The GENESIS Chapter 18 to 19

John B. Rabitan

「この世界がもうすぐ、想像もできないような恐怖に見舞われる。」

 羊飼いの老人エイブは、天から来た人たちから背筋が氷るようなメッセージを受けた。

 想像もできないような恐怖?

 詳しくは、彼らは何も語ってくれない。

 ただ、悪の軍団が迫りつつあるということを、エイブに告げただけだった。


         ※     ※     ※


 この日、エイブは大きなかしの木の下の自分のテントの前にあった石に腰をおろし、日向ひなたぼっこをしていた。

 昼下りだ。

 空は晴れ渡り、左右に山脈が平行して走っている。

 白髪のエイブが自分の長いひげに手をあて、草木の少ないこの地方のまぶしい陽光に目を細めたりしていると、突然轟音とともに突風が吹き荒れ、舞いあがる砂麈で空もかき曇ったように光を失った。移住用の巨大なテントさえ風に揺すぶられ、頭上では樫の木の枝葉がざわめいた。

 彼は驚きもせず静かに立ち上がると、空を見た。

 ちょうど木のてっぺんあたりに目もくらむような光のドームが出現し、ゆっくり回転しながら地上近くまで降下して来る。彼は黙って、それを見つめていた。

 光のドームは、やがて銀色の巨大な円盤へと姿をあらわにした。すぐに三人の人影がドームの光を背に、浮かびあがったのが認められた。

 ようやく風もおさまり、空の明るさも戻った。

「エイブ。久し振りですね」

 三人のうちの一人が話しかけてくるのを、エイブは聞いた。

「はい。しかし、今朝方から、あなたがたにお会いできる気がしておりました」

「それは、私たちがあなたの意識の中に、かすかな刺激を与えておいたからです」

 老人の名を、天から来た人たちはいつも親しみをこめてエイブと呼ぶ。

「エイブは元気そうで、何よりです」

 うなずきながら、エイブは三人を自分のテントの入口へ迎え、地に膝をついた。

「羊の世話は、せがれのイスマエルにまかせきりでしてな」

「あなたの姿が空から見えた時、私たちも大きな安心感を覚えました」

 三人の男は、いずれも身体にフィットした銀色の服を着ている。顔だちから年齢は、さっぱりわからない。ただ、十分若者と呼べそうだ。非常にすべすべした肌を持ち、三人とも目はブルーグレー、髪は金髪だった。

 彼らはそっと手をさしのべ、エイブに立つように促した。


 エイブがはじめて彼らと遭遇したのは、もう二十年も前だった。

 その頃、エイブはハランという土地に住んでいたが、何度も空中を飛来する円盤状の物体を目撃するようになった。そのことは誰に話しても笑うだけで、本気にしてくれる者はいなかった。

 そんなある晩、彼はまばゆい閃光をテントの外に感じた。外へ出てみると、見慣れた円盤が空中を旋回し、光を放ちながらほど近いところへ下降してくる。

 走り寄ろうとしたエイブは、目に見えない力で前へ進むことができなくなった。すぐに、円盤の中から自分たちと寸分変わらぬ人間が現れた。

「恐れるな」

 と、人間は言った。エイブには、夢としか思えなかった。

「私はあなたと話をするため、天の星たちの間から来た者です」

 かん高い肉声で、天から来た人は語った。

 それから後は、彼らの導くままエイブは羊を追って遊牧の旅を続けた。行く先々では、常に豊かな牧草と水に恵まれた。

 そして「塩の海」の南、このマムブレの地に移って来たのは、ほんの数年前だった。


 今日、彼らがエイブの前に現れたのは、実に二ヶ月ぶりだ。

「エイブ。今日来たのは、あなたの世界の巨大なある都市のことを、調べに来たのです」

「都市? それは、何という都市ですかな」

「ここから一番近い都市です」

 エイブには、言わずとも知れた都市だった。

「しかし、アドナイ」

 エイブは目を上げて言った。アドナイとは彼らの名ではない。この地方の言葉で「あるじ」という意味だ。

「あなたがたがわしに好意的であるなら、素通りしてもらっては困りますわい。水で足を洗い、この木の下でお休み下され。それから出かけられてもよろしかろうて」

 エイブはテントの中に向って、

「サラ」

 と、自分の妻である老婆の名を呼んだ。

「急いでパンを焼け」

 さらにエイブ自身で小牛を一頭つぶし、その肉とパン、しぼりたての牛乳とヨーグルトで三人の男をもてなした。

 食事が終って、三人は立ち上がった。

「とりあえず、エイブ、あなたからその都市の話を聞くことにしましょう」

「では、どうですかな、その町が見えるところへ、行きませんか」

 エイブのテントからほんの短い距離を歩いただけで、見晴しのいい崖の上へ出ることができる。

 すぐ目の下から遠く前方に横たわる山脈の麓まで、大都市は一面に広がっていた。石造りの家々が並び、それらが長い城壁で囲まれ、中央には巨大な宮殿が威容を誇っている。谷あいに細長く伸びる都市だ。

 三人の男とエイブは、都市を見おろして、崖の上に立った。

「この町の悪の叫びは高すぎ、天まで届いている」

 と、三人のうちのひとりがつぶやいた。

「さもあろう。わしの甥があの町に住んでおるが、そりゃもうものすごい荒廃ぶりじゃそうな。夜は絶対に外に出られたものじゃないらしい。女が身体を金で売ったり、男同士関係したり、もう恥が恥でなくっなっているという。世も末かも知れんのう」

「実は」

 天から来た男たちは、皆顔を曇らせていた。

「とてつもない恐怖が、今この世界に迫っているようなのです。あなたがたの文明では理解できない悪の軍団が、星々の間からこの世界へ向かっているらしいのです」

「とてつもない恐怖?」

「身も凍るような恐しい出来事が起こるかも知れない。そしてそのこととこの都市の荒廃が、何かしら関係があるようなのです」

「なぜですかな? なぜ、そのようなことが言えるのですかな?」

「この都市の人々の心は、迫り来ようとしている悪の軍団とあまりに似すぎている」

「お話がよう分からんのですがのう」

「とにかく万が一のため、あなたの家族はしばらくほら穴の中に隠れていて下さい。それも、なるべくあの都市から離れて」

「はあ」

「あなたは私たちに選ばれたのですから、あなたを殺すわけにはいきません。あなたとあなたの子孫は私たちに選ばれ、大きな強い民族となるでしょう」

「それじゃ、あなたがたは懲らしめのため、あの町を亡すと言われるのか」

 三人とも答えなかった。エイブはどうやら、彼ら三人が懲罰として目下の大都市を焼き亡ぼそうとしていると思っているらしい。

「それは困る。あの町には五十人にも満たぬかも知れぬが、いや、十人に満たぬかも知れぬが、正しい人はおる。その正しい人たちも、悪人といっしょに亡ぼしてしまわれるおつもりか」

 エイブは、肩で息をしている。しわだらけの顔も、真赤だ。

「私たちとて、この世界にある都市を亡ぼしたくはないのです。正しい人が五十人でも十人でも、あるいはわずか五人でも、あの都市を亡ぼしたくありません。しかし……」

 その先は説明をあきらめ、彼らは黙った。

「そ、それじゃ、あの都市に住むわしの甥の家族だけでも」

「それは、お約束します」

 一瞬安堵の表情を見せたエイブだったが、すぐに不安げな顔を空へ向けた。

「悪の軍団――」

「大丈夫。私たちを信じなさい。恐れることはありません。私たちはあなた方の盾です」

 もと来た道を戻り、三人の男はエイブに別れを告げて円盤の中へ消えた。円盤は空気を振動させながら浮上し、ものすごい速さで空へ消えて行った。

 エイブは樫の木の下で、それを見あげていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る