第二話 鍛冶屋

「……相変わらず、ドルガルの店構えはおかしいな」


 高山圭太は、店の前に立ちながら、その光景を眺める。

 白木の壁に垂れ下がる色とりどりの蔓。何段にも連なった煉瓦造りの花壇には、毎日入れ替わる花が咲き乱れている。

 裏通りな筈の周囲には、光零れる小さな公園があり、周辺の子供達の笑い声がする。


「……」


 木製の扉のそばには、看板代わりの小さな樽があり、その上にわざわざ小型に作った剣や盾などが置かれている。

 それがなければ花屋にしか見えない。


「あ、新作ね、あれ。やるわねドルガル……腕上げてるわ」


 感心そうなアリスティアの声に見てみれば、硝子窓に飾られた物が見える。子犬の縫いぐるみだ。しかも、無性に撫でまわしたいほどかわいい。


「……縫いぐるみ師になりたいのか、本職どれなんだよ……」


 何とも言えない表情でつぶやく圭太。


「まあ、いいや。こんちわ、お邪魔しまーす」


 木製の扉を開けて中に入る。カランコロンと豪奢な鐘が来店を告げる。そして、出てきたのは。


「ガハハハハ! よおく来たな、ヒヨッコ! 久しぶりだ、元気にしとったか!!」


 鋼鉄のような分厚い肉体を纏った、長く白い髭のドワーフだった。



◇◇◇◇◇◇



「この前来たのは、いつだっけ? 『二か月』前ぐらいか? また随分変わったなあ」


 店の中をキョロキョロと見渡す。天井から鎖で吊るされたいくつもの鉢植えには、これまた沢山の花が溢れている。

 ガラス窓からは、日の光が差し込み、店内に置かれたテーブルの上の縫いぐるみの山が温かい影を作っている。


「ほら、ヒヨッコ、とりあえずこれでも飲め」


 ずずいと差し出されたのは、繊細な作りの硝子製のコップ。中に入っているのは、琥珀色に揺らめく紅茶だ。一口飲んで、その味わいを確かめる。


「……違和感あるほど美味い」


「ガハハハ! 儂の作った焙煎機のお陰だな! 最近、ちょい凝っててな。やっと、安定して焙煎できるようになってきたわい」


「……美味しいわ、これ。ねえ、ドルガル、その焙煎機よければちょっと使う事はできないかしら? 今日、『迷宮』でお茶の葉採ってきたのよね」


「ああ、構わんぞい、アリス。後で使い方教えてやる」


 しばらく近況話に花が咲く。


「もう、この店、喫茶店でいいんじゃないかな」


 テーブルの上に置かれた皿から、黄金色のクッキーのようなお菓子をつまみ口に入れる。サクサクとした歯触りが心地よい。


「お菓子まで美味いし。ドルガルの店って、何屋だっけ」


「もう耄碌したかヒヨッコ? よおく見てみい。どこからどう見ても」


 呆れたようにドルガルが肩をすくめる。店内を見渡し、圭太のコップの紅茶が無くなっているのに気づき、ポットから新しい紅茶を注ぐ。


「――鍛冶屋だろうが」


「いや、剣の一本も見当たらないよな!? というか、この前見たときは、それなりに並んでたじゃん! なんで、あの棚無くなってて、代わりに縫いぐるみに占拠されてんだよ!?」


「いや、最近ボアロの毛皮を入手してな。練習がてらに、孫のチャミィに子犬の縫いぐるみを作ってやったんじゃ。そしたら、チャミィがな、あの天使の声で「おじいちゃん、ありがとう」って言いおってな。そんな事言われたら、もっと作るしかないじゃろ?」


「まあ、そこんところは、分からなくもないけど」


「だから、鍛冶の仕事を一時廃業してな」


「いや、そこはおかしいだろ」


「ようやっと、満足できる縫いぐるみが仕上がってきたのでな。ぼちぼち、鍛冶屋も再開する予定じゃ」


「自由すぎる店だろ……よく営業続くよな」


「ドルガルの腕は確かだものね。このお店も、チャミィが生まれてから、随分変わったわね」


 アリスティアが紅茶片手に、ドルガルに笑いかける。


「覚えてるかしら、ドルガル。ここへ来た私に貴方が言った最初の言葉。『エルフなんぞに作るもんはない!』だったかしら?」


「よくもまあ昔の事を覚えておるもんじゃ」


 ガシガシと頭をかくドルガル。やはり、エルフとドワーフは仲が悪いのが基本なのか、と心の中でどうでもいい事を感動する圭太。


「覚えておけよ、ヒヨッコ。例え種族が何であろうと、女に対する失言は後々まで響くぞい」


「それは、まあ……分かるような気がする」


 そろそろ痛みが引いてきた尻をさすりつつ圭太は、紅茶を口に含んだ。


「具体的に何年くらい後まで響くかというとじゃな。あの時、アリスと会ったのは確か」


「あーら、右手が勝手に」


「うわっちゃ! 熱い! アリス、儂の背中に紅茶こぼすんじゃないわ!」 



◇◇◇◇◇◇



 なんだかんだで、その後焙煎機の使い方を習い、手持ちのお茶の葉を焙煎したアリスティアが礼を言って荷袋に紅茶を詰めていく。ちなみに、風や火の精霊魔法を使い、アリスティアは時間がかかる工程を短縮している。


「それで用事はなんじゃ? 新しい武器でも見に来たのか?」


 その言葉に、アリスティアがぽんと手を叩く。


「そうそう、忘れそうになってたけど、これよ、これ」


 圭太の肩をつかむと、ドルガルに見せる。


「ほら、ここ。修繕して欲しいんだけど」


「ふむ、見事に裂けておるの。どれにやられたんじゃ?」


 今日の『迷宮』での戦いを話すと、ドルガルは腕を組む。


「あの魔物の攻撃でここまで深い傷になるとはの。ヒヨッコらしいのお」


「まあ、ケイタだし」


「うぐ」


 聞けば、あの蝙蝠蜂は習性を利用すれば簡単に相手できるので、傷を負う者は滅多にいないらしい。


「避けるのが遅かったのが原因じゃな。動作がにぶい。鎧の重さが足手まといになっておるの……しかし、この皮鎧も結構軽い方なんじゃがのう」


「まあ、ケイタだし」


「うぐ」


 いちいちアリスティアが煩い。ニコニコと笑っている表情が恨めしい。


「それでね、ケイタの皮鎧どうしようか迷ってて。このまま、修繕して使い続けるか、もしくは改良できないかって」


「改良というと……この場合は、軽量化かの?」


 ドルガルの答えにアリスティアが頷く。


「そうね、防御を上げても重さが問題になってしまうと思うわ。ケイタの今の力量に合わせるなら、軽量化が一番ね」


「とは言え、部品点数を省くのは勧めんぞい」


 ドルガルが眉をしかめる。鉄鎧とは違い、皮鎧は自由度が高い。狩人や魔法使いなどは、実際動きが阻害されないよう、必要最低限の部品に間引く事も多い。胸当てと手甲だけという出で立ちの者もいないわけではない。


「ヒヨッコの技量では、まだまだ早い。今は、鎧に助けられている段階じゃ。部品を少なくするのは、まだ先じゃよ」


 避けきれない攻撃を、鎧で防ぐ。身体を制御し、敵の攻撃を鎧に当てるのは、ケイタにとっては無理ゲーな話である。


「今と同じ構成で今よりも軽い鎧。それが、今回の必要条件って事かしら?」


「そうなるのかの。しかし、案外これは難しい問題じゃぞ。ヒヨッコの体力に合わせた素材になるからの。そう簡単には……」


「まあ、其処らへんは鍛冶屋の仕事よね」


 アリスティアが紅茶を飲み干す。


「むむう」


「とにかくお願いするわ。今日は、この後用事があるから。改良についての詳しい打ち合わせは、また今度ね。とりあえず、現状の修繕を頼もうかしら。ケイタもそれでいい?」


「ああ、よくわかんなかったけど、それでいい」


「あんた……ちゃんと聞いてなさいよ……」


 思わず脱力するアリスティア。それに対して圭太はというと。


「え、だって二人が考えてくれて出した結論だろ? それでいいし、それがいい」


「……まあ、いいけど。自分自身の事なんだから、あんまり人任せにはしないでよね」


 そう言ったアリスティアの声は、気のせいかいつもよりも優しく聞こえた気がした圭太だった。



◇◇◇◇◇◇



 その後仕事が終わったシャンテと合流して白鍋亭へと赴いた圭太は、店長試作のお菓子を心ゆくまで堪能し。

 満ち足りた表情で、元の世界へと帰るのであった。

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