「たしかに、ひどい町だったな」

 と、宇宙船の中でミレーは言った。

「あの想念波動の荒さで、磁場エネルギーが完全に狂っている」

「でも、どう考えてもあり得ないことだ。何かがおかしい」

 船内のさほど広くない円形のフロアに立ち、アウルラームは腕を組んだ。

「やはり、サーマン・ミグの襲来と、何か関係があるのだろうか」

「そうかも知れない」

 もうひとりの乗務員のラシャルタは、黙って観察用スクリーンから外を見ている。すでに宇宙船は、大気圏を離脱していた。

 青く輝く惑星カルナールは平板から球体へと姿を移し、もはや完全な球として宙に浮いている。ラシャルタはふり向いた。

「あの都市の狂った磁場の上では、宇宙船ルッターを飛ばすことさえ困難だった」

「とりあえず、ツイサニア基地に戻ろう」

「うん。しかしアウルラーム、ラシャルタ。その前に、三人でもういちど考えてみようじゃないか」

 ラシャルタはミレーの言葉を聞いてスクリーンの前に離れ、他の二人の方へ歩み寄って来た。三人は小さな白い円卓を囲んで座った。

「とりあえず、かの惑星における我われとのコンダクターであるエイブの言葉を、ツイサニアの総督閣下まで報告するしかないだろう」

「そうだな、ミレー。あの町へ我われ自身が入りこむのは、危険すぎた」

 ちょうどこの時期、彼らの基地のあるラー恒星系第二惑星ツイサニアは、彼らが今行って来た第三惑星カルナールからだと、恒星ラーをはさんだ反対側の軌道上だ。したがって、遠まわりをして行かなければならない。彼らの円盤型宇宙船は、カルナールの軌道にそって碗曲に、しかもものすごいスピードで飛行した。


 銀河の中心から遠く離れた辺境に、ラー恒星系はある。その中でも、ひときわ美しく輝く惑星カルナール。そこには豊かな水と大地、そして空気がある。さまざまな生物が生息し、知的生物である人類もいる。だが、まだその文明は稚拙で、宇宙というものを知るには至っていない。

 サナヒラーズ・スカイラーゲン惑星ユニオンは、青い惑星カルナールを保護し、文明の発達を見守るため、ひとつ内側の軌道をまわる白い惑星ツイサニアに自分らの基地をおいた。それまで、ツイサニアは無人惑星だった。

 サナヒラーズ・スカイラーゲン――それは宇宙全体に広がる、惑星の連立組織だ。その惑星ユニオンの間では、種々の曲折があったにせよこれまで平和に時間を流して来た。

 だが、平和の乱れの発端は彼らの民間旅客船が、ラー恒星系内の空間で謎の敵の砲撃をうけ大破したことだった。

 武器も持たぬ民間船を砲撃したことに誰もが憤慨し、また同時に銀河の彼方から魔の手が忍び寄りつつあることを知った。

 魔の手――惑星ユニオンの宿敵、全宇宙武力征覇を目ろむ悪の軍団――サーマン・ミグにちがいない。

 しかし、その正体――どこに本星があり、どこから来るのかは誰も知らない。ただ、それからというもの、宇宙のあちらこちらでユニオン側の惑星が敵に占領されたという情報が、おびただしく入ってきた。

 そして今、敵はついに青く美しい惑星カルナールに目をつけたようだ。すでに近くまで迫って来ているらしい。

 時に宇宙紀元三〇三七年。

 ただしカルナールではまだ自らの紀元に至るより、はるかに昔のことである。


「これはどうやら、サーマン・ミグの侵攻と結びつけて考えた方がよさそうだ。カルナール最大の都市の想念エネルギーが狂いだしたのは、サーマン・ミグが近くまで来ているという情報を得たのと、ほとんど同時だものな」

「しかし、敵の正体が全く分からないだから、手の打ちようがないじゃないか」

 アウルラームに視線を向けてラシャルタは叫ぶ。ミレーが静かに顔を上げる。

「たしかに、カルナールの都市の想念エネルギーの急激な変化は、通常では説明がつかない。この前の極ジャンプによる大洪水で想念波動の荒い人種はすべて滅び、我われが救ったのは我われと同じ想念波動を持つ民族のみだったはずだ」

「そう。カルナール人は外見も我われと同じで、同じ波動を持っているはずだ。今回の想念波動の乱れは、やはりサーマン・ミグのしわざとしか考えられない」

「もしそうだとしたら、俺たち、黙ってはいられないぞ」

 ラシャルタは、こぶしで軽くテーブルを叩いた。ミレーも、同じ動作をした。

「カルナール人は文明も稚拙で、ユニオンに属していながら加盟は許されていない。彼らは大地が球だということも知らず、恒星ラーは自分たちの周りを回っていると思っている。それに、自分たち以外の人類が宇宙にいることも知らない」

「そう。大アウルハッターとなられたヤーウェ元総督の子で、カルナールへ流刑となった人の子孫の、あのエイブ一族は例外だが」

「とにかく」

 と、ラシャルタが、他の二人の顔を見た。

「我われはカルナールのために、戦わねばならない。そのためのツイサニア基地だものな」

 だが、その言葉も終らぬうち宇宙船の外にものすごい閃光を感じ、彼らの目は一瞬ふさがれた。

「うわッ! な、何だ!」

 気がつけば、激しい震動に、みな椅子から床へ放り出されている。

「どうした! 故障か!」

 ミレーが叫んで、最初に立ち上がった。

「何だったんだ、今のは!?」

「計機はどうだ?」

 三人はさっと、壁にびっしりつまっている計機の前へ、それぞれ散った。

「アルカリレザー、異常なし」

「ピュール・アマターバック、異常なし」

「ピュール・ハートスマトイック、異常ありません」

 他の計機も、すべて異常はなかった。

宇宙船ルッターに損傷はないようだ」

 と、ミレーが言った時、再びあの怪閃光に宇宙船は包まれた。また、三人の目はくらんだ。

 立ち上がって宇宙船を停止させ、アウルラームがスクリーンの外を見た。そこには暗黒の宇宙空間と燦然と輝く恒星ラーがあるだけで、他には何も見えない。

「次元スイッチを切り換えてみろ」

 アウルラームは、ミレーの言う通りにした。次元が切り替わり、宇宙船は異次元へスリップした。

 そこには、まぎれもない大宇宙船団がおびただしい数で、彼らの行く手をさえぎっていた。

 どれも真赤に塗られたハマキ型の戦闘艦だ。全部で五百機はあるだろう。中央には、楕円形の巨大な母艦が、やはり真赤な胴体を恒星ラーの光で輝かせている。

「今のは、やつらのビーム砲だったんだ」

 と、ラシャルタが叫んだ。

「次元潜行攻撃か」

「サーマン・ミグだ。やつらは、サーマン・ミグに違いない」

「まさか。もう、こんなところまで来ているのか」

「何という速さだ」

 ラシャルタの言葉と同時に、敵艦からのビーム砲が再び命中し、船内に閃光に包まれた。


 ――ものすごい閃光だ――

 ――こりゃ、何だ!?――

 ――うわっ、目が、目が見えない!――

「カーリア号、どうした!」

 ――緊急事態だ!――

「カーリア号、応答せよ。カーリア号!」

 ――何も見えない。操縦もきかない!――

「操縦がきかないって――?」

 ――何も動かない。マローナが近すぎる。マローナに落ちて行く。うわーッ!――


 それきり、通信はとだえた。

 かつて民間旅客船カーリア号が、謎の敵に砲撃されて大破した時の、操縦士とツイサニア基地との最後の通信だ。

 似ている、とミレーは思った。

 今自分たちがあびている閃光は、カーリア号撃墜の時と同じものらしい。ほんの一瞬、カーリア号のことが脳裏によみがえっただけで、ミレーはすぐにそれに気がついた。

 宇宙船自体、ビーム砲をうけても何ら損傷はなく、彼らとて目をくらませられるだけだ。カーリア号の時も、ビーム砲に破壊されたのではなく、操縦不能になって第五惑星マローナに墜落したのだった。それにしてもあの時は、あまりにもマローナに接近しすぎていた。

「部署につけ」

 と、ミレーが叫んだ。各員それぞれ、計機の前に座った。

 ――こちらサナヒラーズ・スカイラーゲン惑星ユニオン、銀河系第十一腕支隊ツイサニア基地所属の探査船アルメオン。ただちに、攻撃中止せよ。攻撃を中止して、名乗られたし――

 アウルラームがくりかえし応答を求めたが、パネルスクリーンには、何ら反能はなかった。

「何てやつらだ」

 ラシャルタが、舌を鳴らした。

「こちらも応戦しよう」

 応戦するにしても、彼らの宇宙船は戦闘艦ではない。ごく簡単な小型ビーム銃がついているだけだ。

 しかたなくそれを、ラシャルタが発射した。

 敵の戦闘艦一機に命中した。

 ただ、敵のビーム砲がこの宇宙船に損傷を与えないように、こちらのビーム銃も敵にきかない。命中した敵戦闘艦は依然として無事である。

 おそらく物質構成の波動エネルギー周波数が、全く異なる世界の連中なのだろう。波動周波数は、想念磁場によって変わる。

 敵がサーマン・ミグであることは、ほぼ間違いない。間断なく敵は、攻撃をしかけて来る。目がくらませられるたび、少しずつ敵の母艦の方へ誘導されているようだ。そしていつのまにか、前後左右上下とも、宇宙船は完全に敵艦隊に包囲されてしまっていた。

「とりあえず、逃げるんだ」

 と、ミレーが叫んだ。

「だめだ! 身動きがとれない」

「そんなばかなッ!」

 アウルラームの叫びに、ラシャルタも手動操縦のレヴァーを動かしてみた。

「本当だ。いったいどうしたんだ」

「あの時と同じだ」

 ミレーがスクリーンの外の敵艦を見ながら、つぶやいた。

「あの時って?」

 アウルラームが、ミレーを見た。

「カーリア号撃墜事件さ」

「そう言えば……」

「しかし、なぜだ。なぜ動かなくなるんだ。あの閃光をあびたからか!?」

「いや、違う。恐らくは」

 アウルラームとラシャルタの二人は、息をのんでミレーの言葉を待った。

「恐らくは?」

「敵艦は想念波動周波数が全く異なる世界のものだから、この空間の磁場が婉曲して、我われの宇宙船の磁気エネルギーが作動しないのだろう」

「じゃ、どうしたらいいんだ!」

「まあ、ラシャルタ、落ちつけ」

「これが落ち着いていられるか!」

 ラシャルタがミレーに怒鳴り返した時、また敵艦のビーム砲が命中した。

 目のくらみから立ち直った時、彼らは一勢に驚きの声を上げた。

 敵の母艦が、恐るべき近距離にある。

「こっちへ寄って来る。体あたりする気か」

 アウルラームが目をひんむいて叫んだが、その時、母艦の中央部がぽっかりと大きな口をあけた。彼らの宇宙船は、母艦の側面に開いた口を吸い込まれる形となった。

 宇宙船が敵母艦に入ってしまうと、口は閉じられた。

「おい、どうしたんだ。いったい、何が起こったんだ!?」

「俺たち……」

 ミレーは肩を落としていた。

「俺たち、敵に捕獲されたんだ」

「そんな」

 アウルラームが二人の方へ歩み寄った。スクリーンの外から、オレンジ色の光が飛び込んで来た。敵母艦の内部が、スクリーンから見える。

(宇宙船から降りよ)

 と、いう強いテレパシーを、三人は同時に感じた。粗雑なテレパシー周波に、三人ともひどいめまいを覚えた。

「誰が降りるものか」

 ラシャルタが怒鳴った。すると再び、

(早くしろ!)

 と、いうテレパシーが、苦痛をともなって飛来した。

「これは言う通りにした方がいい。で、ないと、俺たちの頭はあの粗悪なテレパシーでめちゃめちゃにされてしまう」

 ミレーに続いて、三人とも宇宙船の外へ出るハッチへ向った。右脇にあるボタンを押せば、彼らの身体は光子体となって、宇宙船の外へ瞬間エゴムライズ(電送)される。

 宇宙マスクをつけ、宇宙船の外へ降り立った彼らが見たものは、真紅の巨大なドームの内側だった。敵の宇宙船は外観だけでなく、内部も真っ赤に統一されている。先程、オレンジ色に感じたのは淡い照明のせいだった。壁の素材も、柱も天井も床も、計機類もすべて赤、赤、赤……。

「どっちを向いても、真っ赤じゃないか。気が狂いそうだ」

「静かに」

 アウルラームを、ミレーは手で制した。自分たちは何者かに包囲されている。そう感じたからだ。

 その者たちは、じわじわと包囲の輪を縮めてきているようだ。背景と同色の赤のスペース・スーツを着ているので、すぐには気づかなかったのだ。

 敵はすべて、ミレーたち三人の半分ぐらいの背丈しかない。顔のねずみ色がかかった皮膚は固そうで、頭髪はない。耳の先端は長く上へとんがり、目はつりあがる大きな楕円だ。鼻は穴が二つ顔面にあいているだけで、口は耳もとまでさけていた。

 そんな連中が三十人ばかり、手に銃をかまえて迫って来る。

 反射的に三人とも銃をかまえた。

「何者だ! いったい何の目的で、俺たちを捕獲した!?」

 と、ラシャルタが叫んだ。敵は歩みを止めた。

(ようこそ、惑星ユニオンの諸君。君たち三人を歓迎することにしよう)

 テレパシーでそう語りながら、連中はかまえた銃をはなそうとしない。

「サーマン・ミグ!」

 ミレーの叫びのような問いに、

(そのとおり)

 と、テレパシーが返ってきた。傍受するたび、強烈な苦痛を伴うテレパシーだ。

「なぜ、テレパシーを使う!? 肉声で喋れ、肉声で!」

 相手は口をあけた。笑っているらしい。

(残念ながら我われの人種では、肉声などというものはとうの昔に退化してしまっているのだよ。テレパシーしか使わないものでねえ)

 たまりかねたミレーたちは、三人とも同時に両手で自分の頭のこめかみを、宇宙マスクの上から押さえた。

「やめろ! やめてくれ。頭が壊れる!」

(やめてもいいのだがね、君たちは我われがなぜ君たちを捕獲したのか、知りたくはないのかね)

「なぜだ! 早く言え!」

 頭をかかえながら、ラシャルタはわめきちらした。

(我われサーマン・ミグは全宇宙の征覇をめざしているのだがね、このたび我われの首都惑星、ミグローナ恒星系第四惑星マゴグでは、アンドロ・ゴグ大帝が亡くなられ、新しい大帝が即位されたのだよ。そのお祝いに、こよなく美しい星をみつけたのでねえ、それをプレゼントしようと思ったのだが、そのためには君たちの協力が必要なのだよ)

 三人はもはや立っていることもできず、頭をかかえたまま床にひざまずき、のたうちまわった。苦しい息の下からも、ミレーは力をしぼって言った。

「冗談じゃない。そんな計画に、我われが……」

 意識が、薄れていく。

(いや、そのこよなく美しい惑星カルナールを手に入れるには、君たちのツイサニア基地は少々目ざわりでねえ)

「な、なんだって、カ、カル……ナール…………だって……」

(君たちは間もなく、いやでも我われに協力することになる。それまで、おとなしくしておいてもらおう。我われの電子バリアは、君たちの世界が我われと波動を異にするために使えないらしい。だから、いささか古風だが、君たちを縄で縛らせてもらうよ)

 後手を縛られている間に、三人とも意識はすっかり消えていった。

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