第15話「姉の記憶は嘘じゃない!?」

 ようやく御暁ゴギョウ家に平穏が戻った。

 かに、思えた。

 実際的には逆で、普段通りのドタバタな毎日が帰ってきたのである。それも、季央キオねえという新しい姉を加えて、より騒がしく賑やかに。

 朝ともなれば、我が家はちょっとした戦争騒ぎくらいの忙しさだ。

 僕は五人の姉のために、朝食とお弁当とを準備する。


「りんりー! あたしちゃん、今日は体育あるんだった!」

「ああ、体操着なら新しいのを出しておいたよ」

「おっ、サンキュー! できる弟は違うねー」

「どーも。それと、華凛カリン姉さん」

「はいはい? なんじゃらほい」


 僕はキッチンで振り返って、着替えたばかりの華凛姉さんを見やる。

 時間は今、六時半を回ったところだ。

 そろそろみんな、朝食の席についてくれないと遅刻コースである。

 だが、なんだかハスハスと鼻息も荒く、姉さんは眼鏡めがねを上下させている。


「季央ねえ、起きてこないんだけど……大丈夫かな」

「あれっ、昨日は確か」

「うん、楓夜フウヤお姉ちゃんの部屋で寝るって。ってか、強引に楓夜お姉ちゃんが自室に引きずり込んでたけど」

「おやおやあ? さてはコイバナで盛り上がった挙げ句、寝坊ですかなー?」

「その、楓夜お姉ちゃんもまだなんだよね」

「ふむ! よし、麟児リンジ隊員、調べてきたまえ!」

「いや、ちょっとおなべから目が放せないんだけど」


 いいからいいからと、珍しく華凛姉さんが台所にたった。味噌汁みそしるを煮立たせないように頼んで、僕は二階に向かう。

 僕の部屋以外はみんな、二階に自室を持っている。

 実質、二階は姉たちの支配する世界なのだ。

 階段を上がろうとしたら、洗面所から千奈チナの姉貴が顔を出す。


「あっ、麟児。丁度よかった、カミソリの買い置き、なかったかな」

「えっと、流しの下の戸棚とだなは?」

「ああ、そこか。見てみる……お! あったあった。因みに、なにに使うか聞いちゃ駄目だよ?」

「いや、だいたい想像付くけど」

「フッフッフ、学園のアイドルも水面下では血の滲むような努力をだね」

「はいはい。ゴメン、ちょっと急いでるから」


 千奈の姉貴は目も覚めるような美人だけど、肉体的には18歳の男子だ。そりゃ、苦労もあるだろうし、普通の女子高生がしなくてもいいケアを必要とする。

 あまり学校のファンたちの夢を壊してはいけないのだ。

 姉貴の高校は、僕と楓夜お姉ちゃんが通ってる中学校との一貫校。である。必定、僕もエスカレーター式に同じ学校へ進学することになる。

 僕も女装した方がいいだろうか、などと思わないでもない。

 でも、需要があるかどうかと、僕がどうしたいかは別の話だ。


「楓夜お姉ちゃん? 入るよ?」


 トントンとドアを叩いたが、反応はなかった。

 そっと静かにドアを開くと……そこには、異様な雰囲気が広がっていた。思わず僕は「あ、これは駄目なやつだ」と察して扉を閉める。

 そう、僕は見た……

 おいおい、やめてほしいな……姉が男の娘オトコノコだったりロボだったりして、僕は僕なりに驚いてもいるんだ。おまけに、父の元助手を名乗る変態が僕を狙ってる。

 僕自身が遺産だとか言っていた……僕が、生まれ変わった父なのだと。


「はぁ……そろそろ僕もオーバーフローしそうだ、よ、っと」


 改めてドアを開く。

 さっきのが見間違いならよかったんだけどね。

 でも、そこには、ギギギギとぎこちなく振り向く楓夜お姉ちゃんがいた。

 はっきり言って、大惨事になっていた。

 まだ季央ねえは寝てるらしく、何故なぜか胸元をはだけさせている。で、周囲には魔法陣みたいなのがぼんやりと光っていた。

 楓夜お姉ちゃんが「お、おはようございました!」と必死の声を張り上げる。

 瞬間、変な光景はあっという間に消えてしまった。


リンちゃん!? いや、これは違うの! 違うのよぉぉぉぉぉっ!」

「まだ、なにも言ってないけど」

「いや、本当なの! わたしが好きなのは麟ちゃんだけだし、人間のメスには興味ないから! ね? ねっ?」

「……とりあえず、ご飯だよ。遅刻しちゃう」

「ア、ハイ。……なんでそう、冷静かなあ」


 いや、上手く取り繕ったけど、なんだ? 今の儀式みたいなのは。

 その実僕は、内心は冷静ではいられない。

 もしかして……楓夜お姉ちゃんも姉じゃない?

 そのことを僕は、言いかけてぐっと飲み込んだ。

 いまだ眠ったままの季央ねえが「ん……っ」と寝返りをうつ。


「え、えとね、麟ちゃん。実は……季央ちゃんの記憶、なんとかならないかなあと思って」

「ああ、それで? でも、さっきの光は」

「いや! いやいやいや! あれは朝日が見せた幻、きっと幻覚だよ! 魔力の発動は最小限だったし、久しぶりだから可視化したほうがやりやすくて」

「……なんか、よくわからないけど……楓夜お姉ちゃん、なんか季央ねえが」


 そう、季央ねえはパジャマ姿のままで布団の上に寝ている。

 そして、そのくちびるがもごもごとなにか寝言を並べていた。


「ん……ママ」

「むむっ! 麟ちゃん、ちょっと静かに……脈アリ、かな」


 どうやら、楓夜お姉ちゃんは季央ねえのことを心配してくれてたみたいだった。

 だが、ちょっとなにをやってたかが凄くアヤシイ。

 怪しいんだけど……ちょっと、嬉しい。

 やっぱりお姉ちゃんは、他の姉たち同様に優しい。ちょっと腐ってて、趣味もなんだかよくわからないものばかりだけど、優しいと思う。

 そして、季央ねえは眠ったままで跡切とぎれ跡切れに話し出した。


「……わかっ、たよ……ボク、やる……ママの、最後の……ボクが、その子の」


 季央ねえのほおを涙が伝った。

 彼女はドイツで、母親と暮らしていた。そして父親は、僕の父である高定タカサダらしい。

 彼女は言った……姉をかたって僕を狙っている敵がいると。

 それは、例のシュウとかいう男のことだと思った。

 だが、疑問は残る。


「姉を騙った敵、の筈だけどな……それより、楓夜お姉ちゃん?」

「ん、そだね。そろそろ起こそう。……ちょっと、可哀想かわいそうなことしたかなあ」

「でも、やっぱり季央ねえの言うママって、実在した人だと思うんだよね。で、亡くなったみたいだけど」

「なんかね、この子の深層心理下に複雑なプロテクトみたいなものがあるのよぉ」

「そゆの、わかるの?」

「ま、まあ、ほら、ええと、うん! そ、そんな気がする感じですっ!」


 バタバタと顔の前で手を振りながら。あせあせと楓夜お姉ちゃんは引き下がる。そして、季央ねえを揺すって起こした。

 起きた季央ねえは、ぼんやりと部屋を一望して、そして。

 そうして、また寝た。


「って、おきなさいですぅ! こらー、季央ちゃんっ!」

「んん……あ、あれ? ああそうか、ボクは昨日は楓夜の部屋で寝たんだっけか」

「そうですよぉ。さ、朝ですからぁ」

「ふああ、ふう……なんか、久しぶりによく寝た気がする。爆睡しちゃったな」


 季央ねえはまだ、ちょっとだけ夢うつつといった感じだ。

 なんだが名残惜しそうに、布団ふとんをたたみ始める。


「とりあえず、朝ご飯できてるから。季央ねえも」

「んー、ありがと。すぐ行くよ」


 突然、季央ねえがパジャマを脱ぎ出した。

 ちょっと待って、まだ僕がいるから!

 慌てて僕は、部屋の外へと駆け出した。

 多分、きっとまだ寝ぼけてるんだ。

 ドアの向こうからは、眠そうな声が聴こえてくる。


「楓夜さ、昨日のアレ、続きも見せてよ。ボク、好きだな……続き、読みたいかも」

「あっ、ああああ、あれは、その、ちょっと」

「えー、なんで? ドイツでも日本のコミックは大人気だよ。それを自分で描けるなんて……ありゃ? 下着の替えがない」

「えっと、洗濯籠せんたくかごに出したぁ? 麟ちゃんが洗ってくれたと思うけどぉ」

「あ、そっか。取ってくるね!」

「待って、裸! その格好で外に出ないで!」


 僕は大急ぎで下に降りる。

 家族全員の服は全部、下着も込みで僕が今は洗濯している。女の子のものは分けて、ネットに入れたりとかして大変だ。

 そういえば、昨晩は洗濯機を回した時に見慣れぬ下着を見たな。

 あれは季央ねえのものだったか。

 下着の趣味も千差万別で、みんな色々なものをはいてる。幼児体型なのに大人っぽいのをはいてるのが翠子姉様だし、千奈の姉貴はスポーティなやつだ。華凛姉さんはキャラクターものだし、楓夜お姉ちゃんは女子中学生らしいシンプルなものを好む。

 という訳で、あのしましまぱんつは季央ねえのものということだ。

 一階に降りると、なんとそのしましまぱんつを持って姉様が現れた。


「探しものはこれかしら? 麟児」

「ああ、翠子スイコ姉様。そう、それ、だけど」

「そう。私が届けてあげるから、麟児は朝食の準備を」

「う、うん」


 しずしずと翠子姉様は二階へ行ってしまった。

 この後、大学に行くために着替えるので、今はジャージ姿である。

 その背に向かってつい、僕は疑問をぶつけてしまった。


「ね、ねえ、翠子姉様」

「あら、なにかしら?」

「もしかしたら……翠子姉様も、僕の本当の姉じゃなかったりする?」

「ふふ、そうね……私は麟児と血の繋がった肉親よ。それだけは確実に言えるわ。それに、私はいつも『』ですもの」

「……強いんだね」

「あら、当然じゃなくて? 強くなければ……麟児を守ることはできないもの」


 それだけ言って、姉様は行ってしまった。

 リビングからは、腹を空かせた華凛姉さんの声が聴こえてくる。

 僕は急いでキッチンに戻って、朝ご飯の支度したくを再開するのだった。

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