第8話

 アリスティアの《魔杖》がその右手でくるりと回転すると、小さな光の粒の数が増え彼女の周囲を回りだした。


「そういやお前の魔法って呪文使わないんだよな」


 《聖剣》で周囲を照らしながら圭太がアリスティアに声をかける。

 小さな光の乱舞に照らし出されたアリスティアがその金髪を何の気なしにかきあげる。


「え? そうね、私は探索中は詠唱無しで使うことが多いわね」


「でも、さっきは呪文使ってたよな」


「あれは、休憩中でしょ。呪文の詠唱を短縮したり無しにするのは、手間を省く分魔力の消費が高いの。今みたいな探索中は、何が起きるか分からないから、魔法の発動を早めるのが優先。休憩中とか余裕があるなら、呪文を唱えて魔力消費を抑える。私は、無駄なことは嫌いなの。効率大好き」


『アリスティアの魔法使いとしての資質は賞賛されるものです』


「ありがと、ゲイル。神代の《聖剣》に褒められるなんて光栄だわ」


「この小さな光の粒って、どういった魔法なんだ?」


 ふよふよと浮かぶ小さな光の粒を、《聖剣》の剣先でつつこうとする圭太。ひらりと、光の粒が逃げていく。


「これは、精霊魔法の一種、光の精霊を呼び出しているの。小さな子達だから自我はないけど、私の言うことをよく聞いてくれるいい子ばかりだわ」


 くるくると回す指に戯れるように、光の粒がアリスティアに群がる。

 

「さっき出してた水や火も、もしかして精霊魔法?」


「そうよ、ちょっとした量の水や焚き火なんかの火は魔法無しで普通に用意してもいいんだけどね。魔力消費ないし。だけど精霊達との触れ合いって案外大事だから、地水火風光闇の六元素のちょっとした魔法はなるべく使うようにしているの」


「例えば?」


「そうね、『地』だと石の床を歩いても足音を立てにくくするとか。『闇』だと、暑いときなんかに日陰を自由に作ったりとか」


「意外と便利そうだな。じゃあ、『風』は?」


「涼しい風が一般的だけど、女性冒険者に人気が高いのがあるわよ。今も私使ってるやつ」


「へえ、今も? 気づかなかったな、もしかして迷宮に入ってからずっと?」


「そうね、効果の割には魔力消費少ないし。ケイタみたいな男性冒険者対策ね」


「はぁ!? 何だそれ!?」

 

 思わず声を上げる圭太。


「知ってる? いかがわしい視線って、相手にはバレバレなんだからね? アンタも戦闘中に、変なとこ見てないの! どうせ中は見えないんだから!」


 そう言ったアリスティアが、自分のスカートを左手で抑える。


「み、み、み、見てねー、よ?」


『挙動不審です、ケイタ』


「言っとくけど、風の魔法で、このスカートは絶対翻らないからね? 変な期待はしないように」


「いや見てねーし」


「……アンタ、二階層降りての最初の戦闘、攻撃避けてた私の後ろから見てたじゃない」


「あ、あれは、危なくなったらすぐ助けられるようにと思って、だな」


『確か、あの時、ケイタの口から『あともうちょい』とか『おしい』とか発言が出ていましたが』


「あ、てめ、ゲイル何て事を!」


「さいってー!」



◇◇◇◇◇◇



 二階層に入ってしばらく。圭太は少し拍子抜けしていた。次はどのような魔物が出てくるかと構えていたが、出てきたのは鼠兎に一本の角が生えた程度の魔物だった。

 確かに、体当たりだけではない危険さはあったが、耳無しほどの速さも無いので、十分に警戒すれば問題なく相手ができる。


「二階層になったからといっても、魔物の強さはそんなに変わらないんだな」


 油断しているわけでもなく単に感想といった感じなので、アリスティアも普通に言葉を返す。


「難易度が低い迷宮は、こんな感じよ。急に魔物の強さが変わるわけじゃないから、拍子抜けしちゃうかもしれないけど。油断は禁物」


「それは分かってるけど……さっ!」


 細道から飛び出してきた一角鼠兎を、《聖剣》の刀身で受け止め、そのまま切り捨てる。


「この角はとるんだよな?」


角をつかんで魔物の死体を持ち上げる。


「そうよ、薬の材料になるから。高くは売れないけど、余裕があるのなら取っていったほうがいいわ」


「ゲイル、スパッと頼む」


『はい、ケイタどうぞ』


ゲイルの声に合わせて、《聖剣》で角を切る。


「一階層と同じく、この魔物も呼び寄せちゃうから、角をとったらさっさと移動ね」


「光晶石は、まだなのか?」


「そろそろ近いかも。私が、以前採取したときは、もうちょっと進んだ場所だったわ。あ、こっちに曲がるから」


 アリスティアが曲がるほうへ、光晶石で床に目印を残していく。

 曲がるときだけではなく、一定の距離で目印を残しているので、後ろを振り返れば点々と矢印が光っているのが見える。

 魔法の明かりが届いてない暗闇の中で光る矢印は、ほっとする安心感がある。


「やっぱり、目印多くつけちゃうわよね」


 そんな圭太を見ながら、アリスティアが懐かしそうに言う。


「私も、最初の頃は、そんなだったわ。… … あ。そういえば、ケイタが話してた素人と玄人って、こういった仕草で見分けたりするのよ」


「ああ、ステータス無いのにってやつか」


「そうそう。剣の振り方、構え方。荷物の中身や、移動中の休憩の配分。迷宮での歩き方や光晶石の使い方。気を付ければ、見分け方なんていくらでもある。大事なのは観察すること。誰もが親切に教えてくれるわけじゃないわ。四方八方に気を配って、常に気を張っていれば、そういった違いも見分けることができるようになってくるし」


 ひゅんと飛んでいく光の粒。どさっと遠くで倒れる音。


「こんな感じで、周囲の魔物も察知できるようになるわ」


 いやいやいやいや。と、心の中で全力で手を振って否定する圭太。

 そこに至るまでは、いったいどれだけの時間が必要なのだろうか。簡単そうに言われても困ってしまう。

 やはり、あれか、エルフの時間感覚の余裕の表れか。

 最初の頃はと言っていたが、アリスティアはどのくらいの年月がかかったのだろう。そういや、ドルガルから聞いた年齢が。


「殺す」


「人の心中まで察知すんじゃねーよ!!」

 




 


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