第2話

 小さな光の粒が、高山圭太の周囲を浮かんでいる。大きさとしては親指くらいか。思ったよりも明るいそれは、前を進んでいる長耳少女の《魔法》の力だ。


 エルフ。


 圭太の世界では、ファンタジーやゲームではもはやお約束である。架空の存在でありながら、その認知度は高い。ゲーム好きな圭太にとっても、馴染み深い種族といえる。

 今日では色々な要素がつきまとうが、圭太にとってのエルフとは、「耳長」「金髪」「華奢」「森の民」そして、「儚い程の美貌」といった昔ながらのイメージだ。


 そっと触れないと壊れてしまいそうな――そんな妖精。


「昔の俺に教えてやりたい……『現実』は甘くないって」


「何よ、いきなり」


 怪訝そうに振り向く圭太の目の前の現実。くるくる回す人差し指で、周囲に浮かべた小さな光の粒達を制御しているその姿は、薄暗い迷宮の中で幻想的な美しさを感じさせる。腰まで伸びたその金髪は、魔法の明かりの中、時折きらりと輝いてさえいるような気がする。


 だがしかし。


 圭太のイメージ通りの存在でありながら、何故だろう、『壊れてしまいそう』ではなく『壊してまわりそう』といった物騒な言葉が思い浮かぶ。


「いや……何でもない」


「あ、そう。階段もう少しで終わるから。しっかりしなさいよね」


「了解。なあ、アリス、ずいぶん降りてるけど、なんでこんなに階段があるんだ? 作るの大変じゃないか、これ」


 体感時間で三十分ぐらいだろうか。迷宮だから、で納得はするものの、なかなかに降りるのは苦痛だった。ついつい、どうやって建築したのかなどとどうしようもない事を考えてしまう。


「ケイタにしては、いい質問ね。ちょうどいいわ、休憩替わりにさっき言ってた迷宮の説明しときましょうか」


 階段の幅は十人ほどが並んでも余裕があるくらいで、そう言うとアリスティアは壁際に座り込んだ。

 疲れが見え始めていた圭太は、ふうと息をついて彼女の横に腰を下ろす。皮鎧が、わずかに軋んだ音を立てる。


「……相変わらず体力ないわね、ケイタは。エルフの私のほうが元気ってどういうことよ」


「うるさい。もともと、俺は文系タイプなんだよ」


「ブンケイ? 何それ意味わかんない」


「あー、体使うよりも頭使うのが得意って事」


「そうね、ケイタはそんな感じするわ」


 アリスティアが、くすくすと笑う。


『アリスティアに同意します。思いもかけないケイタの発想にはいつも驚かされます』


「どーもな、ゲイル。褒め言葉として受け取っておくよ」


 《聖剣》を目の前でふりふり動かす。


「それじゃあ、さっきのケイタの疑問に答えると……確かに迷宮は『作られた』ものではあるけれど、この階段は『作られた』ものではないわ」


「は?」


 何それ意味わかんない。である。


「正確に言えば、この階段はどこかの誰かが地面から延々と穴を掘って壁を固めて天井をならして石を運んで一段一段作った……わけじゃないってこと」


「じゃあ、どうやって?」


「《魔法》で」


「《魔法》で?」


「私が使ってるような《魔法》じゃないわ。はるか昔の、と名が付くようなそんな古い時代の、今よりも高度な《魔法》……《古代魔法》って言い方が一般的かしら? この階段は、ドワーフ達がこつこつと作ったわけじゃない。昔々、ある日のこと。急に、迷宮とともに『出現』したのよ」


 思わず腰を下ろした階段を、手で撫ぜる。ざらざらとした石の感触が、圭太の手のひらに伝わってくる。


「当たり前だけど……石、だな」


「そりゃそうよ」


 アリスティアも、寄りかかった壁に手を当てる。


「何の変哲もないただの階段。でも、これは《魔法》で作られたの。何故なら、この先の迷宮に

繋がっているから」


「どうして、こんなに深いところに迷宮なんて作ったんだろうな」


「それは過去の製作者に聞くしかない……わけじゃない。私が代わりに答えることができるわ」


胸に右手を添えて、アリスティアが得意げに目をつむる。


「へえ、じゃあどうしてなんだ?」


「『迷宮作っちゃったら、こうなった』」



◇◇◇◇◇◇



「おい」


「何よ、言っておくけど本気よ。私は冗談は嫌いなの」


 長耳少女は、その長耳を動かしながら、続ける。


「なぜ迷宮には、ぐるぐると続く無意味な迷路が作られたのか? 魔物が存在するのは? そして、何故かたまに配置されている宝箱は何のため?」


 アリスティアの人差し指に、小さな光の粒が一つ、ひらひらと止まる。


「迷宮は自然にできるわけじゃない。必ず製作者が存在したわ。今私たちがいるこの時代、確認できている迷宮の数は、この国だけも百はくだらない。世界中のを合わせたら、どれだけになるかしらね。カザンの暗黒迷宮。ベストピアの『千の扉』。噂では、空に浮かぶ塔なんてのも聞いたくらい。いろんな迷宮があるけれど、ほとんどの製作者にさっきの質問をしたら私と同じような答えを言ったはず」


「『迷宮作っちゃったら、こうなった』」


「そう。どうかしら、ケイタ。何か思うことはない?」


「え、俺が? ……うーん……」


 ガシャッと《聖剣》を脇に置き、両腕を組み目を閉じて考える。しばらくすると、圭太は頭を掻きながら目を開け、アリスティアを見つめた。


「そう……だな。アリスの答えって、製作者の思惑通りじゃないって感じだよな。意図した構造じゃない……こんな深い階段を作る意味はないとして……ああ、つまり、こういう事か? 迷宮の作成者は、迷宮を作り出す《魔法》を『制御できていなかった』?」


「はい、正解」


 よくできました、とアリスティアの白い手が圭太の頭を撫でる。ぶんぶんと頭を振って拒否する圭太。


「じゃあ、意外にもケイタが正解したことだし。そろそろ休憩終わり!」


「え、まじか! これからが、説明の大事な所だろ!?」


 立ち上がるアリスティアに慌てる圭太。


「えー、だって十分休憩したじゃない。ケイタの息も整ってるでしょ」


 パンパンとスカートの埃を叩き落としながらのアリスティアの言葉に、圭太は憮然とした表情で言う。


「いや、そりゃそうだけどさ……あああああ、何かもどかしいというか、こう……」


「はいはい、さっさと立って立って! これからが迷宮の本番なんだから!」


『行きましょう、ケイタ』


「分かったよ、くっそ……なあなあ、アリス。後でちゃんと説明頼むぞ!」


「了解了解。そうね、じゃあ次の休憩の時にしましょうか」


 苦笑まじりにアリスティアが告げる。


「二階層への階段でね」












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