第13話「真実、現実、新事実」

 僕は華凛カリン姉さんに抱きかかえられて、空を飛んでいる。

 これじゃまるで、正義の騎士に助けられたお姫様だ。

 どうやらさっきの瞬間移動テレポーテーションは、自分の任意ではまだ使えないようである。何度か試してみたが、あの光が再び僕から溢れ出すことはなかった。


「それにしても……父さんっていったい」

「んー、それな! 博士はすんげえ人だったんだじぇ! ……てか、人だったのかなあ、なんて思うこともあるけど、うん、でも」


 華凛姉さんは今、僕を気遣い静かに飛んでくれている。

 そっと抱き上げてくれるくれる手は、ちゃんと柔らかくて、体温があって、あとなんかちょっとイヤラシイ感じがする。

 本当にいつも通り、僕のよく知る姉さんの手だ。

 それが機械だなんて、ちょっと信じられない。

 でも、現実には姉さんは脚からジェット噴射の炎を吹き出し飛んでいるのだ。


「博士は、あたしちゃんもむすめだって言ってくれかんな! だから、だから……博士が人間かどうかはわかんないけど、あたしのパッパってこと。んで、あたしはりんりーの姉!」

「うん。それは変わらないよ。きっと、他の姉さんたちもそう言うと思う」

「いやー、でもメカバレ早かったなあ。学校でキュピーン! と察知したかんね、りんりーの危機を」

「ええと、オトウトロン? とかいう物質……僕から本当に出てる?」

「さぁ、それは秘密です!」


 あいかわらず、華凛姉さんはニコニコと笑うばかりだ。

 ロボットだったとしても、そのまぶしさは変わらない。

 そうこうしているうちに、見慣れた一軒家が眼下に見えてきた。僕たちは周囲に人影がないことを確かめて、着陸する。

 ようやく姉さんは、僕をアスファルトの上に立たせてくれた。

 それは、玄関の引き戸がガラガラ開くのと同時だった。


「まあ、麟児リンジくん。と、華凛」

「ただいま、翠子スイコ姉様」

「おいすー! 翠子ねき、たっだいまー!」


 現れたのは、モノクロームの少女だ。

 そうとしか見えないが、一応成人してて大学生である。本当に翠子姉様は、小学生くらいにしか見えない。

 落ち着いた素振りで、彼女は僕と華凛姉さんを交互に見やる。

 ひょっとして、空から降りてきたとこを見られたのかな?

 答えは、翠子姉様の口から直接突きつけられた。


「今、空から降りてきたように見えたけど? どうなのかしら、華凛」

「あっ、それはですねー、まあ、話せば長くなるんですよ、デヘヘ」

「長くても結構よ。話して頂戴ちょうだい

「ウ、ウス!」


 僕は、華凛姉さんが何者だろうと構わない。

 唯一、いつもの元気な姉でいてくれること、それだけしか望んでないし求めない。そして、いつでも華凛姉さんは僕の些細ささいな願いを叶え続けてきた。

 でも、翠子姉様はどうだろう?

 そして、他の姉……千奈チナの姉貴や楓夜フウヤお姉ちゃんはどうだろうか?

 だが、その心配は杞憂キユウというものだった。


「えー、あたしこと御暁華凛ゴギョウカリンは……ロボットなのでした!」

「あら、そうなの。父様が?」

「ア。ハイ。ソウデス」

「なら大丈夫ね。そう、貴女あなたはロボットだったの」

「ちょ、ちょっとー、翠子ねき! そこは『全然長い話じゃねえじゃんかよ!』って突っ込んでくれないと」

「ふふ、いいじゃない。そう、妹は男のとロボットなのね」


 うんうんとうなずいて、翠子姉様は静かに微笑んだ。

 本当に、ビスクドールのような精緻せいちな小顔に可憐な花が咲く。

 どうやら僕と同じで、姉様にとっても人かロボットかは些細ささいなことらしい。

 ただ、僕は今朝のこともあって、おずおずと言葉を切り出す。


「翠子姉様。あの、父さんのことだけど」

「あら、なにかしら?」

「……どういう人、だったのかな。僕は、まだ小さかったから」

「そうね、とても素敵な人だったわ。優秀な才能、特異な能力をいくつも持ってたけど……私にとっては、とても優しい人だった。大好きだったわ、愛していたの」

「そ、そう。……よかった。じゃあ、僕もそうするよ」

「ええ」


 なにも変わらない。

 揺るがない。

 今のこの光景を、あの四京寺愁シキョウジシュウに見せてやりたい。

 僕には彼が、まるで童話の滑稽な悪役に見えた。王を慕った魔法使いは、遺産を狙っている。けど、王がのこした子供たちはそんなものがなくても幸せなのだ。

 うん、これはいい話だ。

 けど、これ以上もう愁に振り回されてばかりもいられない。

 そう思っていると、翠子姉様は「あら、そういえば」と手を叩いた。


季央キオは一緒じゃないのかしら?」

「えっ? 家には」

「戻ってきたら、いなかったのよ。なにか心当たりはなくて?」

「……ぼっ、僕! 探してくるよ!」


 そうだ、季央ねえ!

 無事に帰ってきた安堵感からか、すっかり忘れていた。

 今回の突然の愁の来襲、そのダメージを一番受けたのは季央ねえだった。僕は即座に走り出して、あっという間に人間の速度域を突破する。

 幸い人影はなかったけど、周囲の木々が風圧にビリビリと震える。

 僕はあてもなく、季央ねえを探して走った。


「うおーい、りんりー? あたしちゃんは空から探すZE!」

「あっ、華凛姉さん……お願いします!」

「かわいい弟の頼みキタコレ! おっしゃ、がんばろまーい!」


 でも、あんまし派手に動いて人に見られたら大変そうだけど。だけど、空中でポーズを決めた華凛姉さんは、エンジン全開であっという間に見えなくなった。

 本気で飛ぶと、本当に速いんだな。

 そして、やっぱりスーパーロボットなんだ。

 僕は周囲を見渡しつつ、耳をすませる。

 いつもより鋭敏な聴力は、近所の些細な音を全て拾ってくる。

 だが、手がかりはない。


「落ち着け、季央ねえの行きそうなところは? 落ち着くんだ……考えろ!」


 僕は自分に何度も言い聞かせた。

 季央ねえはドイツから来たばかりで、家の周囲に馴染みの場所なんてない。それでも、日本のコンビニに大喜びしてたのを思い出す。

 先程通り過ぎたコンビニへと引き返し、ズザザと煙を巻き上げ急停止。

 だが、コンビニに季央ねえの姿はなかった。

 けど、もう一箇所だけ心当たりがあった。

 その場所へ向けて、僕は飛ぶように馳せる。


「――いたっ!」


 狭い街だし、山手へ走れば人とは遭遇しない。

 そうして僕は、数キロの距離をたった数分で走破した。

 山側の郊外に広がる霊園に、酷く目立つ金髪の少女が立っている。

 まるで彷徨うように、墓場を季央ねえが歩いていた。


「季央ねえ!」

「え……麟児、クン」

「父さんのお墓、探してるの? そうだよね」

「う、うん。漢字は読めるけど、ちょっと昔の書体は難しくて」

「こっち、来て」


 僕はそっと、季央ねえの手を取った。

 まだ、少し震えている。

 そして、僕の手を握り返してこない。

 それでも僕は、我が家の墓へと彼女と歩いた。


「季央ねえ、愁の言ったことは気にしないほうがいいよ」

「ボクも、そう思う。思う、けど……本当に、思い出せなくて」

「誕生日? それと、お母さんのこと」

「確かにボク、病気のママと暮らしてた。最後まで看取みとったのに……ハハ、どうしてかな。ひょっとしたら、それって全部……与えられたにせの記憶で」

「そんなことない!」


 僕は振り返ると、ただ引きずられるように歩く季央ねえに向き直った。

 そして、少し迷ったけど、そっと抱き締める。

 ビクリ! と身を震わせたけど、季央ねえは拒まなかった。

 安心させるように、ポンポンと背中を叩きながら僕は言葉を選ぶ。


「父さんさ、凄い人だったらしいんだ。天才科学者で、超能力だって使えたって」

「……さっきの、愁が?」

「うん。で、その力が僕にもあるみたい。ひょっとしたら僕、父さんかもしれないんだ。死んだ父さんが、生き返るために造ったボディかもって」

「じゃ、じゃあ、麟児クンの身体能力や超感覚は」

「ちょっとずつ僕、父さんになってるかもしれない。でも、僕は僕だ」


 そう言って、まっすぐに季央ねえの瞳を見詰める。

 紫陽花色ヴァイオレットの目に涙が潤んで、まるで夜の海みたいだ。

 僕はしっかりと、気持ちを言葉へと織り込んでゆく。


「季央ねえだって、季央ねえだよ。アーキテクトヒューマンかどうかなんて関係ない。今までの記憶がなくたって、これからの思い出を僕があげるよ。僕たち、みんなで家族なんだから」

「家族……ボクも?」

「当然だよ。僕を守りに来たんでしょ、季央ねえ。僕を守れって言ってくれた季央ねえのお母さんは、偽の記憶なんかじゃない。偽物だったら、季央ねえはここにいない筈だよ」


 本音の本心だったし、理屈を並べるより想いをぶつけた。

 そして、ジェットの轟音が響く。

 デンドンデンドンと謎のメロディを口ずさみながら、華凛姉さんが降りてきた。


「りんりー、季央っち見つかったね! うんうん、よきかな、よきかな」

「……へ? い、今、華凛……空から」

「おっ、気付かれたかー! 流石季央っち、よく見てる! 話せば長くなるんだけどさ」

「って、なに? どういうこと!? あ、脚から……火が出てたし」

「あたしちゃん、ロボットなの! いじょ、終わり!」

「全然長くないっ! って、あれ? ボク、だけじゃない? 人間じゃないの」

「おおおおっ! 季央っち、そゆツッコミがほしかったんだよねー! な、りんりー!」


 ニシシと笑う華凛姉さんの前で、季央ねえは呆然ぼうぜんとしてしまった。でも、さっきより少し気持ちが落ち着いたみたいだ。

 僕は詳しくはみんなで話そうと持ちかけ、三人で歩いて家路につく。

 そういえばまだ、お昼ごはんがまだだっけ。

 家にはもう翠子姉様がいるし、そうめんでも茹でようかな。今日も暑い日差しが照ってるけど、僕は再度季央ねえの手を握る。

 戸惑どまどいがちに、白く小さな手が握り返してきて、僕は少し安心した。

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