第一話 冒険者互助組合

「……うん、いい匂いです。さすが、アリスティアさん! 巣のいい部分だけ厳選してますね。他の人だと、まだ蜂蜜になってない部分とかも混じってて後処理が大変になるんですけど。これだけ、たっぷり蜂蜜ついてるのって、なかなか無いんですよ……でも、本当にすみません。急に無理な依頼になっちゃって」


 申し訳なさそうにアリスティアに話しかけているのは、十代後半の少女。栗色の髪の毛を後ろで団子のように束ねている。


「いいわよ、気にしないで。シャンテには、いつもお世話になってるしね」


 微笑みながら軽く首を振るアリスティア。


 二人の間には、分厚い木でできた長机が仕切っている。アリスティア達が訪れているのは、街の中心に近い場所にある建物だ。その大きな建物には、引っ切り無しに沢山のヒト、ドワーフ、エルフなど多種多様な種族が訪れている。


 この世界には『冒険者』と呼ばれる職業が存在する。我が身を危険にさらし、その引き換えに富を得る者達。


 世界にあまねく存在する『迷宮』の中には、古代魔法文明時代の後期に作られた『魔宮』と呼称される迷宮がある。当時、敵地の主要箇所に『迷宮』を出現させ混乱に陥れ、凝縮した魔力でもって時には『迷宮』外に魔物をあふれさせたりしたらしい。

 現在でも残る『魔宮』は、僅からながらも魔力を蓄え続けていて、魔物が外に出現してしまう可能性がある。

 『魔宮』に乗り込んで、魔物を蹴散らし、蓄えられる魔力を散らす。それが、冒険者だ。


 そんな冒険者を支援し、管理するのが、この建物。『冒険者互助組合』――通称『組合』である。互助組合であるため、いわゆる公的な『国』の援助がない。

 その分、国を超えた支援ができ、一つの国にとどまらない自由な気風を持つ冒険者にとっては有り難い存在だ。


 アリスティアが話しているシャンテも、その『組合』に属する組合員である。主な業務は、受付業。街中から発行される依頼を受け付け、冒険者に紹介する。シャンテの左右にも、そんな受付業務を行っている者が複数並んでいる。


 そんなシャンテが長机越しに、頭を近づけて小声で話しかけてくる。


「実は、この蜂蜜、白鍋亭の店長さんからのご依頼なんです」


「白鍋亭? ……って、あのカリプで有名な?」


 アリスティアも、シャンテにつられて額を突き合わせながら小声で話す。


「ええ、あそこのカリプ最高ですからね。柔らかい歯触りに、果物の酸味が……は、どうでもよくて、いえ、どうでもよくない凄い味なんですけど、今は置いといて」


 味を思い出したのか幸せそうな表情だったシャンテが、両手で小さく隣に物を置くしぐさをする。


「この蜂蜜なんに使うと思います? 新作ですよ、新作。店長さんが、結構前から考えていたお菓子がようやく目途が付きそうになったらしいんです。で、最終試作を作るために、蜂蜜も厳選する事になって」


「ああ、で、必要になったってわけね」


「そうなんです。他の材料の賞味期限との兼ね合いで、そんなに時間もなくって。だから、アリスティアさんには無理を言いまして、お願いした次第で」


「役に立ったのなら嬉しいわ。でも、いいの? そんな依頼主の話なんかしちゃって」


 思わず周りを見渡すアリスティア。厳しい決まりがあるわけでもないが、素材集めなどの深い事情がない通常依頼の内情を、わざわざ話すこともないと思うのだが。


「いえいえ、これは店長さんの意向でもあってですね。依頼を受けてくれた方へのお礼という事なんですが」


 シャンテが、アリスティアに囁く。


「試食。行きません? この蜂蜜使ったお菓子を食べた意見を聞きたいんだそうです。私、アリスティアさんを連れて行ったら、ご相伴にあずかれるんですよ」


「行く」


 即答であった。甘いものに釣られるアリスティア。まだまだ、少女なお年頃である。お年頃がどれくらいなのかは、彼女判断である。


「やったぁ」


 思わず声を上げようとして、慌てて口をふさぐシャンテ。


「どうしたの、シャンテ?」


 隣の受付口から怪訝そうな声をかけてくる同僚に、「なんでもないですなんでも」と手を振るシャンテは、ふうと息をついて背伸びした。


「じゃあ、アリスティアさん。私の仕事の後でいいですか? 一緒に行きましょうね」


「分かったわ。じゃあ、後でね。ちょっと時間つぶしてくるわ」


「はい。……あの、ところで、その」


「何かしら?」


 シャンテが言いずらそうに声をかける。


「そのさっきから、床でお尻をさすりながら呻いているケイタさんは一体どうし……」


「ああ」


 アリスティアの機嫌よさそうな表情が一瞬で冷たい視線へと変化し、足元へと移る。


「『これ』がどうかした?」


「……いえーなんでもないです……」


 また何か機嫌損ねたんだろうなあ、とシャンテは苦笑いで、『組合』を出ていく二人を見送った。



◇◇◇◇◇◇



「ゲイル……腫れに聞く魔法ってない? 俺の尻がチンパンジーになってるんだが」


『ちんぱんじーが何なのか不明なのですが、とりあえず私は回復魔法の手段は持ち合わせておりません』


「ゲイルは時々役に立たないなあ」


『む。《聖剣》の私にむかって暴言ですよ、ケイタ。意識をもって以来、役に立たないなどと言われたのは初めてです』


 人気のない裏通り。ピコンピコン点滅しながら、《聖剣》が《聖剣》使いと言い合いをしている。


『大体、ケイタは言動が思慮に欠けているのです。相手の立場に立って、もう少し言葉を選ぶことを学ぶべきです』


「はーい、ゲイル先生」


『むむ、真面目に聞いてませんね。よろしい、では常日頃から感じているケイタの駄目なところ百選をとくと聞かせて』


「待って、俺そんなに駄目な所あんの? かなり衝撃的なんですけど」


『ちなみに、第一部です』


「まだ他にもあんのかよ!?」


『全部で』


「あ、いいです。聞くと心折れそうなのでいいです」


「……あんたたち、くだらない事言ってないで、さっさと行くわよ」


 先を進んでいたアリスティアが、溜息をつく。


「おう、ドルガルの所だろ、この先って?」


 ピコンピコン点滅状態の宝石を掌で覆って、『聞きなさい、ケイタ』とか喚いている《聖剣》を無視する。何気にひどい《聖剣》使いである。風上にもおけない。


「そうよ、ケイタの皮鎧、さっきので少し壊れちゃったでしょ、肩の所」


 アリスティアが、圭太の肩に手を伸ばす。蝙蝠蜂の攻撃がかすったそこは、肩を保護する部分が裂け、今にも外れそうになっていた。


「直すか改良するか、ドルガルと相談しないとね」


 肩に顔を近づけながら、「んー」と思案するアリスティア。自然と距離が近づく金髪を何故か恥ずかしくなりながら避けると、圭太は思わず言った。


「べ、別にドルガルにわざわざ頼まないでも、いいんじゃないか? これぐらい外さないようにするぐらいだったら俺でもできるし」


 きょとんとした表情で身をよけた少年を見ていたアリスティアは、圭太の言葉に呆れたように右手を腰に当てる。


「あのねえ、防具は命を預けるものよ。例え、駆け出し冒険者のアンタが身に着けている安物の皮鎧だとしても。妥協してはいけないわ。常に良好な状態を保つこと。防具の一つ一つの部分が、アンタの命を守るのよ」


『アリスティアの言う通りですよ、ケイタ。《聖剣》である私が、ケイタの身を守ります。しかし、ケイタ自身も己の身を守る術は持つべきです。ありとあらゆる手段を持って』


「……わかったよ」


 思わず言った一言に、アリスティアとゲイルは、真摯な言葉を突き付けてきた。二人の真剣な言葉に、ここが自分の住む世界とは違う異世界なのだと強く意識する。


「セーブもできないし、昔懐かしの復活の呪文もないしな。『いのちだいじに』でいきますか」


「……また意味不明な事言ってるわよ、ゲイル」


『あれだけ注意してるのに直す気配見せませんね』


「というか、注意された記憶保てないんじゃない? ケイタだし」


『ああ、成程。ケイタですもんね』


「ケイタだし」


『ケイタですし』


「人が反省してるのに、こそこそしないでくれませんかねえ!?」


 アリスティアとゲイルの小声の話が圭太の精神をゴリゴリ削りとっていく。そして、ようやくドルガルの店が近づいてきた。

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