第7話 侍女からみた怪力令嬢 〜side デボラ〜


わたくし、イレーナお嬢様付きの侍女をお嬢様が生まれた時からつとめさせていただいているデボラといいます。


 ロベール家に仕えてはや数十年……

 旦那様や奥様には感謝してもしきれません。

 突然、主人が死んでしまい途方に暮れていたときに雇っていただいて、ましてや息子にまで勉強する機会をくださったのだから……今では息子共々世話になっています。息子のデイックはギルバート様を支えられる存在になると日々勉強中です。


 ギルバート様の乳母をした後も使用人として働かせていただき、使用人の中でもベテランに足をつっこんだぐらいの頃にイレーナお嬢様が誕生なさいました。


 乳母の経験と能力を買われイレーナお嬢様付きの侍女になりました。当初はおもちゃを投げただけで壁にめり込むなんて……身を守るために盾を使うなんて……と戸惑うことも多かったけれど、侍女を辞めたいだなんて1度も思いませんでした。

 たしかにイレーナお嬢様は時々困ったこともなさるけど、決してわざとじゃないし、心優しいお方です。


 イレーナお嬢様が王立学院へ通っていた時はいつも側についていられないので心配したけれど、エバン様やリーリア様が助けてくださったとイレーナお嬢様から伺い、自分のことのように安堵しました。


 学院を卒業して、王都から領地へ戻ったお嬢様は魔道具に使われる精霊石を砕いて粉にする作業をしたいと旦那様に直談判されました……


 初めてに近いお願いに旦那様も張り切り、庭の片隅に専用の小屋まで建て、お嬢様が過ごすためかなり頑丈な造りになっているそうです。


 この小屋で行うのは、魔道具に使用されるという精霊石を砕き、粉にする作業です。

 通常、精霊石を砕くのには水車の力を利用して粉にしますがイレーナお嬢様はその作業をすべて素手で行ってしまいます。

服装は汚れてもいいようお仕着せ姿ですが、気品がにじみ出ております。

 当初、旦那様はお嬢様がお仕着せを着ることにだいぶ渋っておられたそうですが、お嬢様のお願いに根負けしたようです。

 

 優しいお嬢様は

 

「デボラ、外で待っててもいいんですよ」


と、毎回気を使って言ってくださるのです。


「いえ、お嬢様が頑張っていらっしゃるのですから、わたくしも少しでも力になりとうございます」


 わたくしの本心です。お嬢様が砕いた粉を瓶に詰める程度では足りないかもしれませんが、お嬢様が精霊石を粉にする作業に集中できるようにサポートできればと思っております。


 そしてお嬢様はご存知ありませんが、実はお嬢様のこの行為、ロベール家のかなりの儲けになっているそうです。

 執事のアンドレが教えてくれました。あ、もちろん旦那様の許可を得ています……それとなくお嬢様に伝えてみて欲しいとのことで、何度かお嬢様にお伝えしているのですが、いまいちピンときていないようです。

 お嬢様はご自身を過小評価する傾向があるので、時々お伝えしてはいるのですが……いまいち伝わっていない様です。


 本来なら精霊石は水車を用いて粉にするため、かなり手間と時間のかかる作業です。ですが、お嬢様のおかげで納品量が増え、評価と収益も上がっているそうです。


 それに加えて今まで精霊石に独占され使えなかった水車も何台か小麦を引くことに利用できるようになり、手作業が減った領民も喜んでいます。


 【手間が減る→暇になる→内職するor新たに畑を耕す→お金が今までよりたくさん手に入る→買い物する→領地でお金が回る】というように領地の経営も順調そのものなのだそうです。

 ちなみ領民からの徴税は働いた賃金、店や畑収益の1部を税とする。ただし野菜や塩など1部現物でも可となっています。そういう意味でも旦那様は領民から慕われていると思います。



 午後は旦那様がお嬢様のために開発なさっている金属をお試しになられます。


 部屋に積まれたインゴットを軽々と指先でつまんだお嬢様ーー


 「重さは……軽いですね。指先でつまんで持てるくらいですわ。え? デボラこれ重いんですの?」


 わたくしも持ってみますが……


 「お嬢様とてもつまんで持てるようなものでは……」

 「あら、そうですの」

 

 そもそもお嬢様が軽いと言うインゴットはこの小屋に運びこみ終わったとき力自慢の使用人が汗だくになるほどの重量です。

 わたくしも持つのがやっとで持っていると腕がぷるぷるしてきます。

 イレーナお嬢様はインゴットを握ったあと、思案し……集中して金属をこねはじめました。


 お嬢様の邪魔をしないよう気配を消して部屋の整理や掃除をします。

 旦那様には金属をこねていたと報告しなければなりませんね……ガッカリなさるでしょうが。


しばらくすると……


「デボラ、不格好ですけどこれ。いつもそばで助けてくれてありがとう」

「そんな、お嬢様。いただいてもよろしいのですか?」

「ええ、それともこんなの要らないかしら……」

「いいえっ、大変嬉しゅうございます」


 イレーナお嬢様が、わたしにガーベラのブローチをプレゼントしてくれました。お嬢様は不恰好だと言うけれどそんなことありません。お店で売っていてもおかしくないレベルです。それになによりお嬢様の手作りです。喜ばないはずがありません。

 おもわず嬉しくて泣いてしまいましたが、お嬢様のお気持ちがそれほど胸に染みたのです。わたくしお嬢様にお仕えできて幸せです。


 早速、胸にブローチをつけてみます。なんだかとても誇らしい気分です。


 でもこれ、アンドレや旦那様、奥様に報告しないわけにいかないでしょう……


 ああ、秘密にしたいけど、仕方ない。こっそり息子に自慢してやろう……それくらいは許されるはず。


 次の日には使用人がわたしのブローチを羨ましそうに見ているのに気づきました……どこから漏れたのかしら?やはりアンドレかしら?それとも息子?まさか旦那様や奥様じゃないはず……


 その様子を知ったお嬢様は時間のあるときに他の使用人の分まで作ってくださり使用人たちは大喜びです。

今では皆、使用人の証のように胸にブローチが輝いています。

 ほんの少し面白くないですが……でもお嬢様の手作り第1号はわたしのブローチですから。


 こうして、お嬢様の日々の日課は午前中が精霊石を砕き粉にする作業、午後が金属をこねる作業へと変わっていきました。



 ◇ ◇ ◇



 数日前、奥様やエミリア様に問い詰められて以降、ギルバート様やエバン様からのご依頼もあり少しお疲れのご様子。

 でもお嬢様のその顔はとても嬉しそうです。


 お嬢様はご自身が役に立っているということが自覚でき嬉しいんだと思います……奥様にはわたくしから報告したのですけど……まさかこのような事態になるとは思ってもみませんでした……いつか倒れてしまいそうでハラハラします。


 王都に戻られたはずの奥様やエミリア様が10日も経たず領地へ逆戻り……それがきっかけでいつのにかお店までオープンすることになっていて、大忙し。


 お嬢様が無理をしていると分かっているのに、手伝えることが少なくもどかしい。


 わたしにできるサポートを探しながら、見守ります。できることといえば精霊石の粉の瓶詰め作業や片付け、お嬢様が作ったアクセサリーの整理。

 あとは奥様やエミリア様の暴走をほんの少しだけ遅らせられるくらい。それが役に立っているかはわかりませんが、もしもお嬢様が体調を崩すようなら旦那様や奥様に逆らってでもお嬢様をお休みさせるつもりです。

 今のところお嬢様も少しお疲れですが頑張っていらっしゃるので美味しいお茶を入れて見守ることにしました。


 そばで見守っていても、お嬢様の指先から繊細なアクセサリーがあっという間にできる様子は圧巻です。

お嬢様はご自身のスキルのことを気にしていますが、わたしはこんな素敵なアクセサリーが作れるのだから自信を持ってほしい……心底そう思います。



 ひと月の間、睡眠時間を削ってまでアクセサリーを作り続けたお嬢様……わたくしが止めても大丈夫だからと聞いてくれませんでした。あと少しでも体調を崩したら布団に押し込むつもりでした……まぁ、わたくしの力でお嬢様を押し込めるかわかりませんが、泣いたフリでもすればお嬢様はきっと休んでくれたでしょう……



『エタンセルマン』オープンの日、わたくしが願うことはただひとつだけ。


「どうか、お嬢様の努力が報われますように……」

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