第4話 夢の中の記憶

やはり生で聞くメロディーは音楽媒体を通して聞くのとは違う。

遥かに良かった。


(あ、あれ・・・?)


奏でていたメロディーが悲しいものであったことも相まって

俺の瞳からはいつの間にか涙が零れ落ちる。


(これが歌手の生歌を聞くということなのか・・・)


4分間しかない一曲の中で、俺の心はきつく締め付けられる。

今までは興味がなくて馬鹿にさえしていたライブにまで行く人々の

気持ちがようやくわかった。

こんな短い時間で、考え方が180度変わる。そんな力を彼女は持っていた。


「ふぅ~。久しぶりに歌詞を乗せないで歌っちゃった~」


1曲を奏で終えたのか、空はふっと息をついていた。

先ほどとなんだか違う人間のような仕草に少しだけ困惑する。


俺と同じ男子制服を着ていたはず。

それなのになぜか目の前の彼女にはアイドルの服装が重なって見える。


ただやはり、俺の中には拭いきれない微かな違和感があった。


(どうして空は今まで自分が優であるということを明かさなかったんだ!?

むしろ知らないふりまでして・・・。それにもし知られたくないのなら、

なんで今歌ってくれたんだ?)


明かさなかった理由としては、

単純にアイドルであるということがバレたくないという想いからだろう。

しかしそれならなぜ、バレるリスクを冒してまでなぜ俺の家に来たのだろうか。


わずかな間の中、俺の中で彼女に質問したいことは急激に増えていく。

しかし、これらを聞いてしまってもいい事なのか、迷ってしまう。


「あのさ、優だよナ!?」


ついに口から零れ落ちなのは、そんな確認だけ。

その上、あまりにも緊張しすぎたせいで、最後で声が裏返ってしまった。


(うわぁぁぁぁぁぁぁ!!恥ずかしい。俺ってこんな奴だっけかぁ!!)


俺が自分で言って狼狽えるを見てなのか、

いきなり空はフフと声を出して笑っている。


「そんなにも緊張しなくてもいいよ~。ふふふ。ご名答だよ。

ボクが大空優だよ~!!えへへ、びっくりしたぁ??

なんだか君がボクの音楽に乗ってくれてるのをこの子の中で見てたら、

こっちも楽しくなってきちゃって~。ついついいつもの癖で口ずさんじゃったぁ」


(この子・・・??)


空はとうとう自分が大空優であることを教えてくれた。

しかし、なんだか言い回しがおかしい。

そもそもさっきまでの空とは話し方が違うような気がする


「そ、そうなんだ!!それじゃあさ、なんで男子の制服を着ているんだ?

それになんで知らないふりまでして俺の家に来ようと思ったんだ?

バレるかもしれないのに。あ、あと・・・」


まくしたてるかのような質問の応酬。

それほどに今目の前に優がいるということに興奮してしまう。


しかし、そんな俺の唇は優の柔らかい指に止められた。


「ちょっと落ち着いた方がいいと思うな~。

ボクはどこにも逃げないんだからぁ、ゆっくり一つずつ質問してほしいなぁ~。」



少し苦笑い気味の彼女に少しだけ罪悪感を感じる。


「あぁ、もう!そんなあからさまに落ち込まないでよ~。

ボクも悲しくなっちゃうでしょ~。

はぁ、それじゃあ、さっきの質問に順に答えていってあげるね~!!

まずボクがなんで男子制服を着ているのか!だよね~?それはね~。・・・・」


先ほどまでの落ち込みはどこへやら、

彼女からの言葉の続きを待つように喉を鳴らしてしまう。


しかし


「ひ・み・つだよ~!!これはもっと仲良くなったら教えてあげよ~」


彼女から帰ってきた答えはそんな非常なもので、当然悲しさが倍増になる。

ただ、最後に付け加えられた言葉から、もしかして今後も会ってくれるのかという

淡い期待を抱いてしまう。


それが分かっているのか、彼女は頷きながら、言葉を続けた。


「それで、次の知らないふりしてここに来た理由だよね~。

う~ん、これに関しては少し難しい説明になりそうだから~。

今はとりあえずこれだけ簡単に言うね~!!

君がどれだけボクのことを好いてくれているのかが知りたかったんだ~。

後はそうだね~。また仲良くなってから言うよ~」


彼女は話しながら、少し寂しそうだった。

深くは話してくれなかったけど、何かが彼女の生きる場所ではあるのかもしれない。


慰めたかった。

そんなにも悲しそうにしていたわけではない。ただその寂しそうな顔が頭の中に

ずっとこびり付きそうで…。


「それなら俺もアイドルになったら、優と一緒にいられるのかなぁ」


気が付けば、そんな言葉が口から零れ落ちていた。


「あ!!」


言ってしまった直後、自分の過ちに気付く。


(お、俺はなんてことを言ってしまったんだ!?)


アイドルになりたいなんて、これっぽちも思ってもいない。

それにアイドルは俺たちの住む世界とは別世界にいる人間だとも思う。


それなのに、俺はそんな無謀で無責任な言葉を吐いてしまったのだ。

後悔先に立たずとはまさにこの事じゃないのか。それに・・・。


(あんな軽率な言葉をアイドルとして必死にやっている優に言ってしまった。

飽きられているのでは。いやむしろ嫌われてしまったかも・・・)


もう二度と俺と話してくれないかもしれない。

いや俺の前に姿を見せてくれないのではないか。

そんな感情が俺の心を支配し、さっきまでの素晴らしい時間が嘘のように、

隣にいる優の表情を見ることが怖い。


(どんな顔をしているんだろう・・・。軽蔑?侮蔑?嫌悪?)



「今の言葉、本当!?ボクと一緒になってくれるの??」


床をずっと見続ける俺はその声を聞いた途端、思い切り顔を上げる。

それほどにその言葉には俺が想定していたような感情ではなく、

嬉しいだとか幸福だとかの感情が籠っていたから。


それだけではない。

瞳に映る彼女は、華が咲いたような満面の笑顔だったのだから。


(え?どういうこと!?)






1か月後


「はぁ、来てしまった。どうしよう。すごく今逃げたい!帰りたい!!」


「だいじょうぶ!!だいじょ~ぶ!!

ボクがあれだけ手塩をかけて可愛くしてあげたんだよ~。

今日のオーディションだって合格間違いなしなんだからね♪」


まだオーディション会場に入るのをためらっているのだろう。

見るからにおどおどとした少女の背中を元気いっぱいの少女が叩く。


「いやいやいやいやいや!!本当に無理だって!!

第一、こんな服着てるなんて、変態・・・」


「もうそんなこと言わないの。早く入ってオーディション受けてきなよ!!」


少女は何やらおかしな言葉を口走るも、

もう一人の少女は強引に彼女を係の人に引き渡す。

今にも泣きだしそうな少女だったが、逆らうことはできないのか。

係の人はそんな二人を見てなぜか心配になってしまう。


「お友達も応援してくれてますよ。頑張ってくださいね。」

ただ不安に思っているのだろう。

係の人は少女に笑顔で手を振る友達を指差し、少女を励ました。



少女は今のこの服装やメイクをもう一度、手鏡で確認すると

「は、はい。ありがとうございます///」と羞恥心全開の表情で答える。





オーディションはあっという間に自分の番になっていた。

名前を呼ばれた瞬間、あまりの驚きに椅子から飛び上がってしまったほどに

心臓がドクンドクンと脈打ち、緊張と恥ずかしさで顔は火照っている。


多分、審査室へ行くまでの道中ロボットのような動きをしていたことだと思う。


審査室の扉を開き、がちがちの状態のまま部屋へ入ったわたし

前を見ると、そこには審査人らしき5名の男女が座っている。


1人はあの日からよく会っているから知っていたが、

他の4人は全く知らない人ばかり。

皆が自分のことを見ている。


見られるのは恥ずかしいし、少し怖い。

こんな格好をしているのだから当然なのかもしれないけど・・・。


「それでは自己紹介、よろしくお願いしますね」


その言葉からあとは、彼女と散々練習を重ねていた。


一度大きく息を吐くと、背筋を伸ばし、彼ら全員を見据えた。




「羽川瑠美。16歳です!!本日はよろしくお願いします!!」


 精一杯声を張り上げ、わたし(俺)は彼らにお辞儀をした。

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