第8話 イレーナ 15歳

 

 慌ただしかったオープンの日から1年が経過した今でもありがたいことにわざわざ領地のお店まで足を運ぶ方が絶えません。


 1年前、オープン当日……店の奥からこっそりと様子をうかがっていました。

 開店早々にアクセサリーの大半が売れてしまった時はアクセサリーが売れたことに喜んでいいのか、またあの金属をこねる日々に戻るのかと悲しんでいいのか感情が入り混じりました。


 しかし、お母様の機転により見本品からオーダーできるようにしたそうです。

 見本品でもよいとおっしゃる方もいたそうですが、不公平になるとお断りしたそうです。


 オーダーメイドの品はやはり位の上の方から手をつけます。必然的に男爵や子爵、裕福な商人の方などは最後の方になってしまいます。

 幸い侯爵家より上の位は公爵、王族なので大きな問題は起こりませんでした。

 ……さすがに王妃様からお話があった時は心底驚きました。王妃様はすでに職人の正体を知っていたので特注品を献上いたしました。

 これは他のどこにも売りに出さず、王妃様専用シリーズとさせていただきました。つける宝石もかなり豪華なもので、壊したらどうしよう。と戦々恐々としながら作業しました。

 何度も何度も作り直し、お母様やエミリアお姉様にダメ出しをされ、震える手で作り直した日にはもう2度と戻りたくありません。

 幸い王妃様が気に入ってくださり、お父様からお褒めの言葉を伝えられた時は安堵のあまり握ったカップが粉々になりましたわ……


 あくまでもできる範囲であまり大量に作らなかったことあり、希少性もあったのでしょう……

 一時期は数ヶ月待ちになった『エタンセルマン』のアクセサリーも今ではそれほど待つことなく買うことが出来ます。


 現在では、〈ミツバチ〉や〈蝶〉、〈猫〉、〈ウサギ〉、〈シカ〉、〈鳥〉、〈馬〉などもシリーズ化して幅広く展開しています。


 オープン後はお母様とエミリアお姉様に押し切られるように、オーダーメイドに限ってご注文のシリーズに好きな宝石をつけられるようにしたことが良かったのでしょうか……貴族はそこで個性や見栄を張るとのことで、お父様やお義兄様もかなり奮発されたようです。

 あっという間に自分の瞳や髪の色を恋人や妻に送るのが流行しました。

 ただ、石をはめる作業は割ってしまわないようかなり神経を使うので少し強気な価格設定です。

 そのうちデボラが覚えそうですので、任せられる時は任せたいと思います。




 ◇ ◇ ◇




 今回、王妃様の後押しもあり王都へ支店を開店することとなりました。


 領地を本店、王都に支店とし、本店限定品なども用意したので領地の収益(宿屋とか食事処とか馬を預かるところとか)もそこまで減らないと思います。


 「いいですかっ、エミリア。わたくしたちの本気を見せつけるのです」

 「はい、お母様。お任せください!」


 王都のお店はお母様やエミリアお姉様がずいぶんと乗り気でインテリアの相談に乗ってくださったので、かなりセンスのいい仕上がりです。

 エミリアお姉様はファッションリーダーな部分があるのでお姉様が新たなラインをつければあれはなんだ。と話題になっています。

 しかし、お姉様……そんなに頻繁にこちらへ来て大丈夫なのでしょうか。え?王妃様は義理の妹だから……旦那様も承知してる?

 ああ、そうでした。お姉様の結婚が遅くなったのも王様が崩御し現在の王様が跡を継ぎ……と王妃様のご実家である公爵家はバタバタしたこともありお姉様の結婚が延びたんでしたね。


 お母様もお茶会などで宣伝してくださっているのでなかなか盛況です。


 『エタンセルマン』をオープンしてからお父様が将来を不安に思うわたくしに毎月純利益の2割を報酬として渡してくださいます。

 本来ならばあり得ないことですが、わたくしの生活はあり得ないことばかりなので問題ないそうです。


 そして半年ほど前、念願だった庶民向けのシリーズも販売することとなりました。流石に貴族向けと庶民向けを同じ店で売るのは困難だったため別店舗での販売となりました。


 といっても庶民向けはブローチや髪飾り、ネックレス、ブレスレットの4種類のみでチューリップやガーベラをモチーフにしたシンプルなデザインです。

 もちろん宝石は付いていません……これでも庶民の方がギリギリ買えるかどうかの価格らしいです。一生の思い出として奮発したりプロポーズに買う方が多いらしいです。


 デボラ曰く

 「以前なら買えませんでしたが、お嬢様が精霊石を砕いて粉にしていることで空いた水車のおかげで領民も買えるようになりましたね」


 と言っていたのですが、よくわかりません。きっと、わたしが精霊石を粉にすることで何か良い影響があったのでしょう。


 別店舗は『エタンセルマン』のちょうど真裏に当たる場所に位置しています。

 裏には雑貨店があったようなのですが、雑貨店の店主が引退して息子の元へ行くとのことで空き店舗になるところを使用人が教えてくれました。そのまま雑貨店を引き継ぐ形です。ですので雑貨店の隅にアクセサリーが置いてあります。どちらかといえば雑貨店がメインです。

 道が1本違うだけでかなり雰囲気も違い、わたくしたちにとっての裏通りは庶民にとってのメインストリートだそうなのでちょうどいいとのことです。

 こちらは足を悪くし、以前のように働けなくなった使用人一家に任せることとなりました。お父様も信頼できる者なのに働けなくなったことを残念に思っていたそうで、渡りに船だったようです。


 しかし、口コミで広まったのか、収集家の貴族の方などがお忍びで庶民向けのシリーズを買いにくるそうです。

 ですが、元侯爵家の使用人ですから問題なく対応できたとのことです……まさか、お父様はここまで見越してらしたのかしら。

 わたくしもデボラに頼み遠目からこっそり見させていただきましたがなぜかすぐにバレてしまい、今は雑貨店の主人となった彼にお礼を言われてしまいました。元気そうでよかったです。



 その後も『エタンセルマン』の勢いは衰えることなく、根強い人気でわたくしの懐も膨らみ、ロベール侯爵家の財政も安定しております。



 ◇ ◇ ◇



 体調を崩されていたシモーヌ叔母様は数年で散歩や買い物程度なら支障ない所まで元気になりましたが、なかなか会える機会に恵まれず……そして叔父様は叔母様を過保護なほど心配しておられるので当分はまだ王都や領地にいらっしゃることはなさそうです。

 しかし叔父様はどこで聞きつけたのか、アクセサリーを作って欲しいとお父様に直談判したそうです。


「というわけだ。イレーナ、すまないがシモーヌとサーシャの分を至急作ってほしい」

「わかりましたわ……モチーフはわたくしが選んでよろしいですか?」

「ああ、イレーナに任せる。ただ宝石だけは指定された。翠だそうだ……」

「……叔父様の瞳の色ですわね」

「宝石も一緒に送られてきたからこれで作ってくれ」

「まぁ!……大量ですわね」

「……ああ。頼んだぞ」

「はい」


 時々エバン兄様と同い年の従兄弟のアランが訪ねてきては近況を教えてくれます。

 その妹で私の従姉妹にあたるサーシャとも数回会った程度ですがお手紙のやりとりを続けています。とても大変ですが頑張って書いています。今ではゆっくり書けば紙を破らずに済むようになりましたから。

 彼女はとても可愛らしくスキルも羨ましい限り(裁縫、健康、話術)です。


 わたくしにもせめて女性に人気のスキル……『家事、料理、裁縫、掃除 』などがあるとよかったのですが……人気の理由はお嫁に行きやすいとか仕事につきやすいらしいです。1つもないなんて残念です。

 ただ、あったとしても、怪力がある限りあまり役に立たなそうですが。


 黙々と手を動かしその日のうちに、叔父様の願い通り、大量にあった翠の宝石を叔母様には〈スズランシリーズ〉。サーシャには〈フリージアシリーズ〉にはめ込んでいきます。流石に量が多かったのでデボラにも手伝ってもらいました。

 それぞれひと揃い作って贈らせていただきました。これで叔父様から催促はないはずですわ……


 後日、シモーヌ叔母様とサーシャから大変丁寧なお礼状が届きました。

 お父様へは叔父様からまた作ってほしいという旨の手紙と大量の宝石が届いたそうです……ええ、お父様にお任せしましょう。



「あれ……お祖母様達にも贈らなければいけないのでは?」


 お父様に相談して新たに年配の方でもつけられる〈スターチスシリーズ〉、〈スイートピーシリーズ〉をひと揃い作って贈らせていただきました。


 王都のお店のオープンへは立ち会えませんでしたが、エミリアお姉様のお手紙やお父様のお話によれば順調に売り上げているそうです。


「問題なくオープンできたようで安心いたしましたわ」


 怪力スキルがあるので将来は教会へ行くしかないと思っていましたが、教会にお世話になることはなく商人としても少し違うけど……なんだか生活していけそうな気がしてきました。

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