第5話 夢の中の記憶―2
そう俺、葉山武瑠は羽川瑠美としてオーディションを受け、
アイドルになろうとしている。
そのために一人称をこのかわいい服を着ているときだけは「わたし」に。
たった1月という期間しかなかったけれど、
優には基本的な踊りと歌を叩きこまれた。
時にしんどくもあったが、楽しい時間だった。
ただ、それは本当にこんな風なオーディションを受けることまでは
想定していなくて、遊びの一環だったのに・・・。
あの時にあんなことを口走らなければ、こんなことにはならなかったのだろうか。
「それなら俺もアイドルになったら、優と一緒にいられるのかなぁ」
その言葉に対する優のあの笑顔を今でも忘れない。
彼女は批判の声や侮辱の声をあげることはなく、
ただ目をキラキラさせながら俺のことを見つめてくる。
正直なところ、こんな体験をすることになるだなんて、
1時間前の俺は考えもしなかった
いや、そもそも優と同じ空間にいること自体、夢か幻なんだとは思う。
(目の前にテレビでしか見れないと思っていたアイドルがいるなんて・・・。)
ふと気づく。
(そうか・・・。これは夢なんだ。こんな光景は夢でなければあり得ない。
俺はどこから寝てしまっていたんだ。
だとしたら現実の俺はまだ授業中なんじゃ・・・)
俺はあまりにも信じられない光景を見ているのだと今更ながら気づいてしまう。
こういうのを明晰夢というのかもしれない。
夢の中ならば、何を言ってもおかしくはないんだ。
そんな妙な安心感に襲われる。
「今の言葉、本当!?ボクと一緒になってくれるの??」
夢の中の優は自分の都合のいいような言葉を並べてくる。
こんなこと、多分現実のアイドルが言うはずない。
そこまで考えていくと、自分の妄想力は変態染みているのではないかとも思い始める
(本当に夢っていうのは何でもありだよな。
そんな優から一緒になってくれるの?なんてお誘いを受けることなんて、
絶対にないっていうのに。ま、いっか。これが夢なら精一杯楽しまないとな。
目を覚ましたら記憶に残っていないかもしれないけど、いい目覚めだろう。)
「うん!俺、優と一緒になりたいんだ!!」
ここが夢の中だと割り切ったためか、歯の浮くような言葉を口に出してしまう。
これが現実だとしたら、プロポーズのようで恥ずかしくなっていたと思う。
しかし、ここは夢。何を言っても恥ずかしがることはない。
優を見ると、あからさまに照れていて、それでいてすごく嬉しそうだ。
「やったぁ。本当に本当だよね!!もう取り消せないんだからね♪」
優は俺の手を握りしめると、
その嬉しさを体全体で表現するかのようにぴょこんぴょこんと飛び上がる。
(夢の中の俺・・・。ここまでやっていいのか。こんなご都合主義的な展開)
ここまで自分の思い通りに事が運んでいくというのはなかなかに恐ろしい。
しかし、夢だと割り切った俺に歯止めなど聞くはずもなく・・・。
「本当に本当だよ。俺は優と一緒になってアイドルをするよ!!」
再度、決意表明してしまう。
「そっか、本当にボク嬉しいよ!!
これでやっと一人の寂しさを味合わなくても済むんだ。本当にありがとう!!
今日はもう無理そうだから、明日から一緒にレッスンしようね♪
それで1カ月後のオーディションに参加しよ!」
優は涙ぐみながら、今後について語りだした。
(いやぁ、夢なのに今後の話が出るなんて、俺の想像力って案外すごかったんだ。それにしても優、こんなにも嬉しそうにして。もしかしたら現実の優も同じような
寂しさを抱えているのかもしれないなぁ・・・。ってそれはさすがに飛躍しすぎか。ここは俺が作り出した夢の世界なんだ。現実はきっと違うんだろうな。)
「ねぇ、ボクの話きっちり聞いてるの??」
自分の話を聞いてくれないと思ったのか、優は俺の腹をつつきながら言ってくる。
その動作にどうしようもなく、愛おしさを感じる。すごくかわいい。
「ま、今後については明日ゆっくり話すとしよっかなぁ。
今日はこの嬉しさをいち早くマネージャーとお母さんに伝えなきゃね♪」
俺が優の可愛さに浮かれている間、彼女は何やらぶつぶつと言っている
しかし、今はそんな些細なことはどうでも良かった。
束の間の幸せをかみしめることに俺の全神経は集中していたからだ。
どうせ目を覚ましたら、もう優はこんな近くには現れない。
テレビ越しの中でしか会うことのできない彼女と会えた幸せにただただ
包まれていたいと心の底から願う。
たとえ、それが俺の妄想が生み出した産物だったにしても・・・。
「あ、ということで、ボクそろそろ帰るね。今日は本当にありがとう。
そしてこれからよろしくね~!!!
明日、授業が終わったら教室まで迎えに行っちゃうんだから、
勝手に帰らずに待っててね~♪」
別れは突然に訪れる。
優はその言葉だけを残して足早に部屋を出て行った。
見送りをすることさえできずにただただ立ちすくんでしまう。
優の言う明日なんてもう来ない。
夢なのだから、その先を次の日の夢に見ることなんてできやしない。
こんなことなら、別れをきっちりと妄想するべきだった。
残ったのは、優の姿が完全に消えた部屋。
まだ彼女の匂いや声が残っているような錯覚に陥る。
ベッドの上に寝転がりながら、ふと思う。
(ここにさっきまで優がいただなんて、あ~。なんて幸せな夢なんだろう。
さてと優の音楽をもう一度最初から聞こうかな)
夢の中なのに眠くなる俺の耳に優の歌が届いた
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