19.キンモクセイ

最近、人類が騒がしい。集音センサーに8割増でハウリングが混じり、先週より63%増で論理回路の回転に支障が出ている。

ひとまずセンサーの感度を下げて業務を続けていると、若い職員が3人やって来て、その内の1人がスマートフォンを向けてきた。

「キースさんちょっと外行きませんか?!」

「業務中だが何の用だ。」

画面には赤と黄色の中間色が80%、深緑色が15%、その他5%の映像が映っている…植物の写真だ。

「そっから見えますかね?キンモクセイです!」

「今めっちゃ咲いてて、街中が良い香りで一杯なんですよ!」

「香りに興味持ってらしたでしょう?

 センサーの改良に使えませんか?」

若者達は興奮して館外の状況を述べた。

なるほど外は写真の花が満開で、これにより人類は浮かれている様だ。

すかさず館外の監視カメラと職員の業務カレンダーにアクセスする。カメラには、木に鼻を寄せて花の香りを楽しむ物達と、風によって運ばれた橙色で埋まったファスタラヴィア区の道路が映っていた。

そしてカレンダーの…この者達の状態は“勤務中”だ。

さてはサボったな?

「理解した、しかし規則は守れ。

 大使館は帝国政府内で最も末端に近い組織だ。

 ルールを守れない様では国民に示しが付かず、いずれ帝国の安寧秩序を乱す。

 それはこのキースの存在意義に反し」

「うへえ、見事な正論のドミノ攻撃」

「流石キースさんキツイ!」

「ソコにシビれる憧…れない!」

「良い度胸だ、このキースが最も嫌うものを言ってみろ。」

『人類の言い訳と気分による業務放棄です…』

ああ、無駄に話しすぎた。

「理解したなら持ち場に戻れ、あるいは…」

人類との実に無駄な会話を切り上げようとして、ふと横手の花瓶を見る。

花瓶の花は鮮烈な輝きを喪い、萎れている。

人類が室内に花を飾る理由は理解不能だが、流石に要交換だろう。

「花の交換を頼もう。金木犀を持って来て貰っても結構だ。」

「はい!今すぐもってきま」

「あれ直ぐ散らかりますけど、大丈夫ですか?」

「…問題ない。」


昼休憩中の静けき時、帝国唯一の自律人形アンドロイドはあの花瓶の前に居た。花瓶には橙色の小さな花を咲かせた小枝5本を入れて貰ってある。

その花を1つ、採ってみる。

開ききった花は指先が触れただけではらりと落ちて、若者の言葉を立証した。

(花茶、桂花醤、桂花陳酒…人類は花をも食べ…いや、香り付けか。

 香水にすればマスターは喜ぶだろうか…?)

さて、テーブルに落ちた花をそっと摘まんでみる。

橙の花はヒビの無い粘土の様な質感で、触るとほんの少し水気を含む滑らかさを検知した。数は134個/5本。花弁は4枚、おしべは2本。

(めしべが無い?)

インターネットを隅から隅まで検索してみたが、キンモクセイが実を付けたという報告は終ぞ見なかった。だが、植物は種が無ければ新たな遺伝子構成を生み出す事が出来ない筈だ。この世の何処かに雌株があるのだろうか…その捜索は、人類に委せる事にして。

それよりも速く、昨日完成したセンサーを動かしてみたい。

(ニオイという概念に興味が無かったばかりにマスターの話の腰を折ってしまった。

 後で白ワインと花を転送してお詫びしなければ…)

キンモクセイは大変良く香る花だ。だが生憎、これまでのキースには嗅覚を司るセンサーが無く、香りという情報には無縁だった。

だから、自分で作ってみた。

(今度こそ、香りを検知してみせる。)

人工知能による理想の肉体に関する研究は、まだまだ続きそうだ。

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日本では芳香剤ですが、中国では食べ物の香り付けに使うそうです。

変わり種を食べたくなったらやってみよう!


地味に欲しいキンモクセイの琥珀糖はこちらで製造されています!

Twitter@shalalasha33

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CAST

・帝国謹製人工知能群第一世代“キース”

・ファスタラヴィア区帝国大使館の皆様

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