第9話

 その光に気が付いたのは、先の方に見えている迷宮の通路の曲がり角だった。


「何だ? あのあたり、やけに明るいぞ」


 懐中電灯モードの《聖剣》よりも明るい光が、曲がり角の先から漏れてきている。


「あの折れた先が、光晶石があるところよ。明るいから、探すのも簡単ね」


「十個だったけ、採取するの」


「そうよ。それでなんだけどね」


 やっとたどり着いたという安堵感に、圭太はその強い光に向かって走り出した。


「よおし、んじゃあ、さっさと十個集めて終わりにするか!」


「あ、こら! ちょっと待ちなさい!」


 アリスティアが制止しようとするが、それよりも早く圭太の足が曲がり角に到達する。


「さーて、どんな感じなの……かなっ!?」


 とっさに足を滑らせて屈んだ圭太の頭の上を、光る何かが通り過ぎた。


「ケイタ!」


 アリスティアの叫び声が耳を打つ。


『右上です!』


 ゲイルの声に、《聖剣》を振りかぶる。ガラスのような弾ける音とともに、強い衝撃が手に残る。

 振りかぶった勢いを利用して、上半身を起こす。


「魔物か!?」


「大丈夫、ケイタ!? 早く立ちなさい!」


 アリスティアが追いつく。圭太の前に立ち塞がりながら、《魔杖》をぐるぐると回転させる。

 その盾が、次々と放たれる何かを跳ね返す。

 ガラスのような音を聞きながら、圭太は慌てて立ち上がった。


「うわっ、何だこれ。光ってる魔物!?」


 通路を曲がった先は、少し進んですぐに袋小路になっていた。

 その突き当りの壁全体が眩しい光を放ち、辺り一面を照らしている。

 圭太の目に留まったのは、その光の中、壁や床にうごめく何匹かの魔物だった。壁と同じく光をはなっているその姿は、体全体に薄くて小さい刃のようなものを何本も生やしている。先程の攻撃は、その刃を飛ばしたものらしい。


「いったん退くわよ、曲がり角の手前まで」


 圭太が立ち上がったのを音で確認すると、アリスティアが振り返らずに告げた。《魔杖》で時々飛んでくる刃を跳ね返し、じりじりと下がってくる。


『ケイタ、このままゆっくりと戻りましょう。左下です』


「あ、ああ」


 圭太も、こちら側に飛んでくる刃をゲイルの言葉に助けられながら《聖剣》で何とか弾き返す。


 数分後、なんとか曲がり角に到達。そのまま安全地帯となる、相手の死角まで通路を戻ると、二人して床に座り込んだ。


「ご、ごめん、二人とも……助かった……」


「あの魔物は、あそこから動かないから……しばらく休憩……しましょ……」


 緊張と興奮で、膝ががくがく揺れている。

 もし、あそこで屈まなかったら。

 アリスティアの援護がなかったら。

 間違いなく目の前にあった『死』という事実に、ケイタは冷や汗が流れた。



◇◇◇◇◇◇



「さて、問題です。はじめてやってきた迷宮の探索中、しかも曲がり角の先がどうなっているかもわからないのに、むやみやたらに突っ走る馬鹿をなんというでしょう」


『ケイタ』


「正解です」


「……正解でございます、はい」


 しばらくたって息が整ったアリスティアが復活すると、とりあえず怒鳴られた。そこから、ゲイルと一緒にくどくどとお説教の時間が始まった。


「あの魔物に対しては、曲がり角の手前あたりだと気づかれないから、遠距離で倒していくのが常道なの。初見だとあの光景に戸惑って、ついつい不用意に近づいちゃうから、その前に注意するんだけど……さすがにいきなり走り出すとは思わなかったわ」


『迷宮に入る前に話していた通りになりましたね。さすが、ケイタ。期待を裏切りませんね』


「うぐ。ゲイル先生の言葉が胸に痛いです」


「……とにかく。運がよかったわ。最初のは、よく避けれたわね……怪我はない?」


 アリスティアの顔が近づいてくる。心配そうに揺れている、その瞳。思いがけず、圭太の鼓動が速くなる。その左手が、圭太の頬に触れそうになり……そのまま通り過ぎて。


「いだだだだだだだだだだだ」


「アンタは子供か! もう、今度から紐でつないでおこうかしら!?」


「反省! 反省してる! ほんとに!」


 耳たぶを力いっぱい引っ張られて、お説教はそのまま拷問に突入した。



◇◇◇◇◇◇



「じゃあ、仕切り直しで行くわよ」


『了解です』


「了解……いたたた」


「あら、大丈夫? 怪我ない?」


 すっきり顔のアリスティアに、何も言えない圭太。自らの行動が、アリスティアも危険に晒してしまったので地味に堪えている。そんな圭太に、アリスティアは肩をすくめた。


「ほら、しっかりしなさい。こんな事いちいち気にしてたら、これから先も大変よ? 失敗は反省したら、後に引きずらない」


「それは、そうだけど」


「だったら、前を向きなさい。くよくよするなんて、ケイタらしくないわ」


『アリスティアに同意します』


 宝石のようなものの光の瞬きが、圭太の目に映る。その輝きを避けるように目を背けて圭太は呟いた。


「……だけど、俺って失敗ばっかりじゃないか? 今回の召喚だけじゃなくって、前回もその前もさ」


 《聖剣》の切先がだらりと下がっている。それは今の圭太の心情を表すかのようだった。

 曲がり角の先の明るさに比べ、魔法と《聖剣》の明かりの二つがあるはずのここが、やけに暗く静かに圭太には感じられる。

 圭太のその重い声に、しばらくしてアリスティアが何げなく答える。


「そうね、失敗ばっかりね」


「だろ? それに、ゲイルの事だって全然扱えないし」


『それは、ケイタ、前にも助言しましたが』


 ゲイルが思わず言いかけたが、アリスティアが《聖剣》に向かって手で制した。


「そうね、今回だってすっぽ抜かしたり、壁に突き刺したりしたわ」


「うまくいかないんだよな。俺って大事な時に失敗ばかりでさ。周りが見えてなくて、迷惑かけて」


「そうね」


「お前だって腹立つだろ? あんな危ない目に巻き込まれて。死にそうになって」


「そうね、言うこと聞かない馬鹿は頭にくるわ」


 《魔杖》が、圭太のコツンと叩いた。顔を上げる。アリスティアの瞳が、じっと圭太を見つめていた。


「だから何?」


「え?」


「腹も立つし、手も出るし、口にも出るわ。ゲイルと一緒に散々文句も言う。だから?」


「だからって、え?」


「アンタの面倒見てるのよ。そんな事当たり前。今更何言ってるのって感じじゃない?」


「はっきり……言うよな」


「あのね、ケイタは初心者なんだから失敗して当然なの。どんだけ当人が情けなく思おうが関係ない。私にとっては、想定内よ。逆に、ケイタが《聖剣》を軽々扱って、華麗に活躍なんかでもしたら気持ち悪くて目を疑うわ」


「ひどくないですかねえ、それは!?」


 あんまりな物言いに、思わず声を上げる。


『そんなケイタがいたら偽物だと断定します』


「ゲイルもひどかった!」


 ゲイルに反応していると、アリスティアの声がした。


「ねえ、ケイタ。強くなりたいってアンタは言ったわ」


 気のせいか、それは、いつもよりも優しい声のような気がした。


「それは、今は弱いって事よ。弱いから強くなりたいって思う。強くなろうとする。アンタが、そう思い続けるのなら、私はそれを手伝うだけ。つまらない事なんて考えないで、今は目の前の事に集中しなさい」


「分かったよ――アリスティア先生」


「よろしい」


 圭太の言葉に、アリスティアは頷いた。


『私の協力もお忘れなきようお願いいたします。ケイタを邪神すらもを葬り去る『強さ』の高みへと連れていく事を、再度お約束いたしましょう』


「いや、そんな約束初耳なんですが」


『私の修業は厳しいですよ』


「この《聖剣》、聞いちゃいねえ」


『元気が出て何よりですよ、ケイタ』


 意志ある剣の一言に、圭太は思わず固まってしまう。


『……それに、ケイタは、すこしくらい調子に乗ってるほうがよろしいかと』


「なんだそれ。俺、馬鹿みたいじゃん」


「馬鹿みたいじゃなく、馬鹿よね。間違いなく馬鹿。どうしようもなく馬鹿」


『全面的に同意します』


「ゲイル先生の俺に対する扱いがどんどんひどく!?」


 アリスティアとゲイルを相手にしながら、圭太は深く呼吸した。頭を振って、気持ちを入れ替える。


 失敗ばかりの頼りない自分を、なんだかんだ言いつつも二人はサポートしてくれている。

 ……今も、凹みそうだった自分に活を入れてくれて。


 いつまでもこのままではいられない。せめて、少しでも前進しよう。今よりも少しは強くなれるように。


 だから、自分なりに応えたい。


「とりあえずは、この魔物だ」


 《聖剣》を握りなおす。


「まずは、この手でぶっ潰す」



◇◇◇◇◇◇



 と、決意したのもつかの間。


「あ、あれ?」


「どうしたのよ、変な声出して」


「いや、あのな、あの魔物の倒し方の常道って……」


「遠距離攻撃」


「遠距離攻撃、だよな。んで、俺の持ってるのは」


「《聖剣》ね。近距離攻撃の」


「近距離攻撃」


「近距離攻撃」


 いきなり終了となってしまった圭太であった。

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