5.スイートバジル

一人暮らし用のキッチンで、ことこと音がする。

「小麦粉とオリーブオイルと…」

先ず、1つのボウルの中で粉と液体を混ぜて、もちもちした丸い物体を作る。出来たら、ソレが膨らむまで放っておく。

その間に野菜を切って、一部はミルサーへポイ。

「えっとフタ、フタ…あ! チーズないや、どうしよう。」

「塩麹ぬった餅か豆腐。」

「うーん、とりあえずおもち入れよ。」

膨れた丸い物体を平らにしたら、ミルサーソースの絨毯を敷いて、野菜と、チーズっぽい何かを乗せたベジタリアン・マルゲリータが1枚。

「オーブンに入れたらできあがりー♪」

1人では大きいピザ1枚も、一緒に食べる人が居れば直ぐ無くなってしまうだろう。

でも、ユリの心配事はソレじゃない。

「…なあ。」

「ふえぇーいっ?!」

此処は帝国首都サクリーナ城の敷地内に存在する軍寮なのだ。セキュリティは、流石に情報管制塔には劣るけど最強レベルの筈。

果たして此処までどうやって来たのか。それで彼がお城の人に怒られないかどうか…ソレが心配なのだ。

「眠れなくなっちゃったから、ピザ作ろうって。」

「ぴざ?」

それにしても、どうして此処にラクロルが居るんだろう?

彼は帝国謹製建造物や帝国軍への加害だけでなく、帝国民によるクーデターを扇動している可能性も疑われている新手のテロリストだ。

ついでに言うとちょっと早口で、ユリ(156cm)よりも小さくて、顔もソレなりに良くて、

「おいコラ“ソレなり”たあ何だ“ソレなり”たあ? 外見詐欺まで働いた覚えはねえ。」

「見た目だけ小学生かなー? …かわいい!」

「可愛い? あぁ、そう。」

この調子だからそもそも人間ですらなさそうだが――そういうのは意外に居るという事を最近覚えた――今時見ないパッツンおかっぱ頭で、キモノとかいうヘンな服を着て、カタナと王国魔術ではない――とリョージが言っていた――魔術で戦う…変わっているを通り越してもの珍しい。

「ソレよりそっちの話がしたい。」

「ん?」

「ソレ、作るの大変なヤツじゃねえのか。」

お洒落さんだとは思ったけど、帝国メガロポリスの安寧の為にも決して居てはいけない存在だとか、研究材料にすべきとか、そんな事さて誰が言っていただろうか。

そういう考え方は、ユリには疑問符だらけだ。どうしてそういう考えになるのかよく分からない。

「そうかなー?」

「野菜切るの面倒とか言ってるヤツには向かねえだろ、発言元はスピラーレな。」

「そ、そうなんだ…?」

彼女はお話出来るからお話して、ごはんがあれば、一緒に食べないか訊いてみるだけだ。

彼女の世界は、ごはんと大切な人達で動いている。

「ちょっと早いけど、食べる?」

「要らねえ。…と言うより、食えねえ。」

「え?」

流石にこの返答は、帝国きっての秀才すら考えつかなかっただろうけど。

「さあどうする?」

ラクロルは不貞不貞しい笑みの下で、いつもの様にユリの反応を待っている。


「つーか“いつもの様に”ってなんだよ!? お前等知り合いかよ!!」

「ん?最近戦場でよく会うよ??」

「そりゃあ今HOTなテロリストサマだからな…って良いのかソレ、帝国的に残念賞ショーだぜ…」

ちなみに上述の件は首都サクリーナ城を揺るがす大事件であり、帝国軍の偉い人達は朝から「ひとまず12時終了予定!」で会議詰めの刑となった。

御陰で新人達は暇している。

ファスタラヴィアのコージは、今し方生まれた“HOTなテロリスト”というパワーワードに首を傾げながら同級生に訊いた。

「で、結局ユリはどうしたんだ?」

「“サイダーなら飲める?”って訊いたら、飲んで帰ったよ?」

「結局なにか食わせて帰らせた件…」

「それで、コレ置いてっちゃったの。」

すると、ヴァルトリピカのユリは“テロリストのわすれもの”を出した。

「本日パワーワード出過ぎじゃね…って種袋かよ!?」

「…スイートバジル? コージ知ってる?」

「知らねーから調べる。」

コージがスマホで調べてくれている間に、ユリは種袋を開けてみた。

中には、黒ごまの様な粒々が50個ほどと、説明書。

「えっと、これはスイートバジルだから…」

説明書には他のバジル――レモンバジル、グリークバジル、ダークオパールバジルという知らない名前にユリは興味を持った――も有ったが、此処はスイートバジルの説明を見る事にした。

「15℃越えから種まき。水を吸うと白いゼリー状物質が出て保水されるが、過信しない。葉4~6枚で植え替え。葉は傷つくと黒化するので取り扱い注意。水やりも水はね注意。植え替え後は摘心を繰り返し、株張りを良くする。寒いのが苦手なので帝国では屋内栽培が良策。サラダ、パスタ、ティー、フットバス…何でも行けるけど、ペストジェノベーゼとバジルビネガーってなんだ?」

「結論:ハーブだし食える。相方はトマト一択。」

二人は調べ終わった所で、改めて種を見た。

「コレどーすんのかね?」

「うーんと、ペストジェノベーゼとバジルビネガーを作る為に育ててみる!」

「がっくし! やっぱ料理すんのか…んまぁタダの種っぽいし、問題ねーか。」

ヴァルトリピカのユリは早速材料を用意して、育て始めた。

「卵のパックが栽培トレーになってら…すげーな。」

「ふにー。」

卵のパックを分解し、上部分を各個穴開けて逆さに置くと、小さな簡易プランターになる。

其処に土か石の粒を入れて種を播き、遮光兼保湿カバーとして厚めのビニール袋を被せる。

あとは温度次第だが、速くて5日、遅くても二週間以内には発芽するだろう。

「生ゴミコンポストって、肥料になるんだ!」

後は、屋内栽培の都合で栽培用のLEDを買ってくるだけだ。


さて一月経った頃、あのバジルは立派な鉢植えの中で育っていた。

「それでね、これがドライバジルのティで、これがペストジェノベーゼのパスタで、これがバジルビネガーだよ!」

「計画通りっちゃあ計画通りだがマジで全部作ってた…」

「まぁコイツ料理スキーだしな、残念だったな!」

件のテロリストも、此処に居てももう誰も文句言わなくなった。どうしてなのかは斯々然々有ったので省略するが…毎日何を食べて貰おうか、考えるのがまず楽しい。

「しっかし外食以外でパスタとか久々に見たわ、マジで美味そう。」

「で、俺には“バジルビネガーとお砂糖の氣付けドリンク(いちばんのり!)”か。…受けて立つ。」

「いっただきまーす!」「いただきますぜ!」「いただきまーす。」

ユリのキッチンは、賑やかになりそうだ。

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職業訓練でバジル出荷する時マジで苦労した。パックにスレただけで黒くなる。ピザに乗せたい時は丁寧に扱って、焼いた後に乗せよう!


※植物が肥料なしで育つかどうかは、栽培場所が、人為的でも自然界サイクルが回せているかどうかに掛かっている。

此処では屋内・小さいプランター内・ユリが素人であるため肥料ありで育てる事にした。生ゴミコンポストは上級者向きだと思うけどね…

有機プランター栽培は安藤康夫 氏のプランターで有機栽培(1・2)が読みやすいだろう。

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参考ホームページ

・Veggie Dishes by Peaceful Cuisineのベジタリアンピザ

https://www.youtube.com/watch?v=qll_kgwOfo0

・ミカサ種苗(現在の会社名不明)の種を買うと付いてくる説明書

・2013. NHK出版(編). 趣味の園芸ビギナーズ 育てておいしいまいにちハーブ. p14-21.

・写真はhttps://www.tekuteku.net/products/detail.php?product_id=7422からお借りしました

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CAST

・ヴァルトリピカのユリ

・ラクロル

・ファスタラヴィアのコージ

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