第12話 兄と親友の婚約パーティー(2)
リーリアとお喋りをして待っていると、エバン兄様が1人の男性を連れ戻ってまいりました。
エバン兄様は渋々リーリアの言うことを聞き、猛スピードで男性を引っ張ってきています……引っ張られた腕が痛そうです。兄様、きちんと説明してから連れてきたのでしょうか?なんだか困惑しているような気がします……
「彼がフィリップ・ベルナー。俺の王立学院からの友人だ。それで、こっちが妹のイレーナだ。その横にいるのは俺の愛しのリーリアだが、挨拶もしなくていいし、瞳に映さなくていい。いや、映すなよっ!」
背が高く藍色の髪をなびかせ、長い前髪から覗く空色の瞳がわたくしを映します。律儀にリーリアの方から目を逸らしているようです。エバン兄様がご迷惑をおかけします。
「もう、エバン様ったら……リーリア・サルマンディです。今後ともよろしくお願いいたしますわ」
「お会いできて光栄です。イレーナ・ロベールと申します」
「リーリア、よろしくお願いしなくていいんだぁぁ! フィリップ、お前っ! リーリアが挨拶してくれたからって勘違いするんじゃないぞっ!」
「はいはい、エバン様。それは後でお話いたしましょうね……」
「……フィリップ・ベルナーだ」
無口な方なのかしら……まあ、エバン兄様はリーリアのことになるとちょっと……いえ、かなりおかしくなりますから驚かれたのかもしれません……それにしてもリーリアは本当にエバン兄様と婚約してよかったのかしら。
「おいおい、もう少し何かないのか……まぁ、こいつは一部で氷の魔道具職人と呼ばれてるんだが、実際は口下手で他人への興味が薄いだけだ。安心しろよ! 」
あ、エバン兄様が元に戻りましたわ……本当変わり身が早いんですから……安心していいんですの?今のエバン兄様の説明、まさに氷の魔道具職人ではありませんか? ですが、兄様のこの説明にも驚いていないところを見ると相当仲が良く、エバン兄様に振り回され慣れている方なのかもしれません。学院時代からのご友人ならば慣れているのでしょう。もしかしたらアランとも知り合いかもしれませんね。
フィリップ様は確かに遠目から見ても近寄りづらい雰囲気を醸し出しており、周りのご令嬢や先ほどギラギラしていた勇気のある方が何名か声をかけたようですが……あしらわれ撃沈していました。
わたくしもエバン兄様に紹介されなければとてもお話などできなかったでしょう。
「そうなんですか」
「ああ、こいつは学生時代も今も魔道具中毒っていうか、集中すると周りが見えないっていうか……連れ出さないと、ずーっと魔道具作り続けるんだよ」
「それは、言い過ぎだ……学生時代は勉強もしてたからな」
「今は仕事中毒だってことは否定しないんだな?まぁ、ほっといたら今日だって参加したかわからないしなぁ」
「流石に忘れないと思うが……」
まさか、お父様の魔道具作成のお願いのせいでお仕事に支障があったのでしょうか……あ、お父様も依頼もお仕事でしたわ。
「そうだフィリップ、イレーナは鑑定スキル持ちなんだぞ」
「そうか……」
エバン兄様ったらまたアレをやらせようとしていますわ。
エバン兄様は面白がってご友人が家に来るたび鑑定させようと私を呼ぶのです。そのせいでわたくしが鑑定スキル持ちだと貴族の中で噂が広まってしまいました。
鑑定スキル自体は強みになるので大きな問題にはなりませんでしたが、鑑定スキル目当ての縁談が増え、お父様が頭を悩ませておりました。その縁談にはなかなかよいお話もあったそうですが、お相手は怪力のことをご存知ありませんから……
まあ、わたくしが本気で怒ると兄様の大事な剣を折ることなど容易いという事を分かっているので本気で嫌がることはされません。そしてもうひとつ……リーリアに言いつけますと言えば引き際をわきまえてくれるようになりました。そういえばフィリップ様が家へ来たことはありませんでしたわ……すでに鑑定させていただいていたら覚えているはずですもの。
「エバン兄様、ご迷惑ですわ」
「いや、そんなことは……」
「フィリップもこう言っているし、鑑定してみろよ」
「フィリップ様。本当に鑑定してもよろしいのでしょうか」
断るなら今しかないです……
「エバンの妹君なら触れ回ったりもしないだろう?」
「それはオレが保障しよう」
「では、失礼いたします」
「ああ」
***
名前:フィリップ・ベルナー
年齢:20
スキル:記憶力、無効化、制御、付与
職業:侯爵家次男、上級魔道具職人
***
うそ……嘘、うそっ。これはっ!噂に聞く【無効化】スキルではありませんかっ!
【無効化】スキルとは相手や物に触れると一定時間効果が無効化するというものです。
つまりわたくしの怪力も無効化されるのです!
「うん?……触れなくて良いのか?」
「ああ、イレーナは本人の許可さえあれば鑑定できるんだよ……あまり遠い距離は無理だけどな」
少し目を見開いたフィリップ様……まぁ、綺麗な瞳の色ですこと晴れ渡る空のようですわ。それにしても先ほどから周囲の女性の視線が痛いです。注目の的です。本日の主役がいるだけでなく、フィリップ様も要因みたいですね。そんなに女性と話しているのが珍しいのでしょうか?
さて、通常鑑定する場合……シモーヌ叔母様のように人も物も同様に触れていなければ鑑定できません。
つまり、勝手にスキルを盗み見るなどの心配はありません。ただ、わたくしはその人の許可さえあれば触れずに鑑定出来てしまいます。お子様の場合はご両親や後見人の許可が必要です。もちろん、許可がなければ鑑定は出来ませんのでご安心を。
触れずに鑑定出来るのは【ブースト】のおかげだと思われます。
「リーリア、どうしましょう。あの方わたくしの運命の方かもしれませんわっ」
「イレーナ、落ち着いて……運命の人? に見られているから」
そうでした。興奮してまた物を壊さないように気をつけませんと。落ち着いて……すぅ、はぁー。
「な、鑑定してよかっただろ?(お前の探してやまない無効化スキル持ちだっただろ……)」
「ええ、エバン兄様ありがとうございます。フィリップ様は素晴らしいスキルをお持ちなのですね」
「いや、そんなことはない」
「いいえ! 魔道具も素晴らしいです。このネックレス、お父様が無理を言われたようで……ありがとうございます」
「そうか……いや、上手くいってよかった」
「リーリアにも……いやっ、ほかの男が作ったものはダメだっ」
「「……はぁ、またか(ですの)」」
「エバン様、そろそろダンスのお時間ですわ」
「はっ、ダンス! オレとリーリアの婚約を周囲に見せつける至高の時間……フィリップ、イレーナが変なことしないよう見張っておいてくれ! 行こうか、リーリア」
「ええ、フィリップ様、イレーナ。ではまた後で……」
「ええ」
婚約パーティーではまず婚約者同士がダンスを1曲披露し、後は参加者が自由にダンスを踊ることができます。
エバン兄様とリーリアが無事に踊り終え、次々とダンスする人が増えていきます。サーシャもアランと楽しそうに踊り、リーリアを精霊様みたいと言っていた小さな子供たちもダンスに参加しています。
「……我々も踊るか?」
なんてことでしょう……せっかくフィリップ様が友人の妹だから気を使ってダンスに誘ってくださったのに、お断りしなければいけないなんて……なんて残酷なんでしょうか。
「フィリップ様、申し訳ありません……ダンスをしたいのはやまやまですが、エバン兄様のおっしゃった変なことにダンスは含まれていると思いますので……」
いいですよね、少しくらい兄様のせいにしても。
きっと、人前で踊れないくらいダンスが下手だと思われたでしょうが、仕方ありません……フィリップ様を怪我させるよりずっといいです。
「……そうか」
「ええ、ですので……他の方をお誘いください」
本当はいやですけど、断ったのはわたくしですから。仕方ありません……
「いや、エバンにも頼まれたし……他の令嬢はぐいぐい来るから苦手なんだよ。すまないがしばらく防波堤にさせてくれ」
「ええ、わたくしでよろしければ……」
パーティが終わるまで壁の花になっていたわたくしの隣にはフィリップ様がおられました。
周りの視線、特に若いご令嬢からの視線が突き刺さりましたが不思議と気になりませんでした。
……まずはダンスで人を怪我させないよう練習しなくてはいけませんね。 こんなことなら、社交界デビューの際に練習しておくんでしたわ。
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