第35話「むしろお前が姉なのか!?」

 激怒にほおをひくつかせながら、シュウが眼前に迫る。

 だが、僕と奴との間に突然、疾風かぜが影となって飛び込んできた。

 まるで流れ星のように、落ちて地面がえぐれて弾ける。

 舞い上がる土砂の中で、僕はなんとか愁から距離を取った。

 今しがた降ってきた二人の少女が、激しく打ち合いながら姿を表す。


「ゴメン、麟児リンジクン! 無事、だよね?」

季央キオねえ!」


 季央ねえは、まだカーボノイド零号ゼロごうと戦っていた。

 それも、激闘……まさしく死闘だ。

 H.E.R.O.ヒーロースーツでパワーアップした季央ねえでも、零号との戦いは互角。そして、互角を保てているのはスーツ自体の改良のおかげだ。

 そんな二人を見て、愁が怒号を張り上げる。


「なにをやっているんだ、零号ッ! このウスノロが……さっさとそんな欠陥品、始末しろぉ!」

「……リョウ、カイ」

「フン! 喋れたのか? まあいい、それより……高定タカサダでないものに用はない」


 愁はやはり、零号を道具としてしか見ていない。

 僕にはそれが、酷く傲慢ごうまん不遜ふそんおごりに見えた。

 だから僕は、高速で飛び交う季央ねえと零号に叫んだ。


「季央ねえ! 零号は動きを止めるだけで……殺さないで! 零号、君も!」

「無茶言うねっ、麟児クン! ……かわいい弟の頼みだ、断れないね! 任せて!」


 苦戦は承知の上だ。

 そして僕は、改めて愁に向き直る。

 もうすでに、僕は戦闘不能も同然だ。でも、父さんの遺産と決別したことで、自然と覚悟が決まった。

 そんな僕をにらむ愁は、もう先程の余裕を失っていた。


「どうしてだ……お前は、高定の生まれ変わりではないのか!」

「違うよ。僕は、僕だ!」

「なら、無価値……必要ナシ! 私に必要なのは、高定だけだ!」


 身勝手な怒りが、E.R.O.イーアールオースーツを通して愁に力を与えている。

 僕は繰り出されるこぶしを避けつつ、必死で逃げながら言葉を選んだ。


「愁、お前は……父さんのなにを見てきた! どこにかれて、何故なぜこんなにも愛情を歪めてしまったんだ!」

「小僧が、知るまいっ! 高定の偉業を! その存在感を!」

「ああ、知らないね! お前が愛しているのは父さんじゃない……父さんの研究、父さんの財産だ!」


 図星だったのか、みるみる愁の表情が強張こわばってゆく。

 先程からあのニヤついた笑みは消えて久しいが、さらに形相が様変わりしてしまった。

 そう、愁は父さんを愛してなどいない。

 父さんへの友愛などなく、崇拝すうはいにも似た妄念もうねんにも裏がある。

 奴は、愁は……父さんが生み出すものへ執着しているだけだ。


「僕は父さんの記憶がほとんどない! けど、父さんは立派な人だったと思うし、父親として僕に沢山のものを残してくれた!」


 ビュン、と僕を狙った拳が唸った。。

 ギリギリで避けた僕の前髪が、空気圧の刃で刈り取られて舞う。

 一瞬でも回避が遅れていたら、今頃僕は殴り飛ばされていただろう。

 だが、次のキックも態勢を崩しつつ転がって避ける。

 愁は怒りのあまり我を忘れて、緩慢かんまんな攻撃を振り回しているだけだった。


「そうだ、高定は……多くの偉大な発明を! のこした! お前のその力、身に宿る超能力……そして、想像を絶するテクノロジー!」

「それは全て、父さんじゃない! 僕の知ってる父さんは、母さんたちを愛して、多くの人に愛されて……僕と姉たちを世に送り出してくれた人だ!」

「くだらない! 凡人でも可能な生殖活動に、なんの意味があるというのだ!」

「意味のあるなしで価値を計るな、愁ッ!」


 父さんは、凄い人だった。

 凄過ぎて、人かどうかも疑わしい……父さんは父さんだ。

 母さんを愛してたと確信できるし、その母さんを最初の姉として僕に遺してくれた。人間とはなにかを求め、永遠の研究テーマに選んだ。ロボットは勿論もちろん、カーボノイドやアーキテクトヒューマンを生み出し、太古の叡智である龍の遺伝子にさえ触れた。

 そんな父さんは、愁のことをどう思っていたのだろう?

 考えなくても、僕にはわかる。

 だから、千奈チナの姉貴だって僕の家族だということだ。


「父さんは……そんなお前でも、嬉しかったはずだ! 一緒に研究できる仲間で、友達だったかもしれないのに!」

「私を友達などという、凡人の関係性に閉じ込めるな! 私は、私は――」


 父さんは、愁のことを本当にどう思ってたんだろう。

 愁が言うように、孤高の人で、孤独だったかもしれない。それでも母さんがいて、愁がいて……きっと、楽しい毎日だったんじゃないのか?

 愁がもっと、父さんを見上げて眩しさに目をつぶるんじゃなくて……隣で、同じ目線で並んで生きてくれてれば、あるいは。

 けど、そんなのは過去のifイフでしかない。

 愁はまるで、なにかから逃げるように必死の形相で叫んだ。


「零号っ! なにをしている、その人形はあとでいい! こっちを手伝え……高定の作品の中でも、こいつだけは駄目だ! 潰せっ!」

「……ツブ、セ? ツブス……」

「そうだ、さっさと言うことをきけ!」


 丁度今、零号は季央ねえを圧倒し始めていた。

 季央ねえが意図的に、翠子スイコ姉様たちを巻き込まないように距離を取り始めたからだ。その間に姉様は、華凛カリン姉さんと楓夜フウヤお姉ちゃんを助けようと駆け出す。

 既にもう、夕日が暮れて闇が迫り始めていた。

 町中と違って、人の光が届かぬ大自然……その暗さが、僕を少し焦らせる。

 どうにかして、愁を倒さなければいけない。

 わかってもらって、諦めてもらわなければ。


「こんな筈では……私は、私はまだ! 高定となにもなしとげていないっ! 零号っ!」


 僕はフラフラだったが、なんとか愁から逃げ続ける。

 しかし、打開策はない。

 そして、まだ念話の超能力をカットできずにいた。

 僕の心境が伝わるからか、愁に余裕が戻ってくる。


「フフフ、フハハハハ! 高定も念話の制御には当初、難儀していたよ! 超能力とは制御の難しいものだが、それもまた人を超越したあかし! ならば、お前には分不相応ぶんふそうおうだ!」

「くっ! せめてまず、頭の中がダダ漏れなこれをなんとかしないと」


 ちらりと視線を走らせる。

 季央ねえも大苦戦で、僕が見たときには湖の方へと蹴り飛ばされていた。派手な水柱を立てて、その姿が湖面に消える。

 けど、ビクリと身を震わせた零号は、じっと僕を見詰めてきた。


「……アネ? ネエサマ……ネエサン、オネエチャン。キオ? キオ、アネ?」

「また喋った……そうだよ! 家族だ! っとっとっと」

「追い詰めてゆくぞ、駄作め! 高定にこんな駄作が、不肖ふしょうの息子がいるなんて、許せん!」


 愁だけでも手一杯なのに、零号にも攻撃されたら……お手上げだ。

 けど、零号は何かを考え込むようにうなだれ、そして地を蹴る。

 まるでワープのように、あっという間に彼女は僕たちの間に割って入った。

 そして、鮮血が宙を舞う。

 僕は思わず、その光景に目を見開いた。


「が……あ? な、なにを……ガハッ!」


 思考がフリーズする感覚。

 同時に、突然の逆転劇に僕の頭は混乱した。

 僕と愁の間に。

 割り込んできた零号が。

 振り上げた手刀を。

 袈裟斬けさぎりに叩きつけた。

 ――愁に向かって。


「ど、どうして……零号? 君は」


 愁は、まるで紙くずのようにE.R.O.スーツを切り裂かれた。その胸から、真っ赤な血が迸る。そのまま彼は、何度も瞬きを繰り返しながら倒れた。

 そして、血の滴る手をヒュンと振って、零号が振り返る。


「リン、ジ……アネ……オモイ、ダ、した。そうダ、アネ……姉。……ワ、タ、私は――」


 僕は我が目を疑った。

 カーボノイド特有の、黒光りする全身が、震えてひび割れる。

 そして舞い降りる夜空の下で、零号は脱皮するように漆黒を脱ぎ始めた。

 そう、カーボノイドというマシーンの姿に隠された白い肌。

 そこには、半裸の少女が立っていた。

 自分で顔と頭部のパーツを脱ぎ捨てると、長い長い銀髪が夜風に舞う。


「き、君は……」

「私は、零号。……アーキテクトヒューマン、零号。麟児、あなたの……姉」

「な、なんだって? それは」

「父さんの……御暁高定ゴギョウタカサダの、最後の作品は……私。最後の姉は、私」


 僕は呆然ぼうぜんと立ち尽くした。

 その前に、白く輝く裸体が歩み出る。

 見れば、向こうで翠子姉様も絶句していた。

 突然、戦闘用のロボット同然に使われていたカーボノイドが、激変してしまった。それは間違いなく、僕と同じ生身の人間……それも、年頃の少女にしか見えないのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る