第9話 イレーナ 16歳


イレーナ・ロベール16歳になりました。


 怪力だと知られないよう生活することが難しいと感じる今日この頃です。

 身体つきが筋肉でムキムキにならずにひとまずホッとしています。

 普段はなるべく、ジッとしていることしかできません。不用意に動くと何かしら壊してしまうので……

 あ、でも毎日小屋で精霊石を粉にし、アクセサリーを作ることは続けています。

 意識していれば力加減もできるようになりました。そう、カップの取っ手が壊れるのも10回に1度程度になりましたし、ナイフやフォークが曲がることもたまにしか起こりません。基本的にそっと触るということを意識すればそれなりに生活できています。



 ただ、1つだけ努力ではどうにもならないことがあるのです。それは意識のない時……つまり睡眠時に起こります。

 例えば、寝返りを打った瞬間に寝台が壊れてしまったり、寝ぼけてドアを破壊してしまうという始末で……あ、怪力のおかげか他のスキルのおかげかわたくし自身は怪我もほとんどしませんし、してもすぐ治りますのでご安心を。


 1度は窓ガラスを割ってしまい、それからは木の窓に変更されました。ええ、価格が段違いですから……なぜそんなことを知っているかといえば自身が壊してしまうことが前提ならば安いものを揃えて欲しいと思い、侍女のデボラから聞き出しました。

 それほど私にとって睡眠は大きな課題なのです。


 魔道具をつければいいじゃないかという方もいらっしゃると思いますが、寝るときは外しています。

 なぜなら意識のないときは制御が難しく、たったひと晩で高価な魔道具が壊れたことがあるからです。あの時はショックでした……いつもならもう少し持ってくれたというのに……

 それならば、高価な魔道具より寝台などを交換した方がはるかに安く済むのです。

 しかし何度も寝台を交換するのも中々大変だと感じ……といっても使用人がやるんですけれど、何度も何度も変えさせるのは……

 結局、部屋の真ん中に床に柔らかい布を敷き詰め、直に寝るということに落ち着きました。これなら布が破れるだけなので、繕えば問題なく使えますから……苦肉の策ですけれど。部屋の真ん中に敷き詰めた理由は周りに壊せるものがない状態にしたかったからです。

 ちなみにわたくしはまだ頑丈な方の部屋で過ごしています。木の窓になったことによりますます殺風景ですがそれにも慣れてしまいました。

 貴族令嬢らしく飾り立てられた部屋は魔道具をつけている時にしか入りません。いつかあの部屋で過ごせるようになれるのでしょうか……



◇ ◇ ◇


 

 先月16歳の誕生日が数日過ぎた頃にようやくシモーヌ叔母様に会うことができました。

 お手紙のやりとりはありましたが、こうしてお会いするのはわたくしが幼い頃以降ですわ。


 「シモーヌ叔母様、お会いできて嬉しいですわ」

 「イレーナちゃん、綺麗になったわね。わたくしも会えて嬉しいわ」

 「ふむ……ケンダルがようやく許可したか。待ちわびたぞ」

 「ええ、お兄様。わたくしはすっかり元気でしたのにケンダルが心配性で……」

 「ふん、自分の妻の心配をしてなにが悪い……」


 あら、叔父様もいらしてたのですね……まさか、その後ろにあるのはアクセサリー用の宝石ではありませんよね?わたくしにまた作れと言うわけでは……わたくしは宝石など見てもいないし、叔父様に依頼もされておりません。お父様、あとはお願いしますわ。


 「お父様、今日はイレーナお姉様のお誕生日をお祝いに来たんですのよ。そんな怖いお顔はやめてください」

 「む、サーシャが言うなら……それにイレーナに頼む宝石も持っ……」

 「イレーナお姉様、お久しぶりですわ。数日過ぎてしまいましたがお誕生日おめでとうございます! あと、アクセサリーありがとうございます……お友達にとっても羨ましがられましたの」

 「そうだわ、私からもお礼を。きっとケンダルが無理を言ったのでしょう? ですが、とても気に入ったわ、ありがとう」


 サーシャのおかげで宝石の話題を回避できました。お父様が何が言いたげな叔父様をブロックしてくださっています。

 そういうふたりの装飾品は私が贈ったアクセサリーでした。


 「いえ、喜んでいただけてわたくしも嬉しく思いますわ」

 「ふむ。シモーヌ……また頼めるか」

 「ええ、お兄様」


 今回、わざわざ叔母様が訪ねて来てくださったのはわたくしのスキルをもう1度鑑定をしていただくためです。

 自分自身に鑑定ができれば叔母様を煩わせることもなかったのですが、それはできないので仕方ありません。


 通常は5歳の時にスキルを鑑定し、貴族のみ成人の儀式としてもう1度鑑定するということが慣習です。

 貴族にとってスキルは交渉材料にもなり得るもので、社交界デビューに深く関わることが2度も鑑定する主な理由だそうです。


 「ではイレーナちゃん、いいかしら」

 「はい、叔母様。お願いします」


 ……やはり、【鑑定】は触れることが普通なのですね。などと観察していうちに終わったようです。


 「どうだ? シモーヌ」

 「ええ、言いにくいのだけど……まだあったわ」

 「「「え?」」」

 「……ですから、スキルがまだあったのよ!」


 …………はい?

 

 「シモーヌ、それは確かか?」

 「ええ、何度も確認したわ」

 「そうか……してそのスキルは?」

 「イレーナちゃんのスキルは……【ブースト】と」

 「【ブースト】か……ん? まだあるのか!?」

 「そうよ。お兄様、落ち着いて……【ブースト】と【不屈】だったわ」

 

 言葉が出ないとはこのことですね……まさかの隠れスキルが発覚してしまいました。



 やはり5歳を超えてから鑑定で確認しなかったせいか見落としがあったようです。

 しかも、見落とされていたスキルは2つもあったのです。


 【ブースト】は怪力やその他スキルを増長させる効果があるようで、わたくしが人の数倍の怪力を持つ原因ようです。


 【不屈】はこれは諦めず地道に何度でも挑戦し頑張る人に多いスキルだとか。


 あれ、おかしいです。

 わたくしのスキルは【怪力】【鑑定】【健康】【幸運】【ブースト】【不屈】……いち、に、さん、よん、ご……ろく?

 過去に多い人がいた記録では5つが最高ではありませんでしたか?

 合計のスキルの数も多いし……これ、周囲に知られてしまうと歴史に名が残るレベルの出来事なのでは……もう現実逃避していいですか。

 

 その後の記憶が曖昧ですが、気付いた時にはシモーヌ叔母様やサーシャの姿はすでに無く、わたくしは精霊石の粉まみれでした……どうやら一心不乱に精霊石を粉にしていたようで、デボラが詰めた瓶の数は10を軽く超えていました。

 本当に現実逃避してしまったみたいですねーー



 その後、魔力検査だけは教会で測定することになりました。

 魔力検査というのは本来、魔道具職人になる方しか必要ないのですが……こちらも貴族は成人の際、儀礼的に測るそうです。魔力検査は水晶が何色に光るかで魔力量がわかるとのことです。


 黄色<緑<青<赤<白と色が濃く光が強いほど魔力量が多いらしいです。

 まぁ、魔道具職人を目指す方ぐらいにしか関係ない話なので庶民は測らない者も少なくないとか。

 魔道具職人になる試験では審査基準として測られるらしく庶民の場合、そこでふるいにかけられるとのことです。


 わたくし、力加減を間違えないように集中していたので水晶の色を見ていませんでした。それに突然スキルが2つも増えた衝撃に比べれば魔力量の色は些細なことですもの。しかもスキルの内容が内容ですしね……


 「イレーナ、行くぞ」


 いつの間に終わったのでしょう。そっと水晶から手を放し、お父様の元へ


 「はい、お父様……わたくし何色でしたか」

 「なんだ、イレーナ……まさか、見ていなかったのか?」

 「ええ、わたくし水晶を割らないよう必死でしたので……」

 「ふむ。そうだな……イレーナの魔力量は青だったぞ。色はやや濃いめだったが光はそこまでではなかった」

 「そうですか。ありがとうございます」


 青色ならば上級魔道具職人としてやっていける魔力量なのだそうです。上級魔道具職人志望ならば喜んだでしょうが、わたくしそんな繊細な作業できませんので……だって【怪力】に【ブースト】が加わっているんですもの。

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