東へ向かって出発したソミンは、各地で穴居抜けとセブリ作りユサバリを教えながら行ったので、アシナツチの村を出てから十日余りもたってしまっていた。

 しかも全員が徒歩である。

 ソミンたちも韓の地の魏の帯方郡では馬という移動用の動物を家畜化し、それまたがって動き回っていたものだが、この国にはその馬という動物は生息していない。また。船団に乗せて連れてくることもしなかった。

 もっとも、今は山間部のかなり起伏の激しい道を進んでいるので、馬だったらかえって難儀したかもしれない。

 意宇おうの里は東ということだったが目指しているのは真東ではなく、正確には北東の方角へと向かう形だった。すでに火の川の流域とは離れている。

 すでに八蜘蛛断滅やくもたちと穴居抜けの情報は各地に伝わっており、どこへ行ってもソミンは村人たちの大歓迎を受けた。時には情報が先まわりして、ソミンが到着した時には、すでに人々はセブリを張っていたということさえあった。

 ソミンは彼がその作り方を直接教えたセブリの入り口には、必ずある札を張った。彼の名、ソミンソーランを漢字で音訳した「蘇民将来」という四文字が漢字で書かれた木の札だった。

「俺の祖国の民の祖先は昔、他の国の奴隷になっていたことがあったんだ。しかし神がお告げで救って下さることになって、その時に門の入り口に羊の血を塗れということだった。神が起こされた疫病は、門にそうしてあった家だけを過ぎ越していった。だからこの札を張っておけば、疫病が過ぎ越していくぞ」

 笑いながら説明するソミンだったが、人々は真剣にそのことを聞いていた。

 行く所すべてまわりは緑の山だった。谷あいにひっそりと、どの村も存在している。時には村のムレコカミが挨拶に出てきたりもした。そして彼は驚いた。噂というものは、どんどん尾びれがついていくもののようだ。彼はいつの間にか太陽神の弟で、海を治める人格神にさせられていた。

 ユザバリもソミンとオオヤマミが手分けして直接伝えているものがまた聞きでどんどん広まって、もうこの国に穴居している者はいないのではないかと思われるほどになった。

  

 さらに何日かたち、一行は谷あいにある小さな村へたどり着いた。ソミンは、

「おお、すがすがしい」

 と、そればかりの連発だった。そんなソミンにオオヤマミは、

「明日はクナトの大社おおやしろに参りますだ。明日じゅうには佐草に着けますぞ」

 と、言った。

「姫に会える」

 急にソミンの胸高鳴り、とうとうその晩彼は一睡もできなかった。

 クナトの大社は、山の上だった。川に沿って山と山の間の道を進むうち、急にオオヤマミが左手の山に登ると言い出した。

「この上にクナトの大社はああですだ。ここからはヤシガサとあんたさんの、二人で登らんといけん」

「わかった」

 ソミンは五十猛達に、停止命令を出した。

 もともとが海育ちなだけに、ソミンはどうも山登りは得意ではない。山の木々の中は涼しいとはいえ、登るうちに彼は汗だくになった。オオヤマミは身軽なものだ。さっさと先を登っていく。

 やがて上の方に、閃光が走ったような気がした。一気に登ると森は急に開け、平らな空間が広がった。

「これがクナトの大社の磐座いわくらじゃ」

 ソミンは息を飲んで、目の前に展開されている風景を見つめた。大社というから巨大な神宮でもあるのかと思っていたが、今目の前には人工の建造物は全くなかった。それでもこんな荘厳な神宮を、ソミンは今まで見たことがなかった。

 場所は広くはないが、所狭しと巨石が林立している。どの岩も等身大の大きさだった。形もそろってはおらず、幾何学的に並べられているわけでもないが、黒々とした岩肌の前にはすべての言葉も時間も埋没してしまいそうだった。

 オオヤマミは立ったまま、二回ほどお辞儀をした。そしてすぐに手を四つ打つ。その軽快な音が、山中の森に木魂した。森林の冷気と磐座の神々しさで、ソミンの汗はすっかり引いていた。

 オオヤマミは呪文のような言葉を発しはじめた。

「カンナガラトホカミエミタメ ヒフミヨイムナヤコトモチロラネシキル ユヰツワヌソヲタハクメカ ウオエニサリヘテノマスア セヱホレケウイエ!」

 それが終わってから、オオヤマミははじめてソミンの顔を見た。

「こちらがこの国の太祖神、クナトの大神さんじゃ」

 ソミンは無言でうなずいた。思えば邪馬台やまとにいた頃は、蛮国以外の何者でもないような言い方をされていた敵国クナトの太祖神の前に今自分はいる。運命の皮肉さを、彼はひしひしと感じていた。

 下山してすぐに、再び行軍は始まった。やがて道は峠にさしかかった。

「ここを下ったら、意宇の里ですだ」

「おお、いよいよ!」

 峠の上からは、素晴らしい見晴らしだった。目下に一面に広がっているのは水田で、稲穂が意宇の川風に吹かれて青々と波打っていた。

 平地の真ん中にどっしりと円錐形の山があり、オオヤマミはそれを指さして、この地方の神奈備山かんなびやまだと言った。その山の向こうの視界は山脈でさえぎられ、山脈の手前には右方向の大海から入り込む入江が横たわり、その水面が輝いているのさえ見えた。右手の遠方では平野の遙か彼方で、火神の山がわずかに白煙を空へ吹き上げていた。

 ソミンがその美しいパノラマにうっとりしていると、オオヤマミは、

「さあ、もうすぐですけん」

 と、言って前進を促した。


 作草の森に、笛の音や鼓の音が響いていた。

 森の中央にはひときわ巨大な杉の木があり、それを中心に生け垣が張りめぐらされていた。一重ではない。森を遠まきにするほどの所まで大垣、中垣、万垣と、垣は幾重にもなっていた。

 それほど多くの人が集まったのだ。各地のクズコカミ、ムレコカミはもちろん、ソミンを神のごとく崇める人々が、知らせを聞いて押しかけて来た。

 森の中の小さな池の前に、ソミンとクシイナダ姫は並び立った。二人の姿が池に映る。ここで隠遁生活をしていた間、クシイナダ姫が鏡のかわりにしていた池だ。

 ソミンは姫の肩に手をのせた。人々はわっと沸いた。クシイナダは少々はにかんで、嬉しそうに下を向いていた。

「みんな。俺が風習にないことをやったので、びっくりして騒いでいるのだな」

 ソミンのひと声で、民衆は静まりかえった。彼等にとって天の神であるソミンの、そのひとことをも聞き逃すまいと彼等は必死だった。

「風習にないことといえば」

 ソミンの視線は、民衆に混ざって自分の婚儀に参列してくれている花嫁の両親、アシナツチとテナツチに向けられた。

「今日この席に、妻の両親も参列してくれている。みんなにとってこんなことは、前代末聞のことだろう。しかし俺は自分で望んで、両親のお許しを頂いて妻として姫をもらった。そして今ともにそのご両親にも、祝ってもらっている。どうかこれを、この地でも慣例にしてほしい。俺が八蜘蛛やくものガキの鉄人族をろちを退治したのを機に、妻込つまごめはやめてほしいんだ」

 ソミンの哀願ともいえるこの言葉は、人々の上によく響いた。誰もが少しは複雑な表情をしていた。しかし今や彼等にとって、ソミンは神そのものだった。異議を差し挟む者はいない。

「それで」

 ソミンの言葉は続く。

「妻込を禁じるトモドリツギ(法)を、俺はオオヤマミ殿に提案した。聞けば毎年十月にはクズシリカミが集まってカミツドイを行うそうだが、その折にもっと細かいハタムラ(細則)について議ってくれるそうだ。そこでわれはこの国を出雲いずもと呼び、新しく定める法を出雲の八重やえがきと呼ぶことにする。いいか、記せ!」

 ソミンの声が、一段と高くなった。流暢な節をつけ、彼は歌を詠じた。

 ――八蜘蛛断ちやくもたち 出雲八重書やえがき 妻込つまごめに 八重書作る その八重書を――

 おおっという歓声が、人々の間であがった。ソミンは満足げに、ニコニコして人々に手を振った。すぐに直会なおらいの酒宴となった。


 佐草の森のすぐ東の小高い丘の上に、ソミンは新居を求めた。

 ちょうど中腹に少しだけ平らな土地があり、ちょっとした谷間となっていた。清水が涌き、小さな流れとなって丘の下に落ちている。

 そこからは意宇の平原と神奈備山、遠くは山脈と手前の入り海が、実によく見渡せた。

 新居はセブリではなく木造だった。

 

 これより先に彼は、ここへ来るまでに通ってきたすがすがしい印象を持った村に、姑のアシナツチとテナツチのためにも木造で新居を提供していた。アシナツチはその時に名を改め、イナダノミヤヌシ・スガノヤツミミと名乗った。

 

 穴居に永く住み慣れた妻のクイシナダにとって、高床式の木造の家に慣れるまで少々時間がかかりそうだった。

 ある日、意宇の里を見下ろしながら石の上に腰かけて、クシイナダはそのことを夫に訴えた。

「俺も今まで、いろいろな所を、旅してきたからなあ。だから新しい環境に慣れる苦労も知っているし、また反対にそれが案外簡単なんだってことも知っているんだ」

「そんないろいろな所を、旅して来なあたんですか」

 姫の率直な驚きの声とともに風が吹いて、彼女の髪をなびかせた。

「これからも、また旅?」

「いや」

 ソミンの返事は力強かった。

「俺はやっと、永住の地を見つけたよ」

「この国ですね」

「そう。それと、そなただ」

「また」

 姫ははにかんで微笑んだ。ソミンはまっすぐに、目の前に広がる広い風景を見ていた。

「明日は、オオクナトヌシに会いに行くつもりだ」

「でも、会ってくれるでしょうか」

「いや、むしろ待っているだろう。自分の領国の中でこんなにも民衆をひきつけて、大騒ぎをしている男が俺だ。自分で言うのも変だけど、オオクナトヌシは俺のことが、相当気になっているんじゃないかな。もし俺がオオクナトヌシだったらきっとそう思う」

 姫はクスっと笑った。

「何がおかしい?」

「あ、ごめんなさい。ただ、あなたって考えちょうことが、いつも大きいんだなあって思いまして」

「それだけが取り得さ」

 そう言ってからソミンは、自分の妻の顔を見た。

「それよりも、そなたは後悔しておらぬか?」

「何を後悔する必要がああですか?」

「俺といっしょになったことさ」

「そげなんわかりません。だって人の妻になることを喜んだり後悔したりすることってなあですけんね、この国の女にとっては」

「じゃあ、何を考えて、みんなは結婚するんだ?」

「あきらめ……かな?」

 ソミンは、ひとつため息をついた。

「そなたも、あきらめか?」

妻込つまごめにした女を何十日も放っておく男なんて、聞いたこともなあですが。あきらめだけだった、とっくに逃げ出しちょうです」

 それを聞いてソミンは、やっとニッコリと微笑んだ。

「待たせたな」

「ええ。簸川ひかわからここまで、一日もかかりはせんですに」

「うん、それでいいんだ」

 ソミンは、したり顔にうなづいた。

「これからの出雲の女はそういうふうに、あきらめだけでなく愚痴のひとつでも言うべきだ。もう妻込はないんだ。あるのは出雲八重書だけなんだから、そなたにも新しい出雲の女としての目覚を持って欲しい」

「はい。じゃあ新しい出雲の女として、ひとつ聞いてもいいですかいね?」

「おお、さっそくに」

 ソミンは笑った。

「まあ、いい。何だ?」

「はい。実は私、あなた様のこれまでのことが知りたいんです。あなた様はたしか自分のことを、スサの王と名乗っておいなあたですが」

「ああ。新しい出雲の女は、夫の素性も知るべきだな」

 ソミンは視線を、再び遠くの景色へと戻した。

「スサとはな、遠い遠い西の国だ。そしてそこが、俺の故郷なんだ」

邪馬台やまとよりも西?」

「そんなものじゃない。魏よりももっと西だ」

「魏よりも西?」

 クシイナダ姫があげた叫びはスサの王の言ったことが、彼女のものを認識する範囲を十分越えていたことを物語っていた。

「そう。魏よりもずっと西だ。俺は船で来たけど、歩いて来たら、そうだなあ、二年か三年はかかっただろうな」

「そげな遠い所にも陸がああて、国がああですか?」

「あるともさ。魏の国の都には、俺の故郷よりももっとずっと遠い西の国から、人はやって来ているよ。世界は広いんだ。それに比べたら、この国は小さな島国だよ」

「でもここは神さんの国、ゴドバルですが」

「たしかに。それは俺も感じた。こんな神々しい国は、今までお目にかかったことはなったよ」

「そのスサっていう国は、どげな所なあですか」

「一面の砂だ」

「砂って、あの海辺にある?」

 姫は怪訝な顔をした。砂漠を見たことがない彼女には、ピンとこないのだろう。

「そう。見渡す限りの一面の砂だ。その砂を潤すのがチグリスとユーフラテスという二本の大きな川で、その近くに俺の生まれたスサの国があるんだ。もっとも今ではパルチアという巨大な国家の一都市になってしまっているけどな、俺の家はスサの王家であったということが、家伝で代々語り継がれて来たんだ。だから俺はスサの王と名乗った」

「そげな遠い所から、どうしてわざわざこの国へ?」

「俺の国には、東のミズラホの国から白馬に騎った救世主がやがて現れるという伝説があるんだ。だから人々は救世主を持っているんだけれど、俺の性格としてじっと待っているよりも、そのミズラホの国に自分で行ってしまおうと思ったというわけだ」

「あの、何と?」

「え?」

「その救世主が来るという国の名前」

「ミズラホの国のことか?」

 姫はかしこそうな顔つきで、景色を見ながらゆっくりうなずいた。

「この国は別名を、ミズホの国っていうんですけど」

 ソミンはまた大きく笑った。

「分かっていたさ。この国が、つまり魏がいうところの倭の国というこの島国全体が、俺の求めていた国だってことは、そなたに今言われるまでもなく分かっていた」

「まあ、何でです?」

「俺がからの地を経て、この国に最初に上陸したのは邪馬台やまとだった。話には聞いていたけど、こんな小さな島国がさらに小さな国々に分かれて争っているなんて、正直言ってびっくりしたよ」

「じゃあ、邪馬台で何か聞いたんですか?」

「ああ。この国の、いや、全世界の正しい歴史を聞いた。俺たちの遠い祖先は、この国から来たということもな」

「遠い祖先?」

「ヨイロッパ・アダムイブヒ赤人女祖あかひとめそ様という方だ。その女祖様がおられた土地だから、俺たちの故郷をメソポタミアというんだということも、邪馬台ではじめて知ったよ」

「そげな話、はじめて。だって、この国は太陽の直系国で遠い昔から太陽の子孫の大王様が治めていちょうなあてたけど、大地震と大津波でみんな死んで多くの陸地も沈んで、生き残った人々が石器や土器を作って、やっとこの小さな国を建てはじめたのだって父からは聞きましたに」

「その地震や津波の前は?」

「ウガヤフキアエズという大王様が、六十九代にわたって世界を治めちょうなあたって聞いちょりますが」

「そのとおりだ。しかもその前にも二十五もの王朝が栄えては滅び、その繰り返しだったんだ。その頃、つまり超太古はこの国の王こそが世界大王で、天の浮船うきふねという空を飛ぶ船に乗って全世界を飛びまわっていたという。そなたたちが太陽の神として崇めている天照日向比売あまてらすひむかつひめも、実は超太古の世界大王だっんだよ」

「あっ、そう言えば、あなた様はたしかはじめてお会いした時、ご自分を天照日向比売様の弟とおしゃいましたが」

 少し含み笑いをソミンは見せた。雲がひときれ動いて、ほんの少し太陽の光を遮った。

「それにはわけがあるんだ」

「わけ?」

「実はこれも邪馬台でのことだけどな、俺が五十猛を連れて邪馬台にはじめて上陸した時、奴らは敵が攻めてきたと思ったらしく、一政に攻撃を仕掛けて来てな。ところが応戦しながらも何とか上陸したら、奴らは俺の顔を見て急に伏し拝んできた。そしてそのまま、女王の前に連れて行かれたよ」

「女王って、巫女みことかいう?」

「そう。女王は戦いの陣まで来ていたんだ。男装してだよ。ところがそれよりもびっくりしたのは、女王は俺と同種だったんだ」

「同種?」

「俺の髪の色、俺の肌の色と、女王のそれはことごとく同じだったんだよ。女王も俺を見てひとことシュメール・ミグァトゥと言い、女王のそのひとことで、俺はたちまち邪馬台の政治を任された。女王は政治よりも神祭りの方がお好きでな、人々は皆俺を女王日の巫女の弟だと思い込んでいたよ」

「どうしてそれが、アマテラス様の弟ということに?」

「そこなんだよ、問題は」

 姫は黙って、ソミンの話に耳を傾けていた。

「実は邪馬台で本当の歴史を知ったって言ったけど、それは命懸けでのことだったんだ。本当の歴史について、邪馬台では知っている者は殺され、書物もみんな焼かれてしまう。昔、今の魏の国がある地方にあった秦という国でも、始皇帝という帝王によって同じことがされたっていうけど、目的は同じさ。始皇帝も実は俺と同じ人種だったからな」

 姫が口をはさむ余地は、もはや全くなくなっていた。

「つまり本当の歴史を殺し、自らがその国の正統な支配者であり、国のもといとなりたいということさ。邪馬台でも文字は漢字以外のこの国のもとからの文字は、一切が使用禁止だった。いや、禁止しているだけでなく、漢字以外に文字はもともとなかったと、人々に思い込ませている。そればかりじゃない。自分たちが大陸から持ってきた稲作以前の文明の歴史までをも、ことごとく抹消しようとまでしているんだよ。それで自分たちが来る前には、狩りをしていた未開な人々しかこの列島国にはいなかったという歴史を、やつらはでっちあげようとしている」

「そんなの、あまりにもインチキ!」

「そうだろう。もっとインチキなことに日の巫女はこの国の歴史を消しておきながら、自らを天照日向比売、正式には超太古の世界女王の天疎日向津比売あまさかりひむかつひめの再来だと人々に思い込ませているし、なんと自分でもそう思い込んでいるから始末が悪い。そもそもまだ人類が発祥する前に、宇宙そのものである唯一絶対神は、七日でこの世界と人と生物を創造されたと、俺たちの国のタルムートという聖典には書いてあるんだ。その七日目の神様が「天照主日大神あまてらすひおおかみ様」とおっしゃってだな、このお方こそ本当の意味での天の神様・大天津神様で肉体はお待ちではない男神様だ。そして天疎日向津日売はさっきも言ったように超太古の世界女王、すなわち肉体神で、天照女大神あまてらすすめおおかみ様とも申し上げる女神様なんだ。この二神を混同して、しかもそれを自分になぞらえ、この国の歴史は自分から始まるということに日の巫女はしようとしている。そうして自分の列島支配を正統化しようとしている。俺はそのことが許せなかったんだ」

 ソミンはだんだんと、興奮を隠せないという様子になってきた。

「だから俺は日の巫女を殺した。野生の鹿の皮をはいで、日の巫女が幡屋にいる時に、それを天井をぶちぬいて投げ込んでやったんだ。日の巫女め、針でアソコを突いて死んじまったよ」

 姫の顔が一瞬曇ったのを、横目でソミンは認めた。しかしそのまま彼は喋り続けた。

「俺は許せないことは許さない性質たちなんだ。とにかく許せなかったんだよ。だから女王を殺して俺が王になった。だが、いつの間にか河原で策謀が行われていてな、突然十三才の豊姫が女王になって、俺は追放されてしまったよ。それで一度は韓の地に戻ったけどな、そこは女王国を援護する魏の国の帯方郡だし、居づらいんでこの国に来て、そしてそなたに会えた」

「その数奇な運命が私とあなたを会わせてくれたのなら、私は運命に感謝します」

「でも俺の数奇な運命は、これで終わりじゃないぜ、きっと」

「え、なぜ?」

「この国は邪馬台の敵国だからな。やつらがしつこくこの国を攻めるのは、この国の人たちがそなたのように、ある程度本当の歴史を知っているからなんだ。本当の歴史はやつらの列島支配にとっては、はなはだ都合が悪いからな」

「そげな理由だったなんて、この戦争が……。知らなかった」

「とにかく俺が来たからには、この国を邪馬台の連中なんかの好きにはさせない。やつらが日の巫女をアマテラス大神にしたてて歴史を書き、俺なんかは荒ぶる神とでも書かれ、この国が根の国・底の国などとさげすまれようとも、俺は戦うぜ!」

「私のためにも?」

「もちろんさ」

 ソミンは力強く言い放ち、遠くの山脈をじっと見つめた。

「しかしそのためには、この国の王に事態を分かってもらわねば」

 ソミンの視線はいつしか、山の麓の意宇の里に向けられていた。そこに、明日会うべきオオクナトヌシがいるはずだ。

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