第5話

 一階層の探索は、なかなかに順調だった。


 アリスティアの話によると、この迷宮はそこまで広くもないらしい。深い森の奥、しかもそこまでの道のりもお世辞にも良いとは言い難く、冒険者の認知度は今一つ。珍しい宝物が見つかったこともなく、すれ違う人気もまばらだ。


「だから、ここって初心者冒険者の育成場所にぴったりなのよ」


 くるくると回す人差し指。小さな光の粒が寄り添うその仕草は、アリスティアの癖らしい。時折、遠くの天井に向けて指をさすと、いくつかの光点がまっすぐに飛んでいく。確認できないが、何かが落ちる音がする。圭太の《聖剣》が届きにくい魔物は、アリスティアが効率よく排除している。


「ここの魔物はそんなに強くないし、玄人な冒険者に迷惑もかけない。人数が少なくても、互いに補う余裕もある。シャンテに頼まれたとき、ケイタにぴったりかなって思ったの」


「素人とか玄人とか、どう見分けるんだ? ……この世界ってレベルも無いしステータスもないじゃん」


「ステータスって、いつか言ってた謎単語? こうゲイル呼ぶときみたいに、右手を前に突き出して、ケイタが勢いよく叫んでた――」


「――すみませんすみません、勘弁してください」


 一回目の異世界召喚時、出会ったアリスティアの目の前で格好つけて「ステータス・オープン!!」と叫んだ過去は、圭太の記憶の遥か彼方のゴミ箱に放り込んでいる。ついでに、『黒歴史』のラベルもつけて。


『ですが、話を聞く限り、個体の色々な情報を数値化するというのはいい考えだと思います。どう客観的に測定するのか、という問題はありますが』


「そうね、難しそうだけど実現すればかなり使えるかもね」


「言葉のわりには、あんまり興味なさそうだな」


「そう聞こえる? うーん、というよりも、ステータスとかいう情報があったとしてもそんなに気にしないんじゃないかって思うのよ」


「えー、そうかぁ? 自分の身体能力が数字で見えるって、便利だと思うんだけどなあ」


 《聖剣》を片手に、圭太が首をかしげる。


「じゃあ聞くけど、例えばケイタの思っているステータスじゃないとしてもよ、前に聞いた話によるとケイタの世界では、自分の身長とか体重とか体温?とかいうのも数字で表してるんでしょ?」


「ああ」


「それって今意識してる?」


「え?」


 例えば、とアリスティアは、通路を指さす。


「ここの天井の高さは、ケイタの身長から把握できるでしょ。通路の幅も、自分の体で分かりそう。戦闘の間合いとかには、そういう情報って不可欠なのよね。自分の数字から、そういった情報を常に割り出して有効に活用できる?」


「あー……どうだろ、感覚的に広さや高さなんか感じるもんだろ? そんな細かい数字なんか気にしないと思う」


「戦闘中には汗をかいたりもするし、受けた攻撃や魔法なんかで体調も悪くなる。体温が上がってどうとかって、体調に関係はするけど、戦闘中には気にする暇ないと思うの」


「うーん。俺の思うステータスとは、また違った話だと思うんだけどなあ」


「そうね、戦う魔物の強さが分かるとか、そういうって便利だと思うわよ、安全に判断できそうだしね」


 でも、と言いながら、指を後方に向ける。小さな光の粒が、後方から近づいてきていた魔物を貫く。


「私には合わなそうっていう事よ。私は、物事を結構感覚で判断するほうだから。ステータスとか分かっちゃったら、自分の判断が鈍りそう」


『私は興味深いです』


「ゲイルは、確かに向いてそうね。冷静に処理できそうだわ」


「うーん、俺もどっちかっていうとゲイル派かなあ」


「人それぞれって事ね」


 《魔杖》で光の粒を再生成しながら、アリスティアが締めくくる。


「でも、まあ、そんなに言うんならケイタに付き合ってあげましょうか」


「ん?」


「私なりのステータス情報を、ケイタに教えてあげるわ」


 そう言うと、アリスティアが《魔杖》をビッと構える。魔法の明かりの先、折れた通路の角から、魔物の発する音が聞こえてくる。


「今までとはちょっと違う魔物がやってくるから気を付けて! 数は三匹。それぞれ、強さは『1ケイタ』『2ケイタ』『1.5ケイタ』よ!」


「なんだよ、そりゃ!」


「『2ケイタ』は、アンタ二人分の強さ! そっちは、私が対処するわ! 『1ケイタ』と『1.5ケイタ』は任せる! アンタとゲイルで頑張って!」


 近づいてくる魔物の咆哮。だがしかし、圭太のやる気はダダ下がりである。


「勝手に人を単位扱いするんじゃねーよ!」


「何よ、この上なくわかりやすいでしょ」


『ケイタ、落ち着いてください。『1ケイタ』が先にやってきます』


「順応早いな!?」


 かくして圭太のやる気をよそに戦闘が始まった。



 ◇◇◇◇◇◇



 耳のない犬。


 突っ込んでくる魔物を見た圭太は、そんな事を考えた。鼠兎のように跳ねては来ず、狼のように突っ込んでくる。口からのぞく牙が、とても痛そうだ。


「噛まれると、傷口治りにくいから! 今までよりも、距離とって躱して!」


「了解!」


 飛びかかってきた耳無しを何とか躱す。すかさず狙った《聖剣》の切っ先を、耳無しは圭太よりも素早く避けていく。


「くそ、動きが速いな!」


「懐に入られないで! 剣の間合いで戦うのよ!」


 アリスティアの方から聞こえてくる魔物の咆哮。視界の隅に、ぐるぐると《魔杖》が回っているのが映る。時々、鈍い打撲の音と魔物の小さな苦痛の声。


 早めに倒さないと、二匹目がやってくる。圭太は《聖剣》に向かって叫んだ。


「ゲイル! 俺の言葉に合わせてくれ! 目つぶしだ!」


『了解です』


 耳無しが、再び襲ってくる。その赤い瞳を睨みながら、圭太は叫んだ。


「『光れ』!」


 耳無しの目の前で、《聖剣》の輝きが瞬間的に上がった。白い光が耳無しの目を焼く。悲鳴を上げる魔物。タイミングを合わせて目を閉じ、目つぶしを避けた圭太は、その隙を見逃さず《聖剣》で切りかかった。


『『1ケイタ』倒しました』


「その言い方やめて!」


 ひょっとして気に入ってしまったのだろうか。ゲイルの少し愉快そうな言い方に不安を感じる圭太。だが、悔しいことに相手の強さが分かりやすいのは、圭太にとって幸いである。自分の1.5人分の強さの魔物が後一匹。油断はできない。


 《聖剣》を構えなおし、新たな耳無しを迎え撃つ。


「おらぁ!」


 《聖剣》の軌跡が、耳無しの避ける動きに合わせて、弧を描く。


「さっきよりも、すばしっこい!」


『さすが『1.5ケイタ』です』


「しついこいな!?」


 いったん距離を取る。肩で息をしながら、左手を隠すように背中に回し、ゲイルに声をかける。


「ゲイル、俺の左手に木の棒くれ。迷宮に入る前に渡したやつ」


『はいケイタ』


 返事とともに、背中に固い木の棒が現れる。耳無しに見えない様に、がっしり掴むと、そのまま圭太は突っ込んだ。片手で先ほどと同じように《聖剣》を振り回す。軽く感じる《聖剣》のスピードは、片手であっても変わらない。

 だが耳無しは、前と同じく躱していく。明かり代わりに輝いている《聖剣》は、耳無しにとっては避けやすい武器のようだった。


「だが、これなら、どうだ!」


 左下から右上に掬い上げるように《聖剣》が、耳無しを襲う。その輝きにつられるように、視線が動く魔物。次の瞬間、《聖剣》とは反対方向から来た衝撃が、耳無しを一瞬停止させた。

 叩きつけた木の棒を捨て、《聖剣》を両手に持った圭太が、振り下ろす。


 魔物が立ち上がってくる事は無かった。



 ◇◇◇◇◇◇



「何とかなったけど……小細工に頼りすぎかなあ」


 戦闘終了直後、アリスティアに軽く怒鳴られた。ゲイルの突然な輝きに、危うく《魔杖》を落としそうになったらしい。しかし、戦法そのものは褒めてもらえて、光るときの合図などを軽く打ち合わせした。


「そう? それはそれでいいんじゃない?」


『ケイタの今の身体能力では、私をこれ以上うまく取り扱うのは難しいでしょう。ケイタは純粋な剣士ではないのですから、問題ないと考えます』


「うーん」


「もちろん間合いの取り方なんかは、要練習。だけど、その発想はアンタの武器よ」


 アリスティアの指が、圭太の頭をつつく。


「少なくとも、私は聖なる剣のそんな使い方なんか思いつきもしなかったわ」


「褒めてる……んだよな?」


「一応ね」


 手に持った《聖剣》からは、懐中電灯のように光が伸びている。刀身全体が光るよりも、このほうが使いやすいとゲイルに相談したら、こうなった。


「じゃあ、アリスの言う通り、この方向で頑張るとするか」


「そうしなさい」


 それから、しばらく探索が続く。耳無しや鼠兎と何度も格闘し、圭太の息が上がるころ、それはとある部屋の隅で見つかった。


「階段、だな」


「これを降りれば、いよいよ二階層よ」


「おお、ついにか」


「でも、その前に」とアリスティアが続ける。


「階段の途中で、休憩ね」






 

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