エピローグ
光の刃が突き刺さった魔物から、ゆっくりと光が消えていく。
灰色の体表が見えるのを、遠くから確認しながら、圭太はほっと安堵した。
刃を生やす魔物がその身体を己の刃で傷つける事はできるのか、まさに賭けだった。確認する手立てもなく、無理ならまた別の手を考えないといけなかったが……これなら大丈夫そうだ。
『来ます! ケイタの左に、二本!』
ゲイルの声に、《聖剣》を左手に持ち替え、そのまま薙ぎ払う。二つの刃が消え、そしてそのまま二匹の魔物が倒されていく。
「よし、いいぞゲイル! 次々いくぞ!」
『はい!』
通路の中央に立ち、《聖剣》を構える。いくら、ゲイルの声のサポートがあるとはいえ、《聖剣》を振るうのは圭太自身だ。少しでも剣先がずれれば、あの刃が突き刺さる。
しかし、圭太はその恐怖を押し殺し、刃を消していく。
消した後、どこに出現させるかはゲイルに一任だ。どこに出現させてぶち当てるかなんて、そんな余裕は圭太にはない。
とにかく、消すこと。吸収すること。今のケイタには、それが精一杯だ。
「それでも、もう死にそうなんだけどもっ……!!」
ほんの数分の戦闘で、圭太は息切れ寸前である。
「ゲイル、身体強化の魔法とか持ってないのかよ?」
『……使い手の限界を突破させる能力はありますが?』
「おおおおおお!! あるのか、んじゃあ、それ使」
『ただし、文字通り限界を突破するので、色々な意味で。あまりお勧めいたしません』
「おおおおおおおう。遠慮しときます……」
やはり、楽な道は無いらしい。仕方ないので、地道に頑張る圭太。
少しづつでも剣を振るう度に減っていくので、そろそろ周りを見渡す余裕ができてきた。
そろそろ、魔物の数は終わりらしい。
襲ってくる光の刃が複数から一本に変わってきた。落ち着いて、吸収していく圭太。
『残り一匹です! 正面!』
その声を聞いた瞬間、圭太は走り出した。体を右にずらして、刃を避ける。
「ゲイル、最後くらいは仕留めるぞ!」
『……はい、ケイタ!』
一気に近づく。魔物が次の光の刃を出す前に、圭太が先に間合いに入る。
「おらぁっ!」
力任せの一閃。魔物が縦に割れる感触。
勢いそのまま、地面に倒れこみながら、圭太は力なく呟いた。
「つ、疲れた……」
◇◇◇◇◇◇
「お疲れ様。二人とも」
『有難うございます、アリスティア』
「死んだ……」
「アンタはホントに体力ないわね……」
倒れたままでぜーぜー言っている圭太に、眉をひそめるアリスティア。
「でも、よくやったわ。特に最後。一匹でも、自分の力だけでやったじゃない」
「ま、ま、まあ、な。お、俺の、実力に、かか、れば」
「息整えて言いなさいよ」
「お、おう」
俯せから、仰向けに何とか姿勢を変える。
傍らに目を向ければ、そこには先ほど倒した二つに割れた魔物の死体がある。
ぐっと握った《聖剣》を天井に掲げる。
《聖石》の煌めきが、目に入る。
「……まあ、最初はこんなもんだ。ありがとな、ゲイル。助かったぜ」
『お疲れ様でした』
◇◇◇◇◇◇
突き当りの壁を見てみれば、そこは水晶のようなもので出来ていた。
それら全てが光を放っている。
そして、その壁からは枝のごとく水晶が何本も伸びている。
アリスティアの細い腕が伸び、そのうちの一本を折った。ガラスのような繊細な音が響く。
「ここは、迷宮の魔法の失敗のうちの一つ。何が原因かは不明なんだけど、光の精霊とは違ったやり方で宝物庫の通路を照らすはずだった光魔法が密集してできてしまったものなの。魔力がある限り光り続ける照明道具。それが迷宮化によってまともに配置されずに固まった。しかもこんな形になってね。光晶石は、その欠片ってわけ」
「へえ」
「他の迷宮で分かったことなんだけど、この水晶のようなものは少しずつ成長しているらしいの。だから、枝を折っても暫くたてば、似たような枝ができていくらしいわ。でも、これ全部とってしまうと駄目なんだって。そこからは、二度と水晶が出来なくなる」
また、何本か折っていくアリスティア。
「だから、全部は取らないこと。今回も、十個分くらいね。ほら、ケイタ。そっちの方も折っていって」
「了解」
二人で枝を折っていく。
「この魔物たちも、またどこからかやってくるらしいわ。今度会う時は気をつけなさい」
「そうだな、今度はアリスティアに任せるわ」
圭太は溜息をついた。
「命がけはもう勘弁」
『私は楽しかったです』
「ゲイルはあれだな、脳筋なんだな」
「ノウキン? 何それ意味わかんない」
『ケイタ、説明を要求します。ノウキンとは何ですか? 何か私にとって不名誉な感じがします!』
「あーそれはだな」
迷宮の通路にゲイルの声が響く。しばらく圭太は素直に話すか誤魔化すか苦労するのだった。
◇◇◇◇◇◇
迷宮の階段から地上に戻ると、森の隙間から、朝日が昇ろうとしていた。
「朝か……すっかり徹夜してしまった……」
「まあ、夜から入ったしね」
欠伸交じりの圭太に比べて、アリスティアは元気である。
「ケイタはどうする? 街まで着いてくる?」
「いや、今回はいいや。このまま帰る」
疲れたし、眠いし、と目をこする。
「そう? じゃあ、送る前に次の時間の打ち合わせね」
アリスティアはそう言うとスカートのポケットから、黒い腕輪のようなものを取り出した。
「えーと、この数字の形がこうだから……」
それは、前々回に圭太がアリスティアに渡したデジタル表示の腕時計だった。日付と時間がいっしょに表示されているタイプで、壊れてもいいように安物である。
しばらく盤面の時間表示と、手持ちの何やらびっしりと書き込まれた手帳を見比べ、額をこつんこつんと叩きながら頭の中で考え込んで。
手帳に、すらすらと書き込んでいく。
「うん、検算も同じ。えーとね、次の時間は、これね。『三日後の十五時四十一分』」
「どうやって計算してるんだよ、それって」
「説明してもいいけど聞く? とりあえず前提条件で、こちらの暦と時間の概念と、解析不十分の召喚魔法の呪文構造の講義が入るけど」
「あ、遠慮しておきます」
「じゃあ、今度は遅刻しないでよね」
「それは、俺の台詞だ。今度は、しっかり時間通りに頼むぜ」
「こちらの苦労も知らないでよく言えるわね」
「そっちだってだろ、大体今回もだな」
「何よ」
「何だよ」
『本当に二人は仲いいですね』
「ゲイルはうるさい!」
「ありえない事言わないでくれるか!?」
そうして、圭太が送還されたのは、しばらくたってからの事だった。
◇◇◇◇◇◇
どすんと床に倒れこんで高山圭太は、元の世界に戻ってきた。
「くそ、この痛みはどうにかならんかな」
異界を渡る時の体の痛みには慣れそうにもない。床に落ちていたバッグを拾う。服はもちろんあちらで着替えている。ところどころに魔物の返り血がついた皮鎧姿で帰った日には、痛々しい事この上ない。お巡りさん案件である。
そうっと倉庫の扉を開ける。
運動場辺りから部活動の音が聞こえる。そのあまりに日常の賑やかさと今までいた異世界とのギャップに、圭太は思わず苦笑する。
「さ! 帰るとするか」
帰宅部の圭太は、今度はゆっくりと校門を通り過ぎる。
「あれだけの時間あっちにいたのに、こっちでは三十分くらいしか経ってないのか。この前は、二時間だったし、時間のずれもよくわかんないな」
肩をぐるぐると回しながら歩いていると、携帯のSNSに連絡が入る。
友人からのメッセージだ。
『死にそう。助けて』
アーケードゲームの助っ人が欲しいらしい。
「まあ、さっきは断ったけど、時間も問題ないしな」
さっそく返事を送る。
「了解、今すぐ待ってろ、と」
既読を確認し何回かやり取りを交わすと、圭太は携帯をポケットに突っ込んだ。
駅前のゲーセンに向かって走り出す。
次の異世界転移までには、時間がある。
それまでは、こちらの世界の生活を楽しもう。
何しろ、彼女の相手は大変なのだ。
長耳少女アリスティア。彼のイメージ通りのエルフであり、彼のイメージをぶち壊した張本人。
しかし、最近は時々思うのだ。
そういうエルフがいても、まあ、いいかと。それはなぜかと言われれば、どうしてなのかは彼もうまくは言えないが。
「三日後か」
次の転移も大変だろうが、二人に会いに行くのは楽しみでもある。
「まあ、次もなんとかなるよな」
高山圭太。十六歳。
放課後には聖剣を持って、異世界で冒険をする高校生である。
◇◇◇◇◇◇
ちなみに、三日後の転移の出来事。
チョコレートを持っていくのをすっかり忘れていた圭太が目にしたのは、満面の笑みをそのまま死神の笑みへと変えた一人の長耳少女だったという。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます