第4話

「次!」


 アリスティアの凛とした声が、迷宮一階層のとある通路で響く。ゴツゴツした石壁に、《聖剣》の明かりが当たって、その不規則な影がより一層迷宮の不気味さを感じさせる。


「体当たりを余裕で避けれるようになっても油断しないで!」


『アリスティアの言う通りです。先ほどのケイタだと、踏み込みがもう少し甘ければ、仕留めそこなっていたと思います』


「そうかな、結構いい感じだったと思うんだけど……って、痛ぇ!」


 後頭部に軽い衝撃を受けて、圭太は後ろを振り向いた。


「何するんだ、こら! フレンドリーファイアって言葉知らねえのか!?」


「いい加減しつこいけど、フレンドリーファイア? 何それ意味わかんない。それよりも、先生の忠告は素直に聞く! ゲイル先生に謝んなさい」


『アリスティア先生に同意します』


「そのネタ、まだひっぱるのか!」


 叫びながら、圭太はさらに襲ってくる魔物を薙ぎ払う。探索中に聞いたところ、この鼠兎と圭太が勝手に呼んでいる魔物は、どこの迷宮でも浅い階層に現れるありふれた種類らしい。


「こんな魔物相手にできたからって、自慢にもならないのよ。ちょっとした力自慢なら、冒険者じゃなくっても楽勝だわ」


『得意げに倒していくケイタは可愛いですね』


「ゲイル先生は、もう少し甘さが欲しいです!」


 《聖剣》はその切れ味に比べて、驚くほどに軽い。武器を持つ確かな感触はありながら、普段激しい運動になれていない圭太がどんなに振りまわしても、まるで体の一部のようについてくる。


 通路に固まっていた魔物の数はどんどん減っていく。


 時々圭太の死角で、小さな光の粒がはじけるのは、アリスティアの無言の援護で、眼前の敵に集中している圭太は気づかない。


「これで最後!!」


 壁際に追い詰めた鼠兎に向かって、圭太は左足を大きく踏み込んだ。そろそろ慣れてきた鼠兎の動きに合わせて、《聖剣》を叩きつけるように振るう。耳障りな叫び声を通路に響かせて、魔物の息の根が止まった。


「とりあえず、ここら辺りの魔物はおしまいみたいね……って何やってんの、アンタ」


 手にした《魔杖》から消費された小さな光の粒を再生成したアリスティアが近づくと、何やら圭太が壁に向かって悪戦苦闘していた。


「いやさ! 最後の鼠兎に切りかかったら! ふんぬ! ゲイルが、壁にめり込んじゃって!」


 《聖剣》の刀身が半分ほど、迷宮の壁に突き刺さっている。柄を両手で握り、片足を壁に当てて引っ張っているがびくともしない。


「戦闘中だったら、即死亡よ、これ。あんまり情けなさ過ぎて《聖剣》使いの名が泣くわ」


『少しばかり勢いが強すぎたと思います』


「剣の素人の少しばかりで、これって、アナタって凄すぎよ」


『切れ味と丈夫さが取り柄ですので』


「そういえば、昔の文献で、ゲイルが固い魔硬石を易々と切ったっていうのがあったわね」


『封印の扉とかは、何度か切ったことありましたね』


「あ、それ読んだことあるわ。封印の扉って、あれでしょ? 古代魔法文明時代の初期に流行った、防犯扉。ちょっと詳しく聞きたいな、こんど教えて?」


『喜んでアリスティア、私の話でよければ』


「ぬおー! 二人して話してないで、ちょっとは手伝ってくれよ! 全然抜けねーー!!」


「えーこんな非力でか弱いエルフに力仕事頼むなんてー」


 わざとらしく両肩を交差させた両腕で抱きながら、アリスティアが棒読みで笑う。


「なんかお前は、俺のエルフの定義から外れかかってるから問題ないって、うわっ、いだだだだだだだっ!!」


 《魔杖》から、光の粒の群れが炸裂した。



 ◇◇◇◇◇◇



「ほんとに抜けない」


「困ったわね」


『案外、深く突き刺さっているようで』


 しばらくあれやこれやしたものの、敵を警戒して監視しやすい場所まで移動した二人。そこから離れた場所で《聖剣》が壁に突き刺さったままである。


「当然、ゲイルをこのままにはしておけないし……どうしたものか」


 頭を掻きながら悩む圭太。と、その右手が止まる。


「あ、そっか、悩む必要無かったわ。なんだ、苦労して損した……」


「ん?」


「いや俺って馬鹿だなーと……」


「ん、知ってる知ってる。私、知ってるわ」


「深く頷くんじゃねえよ」


 アリスティアが何度も頷くと、その動きに合わせて金髪が背中で揺れる。


 その仕草を無視しながら、圭太は離れたゲイルに向かって、右手を突き出した。


「ゲイル! 一度、還ってくれ。そんでもって『来い』!」


 圭太の呼び声に答え、《聖剣》がその姿を消し、一瞬のちに右手に収まって出現する。


「ああ、そっか、再度呼び出せば良かったんだ。なるほどね」


『壁に埋まった体験が初めてすぎて、思い至りませんでした。さすがケイタです』


「さり気なく落としてくるゲイル先生に、俺の精神が崩壊しそう」


 点滅する宝石のようなものに、首を垂れた圭太がぼやく。


「魔物も来なさそうだし、先に進むわよ」


 アリスティアの声に気を取り直し、圭太は顔を上げた。少し先に進んだ三叉路で、アリスティアが緑色のスカートから取り出した光晶石で、床に目印を引っ掻いている。来た道のほうから彼女が選んだ右側へと曲線を描き、その先端にカリカリと線を二つ引く。


「異世界でも矢印ってあるのか」


 些細なことに、ちょっと感動を覚える圭太。


「こういうのって、自身の姿形が同じか似てるなら、そんなに発想は違わないのかもね」


 矢印のそばに何やら付け加えていたアリスティアが立ち上がる。


「これで、この目印は『六時間』は持つわ。二階層での探索を含めても、帰り道に十分使える時間ね。もしもの時、迷路で迷ったらこれを頼ってね」


「矢印に付け加えていたのは?」


「迷宮に潜ってくるのは、私達だけとは限らないでしょ。みんなが、みんな同じように目印つけたら、どれが自分のだったか分からなくなっちゃうと思わない?」


「あー納得」


「だから、冒険者は自分だけの記号なんかを付け足すの。誰が見てもわかるようにね」


「それは納得……なん……だけど……」


 会話しつつ足元の目印を見直した圭太は、不可解そうに目を瞬いた。


「なんだ、このゴミのような不快な線は」


 スパーン、と後頭部をアリスティアが叩く。


「ご、ゴミって、失礼ね!!」


「い、いやだって、これはどう見てもゴ、痛い痛い」


「見ればわかるでしょ、私の耳! この形! ほらほら!」


「頭寄せんな、うっとうしい!……お前から受けた説明の中で、今が一番超絶難問のような気がする……」


「ケイタみたいな馬鹿には分かんないのよ! ねえ、ゲイル?」


『久しぶりの迷宮は懐かしいですね』


「あれ、何でゲイルは独り言言ってるの!?」


 圭太から《聖剣》を取り上げて、ぎゃあぎゃあとゲイルと話し出すアリスティア。残された圭太は、はぁとため息をついて、通路に落ちた光晶石を拾い上げる。

 アリスティアが書いた、彼女曰くのエルフの長耳を表すもはやミミズがのたくったような記号をガリガリと消して、その横に三本の線とそれを囲む円を描く。


「はいはい、アリスティアのは、他の冒険者様に迷惑が掛かりそうだから、これからは俺が書いていくよ」


 無理矢理同意を求めるアリスティアに押されるゲイルを助けるように、圭太は《聖剣》を取り返す。


「あ、ちょっと!」


「遊んでないで行くぞ、目的地はまだ先なんだろ?」


 不満そうなアリスティアを置いて、スタスタと進んでいく。


「もう、本当に失礼なんだから! ……何、これ?」


 床に書かれた新たな記号を、きょとんと見つめ、アリスティアは圭太を追う。


「ねえねえ、あれって何? どういう意味なの?」


「あれか? あれは、俺の世界で使われている文字だよ。俺の名前の一部。それを線で囲んだの」


「ふーん」


「こういうのな」


 左の人差し指を、アリスティアに見えるように空中で動かす。『K』の文字が、そこにはあった。





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