第11話「招かれざる客の来訪」
見慣れた玄関に立つ男は、姉によく似ていた。
当然だ……
姉貴は、こんな
「グッ、ンギギ……
腕時計みたいに装着した携帯端末へ触れて、身構える。
そんな姿を見て、件の男はニヤリと
「自慢の
この暑い夏でも、男は黒いスーツを
そして、その横には例のカーボノイドとかいうやつ……だが、少し様子が変だ。以前襲ってきた、
むしろ、小柄で
よく注意して見ないと、女性型だとはわからない程だ。
僕はゴクリと
「あなたは、父の助手だったと聞いています。……要件は、やはり」
「フン、そういえばまだ名乗っていなかったな」
男は片手でそっと、かたわらの女性型カーボノイドを下がらせる。
そして、気取った声を作りながら名乗りを上げた。
「俺の名は、
――四京寺愁、それが敵の名。
そう、僕にとっては敵だ。
僕の平穏は
僕は精一杯、愁を
だが、悲しいかな全く迫力に欠けているらしい。
「よく見ればあまり似てないな、高定に。まあいい、さっさと遺産を……それも、最高の作品と呼ばれたあれを渡してもらおうか」
「嫌だね。あなたにはなにも渡さない。法だ権利だは関係ない……あなたが例え父さんと親しい人だったとしても、絶対に渡したくない」
「高定、と……親しい、だと?」
突如、愁の気配が変わった。
整った顔立ちを凍らせたまま、愁が突然僕の首根っこに手を伸ばしてくる。
あっという間に呼吸が奪われ、すぐ側で季央ねえが息を飲む。
「麟児クン!」
「動くな、女ぁ! ……親しいだと? 違う、違う違うっ! そんな
「コイツ、なに……? パパと仲は悪かったの?」
「逆だよ、逆……俺こそが、高定の唯一にして絶対のパートナーだった! ただ一人の理解者で、奴を完璧に受け入れられる存在。全ての敬愛を捧げる、この俺こそが!」
ミシリ、と骨の
酸素の供給が奪われ、僕の意識は
けど、やられてばかりはいられない。
駆け寄る季央ねえに抱き締められ、何度か咳き込みながらも僕は叫んだ。
「僕は父さんのことなんて知らない。父さんは優しかったけど、死んでしまった。死んでしまって
僕だってそうだ。
父さんが死んだのは、僕が三つか四つの時だ。
正直、ほとんど覚えていない。けど、優しかったことは知っている。次々と現れる姉を、この僕に何人も
僅かによろけただけで、愁は
そう見えたが――
「ほう、なかなかの身のこなしだ。貴様はまさか……ん? なんだ、これは……何故!」
余裕の笑みが引きつった。
僕が放った、自分自身を回転させての蹴りは
けど、全く当たらなかった訳ではないらしい。
その証拠に、愁の
血が流れ落ちて初めて、彼はそれを手で拭って……表情を激変させた。
「貴様ぁ! 俺の顔に……高定が愛した俺の顔にっ!」
先程の不気味さとは違った、戦慄する程の狂気を感じた。
そうだ、狂ってる。
師匠と弟子、仕事のパートナー同士という概念を超越している。否、超えてるというよりは、踏み外している。あるべき道を外した、文字通り外道の
絶叫する愁に呼応するように、カーボノイドが動き出した。
先日の巨漢タイプより、
だが、僕の頼もしい姉も黙ってはいなかった。
「やらせないっての! 麟児クン、下がってて! ――Get《ゲット》
『
あっという間に、季央ねえの着衣が弾けて消えた。
そして、生まれたままの姿を光沢のあるスーツが覆ってゆく。
それが僕には、コマ送りのように見えた。
襲いかかってくるカーボノイドすら、スローモーションに見える。
E.R.O.スーツを纏った季央ねえは、腕をクロスさせて敵の手刀を受け止める。僕を両断する勢いで落ちてきた腕が、小さく噛み殺した気勢と共に静止した。
季央ねえは少し苦しそうに、歯を食いしばっている。
「ククク……その個体は普通のカーボノイドとは違うぞ。なにせ、高定が自分で手掛けたスペシャルだからな!」
「あっ、そう! そんなの、ボクの敵じゃないね……アンタが好きなのはパパじゃない、パパの発明と研究じゃないか!」
「……浅はかな。俺の愛が理解できないとは。そもそも、高定を理解できていない人間の言うこと、語るに値しない!」
このままじゃ、玄関が破壊されてしまう。
っていうか、このカーボノイド……僕の、僕たちの家に土足で!
季央ねえの苦しげな顔もあいまって、僕の中で何かが撃発した。
立ち上がると同時に、カーボノイドを季央ねえから引き剥がす。文字通り、ひっ掴んで開いた玄関の外へと放り投げた。
まるで重さを感じないし、
「先程の動きといい、貴様……ハッ! そうか、そうなのだな!」
「なにがさ、なんなんだよ! 僕の日常から出ていけ!」
「ハハハッ、まず一つ。それも、優先度の高い遺産を見つけたぞ!」
愁の高笑いの意味がわからない。
けど、さっきのカーボノイドがノーダメージだということはわかった。道路で跳ね起きて、静かに歩いてこちらへ戻ってくる。
そして僕は、突然意味不明な言葉を投げかけられる。
「クエスチョンだ、少年。誕生日はいつだ? 母親の名は。今、何歳か知ってるかな?」
意味がわからない。
答えてやる義理もない。
僕が
だから僕は、高説を垂れ流す奴の言葉を遮った。
「そんなもの、知るまい。ありはしないのだから。何故なら貴様は――」
「8月8日生まれ、14歳。母さんの名前は
「……おや? そう刷り込まれているのかな?」
「訳のわからないことを……僕は
愁が固まった。
いったい何が言いたいのだろうか?
だが、彼はどうにか平静を取り
「そ、そうか。俺はてっきり、高定が研究していたアーキテクトヒューマンかと」
「アーキテクトヒューマン?」
「早い話が人造人間、ただの肉人形だな。カーボノイドよりも柔軟で高い知性があり、複雑な破壊工作や潜入任務に向いているのだが」
「そんな人、うちにはいません! いいから帰ってください!」
だが、突然背後で『
振り向くとそこには……瞳の輝きを失った季央ねえが崩れ落ちていた。E.R.O.スーツが解けて霧散し、先程のワンピース姿に戻っている。
震える唇が、驚くほど弱々しい声を零す。
「嘘……やだな、ボク……どうして? ママの名前……覚えてない。誕生日、も……おかしいな、思い出せない」
愁の言葉は、僕を素通りしていた。
そして、季央ねえを刺して
人造人間だかなんだか知らないけど……それは僕じゃなくて、季央ねえなのか? それはわからない。季央ねえみたいな才気あふれる女の子が、造られた人間だって?
例えそうでも、構わない。
心底どうでもいい。
けど、そのことを暴露したり、ただの回収すべき財産のように言うのは許せない。
「おやおやぁ? そっちの女か、アーキテクトヒューマンは。ロットナンバーを確認せねばな。貴重なものだ、丁重に……ん? な、なんだ? 光が」
僕は
その僕自身が、謎の発光現象と共に周囲を塗り潰してゆく感覚……僕自身が光になる感触すら、絶叫の向こうへと溶け消えてゆくのだった。
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