第32話「姉はやっぱり、やるじゃない!」
その露出度は劇的に上がっていて、肌色成分が随分と多めである。その代わり、マリンスポーツのダイバースーツみたいだった全身を覆う戦闘服は今、可憐なお姫様のミニドレスみたいだ。
スカートや全身のフリルとレースは、光そのものが形となったかのような半透明。
すぐに季央ねえは、カーボノイド零号との戦闘に突入する。
同時に、
「……ニガサ、ナイ」
「おっ? キミ、喋れるんだね。
「ニガサ、ナイ!」
僕は
僕にだって超人的な力が備わっているけど、父の遺産であるスマートフォンを持っているのもまた僕だ。
万が一負けて奪われれば、それで全てが終わりだ。
でも、
「麟児、下がってて。大丈夫、私がきっと守るよ……命に代えても」
「姉貴……そういうのは駄目だよ。みんなで問題を解決して、みんなで日常に戻らなきゃ」
「わかってる。けど、私にはみんなと違って凄い力はないから」
肩越しに振り返る千奈の姉貴が、普段の涼やかな笑みを浮かべていた。
なんだか、決意と覚悟が確かにあった気がした。
そして、
すかさず季央ねえが、行く手を阻んで激しい打ち合いに応じていた。
「おっと、行かせないぞ? キミの相手はボクだ」
「ハイ、ジョ……ショウガイ、ハイジョ!」
思わず僕は、千奈の姉貴に守られつつ身を乗り出す。
勝負は互角に見えたが、小さくすばしっこい零号の方が手数が上だ。そして、新しく調整されたE.R.O.スーツ・カスタムは……どうも、見た目通りに防御力が以前より下がっているように感じる。
当然だ、肌の露出が増えているんだもの。
けど、僕がそれを口に出そうとした瞬間だった。
「心配しないで、麟児クン! ボクにも考えがあるのだよ、フフフ……そうっ、この生まれ変わったE.R.O.スーツ・カスタム! またの名を――」
零号の繰り出す左右の手刀が、幾重にも増えて見える。
突然変異で急激に発達した僕の動体視力でも、その手数と速さが無数の連撃となって季央ねえを追い詰めていった。
だけど、その全てが致命打になることなく、
季央ねえは、上手くいなしてスーツの部分でのみ攻撃を受け止めていた。
そして、攻撃をかいくぐりながら攻めに転じる。
「またの名をっ、
季央ねえの手と手とが、円運動で相手の力をそのまま跳ね返す。零号は自分の力を受け流され、その反動でそのままブン投げられた。
合気道の技のようだ……確か、通信教育で習ったって言ってたっけ。
しかし、常軌を逸した角度からの垂直落下でも、零号は身を持ち直した。
ちゃんと二本の足で着地して、苦しい体制からも反撃を繰り出す。
でも、季央ねえの勝ち気な笑みには自信が満ち満ちていた。
「麟児クン! 女の子にヒーロー? って思うみたいだけど……ボクはヒロインにはなれないからね! だからい、いいんだ……
僕の思考と言葉の間に、先回りして季央ねえが躍動する。
なんとなくだけど、僕は新しくなったスーツのことを理解し始めていた。
以前の、全身をピッチリ覆うタイプは、恐らく身体機能を高めつつ……首から下を完全に均一な防御力でカバーしていたんだと思う。その平均化された防御力を、季央ねえは意図的に崩したのだ。
肌が露出している部分、あれは当然生身を晒した無防備な場所だ。
太腿や二の腕、おへそ丸見えの腹部は弱点そのものだと思う。
反面、手足や胸部は美麗な見た目とは裏腹に以前より強固な
「そう、その通りだよっ!」
「いや、なんで……危ないよ、季央ねえ! それと、どうして? 僕、考えが口に出てた?」
「ううん! ただ、ほら、さっき……っとっとっと!? ヤバッ、この子まだスピードが上がるっ!」
零号の攻撃は、より苛烈にヒートアップしていた。
だんだんと、僕の目でも追えない攻撃が増えてくる。むしろ、季央ねえが限界の集中力で捌き切っていることが
ただ、季央ねえは以前よりも格段に強くなっていた。
それに、新しいスーツは無防備な場所を作ることで、意図的に弱点へと攻撃を誘導している。それもまた、季央ねえの狙い通りなんだと思った。狙う場所のはっきりした攻撃ほど、対処しやすいものはない。
「千奈っ! ここはボクが抑えるよ! 麟児クンと一緒に翠子たちを追って!」
「わかった! それと!」
「うんっ!」
「今だよ、季央! こないだ教えたやつ! 柔よく剛を制す!」
千奈の姉貴は、僕の手を握って引っ張った。
それは同時に、大振りな一撃を避けた季央ねえが、零号の間合い深くへ踏み出すのと同時だった。あっという間に肉薄した零距離で、季央ねえが組み付く。
苦し紛れに放たれた
まるで鋭利な刃に切り裂かれたみたいに、肌が裂けて鮮血が舞う。
でも、季央ねえは怯まずバックを取ると、そのまま背後へと零号を持ち上げた。
「千奈直伝っ、ボクの必殺のっ! ジャーマン・スープレックスッ!」
「……いや、教えたのは柔道の裏投げなんだけど。ほら、帯も道着も着てない相手は、抱えて投げるのが一番だから」
「そうそう、それっ! でも、ドイツ人はゲルマン民族、だから必殺技はジャーマンでいいのさ!」
綺麗にブリッジしながら、季央ねえは零号を真っ逆さまに地面へ叩きつけた。
駐車場はコンクリートで舗装されているが、その平らな大地にひび割れが走る。
まるで突き立てられた墓標のように、垂直に頭から突き刺さっている。
僕はなんだか、胸が痛んだ。彼女もそうだが、全てのカーボノイドは父が「人の研究」の過程で生み出した「人のために働く人」だったんだと思う。それが、愁の道具として使い捨てられてるなんて、悲しい。
零号にもなにか、僕との特別ななにかがあったような気がした。
確かに彼女は、僕の名を呼んでたんだ。
「よしっ、麟児クン! 今のうちに千奈と行って! ……こいつ、まだ動くよ!」
「えっ? それは……っとと、姉貴!? 待って、引っ張らないで」
「ここは季央に任せるよ、麟児。私は季央を信じるから……麟児もそうしてみて!」
僕は引っ張られるように走り出した。
そして、肩越しに振り返って見る。ヘッドスプリングで立ち上がった季央ねえは、まだ身構えたままで警戒心を尖らせていた。
そんな彼女の前で、ゆらりと零号が身を起こす。
突き立つ逆さ十字と化していた零号は、人間なら不可能な角度で立ち上がった。
そして、僕を振り返って小首を傾げる。
「イマノ……ホントウ? リンジ……」
「あ、こらっ! ボクの自慢の弟だぞ、麟児クンは。キミの相手はボク!」
「……リンジ。マッテテ」
あっという間に、駐車場での激闘が遠ざかる。
千奈の姉貴は僕を引っ張り、遊歩道を駆け上がった。
なだらかな傾斜だが、すぐに湖までの距離を記した立て看板を追い越す。
「ごめんね、麟児。季央が心配だろうけど、大本を叩かないと。愁をなんとかしないと、あの零号って子も止まれないんだと思う」
「そう、だね……そうだ、僕がそれに気付いて、自分で選択するべきだった。それを千奈の姉貴に」
「いいの、そういうのはいいんだって。私たちは姉だから……こんな私でも、姉だから。麟児のためにしてやれること、あればあるほど嬉しいし、頑張れちゃうよ!」
「うん……ありがと、姉貴。なら……こっちの方が速いかな」
今の僕の身体能力は、華凛姉さんや楓夜お姉ちゃんにも匹敵する。
すぐに僕は本来の脚力を使って、千奈の姉貴に並んだ。そのまま、ヒョイと彼女を両手で抱き上げてしまう。
僕がこうして、千奈の姉貴を抱えて走った方が速い。
それに、跳べる……風となって馳せる。
「わわっ、麟児!?」
「ごめんね、姉貴。急ぐなら、こうした方がいい。嫌だった?」
「嫌っていうか……なんだか、物語のヒロインかお姫様みたい。……私、男なのに」
「男だけど、僕の姉でしょ? 季央ねえもそう、みんな我が家のヒロイン、お姫様だよ」
軽く地を蹴れば、あっという間に地面が遠ざかった。木々のそよぐ枝葉も、ずっと下へと遠ざかる。
遠くに、
綺麗な湖が今、夕焼けになりつつある日差しを浴びて光っている。
僕は着地と同時に、さらに力を込めて地面を蹴り続けた。
やがて、湖畔の開けた場所へと視界が開ける。
「着いた、姉様は? 姉さん、お姉ちゃんも! どこに……ッッッッッ!?」
――絶句。
信じられない光景が、目の前に広がっていた。
夏のじれったい夕日は、まだまだ地平線の上で真っ赤に燃えている。
その光を背に背負って、一人の男が笑っていた。
ニヤニヤと、とても
そして……その前に、たった一人で小さな女の子がへたり込んでいる。それは翠子姉様で、倒れて動かない二人に膝枕をしているのだとわかった。
腕組みふんぞり返った愁の前に、動かなくなった華凛姉さんと楓夜お姉ちゃん。
そんな二人を守るように抱き寄せつつ、逃げもせずに翠子姉様が対峙していた。
僕は一瞬で、怒りと憤りに意識を塗り潰されてゆくのだった。
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