第30話「困った時には超能力?」

 会議は踊る、とはこのことだ。

 まあ、華凛カリン姉さんは実際に踊ってたけど。シュウとの決着はダンスバトルでつけるじぇ! とか言ってさ。勿論もちろん翠子スイコ姉様に却下されてた。

 でも、他にこれといった名案は浮かばなかった。

 この翡翠荘ひすいそうに被害を出さず、愁だけを倒す方法……なかなか難しい。

 なにより、愁に翡翠荘を盾にするという意図が見え見えだからだ。


「はあ……一応、夜には愁をおびき出せることにはなってるけど。それもちょっと、自信ないな」


 僕は部屋を出て、一人で庭に来ていた。

 手入れの行き届いた庭を眺めていると、こころなしか気持ちが安らぐ。この場所は温泉旅館で、本来は癒やしの空間のはずだ。

 それもあって、絶対に戦いの場にはできない。

 祖母である女将おかみ玉子タマコさんのためにも、お客さんたちのためにも。


「こんな時、父さんならどうするんだろうか」


 ふと、父のことを想った。

 万能の科学者にして、超人。超能力を持ち、老いの概念さえも父を縛ることはできなかった。本当に謎な人で、今は僕の手に一台のスマートフォンだけが残されている。

 何気なく起動して、パスワードを入力する。

 そういえば、このスマートフォン……あれからずっと充電してないんだけど。なんで、バッテリー切れにならないんだろう。


「ひょっとして、永久機関とか搭載してたりして。……まさかね。まさか……でも、あるかも」


 スマートフォンには膨大なデータが入っている。

 そして、スマートフォン自体に搭載された機能やアプリも、とんでもないものばかりだ。僕は無数の論文や研究を眺めつつ、それとなく何本か開いてみる。

 現状への打開策も欲しくて、自然と超能力関係のテキストをピックアップ。

 今の僕は、瞬間移動テレポーテーション念動力テレキネシスが使える。

 他にもなにか、新しい力があったりしないだろうか。

 ぼんやりしつつも、高速でテキストを読み込んでいると……不意にほおに刺激が走った。


「冷たっ! ……季央キオねえ」

「お疲れ様、麟児リンジクン。浮かない顔してるね。休憩も大事なんだぞ? はいこれ、おごり!」


 振り返ると、浴衣姿の季央ねえが笑っている。

 その両手は缶コーヒーを持ってて、片方を僕の頬にくっつけたのだ。

 受け取り一服して、二人で並んで庭を眺める。

 こんな時間がずっと続けばいいんだけどね、けど……夜までには、なんとかして愁を翡翠荘から引き剥がしたい。そして、被害の出ない場所で決着をつける。

 話し合いで済めばよし、その道は最後まで諦めない。

 でも、駄目ならもう躊躇ためらわないと決めたんだ。


「綺麗だね……日本人って、こういうの得意だと思う。ボク、ドイツの自然も好きだけど、日本の自然はもっとこう、キラキラぽかぽかしてるよ」

「ん、まあ……厳密には、こういう庭園は自然じゃないんだけどさ」

「でも、棚田たなだとか、富士山とか!」

「人の手が入ってるものばかりだよ、それも」


 そう、人間は自然をも自分の都合で変えてしまう。

 それが文明というものだ。

 ただ、共存する手段や方法論もあるし、昨今は環境保護活動だって盛んに行われている。おおむね世界中での注目度は高く、環境問題は国境を超えた人類全体の問題とも言える。

 この庭も、職人が手を入れて整えた自然だ。

 棚田も富士山も、産業や信仰が自然と調和している一つの形だよね。


「っと、ん……これは」

「うん? 麟児クン、どうかしたの?」

「いや、父さんののこしたデータに気になるものがあった」

「なになに? 今度はスマホでなにができるのかな。……ビームが出るとか!」

「レーザーの発信機能ならあるけど、強過ぎて使えない感じ。それより」


 父が、自分の超能力について言及している項目があった。

 やはり、父は特別な人間……むしろ、人間かどうかも怪しい。でも、人として母さんと愛し合ったし、だから僕と姉たちがいる。直接父さんと母さんの子じゃなくても、みんな僕の大切な家族だ。

 で、超能力だけど……ふむふむ、なるほど。


「瞬間移動と念動力の他には、念話テレパシーってのがあるみたい」

「あっ、定番のやつだね。麟児クンもそれ、できるの?」

「どうかな……でも、なんとなく頭の中でスイッチみたいなのがある気はする。それを押す、アクセスすると使える感じなんじゃないかな」


 ただ、念話が使えたら結構便利じゃないだろうか。

 ようするに、言葉に出さずとも指定した相手とのコミュニケーションが成立する。女将や仲居さんを気にせず、直接愁にこちらのメッセージを届け、返答を受け取ることができるだろう。

 あって損するようなものじゃない。

 早速僕は、庭へと一歩踏み出て振り返る。


「季央ねえ、ちょっと頭の中で僕に語りかけてみて。僕も、念話で返答するから」

「んー、わかったよ。……で、でも、ボクの変なとこ、覗かないでよ?」

「上手くやれば、相手の思考や感情を全部読み取れそうだけど……調節してみるよ」


 以前、瞬間移動が使えるようになったのは突然だ。

 使えるようになった、というか……突然、発動した。でも、そのあとは超能力のコツというか、自分が持ってる力へのアクセス方法がわかった感じだった。

 突然、頭の中が鮮明になって、眠っていた力が解禁されたみたいだった。

 今回も、自分の脳裏にイメージを念じれば、上手くいきそうに思えた。


「……あれ、駄目だね。季央ねえのことがわからない。繋がらないのかな? チャンネルが違うとか」


 残念、そう簡単にはいかないか。

 念動力は割と簡単にものにできたんだけどなあ。

 でも、なんか……一生懸命目をつぶって、んーっ、て頑張ってくれてる季央ねえはかわいいな。気張っても踏ん張っても、変わるものじゃないと思うんだけど。

 季央ねえは素直で明るくて、ひたむきで一途で……やっぱりかわいい。

 そう思っていると、突然シュボン! と季央ねえが真っ赤になった。


「ふ、ふぁぁ……麟児クン!」

「ああ、ごめん。念話は今は無理みたい。結構レベルの高い超能力なのかも」

「い、いや、その、ボクね! 今、ボク! あうぅ……」

「あれ、どうかした? ……やっぱり、なにも感じ取れないな。まあ、あれば便利かと思ったけど」


 顔を手で覆って、その場に季央ねえはしゃがみこんでしまった。

 えっ、なにその反応……どうしたのかな。

 慌てて僕が駆け寄った、その時だった。


「おや、どうかしたかい? 具合でも悪いのかねえ」


 声のする法を振り返れば、そこには女将が立っていた。

 驚いたのは、女将の玉子さんは小さな子供を連れている。それは、全身をすっぽりとマントで覆った、顔すら見せない少女……カーボノイドの零号ゼロごうだ。

 手袋をした零号の手を握り、女将は穏やかな笑みを浮かべている。


「あっ、女将さん。いえ、季央ねえは」

「どれ、ちょっと見ようかね?」

「だっ、だだだだ、大丈夫! ボク、なんでもないから! これは、違うの! 具合悪いやつじゃないのさ! ハハ、ハハハハハ!」


 突然立ち上がった季央ねえは、猛ダッシュで走り去ってしまった。

 なんだろ、どうしたのかな……?

 でも、その背を見送り女将は微笑ほほえんだ。


「本当に……翡美子ヒミコに似てないのに、どの子も孫なんだねえ」

「すみません、女将さん。まあ、父親は一緒的な感じで」

婿殿むこどのは外国のお嬢さんにも手を出して、子供を産ませてたのかい。まあ……なんでそんな男を、翡美子は好きになっちまったんだろうかねえ」


 やれやれという口調だったが、女将は笑っていた。

 それは、とても穏やかな優しい笑みだった。

 そして、彼女は僕の視線を感じて隣を見下ろす。


「ああ、この子かい? あの愁とかいう男も、婿殿に負けず劣らず駄目な男だねえ。こんな小さな子をほっぽりだして、出掛けちゃったのさ」

「そ、そうですか」

「あたしゃ女将といってもまあ、それなりにひまでね。この子と散歩してるんだよ」

「暇、ですか」

「そう。仕事は山積みだけど、順次片付けてるしねえ。女将ってのは、忙しそうにバタバタしてるとこは見せないもんだよ。その方が仲居なかいたちも安心するしねえ」


 大した人物なのだと僕は思った。素直に感動した。この人が、母さんの母さん、僕のお祖母ちゃんなんだ。

 彼女の手を握る零号からも、今は殺気や敵意を感じない。

 それにしても……愁はどこへ?

 そっちの方が気がかりだ。

 けど、そんな僕を見詰めて、女将はさらにまなじりを下げる。


「なんだかお前さんも大変だねえ。確か、麟児、だったね」

「は、はい」

「お前さんが一番、翡美子にも婿殿にも似てるさね。あとは……翠子とかいったけど、あの子は小さい頃の翡美子にそっくりだよ」

「ああ、翠子姉様」

「他の子たちも確かに、なんだろうねえ……雰囲気、匂い、感じ方……そういうものが、婿殿に似てる気がする。ふふ、多少は心配もしてたけど、直接孫に会っちゃうと」


 ――孫に会っちゃうと、思い出しちゃうねえ。

 ちょっとだけ、笑顔に寂しさが影さした。

 けど、それも一瞬のことだったみたい。

 女将は零号に手を轢かれて、それじゃと庭を裏手側に行ってしまった。

 それを見送れば、僕の祖母は本当の孫のように、姿も声もない零号を慈しんでるように見える。矍鑠として威勢がよく、強い人で……同時に優しい人なんだと僕は酷く実感したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る