第11話
――《聖剣》レビィランテゲイル。
この世界の歴史の始まり、いや神話の始まりよりも先に生まれた、白き聖なる光の剣。柄に埋め込まれた宝石のようなもの、《聖石》には神より生まれたとされる意志が宿っている。
レビィランテゲイル、それは剣につけられた名前であり、《聖石》に宿った『彼女』の名前でもある。
『彼女』は、神代の時代から多くの敵と戦ってきた。邪神を退け、悪しき竜を滅し、古代魔法文明時代には狂った魔法使いを倒しもした。そのたびに《聖剣》の使い手は変わり、出会い、別れていった。
皆、剣の使い手に相応しい、騎士であり、戦士であった。
《剣技》を思うが儘に使いこなし、『彼女』の力で、雲を割り、地を裂いた。
特に『彼女』が持つ能力……相手の魔法や竜の咆哮を刃で受け止め、そのまま相手の技を威力そのまま返す《聖剣》特有の性質は、接近戦において絶大な威力を発揮した。
『彼女』は戦場にいる間、無敵であり無敗であった。
同じ《聖剣》同士で戦った事もあったが、負けた事は無かった。
そんな『彼女』も、しかし剣であることは変わりなく、自分の意志のみで動く事はできない。
最後に戦った地で『彼女』は、《聖剣》の使い手とはぐれる事になった。使い手がその後召喚してくれる事はなく、『彼女』は置き去りとなってしまった。使い手とは死に別れだったのかもしれない。しかし、契約が切れていた『彼女』にとって、真相はわかる術も無かった。
生物でない『彼女』は老いる事は無い。眠る必要もない。食べる必要もない。ただ、ただ、時が過ぎていく。何もしない時間が過ぎていく。それは、止まっているに等しい事で、『彼女』はじっと静かに永遠のような時を過ごす。
果たして、どのくらい時間がたったのか。
彼がやってきたのだ。
「あのエルフ女、どこに行ったんだ、どうしてくれよう。迷子になっちゃったじゃねーか」
見た事のない不思議な服を着た黒髪の少年。《聖剣》に気付いた彼は、意志ある剣だと気づくと非常に驚いた顔をした。この世界の者ならば、《聖剣》を知らぬ者はいない。よっぽど無知なのか頭が弱いのだろうか、と『彼女』は少し可哀そうになった。
そんな事を考えていると――彼が言った。
「じゃあ、ゲイル、話をしようぜ」
《聖剣》を片手に、座りながら彼は言った。
「俺、ちょっと迷子中なんだ。迷子は、その場を動いちゃいけない。だからさ、『退屈』なんだ。話相手になってくれよ」
『話……私と、ですか?』
「そうそう。意志ある剣とかって、格好いいじゃん。俺、話すの初めてなんだ。まあ、当たり前だけど」
何が当たり前なのかわからないが、それはともかく『彼女』は戸惑った。
歴代の使い手で、彼女の話し相手になった者はいなかった。それは当然だ。神代から伝わる聖なる剣である。意志は通じるが、それは聖なる言葉であると受け止められ、気軽に話すなどと誰も考えはしなかった。
「俺さあ、いきなりこんな場所に来て困ってんだよね。しかも、あのエルフ女、無茶苦茶厳しいし。何だ、あれ、スパルタか。スパルタエルフか。どこに需要があんだよ。ゲイルはどう思う? エルフのイメージって、普通は『か弱い』とかだよなあ?」
『ど……どうでしょう、か』
「む、もしかして、この世界のエルフはあんな感じ? 俺のエルフを返せよって言いたい。この世界は俺に謝ればいいと思う」
こんな風に『彼女』に話しかける少年の姿は、ひどく新鮮で。受け答えしながら、『彼女』はだんだんと楽しくなってきた。楽しい? 『彼女』は、自分がそんな事を思ったという事実に驚いた。
『少年よ。私は、どうやら異常が起きているようです』
「ん? どうしたんだ?」
『私は、今『楽しい』と感じているようです。剣、の私がです。《聖剣》の私が、そんな事を思うなんて、壊れてしまったとしか考えられません』
長い年月で、どうやら《聖石》も終わりに近づいているのか。そう考えた『彼女』を、彼は一笑に付した。
「馬鹿なこと言うなよ、ゲイル。こうやって話ができるんだ。楽しいと感じることができて当たり前だろ? 何が悪いんだよ?」
ああ、やはり世界の常識を知らない少年だ。無知蒙昧な人間だ。《聖剣》はそんな存在ではない。意志ある剣。だが、その意志は戦うためにあるもので――楽しいなどと思うことはないのだ。
ない、はずなのだ。
「とにかくさ、ゲイルは《聖剣》とやらで。この世界には詳しいんだよな?」
『まあ、少なくとも少年よりかは遥かに』
「おおう、気のせいか何かちょっぴりディスられてるって思うのは気のせいか?」
『ディス……?』
やはり、この少年は少しおかしい。けれど、『彼女』は。
「あのさ、良かったら助けてくれないか? ここを出て、俺と一緒についてきてくれ」
そんな少年の言葉に、迷うことは無かった。
『私でよければ協力しましょう』
契約の儀式は無かったけれど――『彼女』にとって、それは確かに契約だった。
そして、決めたのだ。このどこかおかしい少年を、いつまでもどこまでも守ってみせると。
◇◇◇◇◇◇
「……くっ!!」
光る刃の煌めきが、圭太にまっすぐ飛んでくる。思わず避けそうになるのをこらえ、圭太は叫んだ。
「頼んだぞ、ゲイル!」
『右!』
ゲイルの声に合わせるように、圭太は《聖剣》を動かした。向かってくる刃が、その白き刀身にぶつかり……そして、音もなく姿を消した。
◇◇◇◇◇◇
《聖剣》は、使い手次第なのだと圭太は思う。
ゲイルに聞いた歴代の使い手は立派な人物ばっかりで。とても、自分は皆みたいにゲイルを使いこなす自信はない。
というか、自分の使い方を聞いた歴代使い手達に集団リンチされるかもしれない。聖なる剣になんてことさせるんだ、みたいな。
それは、ともかく。
自分なりの思い付きに、《聖剣》であるゲイルは柔軟に応えてくれた。
《聖剣》の能力は、相手の攻撃を吸収してそのまま反射させるのだという。魔法でも物理攻撃でも。
邪竜の炎を纏った爪の攻撃を、折って吸収して叩きつけてフルボッコにしたのだと得意げに話すゲイルの言葉をきいて、ふと思ったのだ。
爪を吸収し相手に放ったということは、物体を吸い込み任意のタイミングで取り出せるのではないか?
試してみると、それは何とうまくいった。刀身で触れたものは、また刀身から戻ってきたのである。
そう、それはまさにアイテムボックスのような感じで。
便利に使える倉庫。しかし、圭太は、この能力はもう少し調査が必要だろうと思っていた。
そして、今日の探索中、圭太は三つの事を試していた。
一つ目は、刀身で触れた物――木の棒を取り出した時。《聖剣》から少し離れた背中側に戻してみて……成功した。つまり、吸収した物体は、刀身から戻ってこなくてもいいのだと圭太は理解した。
二つ目は、《聖剣》が壁に埋まった時。圭太は《聖剣》に触れていない遠くの場所から、再召喚を行った。召喚はできると思っていた。当然だ。いつも何もない場所から、聖剣を呼んでいるのだから、近い遠いは関係ないだろう。しかし、実体化した後に《聖剣》を還すときは、いつも手に持って行っていた。だから、試しに声の届く遠くから送還を行ってみたところ、これも成功した。これにより、少なくとも声の届く距離であれば、自分が触れていなくても《聖剣》の能力範囲内なのだろうと予想を立てた。
三つ目。先ほどの食料。吸収した物体を、ゲイルの意図した場所に、正確に取り出すことができるのか。結果は、先ほどの通り。ゲイルは、能力の範囲内、声の届く距離であればどこにでも正確に物体を取り出し、その位置に出現させることができる。
吸収して、反射させる能力。つまり、威力はそのままだ。
もし――もしも、仮に。
矢のように飛んでくる攻撃を、《聖剣》で吸収し、相手の真上や相手に向かって、取り出したらどうなるだろうか? 威力とスピードそのままに、飛び出した攻撃はどうなる?
◇◇◇◇◇◇
「答えは、これだ!!」
圭太の叫びと同時に、虚空から出現した光の刃が勢いそのまま魔物に突き刺さった。
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