第1話
「ひどい目にあった……」
《聖剣》を杖代わりにした高山圭太は疲れた声で、傍らのエルフを睨んだ。
「え、そう? いい運動だったじゃない」
小さな光の粒を一つだけ明かり代わりにくるくる回しながら、アリスティアが言う。その表情は、どこかすっきりとしていて、微かに微笑んでいる。エルフと呼ぶにふさわしいその美貌を前に、だが圭太が考えていたのは「この阿呆エルフどうしてくれよう」とかだった。
「さてケイタ、着いたわよ。ここが目的地」
アリスティアの声に、圭太は周りを見渡す。深夜の鬱蒼と茂る森の奥深く。アリスティアの魔法から逃げ回っていた圭太には既に帰り道はわからない。
まんまと誘導されたその場所には、森の木々に囲まれた、古めかしい遺跡があった。
何時のものかも分からない、苔むした石柱が立ち並び、中には折れてしまった柱もある。
そして、その柱の先には。
「これって……ダンジョン、迷宮ってやつ?」
圭太の目の前には、朽ちた建物と、そこから地下へと続く階段がある。小さな光の粒の明かりでは、今立っている場所から、階段の奥を見通すことはできない。
深夜の迷宮。そのホラーじみた光景に、思わず圭太は身震いした。
「ダンジョン? ……ああ、そうね、ケイタの思ってるようなものかな」
背中に担いでいた荷袋を下ろしながら、アリスティアが頷く。魔法の光を少し強くして、荷袋の中身を確認しながら、圭太にいくつか手渡す。
「古代魔法文明時代に作られた迷宮。わざわざ迷路作ったり、魔物なんか解き放ったり、何やってるんだかって感じだと思うんだろうけど、一応説明はつくのよ」
「アトラクションみたいなもん?」
「アトラクション? 何それ意味わかんない。ケイタ、前にも言ったけど、こちらの世界の言語が通じるようにはしてるけど、あまりに大雑把にアンタが把握している言葉はうまく伝わらないから注意してよね」
「ああ、そういや言ってたっけ」
「ダンジョンって言葉はかなり伝わりやすかったけど。なに、そっちにもダンジョンってあるの?」
「いや、本物は無いんだけど、作り話とかゲームとかにね」
「……ゲームっていうのも、いまいち分かんない概念ね。遊戯板? みたいなもんかしら。ケタルとか、ハッシャブルみたいな」
「俺にどう答えろと?」
「知らない単語を知ってる前提みたいに言われても戸惑うでしょ? 注意しなさい」
「へいへい」
肩をすくめる圭太に嘆息しながら、アリスティアは荷袋から最後の中身を渡す。
「はい、これで最後。今、渡したのは、迷宮探索に必要な最低限の道具よ。ゲイルに渡して」
「へえ、結構いろいろあるんだな。ロープやら木の棒やら食料……これってランプ、明かり? お前の魔法あるんだから、使わないんじゃないのか。いるの、これ?」
「あのねえ、何があるのかわからないのが迷宮なの。私の魔力が尽きちゃうかもしれないし。もしかしたら、何か起きて、アンタとはぐれるかも知れないじゃない。用意するに越したことはないのよ」
「なるほど」
「まあ、ゲイルと一緒なら大概のことは平気だろうけど」
『お任せください、アリスティア。責任を持ってケイタをお守りします』
「あれ、何で俺がはぐれる事決定みたいな感じになってんだよ」
「だってケイタっていくら気を付けてても」
『自ら危険に無防備に向かっていくと言うか』
「馬鹿みたいというか、そのもので突っ込んて行くと言うか」
『私からは言いかねますが、概ねそんな感じです』
「アリスはともかく、時々、ゲイルが手厳しいな!」
「まあ、今までの経験上ね、仕方ないと思いなさい」
荷袋を背負うとアリスティアは、圭太の肩を叩いた。
「それじゃ、入るわよ。はやく荷物ゲイルに渡して」
「ゲイル、頼むな。持っててくれ」
ぽんぽんと自分の荷物を《聖剣》で触れていく圭太。それらの荷物が触れた瞬間消えていく。
『お任せを。ご利用の際はお声がけください』
「ホントに便利ね、ゲイルのその能力」
『本来は相手の物理、魔法を問わず様々な攻撃を吸収し、反射させる能力なのですが』
「もしかしたら物の出し入れに使えるんじゃないかってケイタに言われたんだっけ?」
『はい、《聖剣》である私を倉庫代わりにされるとは意志を持ってから初めての体験でした』
「いやあ」
照れる圭太。
「褒めてない褒めてないから」
◇◇◇◇◇◇
「さっき言ってた迷宮の仕組みについての説明は、中に入っておいおいしていくわよ」
「はいアリスティア先生」
「……先生、か。いい感じね。同世代にそう言われるのは悪い気はしないわ。迷宮に入ってる間、ずっとそう呼んでてもいいわよ」
「冗談を。ていうか、目的地は迷宮でわかったけど、今回の目的教えてくれよ」
「あら、そういえば言ってなかったけ。御免なさい。ええと、今回は、ここの迷宮の二階層でとれる素材採取が目的。『光晶石』って言うんだけど、こういうのね」
ごそごそと緑色のスカートのポケットから細長い棒状の白い小石を取り出して、圭太に見せる。
「これは私が持ってるやつ。ケイタに渡した荷物にも入ってたんだけど。見てて」
そう言うとアリスティアは、階段近くの朽ちた建物の壁を光晶石で引っ搔いた。
「おお……引っ掻いた跡が光ってる」
魔法の明かりの下でも分かるくらいに、くっきりと光の線が見える。
「普通の迷宮探索に使うランプと同じくらいの時間、ええとケイタの世界に合わせて言うと、『六時間』くらい持つわよ、その光」
「へえ」
「暗い迷宮の中では目印に使ったり、伝言書いたりに使ったりするんだけど、魔道具のランプの材料になるの。普通のランプだと油がいるんだけど、魔道具のランプだと必要ない分、小型化できるってわけ」
「なるほど、それで採取ってどれくらい必要なんだ?」
「そうね、とりあえず十個……かな。シャンテに頼まれてるのは、それで足りると思うわ」
「了解」
「それと、アンタの修練も目的よ。《聖剣》を使って魔物と戦うこと。狼とか動物相手はそろそろ慣れてきたかも知れないけど、魔物相手は全然違うから。頑張りなさい」
「……おう」
ぎゅっと《聖剣》を握る手に力を込める圭太。その様子に、アリスティアは柔らかく微笑んだ。
「心配しないで。私もいるし、ゲイルもついてる。約束通り、私達はアンタの願いが叶うまでは手伝うわ」
「……おう」
「じゃあ、初めての迷宮探索、気合い入れていくわよ!」
「おう!」
『はい!』
《聖剣》と《魔杖》をカツンと合わせて、二人は迷宮に潜り始めた。
◇◇◇◇◇◇
「ああ、そういえば」
「何よ?」
「同世代って、お前エルフなんだからドルガルに聞いた年齢は確か…」
「例え世界が変わっても、女性の年齢の話題を出す馬鹿は、死ぬか死ぬか死ぬかの選択よ?」
「ひどい!」
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