第33話「望まぬ対決、予想外の真実」
僕は言葉を失ってしまった。
認めがたい現実が今、目の前に広がっている。
それを現実として認めろと、頭が思考する。
でも、心は拒絶するための整合性を探していた。
それくらい、信じられない光景だった。
「ああ、
その全身は、意外なまでに引き締まった筋肉でパンプアップしていた。その筋骨隆々たる姿は、アメコミのヒーローみたいである。
そう、愁は例の
愁は僕の
「ああ、これですか? これぞ正真正銘、マスプロダクトモデルのE.R.O.スーツです。私の
「……気持ち悪い。
そっと姉貴を降ろして、僕は一歩前へ出た。
それは、へたり込んだ
「
「嫌だ! 許せない……愁、お前は許さない! それに、このまま逃げたら……自分自身を許せなくなるっ!」
本音の本心、そして本気だった。
僕は今、生まれて初めての沸点を超えていた。
自分自身が烈火の炎となったかのように、冷静さを欠いていた。
そのことを自覚する余裕すら、僕にはなかったんだ。
「愁っ! 父さんの遺産は諦めろ! そして、もう二度と僕の姉たちに近付くな!」
「ああっ、高定! これらのものは全て、取るに足らないものです。
「それと、僕は父さんじゃない! 僕は
「まだ記憶が混濁としているだけです。すぐにその肉体に
やはり、会話が成立しない。
同じ日本語を話しているのに、全く意思疎通ができない感じた。
だから、もう決めた。
手っ取り早く、黙らせる。
そう思って、僅かに腰を落とす。
瞬時に全身の瞬発力を爆発させれば、あっという間に僕は愁の眼前へ肉薄した。
でも、振り上げた拳が――
「おっと、高定……そんなパンチじゃ、私には届きませんよ」
「ッ! ならっ!」
「ああ、素敵です高定! 一緒に踊りましょう!」
僕は必死に、パンチやキックを繰り出してみる。
武道の心得がないから、超人的な身体能力に頼った
そして、本物の、本当の完成品であるE.R.O.スーツを着た愁は、速い。
彼が言うように、僕は一方的なダンスを演じる羽目になった。
「さあさあ、高定。もっと踏み込んできてください! 私が抱き締めて差し上げます!」
「気持ち悪いんだよっ! ……おかしい、なんだか変だ」
「いえいえ、そんなことはありません」
「でも、
その時だった。
苦し紛れのテレフォンパンチが、あっけなく愁に避けられる。
すれ違いざま、愁は僕の耳元にこう
「でも、何故――どうして攻撃がかすりもしないんだ。……そう考えてますね? 高定ぁあ!」
「なっ、どうして……!」
「教えて差し上げてもいいですが……少し、運動をしましょう。たまには、そう……
僕の思考が、口から言葉になって出る前に……読まれている?
同時に、鈍い衝撃が背中に走った。
まるで、全身が痺れるような痛み。
僕はすっ飛ばされて、何度も地面にバウンドしてのたうち回った。僕が着地し、土と草を掘り返しながらやっと止まっても……立ち上がることが、できない。
僅か一撃で、僕はあっけなく
そして、翠子姉様の悲痛な声が響く。
「麟児! 駄目よ……貴方、気付いていないのね?
「そ、それは」
僕は、さっきから感じてきた妙な違和感を思い出した。
それらは点と点でしかなかった。
でも、今ははっきりと線を結んで真実を浮かび上がらせる。
「翠子姉様、ま、まさか……」
「そうよ、貴方……念話が一方通行で常時発動してるわ。考えてることがさっきから、周囲に一方的に筒抜けなの!」
「……そうか、それで」
気付かなかった。
さっきから何故か、姉たちが僕の言葉に先回りしていた、その理由がわかった。
季央ねえもそれを、さっき教えてくれようとしていた。
でも、零号との戦闘でそれどころじゃなかったんだ。
僕は……新しい超能力を試して、頼ろうとした。
それは上手く使えなかったんじゃない……読み取る力が欠けたまま、伝える力だけが発動していたのだ。それも、今この瞬間までずっと。
僕は攻撃しながら、無意識に愁にタイミングや内容を伝えていたんだ。
「そんな、じゃあ、僕は」
「おやおや、高定。諦めてしまうのですか? でも、これはいい……少し癖になりそうですよ。愛する存在を手に掛ける、暴力で優位に立って支配する。麻薬のような
ゆっくり、愁が僕に近付いてくる。
同時に、翠子姉様が「ッ! 二人とも、待ちなさい! 千奈も!」と叫んだ。
そして、僕と愁の間に影が割り込んだ。
それは、最後の力で立ち上がった姉たちだった。
「りんりー、逃げるッスよ! あたしちゃんが、絶対に弟は守るじぇ!」
「愁、殺ス! わたしの麟児ちゃんは……あんたなんかに渡さない!」
華凛姉さんは、顔の半分が壊れて火花をスパークさせていた。そこには、はっきりとメカニカルな内部が見えた。
否が応でも知れてしまう、ロボットとしての姉。
その捨て身の攻撃を愁は、なんなく裏拳で一蹴した。
華凛姉さんは、珍しくシリアスな悲鳴を零して崩れ落ちる。
同時に掴みかかった楓夜お姉ちゃんも、その頭の角を掴まれ吊るし上げられる。
「前世代的なロボット、ふむ……このガラクタはいらないが、
「殺ス! お前は、お前はあ! 麟児ちゃんのために! 家族のために、殺ス!」
ただ、なにも言わずに笑顔で愁は……片手で吊るした楓夜お姉ちゃんを殴った。顔を容赦なく、スーツのパワーを乗せて何度も殴打し、乱暴に振り回して放り投げる。
遠くにドサリと落ちて、楓夜お姉ちゃんは動かなくなった。
そして僕の前に……両手を広げて最後の姉が立ちはだかった。
「麟児は私が守るっ! 愁……これ以上、私の家族に手は出させない!」
千奈の姉貴は、震えていた。
あの颯爽とした、誰からも憧れられてた姉貴がだ。
だってそうだ、今の愁は恐ろしい。
本当のE.R.O.スーツの力もそうだが、愁の笑顔が恐ろしいのだ。あれは、自分の揺るがぬ勝利を確信した、結果の確定したゲームを楽しむ表情だ。
僕はなんとか、千奈の姉貴を助けようと立ち上がる。
だが、ガクガクと
そんな僕はまだ、考えたことがだだ漏れのままだった。
「んん? お前は……? なんですかぁ? 高定の娘に興味はないんですよ」
「私は……私はっ! お前の娘……息子だっ! 四京寺愁!」
「……は?」
「お前が、麟児のお母さんを辱めた、その末に生まれたのが私だ」
愁は小首を傾げて宙を仰ぎ、思い出したとばかりに目を見開いた。
「ああ! そういえば、高定の周囲にはあの女がいつもいて……名前はそう、確か
「それでお前は……お前はっ!」
「ははあ、あの時に
愁は片手で、千奈の姉貴の
乾いた音が響いて、姉貴は大きくよろけた。
でも、決して僕の前をどかない。
「私は……お前の息子かもしれない。でもっ! 麟児の姉貴として生きるって決めたんだ!」
「ああ、そういう……私の遺伝子を持ちながら、身体と心の性が一致しないとは」
「お前は私の父親だけど……私は麟児と翠子、そして妹たちの家族なんだ!」
あっさりと千奈の姉貴は、吹き飛ばされた。
その時、僕は見た……先程まで
「家族……くだらないですね! 私の血を受け継ぎながら、その物言い……実にくだらない!」
憤怒の表情で、愁は僕の前に立った。
僕は必死に、心の中の念話を切ろうとする。そう、超能力は自分の中にスイッチがある感じなんだ。それを切れば、まだなんとか。
そう思って気持ちを集中させた、その時だった。
愁の向こうに、ゆらりと立ち上がる
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