4.アニスヒソップ

帝国メガロポリスは“極寒たる”という枕言葉がよく用いられるだけあって、寒い。

寒いのだが、降雪の有無含めて、その差は“割と結構よく”有る。

大雑把に言うと、冬期に東は降雪地帯、西は豪雪地帯である。

「今年の降雪はヴァスカンダ区は増加、スツェルニー区は緩和してる感じなんやて。」

「もうアレホント何とかなんないのー!!」

「そういやアスナ、ヴァスカンダ出身やったな・・・」

ここ、帝国メガロポリス・スツェルニー区は北隣のヴァスカンダ区と並ぶ豪雪地帯であったが、今年は“雪下ろし用のスコップで雪洞かまくらを作りたくなる様な”可愛らしい積もり方だったらしい。

春が顔を出したら、雪は解けきってしまった。

「んで此処来たんよ、カップル割てのもあったさかい。」

「なるほどね。で、目玉は何よ?」

「せやな、地図地図…今の時期はリンゴとアニスヒソップやて。」

「あにすひそっぷ?」

「アニスみたいな香りがするヒソップで、リンゴ生産に蜂が必要やし群生させてあるんやて。」

「ふーん。」

この季節変動により“雪解け水による河川増水→洪水”フラグが心配されたものの、これは無事、スツェルニー区立植物園が吸収できた。

スツェルニー区立植物園とは、50年前(異説有り)は某農家の果樹園だった耕作放棄地を往年のスツェルニー区区長が購入し、今の形に整備した聖地の一種である。その大きさは年々拡大して現在24haと、たぶん帝国で一番広い植物園だ。

当時の帝国政府、第四代皇帝ガルバディア・フォースは、帝国民の癒し・リラクゼーション方法の増加といった偉大なる功績を遺したとして帝国偉人歴に区長の名を残し、植物園の中心に区長の銅像を建てさせた。

「コレを私財で買うたって、ホンマかいな…?」

「さあ? どうでもいいじゃん、昔の人の考えてた事なんて。」

さて、根元をサムライの様に縛り上げたポニーテール男子と神経質なまでに切り揃えた、外側に行くほど長いセミロングのカップルは、看板の示す順路の通りに歩いて、植物園で一番高い所に辿り付いた。

「へー…」

「綺麗ねー。」

其処は東屋の様なコンクリートのスペースが設けられており、布の敷かれたコンクリートのテーブルと椅子があった。

飲食物を持ち込めば、往年の果樹園を見ながら昼休憩ができるだろう。

「寒そうだけど寒くないわね…」

「床暖房とか入っとるんやろか?」

カップルは件の果樹園を見た。

健全なエメラルドグリーンの世界に、白と紫の花々がヘリンボーンステッチの様に美しく広がっている。

『・・・。』

先程、この植物園を“聖地の一種”と書いたのは、当時から生えているリンゴ――クラブアップルなので大体りんご飴用――とアニスヒソップが群生する一画は、とある気むずかしい方が大変お氣に召しており、迂闊に手入れすると風に関する事故に遭うとされるからだ。大体はスカートめくり処か死者が出るというので、実際に手入に入る一団は前日に禊ぎを行い、手入時には供物を用意してから行うのだとか。

「で、アニスヒソップってなに?」

「何言われても…草の方やろ? ブラシか棒タワシみたいな花やな。」

「ちょっと、風情台無しじゃない!!」

林檎が花盛りを迎える頃、ソレは白~紫の花を咲かせる。シソ科であり、見た目もニホンハッカやレモンバームに近い。あくまでも“アニスのような香りがするヒソップ”であって、アニス(セリ科なので見た目は全く違う)やヒソップ(同じシソ科だが、葉が小さく柳の様に細い)とはまた違う植物の様だ。

「作者も見た事がないから、食えるなら種まいてみようか悩んでるみたいやわ。」

「それ言っちゃって大丈夫なの…?」

野菜や果樹に比べると乾燥を好むハーブ類だが、その中でも湿気ている方が好きで、北アメリカ生まれだけあって耐寒性もある。上手く育てば1mの花畑が出来て、サラダの食べられる飾り《エディブルフラワー》や咳止め用のハーブティーになるとの事だ。

「食べられるって言われても、蜂が多そうだし降りたくない・・・」

「あな、ほんまやなー…」

その香りはミツバチも大好物なので、養蜂植物とも言われる様だ。

最近、ネオニコチノイド系農薬の普及により、ミツバチは絶滅の危機に瀕し、いずれは果樹・実物野菜の生産の影響に及ぼすと予測されている。

「自国でソレが分かったから、逆に王国に売り込んだろうとしてるみたいやけどな…」

「ふーん? あたし達に喧嘩売ったからでしょ、自業自得じゃない。」

「かなんわー! そういうの…」

帝国でも、露地栽培や家屋の害虫駆除に本農薬を用いた結果、ミツバチの大量死が確認されている。

しかし、アブラムシやコナジラミといった吸汁害虫への特効薬が無い今、これに頼る者も多く、削減どころか基準緩和される始末だ。

「…恨みて、怖いな。」

「?」

この聖地たるリンゴとアニスヒソップの花畑は当然無農薬で、ドラフト対策も厳密に取られている。

いずれは無肥料栽培でも管理出来るのではないかと、一部で試験実行を開始したと報道された。

此処は化学と機械の世界にとり残された、ミツバチ達の最後の聖地となったのかもしれない。

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植物だって、ひとりぼっちは淋しいのです。

原産地において、アニスヒソップは野草扱いされている様ですが、彼の様な「花の蜜を持つもの達」が蜂を引き寄せ、リンゴなど果樹の実りを助けるのです。道端の草1つにも役目があると知れば、無闇に除草剤を撒いたりする必要もなくなるでしょう。

自然栽培の本(岡本よりたか氏、川口由一氏、竹内孝功氏)には雑草の重要性・雑草が生える事で示されている土地条件(pHの程度、水分など)が書かれていました。栽培の常識をぶち破りたい人は、飯島秀行氏の本もおすすめします。

総ての植物が、せめて土に還る社会となる事を、わたしは祈ります。

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参考ホームページ

アトリエオンラインの某キャラ

http://www.sodatekata-box.jp/content/1692

https://www.myherb.jp/main/library/herb/sonota/a/anisu.html


※ミツバチの現状は「一般社団法人ハニーファーム」(http://honeyfarm.jp/)が詳しいです。

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CAST

・ヴァスカンダのアスナ

・ヴァルトリピカのツキカゲ

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