第二章

プロローグ

 十六歳の高校生、高山圭太たかやまけいたには、三つの秘密がある。


 一つ目。

 自室の天井裏に隠している『参考書』。

 机の引き出しの二重底に隠していた非常に勉強になる『参考書』を幼馴染に奪われて以来、天井裏に隠し部屋をつくり新しい『参考書』をそこに保管している。

 今のところは無事だ。


 二つ目。

『学習用』とラベルを張った外付けハードディスク。

 学生の本分である勉学用のデータが保管されてある。なぜか、パスワード認証を解除しないと中が見れない高機能タイプ。

 ちなみに、全く関係ないが、同じ型式の商品を一緒に購入したクラスメイトの友人たちとは『もしも、俺が死んでしまったら、こいつの処分を頼む』という義兄弟の盃を交わしている。

 特に意味は無い。多分。


 そして、三つ目。

 ここ最近できた秘密だ。


 十六歳の高校生、高山圭太は――放課後には聖剣を持って、異世界で冒険をやっている。



◇◇◇◇◇◇



「ほら、ケイタ、そっちに一匹行ったわよ!」


 とある迷宮のとある階層。

 板張りの通路が、長く続いている。等間隔に並んだ松明の明かりがゆらゆらと揺れる中、一人の少女の声が高山圭太の耳を打つ。戦闘中でありながら、少女の声はよく響く。


「うげ、まだ来るのか!?」


 たった今目の前の魔物を何とか倒した圭太はげんなりとしながら、向かってくる魔物に対して持っていた剣を構える。

 白い刀身。柄に埋め込まれた宝石のような石が点滅する。


『まだ、ほんの六匹です。これからですよ、ケイタ』


「もう十分だよ、俺は!」


 聞こえてきた声は、剣自身が発している。意志ある剣、《聖剣》レビィランテゲイル。圭太の頼もしいパートナーだ。時々、先生でもある。


『そろそろ、特徴も掴んできた頃でしょう。自分自身で倒してみてください』


「了解!」


 ゲイルの声にこたえて、圭太は魔物に集中する。形としては、尻尾の長い蝙蝠。それが、天井付近から、滑るように向かってくる。

 攻撃は、その長い尻尾だ。蜂のように尖った先端を、すれ違いざまに突き出してくる。


「蝙蝠なのか蜂なのかはっきりしやがれ!」


 八つ当たり気味に怒鳴りながら、切り込む。わざと避けやすいように大きく振りかぶると、蝙蝠蜂は圭太の背後をとるように大きく迂回した。


「避けた先が分かるから当てやすい、んだよ!」


 振り向きざま聖剣を振る。非力な圭太が使っても、《聖剣》の威力は衰えることなく、蝙蝠蜂を両断した。


『背後からの奇襲が得意な魔物ですから、咄嗟に動くと背後を取りやすい。その習性をうまく利用できましたね。あと、もう数匹いけそうですよ』


「いや、もう勘弁……」


 ぜいぜい言いながら、圭太が聖剣を杖代わりにする。


「ほんとにー体力ないわね、アンタは……」


 呆れた声が近づいてくる。

 長い金髪がさらさらと流れ、その中に特徴的な長い耳が目立っている。

 

「一応、トレーニングはやってんだけどな……」


「とれーにんぐ? 何それ意味わかんない」


「ああ、鍛錬って言った方がいいか」


「ねえ、この前も言ったけど、そっちの世界の辞書持ってきなさいよ。なんか、もう私がそっちの言葉を覚えた方がはやそうだわ」


「辞書って……そんな簡単に覚えられるのか?」

 

 英語の授業が得意ではない圭太は、思わずそんなことを聞いてしまう。


「異世界の言葉って言っても、生きている言葉でしょ? 古代魔法文明時代の文字のほうがよっぽど難解だわ」


「へえ。じゃあ、今度何冊か持ってくるよ」


「じゃあ、倒した魔物を解体したら出ましょうか。依頼達成よ。ゲイル、素材の運搬お願いね」


『了解しました』



◇◇◇◇◇◇



 木製の扉を開き、迷宮の外に出た高山圭太は、先ほどまで入っていた迷宮の建物を振り返った。長い蔦の絡まった煉瓦造りの屋敷。

『レテシーヌ夫人の緑の館』と呼ばれるこの迷宮は、植物園と言った方が相応しいぐらいに、多種多様な植物が存在している。

 薬草の原料にもなる素材が豊富で、近隣の冒険者に人気の迷宮である。今回の依頼である素材採取は、アリスティアが定期的に行っている依頼であるらしい。


「さてと、依頼素材もちゃんと採取したし、お茶の葉もたっぷり採れたわ。これで、しばらくお茶には困らないわね」


 ホクホク顔のアリスティアは、建物を眺めている圭太に声をかける。


「どうしたの、ケイタ?」


「……ん、いやあ、さっきまであの中にいたとは思えないほどの小ささだなあ、と」


「ああ、そうね」


 圭太の感想に頷く。建物の大きさは、先ほどまで入っていた中の広さとは段違いのこじんまりとしたものだった。煉瓦造りの壁といい、緑の芝生と花咲き乱れる花壇といい、迷宮だと知っていなければ『花好きな夫人の住みそうな』普通の屋敷である。

 まさか、全十層にも及ぶ植物系や昆虫系の魔物の巣くう迷宮だとは思うまい。


「『迷宮作成』で作られた迷宮って、時々こういうのがあるのよ。実際の大きさとは、かけ離れた広さを確保しているの。幻惑を見せられているのか、どこか別の場所に繋がっているのか、中に入った私たちが小さくなっているのか――詳しいことはわからないけどね」


「異世界に繋がってたり?」


「案外そうかもね。ゲイル、素材出してくれる? 人目につくとこで貴方からもらうわけにはいかないから、今のうちに荷袋に移しちゃいましょ」


『わかりました、アリスティア』


 圭太の右手の剣、その柄の宝石のようなものが瞬いたかと思うと、圭太の傍に沢山の素材である植物が現れた。


「ほら、ケイタ、あんたの荷袋に依頼素材つめていってね。私のにはお茶の葉入れるから」


「おう」


 圭太が手にする《聖剣》レヴィランテゲイルは、古より存在する白き聖なる存在だ。恐れ多くも圭太のような成り立てへっぽこ冒険者が持つような武器ではない。万が一ゲイルが持つ普通とは違う能力の事が周りに知られたら、どんな厄介ごとが襲ってくるか分からない。


 《収納》の能力に頼ってはいるが、それはあくまで周りに人がいない時だけなのだ。


「……おおう、案外重いな、これ」


 パンパンになった荷袋をえいやと担いで圭太が漏らす。中に入っているのは先ほど戦った蝙蝠蜂の巣の欠片だ。蝙蝠蜂が現れる場所の近くには、高確率で巣が存在する。蝙蝠蜂は、花の蜜を採集し巣の中で貯蔵する習性がある。貯蔵された花の蜜は、保管される間に水分が少なくなっていき甘みが増していき蝙蝠蜂蜜となる。普通の蜂の蜂蜜よりも甘く濃厚な味に虜になっているものも多い。


 圭太達は蝙蝠蜂を倒した後、近くで発見した巣を砕き、持ち帰ったのだ。


「なあ、アリス。そっちの荷袋と交換しねえ?」


『レテシーヌ夫人の緑の館』は、街からさほど離れていない場所にあるため、それなりに整備された道がある。もちろん舗装されているわけではないが、踏み固められた道にそって歩けば例え圭太のような方向音痴でもそうそう迷うことはない。

 そんな道を歩いて街に戻る途中、圭太は荷袋の重さに耐えかねアリスティアに提案した。


「……あんた、私みたいな非力なエルフにそんな提案して恥ずかしくないの……?」


 神秘的な雰囲気を醸し出す美貌のエルフにジト目で見られながら、圭太は頷く。


「ああ、俺の目の間にいるのはアリスであって、エルフじゃないからな。俺の思うエルフってのは、繊細で儚げで思わず守りたくなるような存在なんだ。お前のような『なんちゃってエルフ』とは全然違……あだだだだだだだっ!」


 圭太の尻に衝撃が生まれる。


「何なんだよ! 痛えなあ! ……って」


 思わず振り向くと、アリスティアの周囲にはいつもの光の精霊がいくつも現れヒュンヒュンと旋回していた。しばしの沈黙。ヒュンヒュンという音だけが二人の間に流れる。


「……あー……アリスティアさん?」


「あら、何かしら。『なんちゃってエルフ』に何か御用?」


「その……なんだ。言い過ぎ……ました?」


 恐る恐る後ずさりしながら圭太が尋ねる。

 にこやかに首をかしげると、その金色の髪の一房が、サラリと肩に流れる。虫も殺さぬような微笑みから零れる鈴のような声。


「殺す」


「助けてー!!」


 しばらく周囲にはズドンズドンと何かにぶつかるような音と、少年の悲鳴が響いた。

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