放課後には聖剣を持って

千原良継

第一章 迷宮には聖剣を持って

プロローグ

 金曜日。


 最後の授業が終わり、教室の中がざわめきだす。

 机の中から教科書や筆記用具を無造作に掴むと、高山圭太はバッグの中に放り込みつつ立ち上がった。

 急いで学校を出なくてはならない。


「おーい、圭太ゲーセン行こうぜー」


「悪い、また今度な」


 手を振って現れた友人に謝りつつも教室を飛び出す。

 電源を入れた携帯に写る時刻は、そろそろ約束の時間になろうとしていた。


「やっばいな、先生の話長いっての」


 昇降口へと向かう生徒たちの人混みの中をすり抜け、階段を三段飛ばしで駆け下りる。

 とにかく一瞬でもはやく外へ。

 携帯をチラ見しつつ、靴を履き替える。

 そして、ようやくもう少しで校門を出ようとした時。

 それは起こった。




「!」




 どくんと体がブレる感覚。

 自分という存在が振動する。


「やばい」


 やばいやばい。


「何でだ、まだ約束の時間じゃないだろ、何やってんだよ」


 どくん。体がまたブレる。

 慌てて、周りを見渡す。

 校門から一番近い人気の無さそうな所……最初に頭に浮かんだ場所に駆け出す。

 どくん、どくん。

 痛みをともなう鼓動は、その間隔を少しずつ早めていく。


「冗、談じゃない、人前でなんか、洒落にならん、わ!」


 全力で突っ走る。

 体育館裏の今は使われていない倉庫。

 鍵が掛かっているはずの扉は、実はちょっとしたコツで開けてしまう事ができる。


「急げ、急げ」


 扉を開ける手間がもどかしい。


「開い……た!」


 その瞬間、心臓が止まるかと錯覚する程の強い鼓動が、全身を襲った。

 扉を閉めると同時に倒れこむ。


「間に……合」



 ◇◇◇◇◇◇



 部活で使う道具を持って歩いていた女生徒は、ふと体育館裏を振り返った。


「どうしたの?」


 一緒に歩いていた女生徒が首を傾げる。


「いや、何か音しなかった? 変な音。ぎゅわん、みたいな」


「さー」


「気のせいかな……?」


「でしょ」


 女生徒達は大して気にもとめず、部活に向かった。



 ◇◇◇◇◇◇



 高山圭太は、いつの間にか瞑っていた目を開けた。


「……った…?」


「おそーーーーい!!」


 と同時に、不満気な怒声が圭太を襲う。


「何ボヤボヤしてたのよ! 遅刻しないでって言ってるでしょ!」


 頭上に輝くは満天の星空。

 今いる場所は森に近い草原らしい。

 小さな岩が転がっている。

 焚き火の明るい光が、あたりを照らしていた。


「約束の時間は絶対厳守! ちゃんと守ってよね、困るんだから!」


 その焚き火を背にこちらを睨みつける一人の少女。

 金色の髪の毛が、焚き火の赤い色を受けキラキラと輝いている。

 例えその表情が険しくても、その美貌は少しも損なわれてはいなかった。

 圭太の通う学校でも見かけることのできない、いやTVやネットでさえも見ることが不可能な程、それは正しく美少女という存在だった。

 だが、そんな彼女に対して圭太のとった行動と言えば。


「うっせーバーカ! 困るのはこっちだ阿呆エルフ!」


 立ちあがりながら言ったそのセリフは間違いなく罵倒だった。


「馬鹿!? 阿呆!? 言うに事欠いてアンタが言う!?」


「何度でも言うわ、馬鹿! まだ時間にもなってないのに召喚魔法かけんじゃねーよ! 危うく皆の前で神隠しするところだったわ!」


「カミカクシ? 何それ意味わかんない。何よ、少しぐらい早くたっていいじゃない、誤差の範囲よ!」


「その言葉何度目だよ、頼むから時間通りにやってくれよ、こっちにだって都合ってもんがあんだよ!」


「こっちだって都合があるわよ、召喚魔法だって発動条件が一回一回微妙に違うんだから!」


「そこは頑張れよ、《魔法》使い」


「アンタも我慢しなさいよ、《聖剣》使い」


 睨み合う少年と少女の言い争いは、しばらくは終わりそうにない。傍らの焚き火が呆れたように、パキリと音を立てた。




 ◇◇◇◇◇◇




 高山圭太が、異世界に召喚されるようになってから数週間が経つ。はじめは戸惑っていた圭太も、どうにかこうにか折り合いをつけて、この状況に慣れるようになってきた。

 制服から少女が持ってきていた服と装備に着替えた圭太は、皮鎧を調整しながら、焚き火の前に座る。


「……というか、五回目の異世界召喚だってのに、毎度毎度お前の顔見るの飽きてきたんだけど」


「うるさい、今度雲の上あたりに召喚するわよ」


 圭太の言葉に、焚き火の前に座っている長耳の少女が、人差し指で上を指さす。つられて上を見上げた圭太は、嫌そうに眉をしかめた。


「召喚直後に落下かよ、おっかねえぞ」


「無駄口たたいてないで集中集中。ほら、はやく《聖剣》呼び出して」


 パンパンと手を叩いて促す長耳少女。


「へーい」


 目を閉じた圭太は、目の前の焚き火に向かって突き出すように右手を構える。


「――【其は聖なる天の剣。其は白き光の刃。我が血と魂の契約により来たれ。汝の名は――って、ああ、もう本当に恥ずかしいな、これ!」


 顔を真っ赤にした圭太が、突き出した右手をへなへなと動かし、地面に倒れこんだ。


「ちょっとアンタ、聖呪を途中で止めるとか何してんの」


 耳長少女があきれた声を出す。


「いや、本当もう勘弁してください。このこっぱずかしい聖呪っての考えたやつ何考えてんだ。小一時間問い詰めたい……」


「……創世から伝わる聖なる呪文に文句言ったのって、アンタが世界で初めてじゃないかしら?」


「この世界の住人は本当に純真すぎるな、『厨二』って概念を教えてやりたい」


「チュウニ? 何それ意味わかんない。アンタの馬鹿馬鹿しい常識に付き合うのも無駄だから、はやく呼び出しなさいってば」


「うーん、あー、その何だ、ゲイル聞こえてるんだろ?」


 頭をかきながら圭太は誰もいない虚空を見上げると、話し出した。


『はい、ケイタ』


「あのさ、相談なんだけど聖呪っていらないよな? 今度から、俺が『来い』って言ったら、来てくんない?」


「《聖剣》呼び出す前から会話してるとこもあれだけど、無理言ってんじゃな――」


『いいですよ』


「え? いいんだ?」


 思わず長耳少女の耳がペタンと垂れる。


「おおおお、さすが話せるな! よっし、『来い』、ゲイル!」


 上機嫌になった圭太が、右手を再度突き出す。その瞬間、開いた右手に一振りの剣が現れた。


『私もあの内容はどうかと常々思っていました。素晴らしい提案です』


 柄に埋め込まれた宝石のようなものが、剣から発せられる穏やかな女性の音声に合わせるように淡い光で点滅する。


「創世の彼方より数多の邪悪を滅してきたという意志ある白き剣、《聖剣》レビィランテゲイル――まさか、こんな融通の利く柔軟な性格だったなんて」


『褒めていただき嬉しく思います、アリスティア』


「いや、褒めてないんだけどね?」


 長耳少女アリスティアは、地面に向かって、はぁと溜息をついた。見上げれば、焚き火に向かって「よっ、はっ、ほっ」とか言いながら、《聖剣》を危なげに振り回している圭太がいる。膝に手をあて立ち上がると、アリスティアは言った。


「まあ、いいわ。ケイタ、準備が出来たんならそろそろ出発するわよ」


「了解。っと、そういや、今回の召喚の目的は何なんだ?」


「アンタ、前回の最後に説明したの忘れてるでしょ」


「いや覚えてるけど?」


「即答で自信満々に答える癖に、何で聞いてくるのかしら」


「何でだろうな」


「話変わるんだけど、ねえケイタ、悪びれもせずとぼける人って殺意わかない?」


「こら、アリス《魔杖》取り出して何するつもりだ!」


 アリスティアから距離を取りながら、恐々と圭太が尋ねる。


「え、魔法の練習? 的当てに丁度いいのが目の前にいるのよね」


 にっこり微笑むアリスティアの周囲に、小さな光の粒がくるくると回りだし、その数を増やしていく。


「さあ、出かけましょうか。剣の特訓も兼ねて、私の練習に付き合って? 大丈夫、終わるころには目的地についてるわ」


「冗談だよな?」


 さらに距離をとりつつ圭太が言う。


「私が冗談嫌いなの知ってるでしょ?」


 わざとらしく指を唇に当てなんかしながら、首をこくんと傾げるアリスティア。その後、夜の森から、少年の叫び声がしばらく響くことになった。

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