第13話 娘の運命?  〜side ウィルソン・ロベール〜


 学院を無事卒業したイレーナが精霊石を粉にしたいと言った時は驚いた。学院で勉強してロベール家が産地であると知っていたらしい。それで自分にもできることをしたいとお願いに来たのだ。


 だが、同時に嬉しくもあり庭の片隅にかなり頑丈な造りのイレーナ専用小屋を建てた。

 服装については汚れてもいいようお仕着せ姿だと言い張るイレーナに当初は難色を示したものだが、イレーナが小屋にフリフリドレスで出入りすれば目立つ上作業効率が悪いし、すぐにドレスがダメになってしまうと訴えに渋々許可を出した。


 イレーナが精霊石を粉にしてくれるお陰で、領地の経営も以前より好調になり、イレーナの魔道具にも存分に金をかけてやれる……本人は魔道具に金がかかることを気にしているようだが、話に聞くドレスや宝石を後先考えず散財する娘よりよっぽどいい。


 苦労して開発した金属をイレーナが簡単にこねたと報告を受けた時は流石に開発が無駄に終わりガッカリしたが……イレーナが妻やエミリアに作ったアクセサリーを見た瞬間それも吹き飛んだ。

 デボラからは報告だけで実物は見ていなかったんだった……そういえば、最近使用人がブローチをつけていると聞いたな……男の使用人も花のブローチなのかとアンドレに聞き返した気がする。アンドレは見えないところにつけていると言っていたような……ああ、やはり花のブローチなんだなとひとり納得したものだ。

 


 「あら、あなた。わたくしも作ってもらいましたの。どうでしょう」

 「あ、ああ……とても似合っている。美しいな」


 イレーナはさっさとお茶を飲みに行ってしまった。妻は百合で、エミリアは薔薇か……うむ、似合っているな。

 開発した金属をこんな風に使うとは思いもよらなかったが、私にはいつ作ってくれるんだろうか……


 「そうでしょう?」

 「こんな才能があったのか……」

 「ええ、イレーナは自信がないようですけどこれは流行りますわ。ブランド名は『エタンセルマン』ですから」

 「ふむ、そうか……ん?ブランド名?」


 息子たちがイレーナにアクセサリーを頼んでいるのを尻目に……私の分も頼むとは言いづらいな……


 「そうです。お店を作るのです。準備はお願いしますね。イレーナにはわたくしから伝えますので」

 

 ルシアの助言もあり、イレーナの将来を考え……というのも今のところイレーナにふさわしい男が見つかっていないのだ。

 『エタンセルマン』を領地にオープンさせた。かなり短期間での開店となり私もイレーナも大変だったが、その甲斐もあったというものだ。その後、イレーナは私にも家紋のモチーフのブローチをプレゼントしてくれた。何も言わなかったのに作るとはさすがわたしの娘だな。

 見事な出来なので、社交の場でも身に付けることにする。今までは家族や恋人のためだと考えていた男性たちへの宣伝効果は抜群だった。あれなら、私でも流行の最先端を身につけられるとな。

 『エタンセルマン』はあっという間に人気店となり今でもかなりの利益になっている。



 あの時開発していた金属は後に素材を組み合わせ剣や防具にもなる強い素材へ変貌をとげた。イレーナがアクセサリーを作る金属はそのままにしてあるが。

 全ては愛娘のため……イレーナがスプーンやフォークを曲げてしまわないように、皿やコップを割ってしまわないように始めたことであったが、それは『エタンセルマン』よりもロベール侯爵家に多大な財をもたらした。

 イレーナにも『エタンセルマン』の利益を分け与えつつ、イレーナのすべてを包み込んでくれる男を探しているが、まだ見つかっていない。




 ◇ ◇ ◇



 エバンの婚約パーティーが、特に問題も起きずホッとし、アンドレの入れたお茶をルシアと楽しんでいるとイレーナが部屋に飛び込んできた……イレーナ、衝撃でドアが壊れたんだが。そのドアの繊細な装飾が気に入ってたんだぞ……


 「なにごとだ、イレーナ」

 「はい!お父様、わたくし運命の方を見つけましたの!」

 「……運、命だと?」

 「ええ、エバン兄様のお友達で私のこの魔道具を作っていらっしゃるフィリップ・ベルナー様ですわっ」


 その男なら知っている。ベルナー侯爵家の次男で今は上級魔道具職人をしていて、わたしも何度か会ったことがある。

 そしてエバンの起こす騒動にかなり巻き込まれ、アランとフィリップ・ベルナーと後ふたりくらいだったな……エバンのアドバイザー兼ストッパーをしてくれた男でもある。それがなければどうなっていたことか……



 「まぁ、イレーナが運命の方を見つけるなんて……」

 「うむ……なぜそう思ったのだ」


 頬を染めたイレーナが


 「……今日のパーティーでフィリップ様を鑑定させていただいたんですの。内容は口外しないと約束したのでお父様にも言えませんわ」

 「では、協力できんな」

 「そんなっ」

 「ねえ、イレーナ。わたくしたちが誰かに言いふらすとでも?」

 「いえ、お母様やお父様はそんなことなさいません」

 「では、教えてくれてもいいのでは?」

 「わかりましたわ。そのかわり絶対に口外なさらないでくださいね」

 「「わかった(わ)」」

 「フィリップ様は……【無効化】スキルをお持ちだったのです」

 「なんと」

 「まぁっ!」

 「ええ、驚きですのね……わかりますわ」

 「それは本当なのか」

 「わたくしが直接鑑定させていただきましたから間違いないですわ」


 まさか……彼が【無効化】スキル持ちとはな。だが、あれほど結婚に消極的だったイレーナが運命というほどだ。家格としても問題ないし、なにより父としてイレーナの力になってやらねば……


 「ふむ、イレーナは彼となら結婚を考えるのだな?」

 「……お父様、結婚だなんて! そんなっ」


 うむ、満更でもなさそうか……


 「父に任せてしばらく待っていなさい」

 「そうよ、いレーナ。ウィルソンに任せておけば心配ないわ」

 「ええ、わかりましたわ。お父様、お母様」



 しかし魔道具職人か……

 魔道具は主に2つに分かれる。生活に使用される魔道具とイレーナが使うような魔道具だ。


 それを作る魔道具職人も2つにわかれ、生活に使う一般的な魔道具を作るのは魔道具職人と呼ばれ、特殊な効果が得られるものを作るのは上級魔道具職人と呼ばれる。


 魔道具職人は器用さと集中力があれば過去に確立された同じ文字を書き写す(刻む)だけなので比較的容易に目指せる。刻む言葉が決まっている為、魔力なども必要なく(といっても少量はいるが)量産できる。そのかわり、使うたび使用者からわずかに魔力を消費するらしいが……


 それに比べ、上級魔道具職人は器用さ、集中力はもちろん、魔力を引き換えに効果を高めるため魔力量がなければ務まらない。魔力量も青以上が必要で上級の試験でまずチェックされる。


 魔道具に自身のスキルを反映させれる文字があるだけらしく……例えば、【健康】【幸運】【剣術】のスキルを持っているとしたら魔道具を作ったときにランダムに反映される。それを『鑑定の魔道具』か【鑑定】スキル持ちがチェックして選り分けるのだそうだ……時には狙ったスキルが出るまで魔力がなくなるのが先か、スキルが出るのが先か……ひたすら作り続けるのだと聞いたことがある。


 それゆえに、誰でも持っているスキルが多く販売されていて、珍しい効果のスキルは少ない。

 ただし、【付与】スキルがあれば自身のスキルを確実に魔道具に付与することができるので、重宝されるとか。

 そのため上級は魔道具職人でも全くの別物で魔道具職人と比べると上級魔道具職人の人数は全体の1割に満たない。


 特殊な効果がある魔道具として一般的なのは【制御、健康、幸運、長寿】などがほとんどだ。

 『制御の魔道具』は子供などスキルに慣れていないものが怪我などしないように使うため高いが買えなくもない価格設定だとか。

 イレーナが使用している『制御の魔道具』はそれよりも更に効果の高い物を特注している。作り手の魔力の消費量や素材によって効果が小~大に変化するらしい。

 フィリップ・ロベールが【付与】スキルを持っているのは知っていたがまさか【無効化】まで持っているとはな……


 「噂では結婚に全く興味がなく、令嬢のアピールも通じないらしいが……奥方が『エタンセルマン』のファンらしいからまずはそこから攻めてみるか……」

 「ええ……わたくしも情報を集めてみますわ」

 「ああ、お茶会での情報収集は頼んだ」


 時にルシアの情報に助けられることもあるからな。さっそく相手方に連絡を取るべく、頭の中で算段をつけながら、少しぬるくなったお茶を飲みほした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る