第3話 イレーナ 5歳


 わたくし、イレーナ・ロベール5歳になりましたの。


 少し前には5歳のお誕生日をお父さま、お母さま、ギルバート兄さま、エミリアお姉さま、エバン兄さま、お祖父さまとお祖母さまたちにお祝いしてもらいました。


 久しぶりに会えると期待していたシモーヌ叔母さまはざんねんながら来ることができませんでした……


 シモーヌ叔母さまはわたくしが5歳になる少し前に女の子を出産されたそうです。その子はサーシャちゃんと名付けられ、赤毛に碧の瞳をしたとても可愛い赤ちゃんだそうです。エバン兄さまが王立学院でアラン兄さまからそう聞いたそうで叔父様がメロメロなんだとか。


 その事はとてもおめでたいことなのですが……それからシモーヌ叔母さまは体調を崩されてしまったそうで、まずはりょうようが1番とこちらへ来ることが見送られたのです。それでもていねいなお誕生日のお祝いのお手紙とプレゼントをいただきうれしかったです。


 今回の誕生日の後にもう1度、正式にわたくしのスキルのかんていしてもらう予定でしたが……1歳の時にかんていしてもらったので大丈夫ですわ。きっとスキルもそんなに変わってないと思うのです。


 「わたくしはスキルのかんていよりも、アラン兄さまと生まれたばかりのサーシャちゃんに会えるのを楽しみにしていたのですけど……」

 「シモーヌ様の体調が良くなられたらすぐに会えますわ」

 「ええ、デボラ……」


 仕方ありません。早くシモーヌ叔母さまの体調が良くなることをねがうばかりです。そうですわ、とっても苦手ですけどお手紙のお返事を書きましょう。ええっと……プレゼントとお手紙のお礼を書いて、体調が良くなりますように…………できましたわ!あら、先ほどお昼だったのにもう夕飯のお時間なんですの?うーん……何度も紙をやぶったりペンを折ってしまったせいかしら……でも、ようやく書けたのですからお父さまにお願いして送っていただきましょう。


 その後、お父さまからの提案もあり文字や力加減の練習をかねてシモーヌ叔母さまにお手紙をやり取りすることになりました。




◇ ◇ ◇




 季節は過ぎ、日差しが強くなり暑い日が多くなってきた頃ーー



 毎日、エバン兄さまはお師匠さまと剣のくんれんをしています。将来は騎士さまになるんだそうです。


 わたくしはエバン兄さまのその姿を見るのが大好きです。


 わたくし自身はあまり動くと何かをこわすことが多く、みんなにめいわくをかけてしまうのでウズウズしてもジッとがまんです。


 いつもより近くで見ていたことがいけなかったのでしょうか……お師匠さまとエバン兄さまが木剣を使っての打ち合い中……エバン兄さまの木剣がはじかれてこちらへ飛んできました。


 「イレーナっ!」

 「お嬢様っ!」

 「あっ……」


 思わず飛んできた木剣を叩き落としてしまいました。地面に落ちた木剣を見ると……ポッキリと折れてしまっていました。


 駆けつけてきたデボラや剣のお師匠さまとエバン兄さま……


 「ごめんなさい、エバン兄さま」

 「いや、僕こそごめん……イレーナ、怪我はないか?」

 「わたくしはなんともありません……でもエバン兄さまの木剣が折れて……」

 「木剣は予備があるはずだから気にするな。それより本当に怪我はないのか?手を見せてみろ」

 「大丈夫ですわ」

 「よかった。怪我はないみたいだ」


 デボラはエバン兄さまと一緒にわたくしの手を確認すると他の使用人に何かを指示しています。また、めいわくをかけてしまいましたわ。

 エバン兄さまは気にするなと笑って言ってくださいましたが……わたくし、知っているのです。エバン兄さまが木剣を手入れして大切にしているということを……


 「エバン坊っちゃま、予備を持ってまいりました」

 「デボラ……」


 やはりわたくしのせいで折ってしまったことに違いありません……それからあまり見学せず、お部屋にいることがふえました。まためいわくをかけないように……



◇ ◇ ◇



 今日はお父さまのお友だちのサルマンディ伯爵が娘さんを連れて訪ねてくるそうです。


 はじめてご対面ですので少しドキドキ、ワクワクしております! できればお友達になれたらうれしいです。


 あまりお外で遊ばず、お友だちと楽しそうに遊ぶ兄さまやお茶会を開くお姉さまを正直うらやましく思っていました……


 わたくしにもようやく遊べるお友だちができるかもしれないと思うと楽しみです。

 そのためには色々と気をつけなくてはいけません……お父さまが部屋にこもりがちになったわたくしを気づかってくださったのだと思えばなおさらのこと。


 ちなみに、わたくしのお部屋はふたつあります。


 ひとつはふわふわでかわいいカーテンやおふとんがおいてあって貴族令嬢らしく誰かに見られてもいいお部屋。

 もうひとつはそのそばにろうごく並みに頑丈に作られている部屋があり、それが本当のわたくしの部屋になります。

 こちらはいたってシンプルでひつようさいていげんのものしか置いてありません。普段はこのお部屋で過ごすことが多いです。



 サルマンディ伯爵とお父さまは王立学院時代からのお友だちだそうで、領地もおとなり同士で交流も盛んなんだそう。

 わたくしも8歳から通う予定の王立学院の前に同い年の娘と少しでも交流を持たせておこうということではないか。とデボラが言っていました。よくわかりませんが、お友だちができるなら……



 朝からそわそわしつつ待っているとデボラが


 「お嬢様、もうすぐ到着されるようです」

 「そうですかっ。デボラ、わたくしどこも変じゃありませんか?」


 初めて袖を通した真新しく動きやすい、飾りの少ないピンク色のドレス。髪はハーフアップに同じピンク色のリボンで結んでもらいました。


 飾りが少ないのはよくドレスを破ってしまうからです。破ってしまった部分にリボンや飾りをつけてごまかすので、新たなドレスほどシンプルなものが多いです。


 決して、お父さまやお母さまに言われたわけではありませんが……わたくしがすぐに壊してしまう魔道具にたくさんお金を使っているのを知ってるので、多少のドレスの破れはデボラに直してもらっています。

 秘密にしていますが多分お父さまとお母さまは気づいていると思います。


 そのせいでわたくしが気に入ってたくさん着るドレスほど飾りが多くなっていきます。それはそれで可愛いんですけど……



 ほどなくして馬車がやってきました。待ちきれずに小走りで玄関へ向かいます。すると、デボラにたしなめられてしまいましたので早足で向かいます。



 「おお、ハロルド。久しいな」

 「そうだな。ウィルソン」

 「ちょうどいい、イレーナこちらへ」

 「はい、お父さま」

 「愛娘のイレーナだ。どうだ可愛いだろう」

 「そうだな。だがうちのリーリアだって負けないぞ」



 普段のパーティーとは違い、すっかり仲良しのお父さまたちに少しおどろきつつ、前を見るとキラキラ輝く金髪にグレーの瞳の女の子が目に入りました。たくさんフリルのついたクリーム色のドレスが似合っています。


 「はじめまして。イレーナと申します」

 「わたくしはリーリアですわ。どうぞよろしくお願いします」


 その様子をほほえましく見ていたお父さまたち……サルマンディ伯爵にご挨拶をしなくてよいのでしょうか?


 「ふむ。立ち話もなんだ。アンドレ、案内を」

 「かしこまりました」


 はじめは応接室で貴族令嬢らしく大人しくしていたのですが、お父さまたちが早々にお酒を飲み出したのでわたくしたちはお庭に出ることにしました。


 「ふふふ、このお庭はお母さまのご自慢なんですって」 

 「とってもすてきだわ……今度はわたくしのお家のお庭にも遊びにいらしてね?」

 「ええ、よろこんで」


 しばらくすると名前で呼び合うほど仲良くなれたわたくしたちは使用人をまいて敷地内を散策することにいたしました。


 散策するうち、庭園から隠すように置かれていた山を見つけました。石が積んであった場所は本来は入れないはずでしたが、小さな体を生かしてたどり着くことができてしまいた。


 それは鉱山で取れた鉱石でした。それもわたくしが少しでも快適に過ごせるように新たな組み合わせを試しているそうです。とデボラが言っていた気がします。


 「あっ」


 しかし、遊んでいるうちにリーリアが石の山の一部を崩してしまいました。


 「ただきれいな石があったのから手に取っただけだったのに……まさかこんなことになるなんて……」


 たったひとつ石を手にしただけで崩れてしまうとは絶妙なバランスを保っていたのでしょうか……わたくしとリーリアに怪我はなかったものの……大きな音が立ったので、すぐに誰かきてしまいます。

 転がった石の中にはとても子供が持てないような大きさの石も含まれており、リーリアの瞳がたちまち潤んでしまいます。


 「どうしましょう。ばれたら怒られてしまいますわ」


 せっかくお友達になれたのにいやな思い出にしたくないです……


 「リーリア、安心して。心配いりませんわ」

 「で、ですが……」


 これぐらいならばわたくしひとりでもなんとかなります。崩れてしまったものを怪力を生かしてササっと戻しました。途中でいくつか石が割れてしまいましたけど……


 「え……」

 「これで元通りですわ」


 リーリアはあっという間に元通りになったことに驚き、クスクスと笑いだした。


 わたくしは怖がられなかったことにホッとし、小さな秘密を共有したことによりさらに仲良くなることができました。


 大きな音で駆けつけた大人たちはふたりのドレスが汚れていたので、大方の検討はつきましたが、楽しそうに笑うふたりを遠くから眺めることにしたそうです。


 「……ふむ。お前もいい娘を持ったな」

 「……お前こそ」


 こうして、わたくしにリーリアという親友ができたのです。

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