第7話

 アリスティアの淹れてくれたお茶の香りは、迷宮の中では場違いなほどに安心感を与える。アリスティアの魔法の明かりと、《聖剣》の明かりがあわさって、休憩場所の階段はなかなかに過ごしやすい環境ととなっていた。

 圭太はコップのお茶を飲みながら、アリスティアの質問を考える。


「うーん、何故、迷宮を作るのか……」


 しばらく考えてはみたものの、圭太はそうそうにギブアップ宣言を出す。


「わかんねえ、降参」


『ケイタ、早すぎです』


「――まあ、そうね、ちょっと難しいというか、手掛かりも少ないし」


 アリスティアの苦笑に、圭太は頷く。


「というか、古代魔法文明? それも、よく知らないしな」


「そう言えばそうかも」


 少なくなった圭太のコップに、お茶をつぎ足す。お茶から出る湯気が、二人の間にゆったりと上がっていく。


「《魔法》と一言でいっても色んな種類があるの。精霊や神への信仰といった系統をもとに分類したり、魔法陣や呪い歌、刺青なんかの手法で分類したり。真面目に網羅しようとすると、結構時間かかるんじゃないかしら。私が知らないのも当然あるんだろうし。世界に溢れる色々な《魔法》……そのほとんどは昔々、ケイタに合わせれば約『三千年』前の時代だった頃出来上がったもの、と言われている。世界に魔力が満ち溢れ、精霊や神への言葉が届きやすかった時代。《大崩壊》以降とは、まるで違った豊かな《魔法》の文明がそこにはあった――だから、後世の私達は、その時代を《古代魔法文明》時代と呼ぶの。当時の魔法に比較すれば、今の魔法は『ただの残りカス』って言われているわ」


「三千年昔の方が、今よりも進化してたってのか?」


 元の世界の発展の歴史の中で生きている圭太には、あまりピンとこない話である。


『私のような《聖剣》が、まだ他にも残存していた頃ですね』


「ゲイルみたいな意志ある剣って珍しいのか?」


「少なくとも、ここ数百年は存在を確認できてないわ。ゲイルの存在価値ってはかりしれないのよ?」


「へえ、ゲイルって凄いんだなー」


『あまり分かっていただけてないような感じがしますよ、ケイタ』


「じゃあ、ゲイルはその頃の事も知ってたりするんだ?」


『はい、今でも覚えていますよ。素晴らしい時代でした』


「私達は、一度栄華を誇り、そして没落した世界の末裔ってわけ。昔読んだ本では、青い空の遥か上には黒い空があって、そのずっと先にある大きな大地に行った、なんて話もあったわね。嘘か本当かわかんないけど」


「へえ」


「今を生きる魔法使いにとって、《魔法》とは使うもの……《古代魔法文明》時代に作られた《古代魔法》を基礎にその後の時代の魔法使い達が何とか使えるようにした劣化した《魔法》、ただ、それを探して運用するので精一杯って感じかな。まったく新しい《魔法》って、多分そんなに無いんじゃないかしら。使いやすいようにしたり、自分なりの工夫なんかはできるけど、それもちょっとぐらいだしね。元をたどれば、ほとんどの《魔法》が《古代魔法》に行きついて――そして、一人の魔法使いに行きつくの。魔法使いアルぺシア、彼女が無数の《魔法》を作り出し、《魔法》の基礎を整えた。《古代魔法文明》時代の中期に現れた天才よ。そして」


 ここで一息つくようにお茶を飲む。


「迷宮を作り出す《魔法》を作った人物でもある」



 ◇◇◇◇◇◇



「当時の文献によれば、時の偉い人に頼まれた宝物庫の強化が切っ掛けだったそうよ。その頃、すでにアルぺシアの名声は響いてたみたいだから、王族かそれに近い筋の依頼だったと思われるわ。宝物庫を建設するための何もない土地の前で、彼女が考えたのは三つ。外からも中からも崩されないような頑丈な通路。宝物庫を警護する番人。そして、宝物を保管する宝箱。それらが緻密に設計され、適切に配置され、何の問題もなく建設されれば――完璧な宝物庫が出来上がっていたでしょうね」


「あ、何か展開が予想できなそうな気がしてきた」


「『天才の思い付きは、愚か者の閃きである』って昔からある諺なんだけど、これって絶対彼女の事を言ってた恨み言か悪口なんだと思うわ。《魔法》の天才アルぺシアは、その功績ははかりしれなく大きくて、まさしく偉人。だけど、お世辞にも性格がいいとは言えなかった。悪い人物ではないんだけど、周囲は大変迷惑してたみたいよ、彼女の起こす厄介ごとの後始末に。巷では、アルぺシアって聖女のごとく扱われてるから、彼女のこういった情報って全然浸透してないんだけど」


 アリスティアが、余談で言えば、と付け加える。


「彼女の友人である魔法使いでルルエって人がいて、この人が当時書いていた個人的な日記は、今も禁書指定扱いで厳重に保管されているわ。アルぺシアに近しい人物で、危険な《魔法》が載っていたりするから禁書とされたっていうんだけど……絶対に彼女への恨み言に溢れてるのが原因だと思う」


「壮大な《古代魔法文明》のイメージが、なんか一気に落ちてきた感じが」


「まあ、人は昔も今もそんなに変わらないって事よ。そんな彼女だけど、魔法使いとしては確かだから、新たな宝物庫を考えているという話は瞬く間に広がった。たくさんの人が、アルぺシアに同じ依頼をしたと言うわ。宝物庫の扉にかける『封印の扉』っていう《魔法》が、あまりに主流になりすぎて対策されつくしちゃってたっていうのがあるみたい。人々は新しい手段を必要としていて、彼女に期待が一気に集まった。そして、彼女は……面倒くさくなった」


「……は?」


「建物を建てる事を考えてみて? 設置場所や周囲の環境、必要な素材をどこから運んで、どうやって作り上げていくか。それは、建物ごとに違うわ。だから、毎回毎回、考慮しないといけない。警護する番人の手配も、才能に溢れた人物を探すのも大変。だから、彼女は考え方を変えたの。《魔法》で一気に自動で作り上げてしまえれば……それは、どんなに楽になるだろうかって」


「簡単な事じゃないと思うんだけど……それは」


「もちろん普通の人にとっては難問。だけど、アルぺシアにとっては、大したことじゃなかった。面倒な時間が短縮されるなら、彼女にとって大歓迎ってわけね。そして、『宝物庫作成』の《魔法》が彼女によって構築され……試作版が完成した。そして、失敗したわ」


「失敗?」


「私が以前見つけた文献によれば、彼女の性格が原因ね。アルぺシアは、新たな《魔法》を構築するとき、全体設計を確定しないうちからどんどん細部を煮詰めるやり方だったらしく、構築は早い分中身は割と雑だったみたいなの。綺麗に再設計して、まともな《魔法》に仕上げるのが、ルルエとか周囲のみんなの役割だったそうだわ。『宝物庫作成』もそんな感じで作ってしまったから、色々な所に小さな間違いがあって、発動した《魔法》を見てみんな唖然とした」


 そこまで聞いてケイタは、以前のアリスティアの言葉を思い出し、ぽんと膝を叩く。


「ああ、なるほど。通路は勝手に迷路になり、多分言うことを聞く番人を配置するはずが魔物が現れ、守るはずの宝箱がばら撒かれたってわけか」


「そういう事。ここで適切に修正されれば良かったんだけど……残念ながら彼女の性格が発揮されたわ。『面白いからこのままでいこう』って。周囲の意見を無視して、そのまま依頼主に報告。依頼主も依頼主で、彼女と気があう性格だったらしく、現状維持を快諾。かくして『宝物庫作成』となるはずだった《魔法》は、『迷宮作成』となってしまった……て、わけ」


「ほかの依頼主は、どうしたんだ?」


「もともと最初の依頼と同じ内容で作るのが条件だったから、そのまま《魔法》を納品したそうよ。まあ、当時は《魔法》の力が強かった時代だから、魔物に関してはさほど問題にならずかえって番人よりも障害になりそうって歓迎されたみたいね。迷路に関しては迷宮作成者本人だけ使える近道の機能なんかを付け足したそうだし、宝箱も本当に大事な物は調整して配置できるようにして、結果として『迷宮作成』の《魔法》は、宝物庫から迷宮へと移行させる大流行を生み出すことになった……ってわけ」


「なるほど……なあ」

 

 圭太はあらためて周囲を見渡す。一人の魔法使いの失敗作。だが、それは一つの転換点となったわけだ。


「この迷宮は、アルぺシアのいた時期、《古代魔法文明》中期の迷宮ね。この頃の迷宮は、難易度も危険度もそんなに高くないの。まだ、みんなが裕福で幸せな時代だったから。油断すれば死に繋がるけれど、どちらかというと『試す』ような迷宮が多いわ。最悪なのは、後期時代の迷宮。戦争が頻発し殺伐とした時代を背景にした迷宮は、即死系の罠や凶悪な魔物が多いわ。その分、守ろうとする宝物なんかも価値あるものが多いけどね」


「そんな迷宮は勘弁したいな」


「私も同じ意見だわ」


『私は見てみたいですね』


「ゲイルは、そこらへん強気だよな」


『《聖剣》として当然です、ケイタ。行くときは一緒ですよ』


「いや、結構です」


「じゃあ、そろそろ休憩終わりにして二階層に行きましょうか! コップ渡して、洗っちゃうから」


 パンパンとアリスティアの手が響く。


「いよいよ、二階層か」


『気を引き締めましょう、ケイタ』


「分かってる。よろしく頼むな、ゲイル」


『おまかせを』


 《聖剣》の柄の宝石のようなものが、頼もしそうに点滅する。それを目にして、圭太は立ち上がった。

 





 

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