第33話「望まぬ対決、予想外の真実」

 僕は言葉を失ってしまった。

 認めがたい現実が今、目の前に広がっている。

 それを現実として認めろと、頭が思考する。

 でも、心は拒絶するための整合性を探していた。

 それくらい、信じられない光景だった。


「ああ、高定タカサダ! よく来てくれましたね。丁度ちょうど今、片付いたところです」


 シュウは今、逆光を背に恍惚の笑みを浮かべていた。

 その全身は、意外なまでに引き締まった筋肉でパンプアップしていた。その筋骨隆々たる姿は、アメコミのヒーローみたいである。

 そう、愁は例のE.R.O.イーアールオースーツを着ていた。

 季央きおねえのは以前も今も妙な色気を感じるが……愁がその力を身にまとっていると、妙な威圧感がある。

 愁は僕のにらむような視線に、うっそりと目を細めた。


「ああ、これですか? これぞ正真正銘、マスプロダクトモデルのE.R.O.スーツです。私のたかぶる感情が今、身体能力を何倍にも引き上げているのですよ」

「……気持ち悪い。千奈チナの姉貴、あまり見ないほうがいい」


 そっと姉貴を降ろして、僕は一歩前へ出た。

 それは、へたり込んだ翠子スイコ姉様が振り向くのと同時だった。

 呆然ぼうぜんとした表情で、華凛カリン姉さんと楓夜フウヤお姉ちゃんを抱いたまま……か細い声が響く。


麟児リンジ、来てはいけないわ。千奈を連れて逃げなさい」

「嫌だ! 許せない……愁、お前は許さない! それに、このまま逃げたら……自分自身を許せなくなるっ!」


 本音の本心、そして本気だった。

 僕は今、生まれて初めての沸点を超えていた。怒髪天どはつてんという言葉ですら生ぬるい、純然たる怒りの熱が闘争心を炙り焦がす。

 自分自身が烈火の炎となったかのように、冷静さを欠いていた。

 そのことを自覚する余裕すら、僕にはなかったんだ。


「愁っ! 父さんの遺産は諦めろ! そして、もう二度と僕の姉たちに近付くな!」

「ああっ、高定! これらのものは全て、取るに足らないものです。貴方あなたの偉業、貴方の高貴にして至高なる存在感に比べれば、はっ!」

「それと、僕は父さんじゃない! 僕は御暁麟児ゴギョウリンジ、高定の息子だ! 別人格なんだ!」

「まだ記憶が混濁としているだけです。すぐにその肉体に馴染なじはず


 やはり、会話が成立しない。

 同じ日本語を話しているのに、全く意思疎通ができない感じた。

 だから、もう決めた。

 手っ取り早く、黙らせる。

 そう思って、僅かに腰を落とす。

 瞬時に全身の瞬発力を爆発させれば、あっという間に僕は愁の眼前へ肉薄した。

 でも、振り上げた拳が――


「おっと、高定……そんなパンチじゃ、私には届きませんよ」

「ッ! ならっ!」

「ああ、素敵です高定! 一緒に踊りましょう!」


 僕は必死に、パンチやキックを繰り出してみる。

 武道の心得がないから、超人的な身体能力に頼った不格好ぶかっこうな攻撃だった。どんなに強い力も、それを制御して正しく使う技を欠いては意味がない。

 そして、本物の、本当の完成品であるE.R.O.スーツを着た愁は、速い。

 彼が言うように、僕は一方的なダンスを演じる羽目になった。


「さあさあ、高定。もっと踏み込んできてください! 私が抱き締めて差し上げます!」

「気持ち悪いんだよっ! ……おかしい、なんだか変だ」

「いえいえ、そんなことはありません」

「でも、何故なぜ――」


 その時だった。

 苦し紛れのテレフォンパンチが、あっけなく愁に避けられる。

 すれ違いざま、愁は僕の耳元にこうつぶやいた。


「でも、何故――どうして攻撃がかすりもしないんだ。……そう考えてますね? 高定ぁあ!」

「なっ、どうして……!」

「教えて差し上げてもいいですが……少し、運動をしましょう。たまには、そう……あが信奉しんぽうする高定、貴方にも痛みが必要ではないでしょうかあああああ!」


 僕の思考が、口から言葉になって出る前に……読まれている?

 同時に、鈍い衝撃が背中に走った。

 まるで、全身が痺れるような痛み。

 僕はすっ飛ばされて、何度も地面にバウンドしてのたうち回った。僕が着地し、土と草を掘り返しながらやっと止まっても……立ち上がることが、できない。

 僅か一撃で、僕はあっけなくKOノックアウトされてしまった。

 そして、翠子姉様の悲痛な声が響く。


「麟児! 駄目よ……貴方、気付いていないのね? 念話テレパシーは超能力の中でも一番難しいものの一つ。あの人は、高定さんはそう言ってたわ!」

「そ、それは」


 僕は、さっきから感じてきた妙な違和感を思い出した。

 それらは点と点でしかなかった。

 でも、今ははっきりと線を結んで真実を浮かび上がらせる。


「翠子姉様、ま、まさか……」

「そうよ、貴方……。考えてることがさっきから、周囲に一方的に筒抜けなの!」

「……そうか、それで」


 気付かなかった。

 さっきから何故か、姉たちが僕の言葉に先回りしていた、その理由がわかった。

 季央ねえもそれを、さっき教えてくれようとしていた。

 でも、零号との戦闘でそれどころじゃなかったんだ。

 僕は……新しい超能力を試して、頼ろうとした。

 それは上手く使えなかったんじゃない……読み取る力が欠けたまま、伝える力だけが発動していたのだ。それも、今この瞬間までずっと。

 僕は攻撃しながら、無意識に愁にタイミングや内容を伝えていたんだ。


「そんな、じゃあ、僕は」

「おやおや、高定。諦めてしまうのですか? でも、これはいい……少し癖になりそうですよ。愛する存在を手に掛ける、暴力で優位に立って支配する。麻薬のような愉悦ゆえつです!」


 ゆっくり、愁が僕に近付いてくる。

 同時に、翠子姉様が「ッ! 二人とも、待ちなさい! 千奈も!」と叫んだ。

 そして、僕と愁の間に影が割り込んだ。

 それは、最後の力で立ち上がった姉たちだった。


「りんりー、逃げるッスよ! あたしちゃんが、絶対に弟は守るじぇ!」

「愁、殺ス! わたしの麟児ちゃんは……あんたなんかに渡さない!」


 華凛姉さんは、顔の半分が壊れて火花をスパークさせていた。そこには、はっきりとメカニカルな内部が見えた。

 否が応でも知れてしまう、ロボットとしての姉。

 その捨て身の攻撃を愁は、なんなく裏拳で一蹴した。

 華凛姉さんは、珍しくシリアスな悲鳴を零して崩れ落ちる。

 同時に掴みかかった楓夜お姉ちゃんも、その頭の角を掴まれ吊るし上げられる。


「前世代的なロボット、ふむ……このガラクタはいらないが、ドラゴン。これはいい、龍! 龍と高定の遺伝子を持った検体か! 素晴らしい……解剖してみなければいけませんねえ」

「殺ス! お前は、お前はあ! 麟児ちゃんのために! 家族のために、殺ス!」


 ただ、なにも言わずに笑顔で愁は……片手で吊るした楓夜お姉ちゃんを殴った。顔を容赦なく、スーツのパワーを乗せて何度も殴打し、乱暴に振り回して放り投げる。

 遠くにドサリと落ちて、楓夜お姉ちゃんは動かなくなった。

 そして僕の前に……両手を広げて最後の姉が立ちはだかった。


「麟児は私が守るっ! 愁……これ以上、私の家族に手は出させない!」


 千奈の姉貴は、震えていた。

 あの颯爽とした、誰からも憧れられてた姉貴がだ。

 だってそうだ、今の愁は恐ろしい。

 本当のE.R.O.スーツの力もそうだが、愁の笑顔が恐ろしいのだ。あれは、自分の揺るがぬ勝利を確信した、結果の確定したゲームを楽しむ表情だ。

 僕はなんとか、千奈の姉貴を助けようと立ち上がる。

 だが、ガクガクとひざが笑って、思うように動けない。

 そんな僕はまだ、考えたことがだだ漏れのままだった。


「んん? お前は……? なんですかぁ? 高定の娘に興味はないんですよ」

「私は……私はっ! お前の娘……息子だっ! 四京寺愁!」

「……は?」

「お前が、麟児のお母さんを辱めた、その末に生まれたのが私だ」


 愁は小首を傾げて宙を仰ぎ、思い出したとばかりに目を見開いた。


「ああ! そういえば、高定の周囲にはあの女がいつもいて……名前はそう、確か翡美子ひみこ! 許せないんですよねえ……なんの力もない、ただの女が」

「それでお前は……お前はっ!」

「ははあ、あの時にはらんだ子供がお前という訳か。ふむ……そういえばどことなく、私の面影おもかげがありますねえ! だが――」


 愁は片手で、千奈の姉貴のほおを張る。

 乾いた音が響いて、姉貴は大きくよろけた。

 でも、決して僕の前をどかない。


「私は……お前の息子かもしれない。でもっ! 麟児の姉貴として生きるって決めたんだ!」

「ああ、そういう……私の遺伝子を持ちながら、身体と心の性が一致しないとは」

「お前は私の父親だけど……私は麟児と翠子、そして妹たちの家族なんだ!」


 あっさりと千奈の姉貴は、吹き飛ばされた。

 その時、僕は見た……先程まで下卑げびた笑いを浮かべていた愁が、額にシワをよせていた。その評定は間違いなく、怒りに燃えていた。


「家族……くだらないですね! 私の血を受け継ぎながら、その物言い……実にくだらない!」


 憤怒の表情で、愁は僕の前に立った。

 僕は必死に、心の中の念話を切ろうとする。そう、超能力は自分の中にスイッチがある感じなんだ。それを切れば、まだなんとか。

 そう思って気持ちを集中させた、その時だった。

 愁の向こうに、ゆらりと立ち上がる矮躯わいくが振り向いた。

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