第25話「決戦への旅立ち……なんですか?」

 次の日、朝から僕たちは旅立ちの時を迎えていた。

 翠子スイコ姉様が自分の運転で、ちょっと見慣れないワンボックスを引っ張ってきたのだ。クラシカルな丸っこいデザインが、ユーモラスな感じである。このWのエンブレムは確か、フォルクスワーゲンかな? 紅白のツートンカラーが色鮮やかだ。

 それにしても、翠子姉様が小さ過ぎて運転が心配だ。

 前が見えるのか、アクセルに足が届くのか……まあ、ここまで運転してきたんだから大丈夫だろう。

 晴れ渡る青空の下、車から降りた翠子姉様がドヤ顔を決める。


「さ、乗って頂戴ちょうだい? みんなで温泉に行きましてよ」


 突然、一泊二日の家族旅行が始まろうとしていた。

 真っ先に口を開いたのは、季央きおねえだった。


「ちょ、ちょっと、翠子! こんな時に?」

「こんな時だからですわ」

麟児リンジクンは、あの愁に狙われてるんだ。ボクたちで守ってあげないと」

「だから、人里離れた温泉に行くのよ。回りに被害が出ない方がいいでしょう?」

「確かに、そう、だけど」

「さ、いい子だから。みんなも、よくて?」


 ゴスロリ幼女には誰も勝てない。

 それで皆が揃って、ぞろぞろと車に乗る。

 中は三列シートで意外と広く、真っ先に千奈チナの姉貴が助手席に乗る。後列のシートに純白ワンピースをひらひらさせながら、楓夜フウヤお姉ちゃんが腰を下ろした。

 僕は季央ねえと一緒に、中列に並んで座る。

 すぐに僕たちの間に楓夜お姉ちゃんが顔を出した。


「季央ちゃん、麟ちゃんも……お菓子、あるよぉ。お茶も。なんか、旅行って久しぶりだねえ」

「あ、それより楓夜お姉ちゃん、あの」

「ん? なぁに?」

「……華凛カリン姉さんは?」


 だが、千奈の姉貴は地図を広げてナビを始めたし、翠子姉様は車を出してしまった。

 慌てて僕は運転席へと身を乗り出す。


「姉様、華凛姉さんが」

「あら、ここにいるわよ? はい、発車オーライ。みんな、シートベルトを締めて頂戴」

「いや、どこに……置いてっちゃうの?」


 車はゆっくりと走り出す。

 そして突然、カーナビのある位置から声が響いた。


「ういーっす! りんりー、あたしちゃんはここだぜ!」

「あ、あれ……華凛姉さん?」

「おうよっ!」


 カーナビの液晶画面に、いつもの笑顔が浮かび上がった。

 華凛姉さんだ。

 だが、その姿はどこにもない。

 不思議に思ってると、小さな画面の中で姉さんが解説してくれる。


「この車両は、あたしちゃんのオプションパーツなんだなあ! つまり、あたしちゃんがエンジンになって合体してんの。そう、これぞ御暁華凛TypeⅡゴギョウカリンタイプトゥー!」

「えっ、どこ? どこに……エンジンルームにいるってことかな」

「そゆことーん! Sayセイ TypeⅡタイプトゥー 優しさが生きる答ならいいのにねーん♪」


 この車、フォルクスワーゲンTypeⅡはリアエンジン&リア駆動、今時ちょっと見ないレイアウトだ。つまり、一番後に華凛姉さんが乗ってることになる。

 乗ってるっていうか、載ってる? 搭載されてる?

 そう聞いたら、早速楓夜お姉ちゃんが床に向かって声をかけていた。


「華凛ちゃーん、聴こえるぅ? お菓子、わけたげようかあ」

「ゴメーン、車に動力伝えるので手一杯で、それどこじゃないかもー?」

「わあ、大変……がんばえー、華凛ちゃんがんばえー」

「うぃす!」


 そうこうしていると、車は大通りを抜けてバイパスに乗る。どこの温泉に行くかは不明だが、そう遠い場所じゃなさそうだ。

 一番左の車線を山に向かって、安全運転で車は元気よく走る。

 僕は外の風景を見やりつつ、気付けば無意識にスマートフォンを取り出していた。そう、僕のものじゃなく、父の形見の古いやつだ。昨日知ったが、これが父の最高傑作、らしい。あれから旅行の準備をしつつ、僕は軽くこの端末を調べてみた。


「ねえ、季央ねえ」

「ん? どうしたんだい、麟児クン」

「このスマホだけど……もしかしたら、凄いものかもしれない」

「えっ、なにか重要なデータが入ってたとか?」

「いや、そこまではまだ。けど、見て」


 ホーム画面からアイコンをタップして、アプリケーションを起動させる。

 そう、父が自慢げに語っていただ。

 だが、別にスマートフォンが変形する訳でもなく、刃がついてる訳でもない。それなのに、小さなうなり声を上げてスマートフォンは微動に震えていた。

 季央ねえも、僕の手元を覗き込んでくる。


「これ、毛がれるの? こんなので?」

「深剃り三枚刃の横滑り防止機能とかはないみたいだけど。試してみる?」

「ボッ、ボクにムダ毛なんてない! もぉ……けど、どういう原理なんだろ」

「それをちょっとね、調べてみたんだけど」


 よく目をらすと、スマートフォンの上部、その表面が微妙にゆがんで見える。そこだけ空気が揺らめいているように感じるのだ。

 一度アプリケーションを終了させて、僕は推測をまとめる。


「この電気カミソリモード、実体のある刃はない。でも、試してみたら本当にカミソリの機能がある。触れたものは切り刻まれて、ミクロン単位まで分解されちゃうんだ」

「えっ、も、もしかして……麟児クン、剃ったの? ……下の方のを?」

「いや、ちょっと紙とかで試してみたんだ。で、原理だけど」


 なんで季央ねえがほおを赤らめてるのかわからない。

 そして、地獄耳を発揮した楓夜お姉ちゃんまで話に加わってきた。


「えっ、麟ちゃんてば剃毛ていもうしたのぉ? そういう趣味? わたしは毛深くても気にしないしぃ、麟ちゃんだって男の子なんだもの……うふ、うふふふふ!」

「ちょっと、言ってる意味がわからないけど。でも、このスマホは……本当に父さんの研究の集大成なのかもしれない」


 端的に言うと、僕が調べた限りでは物理的な刃が収納されている訳ではない。

 このスマートフォンには、空。いや、言ってる意味は自分でもよくわからないけど、そうとしか考えられない。ここ最近で急激に発達した僕の頭脳は、そのことを結果の観察からそう解釈した。

 つまり、空気の刃を生み出し、完全に安全な状態で回す。

 そして、肌を傷つけることなくひげが剃れる。


「……ちょ、ちょっと待ってぇ。それって、今の人類の科学じゃないよぉ。まるで魔術だもん」

「ボクもびっくり……信じらんない。そんな技術があれば、いろんな分野に転用できるよ」

「スマホに必要な機能かは別だけどぉ、すごぉい。やっぱりパパ、凄いねえ」


 呑気のんきな楓夜お姉ちゃんと違って、季央ねえは深刻な顔だ。

 無理もない……現代の科学力を凌駕りょうがする、恐るべき技術だ。そして、この原理を最も生かす分野は恐らく、兵器産業だろう。こんなコンパクトな装置で、空気を自在に操れるかもしれないのだ。

 平和利用が望ましいけど、僕みたいな素人でも兵器への転用を思いついてしまう。

 僕は改めて、父さんの遺産の意味に気付き始めていた。


「麟児クン、他には? ……まだ、あるよね?」

「うん。他のアプリは、例えばこれだけど。ちょっと試してみたけど、


 なべややかんを上に載せるんだけど、火が出る訳じゃない。よくある電磁調理器のたぐいなんだろうけど、このサイズでってのが凄い。携帯電話に必要な機能かどうかはともかく、小型ながらも超高温、しかも瞬時に高熱を発することも可能なのだ。

 他には、衛星軌道上から自撮りするアプリケーション……多分、使


「へえ、便利だねぇ。キャンプの時に持っていくとかぁ?」

「楓夜、そんな呑気な代物じゃないよ? ボク、わかった……これ、パパの発明を凝縮して一つのスマートフォンに収めてあるんだ。他にも多分、貴重なデータも入ってそう」


 昨夜はあまり詳しく見られなかったが、季央ねえにうながされて僕はデータフォルダを開く。グラビティナントカや量子演算理論とか、無数のフォルダ分けされたデータがあちこちに隠されていた。

 その内容を表示すれば、季央ねえには中身が理解できるらしい。


「参ったな、凄いや……これ一つあれば、全部のノーベル賞が取れる。世界の軍事バランスをひっくり返すこともできるし、億万長者も夢じゃないね」

物騒ぶっそうだね。まあ……とりあえず、シュウにだけは渡さないと決めてるんだ」

「それがいいよ。ねえ、楓夜。華凛も千奈も、翠子も! 話、聞いてたよね? これ、やばいものだったよ」


 ハンドルを握る翠子姉様は「そう」とそっけなくつぶやく。その間もずっと、前を向いたままだ。多分、運転に集中してるのだろう。

 千奈の姉貴も動じた様子がなく、華凛姉さんだけが声を弾ませていた。


「おーっ、あたしちゃんわかった! 完全に理解!」


 華凛姉さんは、ざっくりと話をまとめてくれた。

 父の遺産のスマートフォンは、これ自体がオーバーテクノロジーを詰め込んだパンドラの箱だ。だからこそ慎重に扱う必要があり、同時に……絶対に愁に渡してはいけない。

 けど、愁は繰り返し僕を狙って、これからも襲ってくるだろう。

 だから、家族全員で温泉旅行である。

 愁が襲ってきても被害が少ない山野で、決着を付ける。

 姉たちは全員、互いに目配せして頷き合っていた。


「大丈夫だよ、麟児クン。ボクがみんなと一緒に、キミを守る」

「そうだよぉ、愁って人は殺さないけどぉ……半殺しなら、いいよねえ? 四捨五入する方向で、半殺しにしちゃうね?」

「まあ、いざとなったらあたしちゃんがオトウトロンをフルチャージしたビームで解決するッスよ」


 なんとも頼もしい話で、同時にちょっと不安だ。

 でも、とてもありがたい。

 いい家族を持った僕は幸せだ。そして、その家族を守るために、愁に屈してはいけない。彼は父の御暁高定ゴギョウタカサダしか見えてないし、僕がその生まれ変わりだと勘違いしている。

 この旅行は決戦なんだと、僕は自分の心に決意を決めるのだった。

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