第3話 明らかになる正体

俺は二人の置いていった袋を持ち上げる。

空も僕も手伝うよとでも言いたげに、俺が持ってなかった袋を持ち上げてくれた。


俺はその行動を断って、自分の部屋でのんびりしてもらおうかとも思ったが、

空のかわいらしくこちらの次の行動を伺っているさまを見ると、断れなかった。



20分後、俺と空は部屋でのんびりとジュースを飲んでいた。

予想以上に2人の買い物の量は多かったため手間取ってしまった。


まあ、半分程度が空にどこに置くのかを教えるという時間に取られたのだが、

そんなことは別に疲れる要素ではなかった。

俺が一番疲れたことは、2人が買ってきたものがあまり触れるのを

ためらうようなものばかりだったから。


特になんで今日このタイミングで買ってきたんだという疑問しか起きなかった

母親と妹の下着に加えて、女性のみが触ることを許されているというか、

もしも買って来てと頼まれても絶対に断るであろう絶対不可侵の物「生理用品」を直すことに精神を思い切りすり減らされた。

こういうのは同じ女性の空に直してほしかったのだが、

空にお願いするや否や「い、いやだよ///そ、それだけは手伝えないよ~///」

と嘆願にも似た拒絶を受けてしまった。


(どうして、そんな風に言うんだろう・・・。

同じ女なんだったら別に気にしないんじゃないのか・・・。)


ただそこまで言われたら、仕方がない。

女性の空にとってはいつも使っているものだろうけど、

やはり自分や家族以外のものを見るのは照れてしまうのかもしれない。


それに空の体ってそんなにも膨らみがなかったから、

そういう劣等感もあるのかもしれない。


俺は渋々、二人の下着を袋から取り出すと、

綺麗に畳んでからそれぞれのタンスの中へと入れ、

生理用品もまたトイレのかごの中に放り込んだ。


空はそんな俺が格闘?している間に終わらせてくれていたのだろう。

終わったのと同時に俺の側に近づいてきた。



適当にお菓子と飲み物を部屋へと持って上がり、今に至る。


「あ、そうそうこれだよ」


俺は空を家に招く理由となった優のCDを手渡した。

当初はこれを貸してあげるためだけだったのだが、

学校を出てから色々なことがありすぎたため、

今このタイミングになってしまった。


フリフリのワンピース風の衣装を着て笑顔でマイクを持っている

優の姿が描かれたジャケット。

空は少しだけ苦笑いをしていたが、それはほんの一瞬のことで、

すぐに可愛らしい笑みを浮かべてくれた。


(う~ん、やっぱり空って優と似てるなぁ。いやむしろ同一人物なんじゃ。

でもさっき全然知らないって言っていたしなぁ・・・)


「ねぇ、これ今聞いてもいいかなぁ??」

「え、ああ、いいよ!!ちょうど俺も聞きたかったところだったからさ。」


そういえば、そうだった。

俺は授業が終わって足早に帰宅しようとした理由は

まさにこれだったことをいまさらながら思い出す。


よく考えてみれば、あの日優にはまってしまった時から、

1日も欠かさずにこの歌を聞いていた俺にとっては、

空に貸して手元からなくなるよりはここで一緒に聞いた方がいいに決まっている。


CDプレイヤーの中にCDを差し込む。


数秒間の読み取り音の後、メロディが聞こえてくる。


ゆったりとしたメロディーから始まったその曲は、いきなり音が消え。

そうかと思った次の瞬間、優の高い声で「好きだよ」と一言から歌は始まる。


俺は一番この始まりが好きだった。

本当に自分に想いを告げられていると錯覚してしまうほどに。


そこから始まる歌詞も最高にいいもので、何度聞いても飽きることはなかった。

特にサビの部分の「君がいるから私もいて、私がいるから君もいるんだよ~♪」はありふれた口説き文句であるにも関わらず、心を揺さぶられてしまう。


たった4分間しかない一曲の中に色々な思いが込められている。

そんな気がして俺と空はただただ無言でその歌に耳を澄ませ続けた。


ちらりと空の方を見ると、いつの間に取り出したのかメモ帳に何かを書いている。

俺は少しだけ書いていることが気になったが,

覗き込むのは良くないと思い我慢する。


そうしている間にも2曲目が始まり、

次はアップテンポな曲だったということもあり、

俺と空の体は無意識のうちにリズムに合わせて体を揺らしてしまう。



「はぁ、今日も素晴らしかった!!

まあ、いつも同じはずなのに今日は一段と良かった気がする」

俺は2曲目が終わった直後に自分の想いを吐き出した。


もうこの感動を自分の中で抑え込むことはできなかった。

誰かにこの想いを共感し合いたい。そんな気分で一杯になる。



ふと、空の反応が気になってしまった俺は彼女を横目で見る


(え・・・。)


時間が一瞬止まってしまったのかと思うほどの錯覚に陥る。

空の顔には今までの数時間で見たことのなかった幸福感の詰まった笑顔が浮かび、

俺の方をじっと見ていたのだ。


(か、かわいい///)



「本当に好きなんだね。」

そう言った空の言葉には、幸せだという感情が滲んでいる。

ただ、さっきまでの空の纏う雰囲気とは何かが根本的に違う気がする。


しかし・・・。

「ああ。好きだよ!俺さ、今まで歌手とかに興味がなかったんだけど、

この子には無性に惹かれるんだ。なんか気持ち悪いよな。はは」


ついつい余計なことまで言ってしまう俺。

そんなことを言うつもりはなかったのに、空には言いたくなった。


(恥ずかしいな)


逃げるように部屋を出ようとする。


「ル~ルルル~ル~♪」


聞き知ったメロディがどこからともなく聞こえてきた。


(この曲は・・・。あ!!空のデビューシングルの!!)


はまり始めた瞬間に、俺は優のシングルを全て揃えようと思っていた。

しかし、それは叶えられはしなかった。


最初からのファンによって買い占められたということと、

そもそも発売した数量が少なかったということから

今では入手困難だと言われているものだったから。


だからこそ、俺は動画投稿サイトでしか聞けなかった。


再販をずっと待っていた。


(まさか・・・。そんなことって)


俺の中で感じていた疑惑が確信へと変わる。



振り返る俺の視線の先にあったもの、それは・・・。

満面の笑みで嬉しそうに鼻歌を奏でている空だけだった。



(や、やっぱりこの少女は・・・。ゆ、優!!)



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