2
次第に、眠りから覚めていく。頭の中の霧が序々に晴れていく。朦気ながら、まぶたの裏に光がさす。
ミレーは目をあけた。
見慣れない空間が視界に飛び込み、同時にものすごい頭痛が、彼を襲った。
壁に何ら装飾のない、狭い部屋だ。ただ、すべてが真っ赤であるということは変りない。その部屋の椅子の上で、今まで三人とも眠らされていたようだ。
ミレーは立ち上がり、少し頭を左右にふってから、部屋の中を見まわした。同じような椅子の上で、アウルラームとラシャルタはまだ気を失っている。
やつらは彼らを縄で縛ると言っていたが、特に縛られてもいなかった。
それにしてもいつの間にこんな部屋に――、そう思った時、ミレーは再び激しい頭痛を感じた。
「ン、ンンッ」
「アウルラーム、気がついたか」
「ここは、どこだ? あッ!」
目をあけたアウルラームは、すぐに頭をかかえこんだ。
「アウルラーム、おまえもか!?」
「ああ。割れそうだ」
背後で、ラシャルタも目を覚まし、
「いったい、何があったんだ」
と、つぶやいた。
「二人とも、よく聞け」
アウルラームとラシャルタの椅子の中間にミレーは立ち、二人を見おろした。
「何か、思い出せないことはあるか? 記憶はたしかか?」
「ああ。全部はっきり覚えているよ。分からないのは、気を失ってからあとのことだけさ」
「ラシャルタは?」
「俺も大丈夫だ」
「そうか」
ミレーはひとつ、ため息をついた。
「どうやら、記憶は消されていないようだ」
「なぜだ。捕虜にしたら、ふつうまっ先に記憶を消すものじゃないか」
ラシャルタがいぶかしげに言うと、
「おそらく、やつらはまだその技術を持っていないのだろう」
と、ミレーは答え、アウルラームを見た。アウルラームは頭をかかえたまま、うつろな目でミレーを見上げた。
「だけど、俺たちにカルナール侵略の協力をさせると言っていたが、どういうことだ。記憶も消さないで、俺たちがそんなことするわけがないじゃないか」
その時、ミレーの背後の壁がスーッと開き、赤いスペース・スーツの異星人がひとり、部屋に入ってきた。
(どうやら、お目覚めのようだね)
三人が捕獲された時、最初にテレパシーを送って来た男のようだ。いや、男か女か、それとも性別を超越した存在なのかは、連中の容姿からはわからない。
(ご協力いただいて、感謝するよ)
「なんだって!」
思わずラシャルタが、椅子からとびあがった。
「どういうことだ」
(君たちが気を失っている間に、君たちの頭脳からツイサニアの情報を得させてもらった。ついでに、君たちの世界の想念波動周波数も調べさせてもらったよ。ずいぶん、繊細なんだねえ。でもお蔭様で我われは、君たちの世界の物質を破壊できるビーム銃やビーム砲のデータを得ることができた)
「おのれッ!」
ラシャルタがつかみかかろうとするが、頭痛のために力が出ない。ミレーも敵のテレパシーの苦痛に顔をゆがませながら、
「ひとつだけ、聞こう」
と、言った。
「なぜ、人々が平和に暮している他の星を侵略するんだ」
(それが、アンドロ・ゴグ前大帝のご遺志の、全宇宙征服覇に必要だからだ。邪魔者は容赦しない)
「非道だと思わないのか」
(思う、と言うような言葉は、我われには理解できない。君たちの世界の人間の持つ感情というものが、我われにとっては最大の謎なのだよ)
三人とも、一瞬言葉を押し殺した。自分たちの背丈の半分しかないこの異星人が、とてつもない怪物に思えてきた。
(我われは、すでにカルナール占領の第一歩を開始している。そして同時に、カルナールの隣の、うるさい君たちのいるツイサニアを殲滅させねばならない)
「カルナール侵略を、開始しただって?」
アウルラームの目が、異星人をするどく見据えた。
「どういうことだ!」
(あの惑星のいちばん巨大な都市に住む人々の想念を改造する電磁波を、すでに送っているのだよ。今はまだ、二つの都市だけだが、カルナール全体の物質波動周波数が我われの世界と同じになるまで、カルナール時間であと三日!)
ミレーは背筋が氷る思いで、他の二人の顔を交互に見た。蒼ざめた顔のうちにも、やはりという気持ちが汲みとれる。
(想念磁場エネルギーの異なる空間では、宇宙船を飛ばすことはできないからねえ。諸君もよくご存知と思うが。それに、波動周波数が変われば、大気成分もじき変わってくる。今のカルナールでは、我われは呼吸ができない。ちょうど今、君たちがそのマスクをはずしたら、ここでは息ができないのと同じだよ)
「そんなこと、させてたまるか」
(もう、遅いのだよ。我われはあのこよなく美しい星、カルナールを半分手に入れたも同然なのだから)
「俺たちを、どうする気だ」
ラシャルタは、異星人にとびかからんばかりに一歩前へ出る。
(もう少し、協力してもらいたい。君たちの人種、組織など、ずいぶん参考になるのでねえ)
テレパシーは、その後数秒とだえた。相手は黙って立っている。別の者と交信しているらしい。
(今、報告が入ったよ。我われのツイサニア基地攻撃が開始された)
見るみる壁の一方がパネルスクリーンとなり、そこに映し出されたのは、まぎれもなくサナヒラーズ・スカイラーゲン惑星ユニオンのツイサニア基地だった。
黄金色に輝くドームをいくつも持つ基地は、赤い戦闘艦に砲撃され、あちらこちらで爆発し、黒煙をあげている。ユニオン側も応戦はしているのだが、彼らのビーム砲は敵には通用しない。
「なんということだ」
三人ともこぶしをにぎりしめ、屈辱のくちびるをかみしめていた。
ラシャルタは思わず敵に銃口を向け、引き金をひいた。
光の束が銃口から放出され、相手の身体を包む。相手は瞬間のけぞり、すぐに二、三メートル向こうの床へ尻餅をついた。そして目を両手で覆い、首をふっている。
「だめだ。やはり目をくらませるだけで、倒すことはできない」
ミレーの言葉を聞きもせず、ラシャルタはもう一発、ビーム銃を放った。
敵がやっと目をおさえながらも立ち上がりかけると、その瞬間アウルラームが駆け寄り、異星人の胸ぐらへ蹴りを入れた。背の小さい相手は、胸ぐらあたりがちょうどそうしやすい高さにあった。異星人は再び転がった。
「なんて固い身体だ」
つぶやきながらもアウルラームは、他の二人の仲間をあごでしゃくった。
「さあ、早く逃げよう」
狭い部屋を出ると、左右に細長く、赤い廊下はのびている。
右の方から、多勢の足音がこちらへ向ってきた。
敵だ。
三人は必然的に、廊下の左の方へ駆けだした。
すぐに廊下は、十字に交差する。その中央の若干広いスペースの中央には、ドーム状の計機がひとつ、円卓の上に置かれている。
前方に続く廊下は、シャッターが上下からゆっくり閉じはじめた。
あっ、と思っているうち、右へまがる廊下のシャッターも、金属音とともに閉じようとしている。背後からは、足音が迫る。
「左だ!」
三人は、左の廊下へ駆けだした。
つんざくようなサイレンが、艦内に突然鳴りはじめた。
こちらの方も、シャッターが序々に閉じつつある。
まずラシャルタが、続いてミレーが上下からかみあおうとしているシャッターの間をぬけた。もう、人間ひとりが通れるぐらいしかすき間はない。まだ、アウルラームが残ってる。ラシャルタが、
「剣だ!」
と、叫んだ。ミレーは急いで、腰のベルトにつけた小型の装置をとりはずした。手のひらに入る程度の大きさのもので、ボタンを押せば、光の束がのびて剣となる。
ミレーはそれを閉じる寸前のシャッターの上下のすきまに置き、ボタンを押した。
光の束が上へのび、シャッターをすこし戻し、そのままつっかえとなって挟まった。
「アウルラーム。早く!」
シャッターのうなり音は、急速に大きくなっていく。
アウルラームがやっと這い出ると、剣は圧力で破裂し、シャッターが大音響とともに閉じた。
胸をなでおろす暇もなく、敵の駆け足の足音は、どこからともなく多数響いてくる。サイレンも鳴りっぱなしだ。
「さあ、こっちだ」
ミレーに続いて、二人は走った。
廊下のつきあたりに、やや広い四角の部屋があった。壁には計機がつまり、その前の椅子には異星人たちが座って作業をしている。彼らはミレーたち三人が部屋に入ると、一勢にこちらを見て立ち上がった。
この部屋のもうひとつの出口は、右側面にある。異星人はばらばらと出口の前にかたまり、銃をかまえた。
ミレーは自分の銃を敵のかたまりに向け、発射した。
光が異星人たちの体を包む。誰もが目を押さえてのけぞった。その瞬間、ミレーたちは三人そろって、敵につかみかかった。
アウルラームが、ひとり投げとばした。ラシャルタは足蹴りをくらわす。さらにアウルラームは、いどみかかって来た敵と取っ組み合いとなり、同時に背後の敵を後足で蹴った。
出口の正面に立っていた異星人の
すぐにまた、廊下が交差するスペースに出た。だが、正面からは銃をかかえた敵が、多勢向って来る。
気がつくと、右から左からも、敵の足音が聞こえる。間近に迫った正面の敵が、彼らに銃口を向ける。
「目をつぶれ!」
ミレーが叫び、三人とも目をつぶった。銃は発射されたが、光が彼らの身体を包んだにすぎなかった。
左の方はすぐ廊下がとぎれ、どこか広いところへ出るようだ。
「左だ!」
と、アウルラームが言うので、三人は左へ向って走った。
左にいた敵も彼らに向って発射したが、その都度彼らは目をつぶり、同時に自らも発射して敵の目をくらませた。敵の楕円形につりあがる黄色い大きな目には、まぶたがないようだ。
目をおさえてのけぞる敵を蹴散らして三人が出たところは、ドーム状となっている巨大な空間だった。
中程の高さの壁につき出たバルコニー状の通路が、彼らが立っているところだ。
「あ、俺たちの
アウルラームに言われて他の二人が遥か下のほうのフロアを見ると、確かに自分たちが乗って来た宇宙船が小さく見える。
最初に降り立った場所へ、戻って来たらしい。天井もまた、遥か高いところにある。
バルコニー状の通路の左右とも、すでに敵があふれ、迫って来た。今来た方からも、もうすぐそこへ敵は来ている。
逃げ道はもはやないらしい。いささか、疲れた。三人とも、肩で息をしている。
四人の異星人が一歩前へ出て、ミレーたちの前に立った。そのうち三人は目に遮光器をつけ、黒い色の銃を持っていた。他の敵の銃とは型が違う。もうひとりは、さきほど彼らにツイサニア攻撃の様子を見せた、あの男だ。
ミレーたちは、さっと銃をかまえた。
(まあ、待ちたまえ)
またあの、不快なテレパシーだ。
(この三人の銃は、君たちの頭脳から得たデータで作った、君たちのための銃なんだよ。君たちを殺すことができる銃なんだがねえ)
三人とも、思わず息をのんだ。
(さあ、あきらめて、我われの計画に協力してくれたまえ)
「冗談じゃない。そんなことは、断じてできない」
興奮したラシャルタが、敵をにらみ返す。
(それでは、死にたいのかね)
「ああ、たとえ死んでも、我われはツイサニア基地とカルナールのため、戦って死ぬんだから本望だ」
(なぜ君たちは、カルナールのために生命までかけるのかね? 所詮、他人の星ではないか)
「カルナール人は文明も稚拙で、自力ではおまえらの侵略に対抗できない。だから我われがカルナールを守る」
と、今度はミレーが答えた。
(それならなおのこと、占領してしまったほうが、自己の利益になるはずではないかね)
「おまえらのような我俗のかたまりと、いっしょにしてもらっては困る」
(諸君には、やはり死んでもらうしかないようだな。お気の毒だが)
敵の三人が、黒い銃を構え、歩いて来た。
あの引き金が引かれたら、おしまいだ。
右も左も敵がつまっていて、とても突破できる数ではない。
背後には手すりごしに、巨大な空間がずっと下の方まで、広がっているだけだ。
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