礼を言う?」

 「だって、魔道具があることでどれだけ助けられたか知れませんもの」

 「……そうか」


 イレーナ、聞くのなら今しかありませんわ……すぅーはぁー


 「あの……フィリップ様はこの婚約、ご迷惑ではないでしょうか」

 「……いや、いつかはすることだから問題ない」

 「そうですか……よかったです」


 嬉しいけれど、ほんの少しさみしいような……

 わたくしはおそばでお話しできるだけで嬉しいのですが、フィリップ様はどうお思いなのでしょう……


 「そういえば、先ほどのお母様のお言葉……フィリップ様はエバン兄様に振り回されたのでしょうか?」

 「ああ、エバンの暴走を止めるためにな……」

 「では、アランともお知り合いですね」

 「アランもエバンにかなり振り回されたひとりだな」

 「やはり……リーリア絡みでしょうか?」

 「そうだな……彼女が王立学院を卒業してから急にひどくなったな」

 「学院時代は、3日に1度は一緒にいましたもの……ですが、その時はそんな様子、微塵も感じなかったのですけれど……」

 「あー、それは……会えなくなってからいろいろと自覚したようなんだ」

 「自覚ですか……」


 リーリアという言葉につられたのかエバン兄様が


 「おいっ、イレーナ! 今リーリアって言わなかったか?いや、言ったはずだ!」


 そんなに遠くにいて、よくリーリアと聞こえましたね……執念を感じます。


 「ええ、エバン兄様。兄様がリーリアのために育てている花壇を紹介していたところですわ」


 ええ、他のことも話していたと知ればうるさくなるので秘密です。


 「そうか、俺のリーリアのための花壇を紹介したのか? どうだフィリップ、美しいだろう? 俺のリーリアへの愛を参考にするといいぞ」

 「……お前のは特殊だからやめとく」

 「おいおい、俺は溢れんばかりの想いをリーリアに伝えているんだぞ? 口下手なお前はオレを見習ったとしても普通より無口だろ?」

 「……そんなに無口か?」

 「ああ、フィリップ……お前、自分で思ってる3倍は無口だぞ……さらに表情筋が仕事をしてないぞ、もっと笑えよ」

 「……そこまでか。いや、面白くもないのに笑うのはおかしいだろう」

 「はぁ? オレなんかリーリアのこと考えただけで笑顔になるけどな」


 そういうそばからエバン兄様はリーリアを思い笑顔になっています……少し、にやけすぎではないかしら。

 フィリップ様はそんなに無口でいらっしゃるのですね……元から無口なだけでわたくしといるのが嫌で話さないのでないとわかり、少しホッとしました。


 その後も庭に用意されたテーブルと椅子でお茶を飲み、エバン兄様をはさんでですが楽しい時間を過ごし……といってもエバン兄様も話題の9割はリーリア関連でしたけど。あっという間に時間が経過してしまいました。


 「お嬢様、そろそろお時間かと」

 「まぁ、そうなんですのね」

 「……王都まで時間がかかるからな。イレーナ、そんなに残念そうにするなよ」

 「エバン兄様も帰られるんですよね」

 「ああ、そうだ……お前ら俺に感謝しろよっ! せっかくの貴重な休みをリーリアから頼まれたから仕方なく、ほんっとーに仕方なくこっちに来たんだからなっ」

 「そうでしたの……エバン兄様、ありがとうございます。リーリアにはわたくしからもお礼を言っておきますわ。フィリップ様、本日は遠いところありがとうございました。お気をつけて」

 「ああ……ではまた」

 「じゃあなっ!」


 ではまた。ですって! 次回があるんですのね? そう思っただけで顔がほころんでしまいます。

 今度はエバン兄様の力を借りずに楽しい時間を過ごしてみせますわっ!


 小さくなっていく姿を見送った後も、そわそわと落ち着かないので……すこし時間は遅いですが、お仕着せに着替えて日課をこなすことにします。

 金属をこねながら思うのは……


 「いつか、フィリップ様にわたくしから直接プレゼントしたいですわ……」


 まだ、そんな勇気は出ないのですけど……

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