ついうっかり王子様を誉めたら、溺愛されまして

夕立悠理

ついうっかり王子様を誉めたら、溺愛されまして

「いいかい、キャロル。お前はただ黙って笑っていればいいんだ。それか、料理を食べていなさい。くれぐれも男の子に話しかけるんじゃないぞ」


「わかったわ、お父様」


心配そうな顔をしたお父様に私、キャロルは頷いた。私は、おしゃべりが大好きなだけのいたって普通のライベルト侯爵家の娘だ。




 今日は、私のパーティーデビューの日。なんでも、王子様……ええと、第4王子のセオドア殿下の10才の誕生日を祝うガーデンパーティーがあるんだそうだ。




 美味しい料理がいっぱいあるのよね。とっても嬉しいわ。




 私はわくわくしながら、お父様と会場に向かった。








 会場は大勢の貴族たちで賑わっていた。みんな今日御披露目されるセオドア殿下の話をしているみたい。




 「お父様……」


「なんだい、キャロル。黙っていなさい」


「でも、お花を摘みにいきたいの」


場所はわかるか、と聞いてきたお父様に頷いておいた。本当はわからないけれど、お父様は面倒そうな顔をしていたから言えなかった。








 「ええと、ここじゃないし……。ここでもないし……」




 ちゃんとお手洗いまでの道は看板が立っていて、それ通りに進んでいたはずなのに、いつの間にか私は迷路のような薔薇の道に入ってしまっていた。




 「わぁ」


私はいつの間にかお手洗いにいきたいという考えも忘れて、薔薇にみいっていた。


「……どうしたの?」




 すると、声をかけられた。その声に振り向くと、とてもかっこいい男の子がたっていた。




 「わぁ、綺麗! ブルーレースのような淡い髪も、それよりももっと深い青い瞳も!! あなたとっても綺麗ね」


しまった!!! そこまで口にしてから、手で口を押さえる。お父様から、男の子と話すなって言われてたんだった。だって、私はおしゃべりだから、それがばれたら嫁ぎ先がなくなるからって。




 「僕の青い瞳が怖くないの?」


けれど、男の子は私のそんな様子を気に止めた風もなく、首をかしげた。


「あなたの瞳とっても綺麗よ。いいなぁ、私は面白味のない茶色だから。お母様譲りなのは嬉しいけれど、あなたみたいな色彩にとっても憧れる」


ああ、またしゃべりすぎちゃった。




 でも、お父様は見てないし。少しくらいなら、大丈夫……よね。




 「あっ、そういえば。あなた、お手洗いの場所って知らないかしら?」


ものはついでとばかりに、そう聞くと男の子は、私が歩いてきた反対側を指差した。




 「あっちだよ。君、名前は?」


「ありがとう、私はキャロル。またね」




 確かに男の子が指差す方向には看板があった。私はお礼を言うと、急いでお手洗いに向かったのだった。




 お手洗いを無事見つけ、会場に戻るとお父様と合流する。




 「いいかい、キャロル。くれぐれも──」


わかってるわ、お父様! そう答える代わりに深く頷く。すると、お父様もようやく安心した顔をした。




 そしてパーティが始まり、陛下からセオドア殿下が紹介された。




 「えっ!?」


黙っていろ、とお父様に言われていたのに、びっくりして思わず口に出してしまう。だって、セオドア殿下は──、さっき会った男の子だったから。




 でも、声を出しているのは私だけじゃなかった。大人の人たちみんなざわざわしている。……なんで?




 かすかに聞こえる声を拾うと。


「青の瞳ですって……? 青の瞳の持ち主は人の心が読めるらしいわ、恐ろしい」






 人の心が読める! なんて、素敵な力。だと、私は思うけれど。だって、お父様によくお前は全く私の気持ちがわかってないな、と言われるし。心がわかったら、お父様を煩わせることもなくなると思うのよね。




 ──と、そんなことを考えていると。




 セオドア殿下が誰かを探すように、きょろきょろとしている。




 どうしたのかしら?




 そう思いながら、セオドア殿下を見つめていると、セオドア殿下と目があった。セオドア殿下は嬉しそうに笑うと、私の方へと歩いてきた。




 「?」




 もしかして、さっきの非礼を怒られる? 王子様だと知らなかったとはいえ、私の態度不敬だったものね!




 けれど、セオドア殿下は、私に怒ることなく、私の前にひざまずいた。




 ???




 そして、言ったのだ。


「キャロル、僕の婚約者になって」






え、えええええええ。とてもびっくりだわ。私のどこがいいんだろう。さっき、すっごく不敬だったのに。


「キャロルは、僕のこと怖くないでしょう?」




 なんで私の考えたことが──って、セオドア殿下は心が読めるんだったわ。すごい! これなら、おしゃべりしなくても伝わるからお父様にも怒られないわ!




 「殿下、恐れながら我が娘は、その──」


お父様がだらだらと汗をかきながら、セオドア殿下になにかをいいかけたけれど。




 「僕は、彼女のよく話すところも好ましいと思います」




 「……さようにございますか」


 セオドア殿下は、私みたいなおしゃべりさんが嫌いじゃないのね。




 お父様はセオドア殿下の笑みに気圧されたのか、黙った。そして、私を見つめている。




 あの目は──、しゃべっていいぞ! ってことよね!!!




 「私でよろしければ、よろこんで」


おしゃべりな私でもいいのなら。きっと、素敵な家族になれるわ。そんな予感がするの。




 そうして、私たちは婚約者になったのだった。






セオドア殿下の婚約者になってから、毎日がとても楽しい。だって、もう嫁ぎ先は決まったようなものだから、おしゃべりを我慢しなくていいのだ。




 今日はセオドア殿下とのお茶会。私はいつものように、お話していた。




 あっ、でも。セオドア殿下に愛想をつかされたら、またおしゃべりは禁止になっちゃうのかしら。




 慌ててしゃべっていた口を閉じてみたものの。


「大丈夫だよ、僕はキャロルがおしゃべりだからって嫌いになんてならない」


とセオドア殿下は柔らかく微笑んだ。そっかぁ。それなら、安心だわ。




 セオドア殿下はこんなに優しいのに、怖がるなんてみんな変なの。


 「みんなが、キャロルみたいに思ってくれたらいいのにな」




 そういって、セオドア殿下は、悲しそうな顔をした。他の人の考えを変えるのは難しいかもしれないけれど。


「私はずっと側にいます!」


そういってセオドア殿下の手を握る。セオドア殿下の手は暖かい。




 「ありがとう、キャロル」




 セオドア殿下は心から嬉しそうに笑った。その笑みに、なぜだかわからないけれど、心臓が早くなった。もっと、もっと、セオドア殿下の笑顔が見たいわ! そのために、頑張ろう。






セオドア殿下の笑顔を見るため、私は色んなことを試してみることにした。




 まずは、自分がにっこり笑うこと。ずっと固い顔をしてたら、セオドア殿下も笑ってくれないもんね。




 次に、面白い話をすること。これは、私は大の得意だと思ってたんだけど、しゃべっているときに、心のなかでオチを考えちゃうから、意味がなかった。先にオチをしっちゃうと一気に面白くなくなるから仕方ない。あれっ、でも、そしたら、セオドア殿下は面白い話を聞いたことないんじゃないかしら。




 「そんな心配しなくても、キャロルが一生懸命話してくれる姿を見るだけで楽しいよ」




 「ありがとうございます」


そう、セオドア殿下は微笑んでくれた。優しい。この国は、寡黙な方が女性は美人だって、言われてるから私ってばそうとう不細工な子扱いなのに。




 「キャロルは、綺麗だよ」


セオドア殿下が大きな声を出した。


「セオドア殿下のほうが綺麗だわ! サラサラの髪も、キラキラした瞳もとっても綺麗」


セオドア殿下の方がずっと綺麗だ。私も女の子だから、綺麗なものは大好きだ。特にセオドア殿下の瞳はずっと眺めていられる。




 って、違った。違った。今日はそういう話をしたいんじゃなくて──。




 「どうして、キャロルは僕の笑顔を見たいの?」




 セオドア殿下が不思議そうな顔をした。




「だってね、セオドア殿下の笑顔を見たら、不思議と心が暖かくなるんです。それに、なんだか胸がどきどきして、不思議な気分になるの。それでもっとセオドア殿下の笑顔がみたくなるの」




 そして、その笑顔を見るための作戦そのさん!




 1、2、3、4……。




 「どうしたの、数なんて数えて」


「じゃじゃーん。セオドア殿下にプレゼント!!」




 驚かせるために、心のなかで数を唱えて、私の考えをわからなくさせてから、プレゼントを渡す。




 「これ、クッキー?」


「私が作ったの!」




 少しだけ焦げちゃったけど、そこも香ばしくて美味しかった、はず。それとも、セオドア殿下は料理人じゃない私の手作りなんて嫌かな。






 「……嬉しい。料理人以外のクッキーなんて初めて貰った」


そういってセオドア殿下は、笑った。




 作戦大成功だ! やったわ!!




 でも、なんで、セオドア殿下の笑顔って、こんなにドキドキするのかしら。頬が赤くなるのを感じる。




 「キャロル」




 セオドア殿下に名前を呼ばれて、顔をあげる。




 頬に柔らかいものが触れた。




 「……ありがとうのお礼」


「!」




 どうしよう、笑顔を見たときよりも、もっと、ドキドキする。夜寝る前も、そのときのことを思い出して赤面する。その日はずっと、ドキドキが収まりそうもなかった。






「キャロル」


名前を呼ばれて顔をあげると、セオドア殿下が笑っていた。


「見つけたよ、僕の勝ち」




 今日はセオドア殿下とかくれんぼをしていた。


「すごい! すごいわ、セオドア殿下!! 考え事してたらばれちゃうから、何にも考えてなかったのに」


「僕はどこにいたって、キャロルを必ず見つけるよ」




 わぁ! まるで、絵本のなかの王子様の台詞だわ。いえ、セオドア殿下は王子様なのだけれど。




 「ほら、キャロル。約束は?」


そうだった! セオドア殿下に急かされて、頬が真っ赤になる。でも、約束は約束。ちゃんと守らなきゃね。




 「……目をつぶってくださる?」


「わかったよ」


セオドア殿下が目をつぶる。うー、余計ドキドキしてきちゃったわ。どうしよう、指を当てたりしてごまかせないかしら。




 「ずるはなしだよ、キャロル」


セオドア殿下がくすくすと笑った。そうよね、ずるはいけないわ。それにお母様が言っているもの。女は度胸ってね!




 私はセオドア殿下にそうっと近づくと、その頬にキスをした。




 あー恥ずかしい。でも、なんだかふわふわした気分になる。




 「ありがとう、キャロル」








 その後もかくれんぼを続けたのだけれど、いつも私が負けっぱなしで何度もキスをすることになった。でもね、不思議なの。


「セオドア殿下にキスができる距離にいられるのが、とっても嬉しいの」


キスをするドキドキよりも、その喜びの方が強かった。そういうと、セオドア殿下は笑った。




 「大好きだよ、キャロル。僕も君に恋してる」




 そっか。私、セオドア殿下に恋をしているんだわ。だから、こんなにふわふわした気分になるのね。大発見!




 その大発見後も私たちはそれからもとっても仲良く暮らすのだけれど。




 数年後。






 「セオドア殿下、私が私だけが、あなたの悲しみを理解できる。あのおしゃべりな子は何にもあなたをわかってないわ」
















 セオドア殿下と出会ってから、数年後。数年たっても、私たちはとっても仲良く暮らしていた。




 「ふふ、キャロル。口の端にジャムがついてるよ」


セオドア殿下が、私の口をナプキンでぬぐってくれた。


「ありがとうございます、セオドア殿下」 


私は相変わらずセオドア殿下に恋をしていたから、少し触れあうだけでもドキドキしてしまう。そんな自分が少し恥ずかしくて、下を向くと、セオドア殿下は笑った。




 「僕だって、キャロルにドキドキしてる」


「本当に?」


「本当だよ」




 でも、最近は頬にするキスの回数だってずうっと減ったし、あんまりハグもしてくれなくなったわ。




 「それは、その……、僕も男だから歯止めがきかなくならないようにしてるんだよ」




 「歯止めって?」




私が首をかしげると、セオドア殿下は困ったような顔をした。




 「僕がキャロルにもっとキスしたくなるってこと」




 「私だって、セオドア殿下にキスしたいわ!」






私がセオドア殿下の頬にキスすると、セオドア殿下は目元を赤くして、でも、少し拗ねたような顔をした。


 「僕がいってるのはね、もっと大人な──。ううん、いい。キャロルに伝わる気がしないから。まぁ、キャロルはそこが可愛いんだけれど」




 そういって、私の頭をぽんと撫でる。


「私、子供じゃないわ」


「知ってる。でも、大人でもない。違う?」


「……そうね」




 そう言われたら、おしゃべりな私でも何も言えない。思わず黙りこむと、セオドア殿下は笑った。




 「焦らなくていいんだ。僕たちのペースでゆっくり進もう」


「……はい」




 結局、セオドア殿下の笑顔に敵うものはないから、それで納得するしかないんだけれど。




 そんな穏やかないつものお茶会は、いつものように過ぎ去らなかった。乱入者がいたのだ。




 「……セオドア殿下」




 可憐な声に振り向くと、見たこともない少女が立っていた。どうして? 人払いはしていたはずだけれど。そう思う前に、彼女の容姿に釘付けになる。煌めく金色の髪。それだけなら、美しいけれど、他の人にもあてはまる。けれど。






 「……私だけがあなたの悲しみを理解できる」


「え──」


セオドア殿下と彼女の目が合う。セオドア殿下も、そして、彼女も──綺麗な青い瞳だった。






 その後すぐ。彼女は顔を真っ青にさせた公爵によって回収された。話を聞いたところによると、彼女は公爵家の養女になったばかりの元平民らしい。




 「私だけがあなたの悲しみを理解できる」




 彼女が囁いた言葉を唱えてみる。なぜだか、ちくりと胸が痛いわ。




 セオドア殿下の悲しみ。それは、人の心が読めてしまうこと。




 私は、とってもとっても素敵な力だと思うけれど。




 セオドア殿下は、彼女が去った後、呆然として呟いた。


「何も……聞こえなかったんだ」


「どうしたの?」


「何かを考えてないときとはまるで違った感覚で──彼女の心の声が、なにも」




「もしかして、青い瞳の人同士は、心が、読めない?」


「そうかも。僕の側には今までいたことないからわからないけれど……」




 戸惑うような顔をした後、セオドア殿下は微笑んだ。


「大丈夫。僕は、悲しくなんてないよ。だって僕には──、君がいるから」


「私が?」


「うんそう。僕をちゃんと理解してくれる人。だから、そんなに心配そうな顔しないで」


セオドア殿下が私の頬を撫でる。私は耳まで真っ赤になった。だって、私はセオドア殿下に恋をしているんだもの。心配しても、おかしくはない、わよね?




 「キャロル、僕も君に恋してる」




そういうセオドア殿下の笑みは、最高にきれいで。私は何度目か、わからないけれど。また、セオドア殿下に恋に落ちたのだった。






「……はぁ」


ベッドの上に横になって考える。セオドア殿下は何も心配はいらないと言っていたけれど。彼女の言葉がぐるぐると頭のなかを回る。




 ──私だけがあなたの悲しみを理解できる。




 私には理解できない、セオドア殿下と彼女だけの、悲しみ。




 私がどんなに想像したって、それは想像でしかなく。実際のセオドア殿下と彼女にしかその悲しみはわからない。




 セオドア殿下が好き。大好き。この気持ちは無くならない。でも、セオドア殿下は──? セオドア殿下が私に恋してくれる気持ちも無くならない?




 「……おかしいわ」


いつもならこんなこと、考えないはずなのに。それなのに、胸に落ちた不安が消えることはなかった。












 それから数日後。公爵家主催の夜会があった。彼女を養女として迎えたことを、周知するための夜会だった。




 「キャロル」


心配そうな声をした、セオドア殿下の声に顔をあげる。……いけないわ。せっかくセオドア殿下がエスコートしてくれてるのに。でも。でも、セオドア殿下が唯一の完全な理解者である彼女に恋に落ちちゃったら?




 「……大丈夫だよ、キャロル。心配しないで」




 セオドア殿下が、私を安心させるように頬を撫でる。




 「実をいうと、僕は彼女が怖いんだ」


「怖い?」


どうして? 彼女はあなたの理解者なのに。




 「キャロルが普通に生きている世界──きっとそんな世界じゃ僕は生きていけないから」


どういうことだろう? 思わず首をかしげた私に、セオドア殿下は笑った。




 「僕がとってもとっても臆病者だってこと。そんな僕でも、好きでいてくれる? ……なんて、聞き方がずるいよね」


「どんなセオドア殿下も大好きよ」


セオドア殿下の腕においた手に少しだけ力を込める。




 「……ありがとう、キャロル。君がいるから、僕は大丈夫なんだ」


その笑みに私も、と笑い返そうとして、可憐な声に遮られた。


「……セオドア殿下」






 セオドア殿下が、彼女の方へ向く。彼女の瞳には喜びが浮かんでいたけれど、セオドア殿下は戸惑いを浮かべていた。


「先日は、不躾で申し訳ございませんでした。イーデン公爵家の長女になりました、エマと申します」




 彼女は──、エマはそう名乗った。


「けれど、私たちきっとわかりあえる。だって、私たちはこの世界でただ一人だけの理解者ですもの。この恐ろしい力について」




 「……ごめん。僕は君のことをわかってあげられない。僕は、この力をもう不要だとは思っていないんだ」


セオドア殿下が、心を読む力を必要な力だと思ってる? それは、知らなかったわ! だって、私は素敵な力だと思うけれど、セオドア殿下はどちらかというとないほうがいいって、思ってるのかと思ってた。




 「うん。キャロルの正解。僕だって、キャロルに会うまでは、そう思ってた」


そういって、セオドア殿下は少しだけ弱々しく微笑んだ。




 「でも、僕は君の心の声をいつも聞くことができることで、ひどく安心するんだ」


「安心?」


「君の心のなかは僕でいっぱいだ」


「だってセオドア殿下のこと、大好きだもの!」




 セオドア殿下にエスコートされている手に少しだけ力を込めると、セオドア殿下は私の手に反対側の手を重ねた。 


 「うん、知ってる。僕もキャロルのこと、大好き」


何度言われても、大好きな人から好きって言われるのは嬉しいわ。私は自然と口角が緩むとのを感じていると、エマが私たちを睨み付けた。






 「──して、」




 「え?」




 怒気を孕んだ声に、エマに向き直る。


「……どうして、あなただけが幸せなの?」




 エマは、公爵家の一員になったのに、幸せじゃないのかしら。




 「私はずっと、ずっと、セオドア殿下、あなただけを想ってたのに。新たにできた父も本当の父も考えていることはみーんな一緒!! 私の力で金儲けをすることばかり」


「……それは、」






 エマになんて声をかけたらいいか、わからなかった。




「でも、私は一人じゃなかった。私と同じ、青い瞳をもつ、あなたがいるって知ってたから。それなのに! あの子がいるからあなたは私を理解してくれない!! それなら──」




 「!」




 エマがどこからか、ナイフを取り出した。そして、その切っ先を私に向け、私の方へ突進する。




 「キャロル!!!」






 エマが私に向かって突進する。避けなきゃ、ととっさに思ったけれど体がついていかなかった。


「キャロル!!」


だめだ、刺される──。そう思った瞬間、突き飛ばされた。




 「……くっ、う」


「セオドア殿下!」


よろけて尻餅をついている場合じゃない。私を突き飛ばしたのは隣にいたセオドア殿下だった。──そして、私の代わりに刺されたのも。




 「そんな、どうして、その子を庇うの? そんなにその子が大事なの?」


エマは呆然として、ナイフを落とした。でも、エマの言葉に耳を貸す余裕はなかった。ナイフはセオドア殿下の右腕をかすっていた。血がスーツににじんでいる。




 「早く、早く救護係を呼ばないと!!!」


「大丈夫だよ、キャロル。少しかすっただけだから」


私を安心させるようにセオドア殿下は微笑んだ後、悲しい表情をエマに向けた。




 「警備隊、彼女を取り押さえろ」




 到着した警備隊がエマを連行する。その間、セオドア殿下はずっと悲しい顔をしていた。


















 それからエマは、セオドア殿下を害そうとした罪で刑を受けそうになったものの、被害者であるセオドア殿下の取りなしにより、刑は少しだけ軽くなった。




 「セオドア殿下、傷はまだ痛みますか?」


包帯はとれたものの、傷痕は少し残ってしまうらしいと聞いていた。


「大丈夫、もう全然痛くないよ。だから、そんなに心配そうな顔をしないで」


セオドア殿下が、私の頭を撫でる。私は悔しくて涙が出そうだった。私のせいで、セオドア殿下に怪我をさせてしまい、傷痕も残るなんて!




「違うよ、キャロルのせいじゃない。僕の彼女に対する言い方が悪かったんだ。僕の方こそごめん。僕のせいで、君を危険な目に合わせた」


「……そんなこと、」


「でも、それでも、僕は君の手を離せないんだ」




 そういって、強く腕を引かれる。気がつくとセオドア殿下に、抱き締められていた。






 「君のそばにいる居心地のよさを知ってしまったから」


「私だってセオドア殿下のそばにいたい」


でも、セオドア殿下がエマに引け目を感じていることにもちゃんと気づいてるわ。自分だけが、理解できたのにって。ずっと考えてた。どうして、私はセオドア殿下の力のことちゃんと理解できないの。私にも力があったらなぁって。でもね──。




 「きっと、誰も誰かの考えを完全には理解できないの。みんな自分のことを考えるので精一杯だから」


「……うん」


セオドア殿下が、私の肩に顔をうずめる。柔らかい髪が、肩に当たってくすぐったい。




 「でも完全に理解できなくても、こうやってキスできる」


そういって、セオドア殿下の頭にキスをする。ふふ、セオドア殿下の方が背が高いから、こうやって頭にキスをできるのは珍しい。




 「そうやって、相手を大事にできる。私は、セオドア殿下のこと、大事にしたいの。だから──結婚しましょう」






 私の言葉に、肩に顔をうずめていたセオドア殿下がばっと、顔をあげた。


「ずるいよ、キャロル。僕から言おうと思ってたのに」


「早い者勝ちだもの。それとも、セオドア殿下は私と結婚したくないですか?」




 私が青の瞳をじっと見つめると、セオドア殿下は笑った。


「したい!」


「だったら、決まり」




私たちは同一人物じゃない。だけど、お互いを大事にしていける。だから、きっと、大丈夫。












 「キャロル、とっても綺麗だ」


セオドア殿下の隣に並んだ私に、セオドア殿下は微笑む。私もとびきりの笑みを浮かべた。


「セオドア殿下こそ、世界一かっこいいわ」


お世辞抜きに本当。タキシードに青い瞳が良く映えていた。




 「もしかして、緊張してる?」


「……少しだけ」


一生に一度の大切な日。緊張しないはずもない。でも。


「それ以上にわくわくしてる」


「僕も」




 たくさんの人に祝福され、今日私たちは家族になる。




 ──初めてのキスは、レモンの味はしなかったけれど。とっても、とっても、幸せな味がした。
















 「ねぇ、お母様!」


「どうしたのジェラルド」


かわいい息子であるジェラルドが後ろから抱きついてきた。


「お母様とお父様って、どうやって出会ったの?」




 「それはね──、キャロルがお前と同じ僕の瞳を誉めてくれたんだよ」


愛しい旦那様が、顔を覗かせた。


「せっかくの機会だから、聞かせてあげるわ」




 私は椅子に座ると、ジェラルドを膝にのせた。


──これは、ついうっかり王子様を誉めたことから始まる、幸福な物語だ。


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