第3話
まだ始まったばかりのVRゲームを、高山圭太は幼馴染の家で体験したことがある。アルバイトで貯めた給料を全部突っ込んだという自作パソコンとヘッドマウントディスプレイを興味津々に眺めた後、圭太が挑んだのは未来的な銃を手に持ち、襲い来るアンドロイドを撃ちまくるシューティングゲームだった。
やる前に頭に思い浮かんだのは、銃を両手に持ち、颯爽と敵に弾を叩きこむ自分の姿。
だが、実際にゲームが始まり、狂ったアンドロイドがわらわらと自分に向かってきた時。圭太は、とっさに動くことができなかった。
練習モードでは意識せずともあっていた照準も、何故か外れがちでなかなか当たらない。
そうこうしているうちに、敵の数は増え、自分の周りを囲んでいく。
当たらない銃を必死にリロードしながら目の前の敵に弾をばら撒き、ふと後ろを振り向くと、そこには息がかかるほどに近づいた無表情なアンドロイドの『目』があった。
その瞬間圭太が感じた小さな感情――僅かであってもそれは確かに、恐怖、だった。
ゲームオーバーの赤い文字が浮かぶモノクロになった画面から、ヘッドマウントディスプレイを脱ぎ、幼馴染の部屋が見えた時。圭太の目の前には、声を押し殺して笑う幼馴染の姿が。
挙動不審で動き回る自分の姿を、身振り手振りで詳しく聞かされ、圭太は顔が真っ赤になった。
しかし、ヘッドマウントディスプレイで体験した3Dの画面は、いままでのゲームとは全く違うと圭太は思った。
液晶TVでゲームをしても、それがホラーゲームでも、圭太は怖いと思ったことはなかった。
画面いっぱいに死臭が漂いそうなリアルなゾンビが近づいても、冷静に親指でボタンを押すことができた。
そんな自分が、まだまだ繊細とは言えないたかが3DCGに恐怖を覚えるとは意外だった。
自分の頭の動き、視線に合わせて、周りの風景が動く。もしかしたら、そんな環境は、たとえゲームであっても自分に向けられる『殺意』には敏感になるのかも知れない。
その後遊んだ骸骨相手に剣で戦うゲームも、予想通り散々だった。
――そんな昔の事を思い出したのは、今が似たような状況だからかも知れない。
◇◇◇◇◇◇
はあ、はあ、と自分の息を吐く音がわずらわしい。
「ほら、ケイタ! 後一匹! 右から来るわ!」
アリスティアの声がやけに遠く感じる。
「了解!」
迷宮に入るまでは体に馴染んでいた皮鎧も、気のせいか少し窮屈だ。鼠のような、あるいは兎のような灰色の塊が、圭太に向かって突進してくる。
「そいつは、とにかく体当たりだけ! 攻撃なんて上等なもんじゃないんだから、避けるのも簡単よ!」
無茶言うな! という言葉を飲み込んで、圭太は魔物に集中する。今いるのは、一階層に降りて、しばらく進んだところにあった小部屋だ。
狭い部屋の床には、アリスティアの《魔法》にやられた魔物が数匹と、先ほど運よく《聖剣》が当たって圭太が倒した一匹が転がっている。
大きさは一抱えぐらいで、その速度は、まともに当たれば軽い怪我ではすみそうにない。圭太は何とか魔物を躱すと、その背中に《聖剣》を振り回す。
「こら、そんな腰の入ってない剣で倒せるもんですか!」
『ケイタ、そんなふらふらと振られては、気分が悪くなります。吐きそうです』
「え、ゲイル、あなたって吐くの!? 《聖剣》が!?」
『アリスティア、言葉の綾です』
「ちょっと想像しちゃったわ」
外野がうるさい。
ワイワイと騒ぎながらもアリスティアは、魔物が圭太から離れようとすると、さり気なく小さな光の粒で邪魔をしている。
『そろそろ終わらせてもいいかと思います』
「私もいいかなと思います」
「俺は、さっきからずっと思ってるよ!」
息切れしながら二人の言葉に反応する圭太。その様子に、油断と見たのか、魔物が懐に飛び込んできた。ガラスを引っ掻くような不快な声と、鈍く光る赤い瞳。それらが、いつかのアンドロイドを思い起こさせる。
「ケイタ!」
アリスティアの声。我に返った圭太は、左に向かって自ら倒れながら、右手の《聖剣》を魔物に向かって力の限り振り回した。
右手にかかる確かな重み。ついで、肉を引き裂く感触。
「ぐえっ」
受け身をとる暇もなく、倒れた圭太の手から《聖剣》がすっぽ抜けた。
「あっぶなーい! ちょっと気をつけてよ! ゲイルが私の横飛んでったわよ!」
『驚かせて申し訳ありません、アリスティア』
「悪かった……思ったよりも時間かかったなあ」
立ち上がる圭太。拾ってくれたアリスティアから《聖剣》を受け取る。埃にまみれた床のせいで、《聖剣》も圭太もなかなかひどい有様だ。
「でも、まあ魔物との初戦なんだから、こんなもんじゃない? どう? 狼とは違ったでしょ?」
ごめんなーゲイル、と謝っている圭太の背中の埃をはたきながら、アリスティアが聞く。
「ゲイル、布あったよな、出してくれ。拭いてやるから」
《聖剣》を綺麗に拭きつつ、圭太はアリスティアに頷く。
「そうだな、狼は狼で凄かったけど……魔物は、何ていうか……『怖い』、かな」
《聖剣》を拭う手が止まる。
「ゲイルのおかげで外で動物を戦うときは気にもしなかったけど。迷宮っていう中で緊張しているせいかな。それとも、魔物の強さなのか……俺さ、昔似たようなことがあって。そのときのは、作り物で今とは全然違うけど……でも同じで。殺気っていうのかな、向けられるの慣れてないんだな、俺」
「平和な環境にいたって事でしょ、いいことじゃない」
「そうなんだろうけどな」
しばらく黙ったまま、《聖剣》を拭く。
「『怖い』けど……やるしかない」
「うん」
「まあ、しばらくはレベル上げだ。二人とも付き合ってくれ」
「レベル? 何それ意味わかんない……事もないか。何かやけにはっきりした概念ね」
「まあ、身近な言葉だったもんで」
『鍛錬ということでしょう。喜んでお付き合いいたします』
「頼むわ、ゲイル」
「じゃあ、移動するわよ。まだまだ一階層を探索するんだから」
「魔物の解体とかしなくていいのか?」
圭太の言葉に、アリスティアは眉をしかめる。
「本当は、アンタの経験のためにやっといたほうがいいんだけど、この魔物って死臭で他のを呼んじゃうのよね」
「え、じゃあ、もしかして」
「ええ、ぼやぼやしてると、次が来るわ。さっさと、この部屋出るわよ」
アリスティアの後を、慌てて追う圭太。いつの間にか、皮鎧の窮屈さは消えていた。
◇◇◇◇◇◇
「アリスの魔法の明かりも戦ってるときは、ちょっと暗いな」
「そりゃ、アンタにぶつからない様に距離とってるし。しょうがないわよ」
「うーん、なあ、ゲイル。前に一度、思い出すのも恥ずかしい必殺技みたいな名前叫びながら、振り回したことあったよな?」
『はい、《剣技》ですね』
「あの時、刀身のとこ光ってなかったっけ?」
『確かに《剣技》の仕組み上、光ることにはなってますね』
「……あれ、使えね? 攻撃は無しで光るだけってできないか? あ、もちろん、聖呪も無しで。眩しくなくていいから、ちょっと光ってみて」
「《聖剣》の偉大な技に何て事してんのよ……」
「いいからいいから。ゲイル頼む」
『こんな感じですか?』
「おおおおおおー、さすがだ、ゲイル! これなら、相手がよく見える!」
『では、今度から『光れ』でいきましょうか』
「聖なる呪文の存在意義が……」
「すげー! 何だこれ、ライトセーバーみたいだ! かっこいいなー!!」
「ライトセーバーって意味わかんないんだけど!!」
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