第8話「まずは姉貴が姉じゃない!?」
僕にとっての、
まあ、鰹のレアステーキって表現、間違っちゃいないしね。
「でも、驚いたな……自称天才、季央ねえの意外な一面というか」
夕食後の後片付けは、姉たちがいつも手伝ってくれる。
それを見て、季央ねえも自主的に動いてくれたんだけど……これが、一言で言って酷かった。
丁度そのことを思い出しつつ、僕は入浴中。
お風呂場は、僕が一人きりになれる数少ないプライベートな空間だ。
小さい頃は、よく
「皿洗いだけで、あんなにドジばかり偶発させられる。これは一種の才能かもね」
季央ねえは今日だけで、我が家の皿を五枚割った。
あと、
なんていうか、あそこまで致命的に、そして局所的に不器用な人って初めて見る。でも、姉たちも文句こそ言うけど寛大だったし、季央ねえはどうやらニートから家事手伝いにランクアップしたようだ。
家のことをアレコレやりたい、挑戦したいという心意気を僕は買うね。
「あとは、
僕の身体の異変。
そして、そんな僕を襲う謎の敵。
その首謀者らしき男は、千奈の姉貴にそっくりだった。
いまだそれらは、点と点でしかない。突然現れ僕を守ってくれる、季央ねえの存在もそうだ。全てがバラバラな要素でしかなく、線を結ぶことがない。
だから、どんな絵が隠されているかがわからないんだ。
ただ、大きな陰謀の青写真だけは、おぼろげに予想できる。
僕は湯船から出て、鏡に写る自分を見詰めた。
「……見た目は全然、変わらないのにな」
相変わらずひょろりと
常軌を
運動は苦手な訳じゃないけど、筋肉質という言葉とは無縁な身体だ。
僕が小さく
「
「ああ、うん。洗濯物? そこの
「……ちょっと、いいかな」
すりガラスの向こう側に、すらりと見心地のいい影が立つ。
シルエットだけでも、千奈の姉貴はとても綺麗だ。
体幹がいいんだろうな。とっても姿勢がいいから、ただ立ってるだけでも自然と目を引いた。そして、モザイクをかけたようなその姿が、妙に色っぽく見えてしまう。
っていうか、なんで裸!?
え、ちょっと待って!
「昼間の話だけどさ、麟児」
「待って、姉貴。どうして、その……服を脱いでるの?」
「ああ、うん。秘密を打ち明けようと思って」
そんな、さも当たり前のように言わないで。
そう思っていると、向こうでドアノブを掴む気配があった。
慌てて僕は、湯船の中に飛び込む。
視線を泳がせ
後ろ手にドアを締められ、僕には逃げ場がない。
「姉貴、ちょっと困る、かも。嫌、じゃ、ない、けど」
「ふふ、そういえば翠子が少し残念がってたね。麟児は最近、一緒にお風呂に入ってくれないって」
「そういう年じゃないし……そ、それより」
頬が熱い。
鼓動が高鳴り、浅い息がそれを加速させる。
腹違いとはいえ、姉と弟なんだ。
この美しい人は、僕の姉貴なんだ。
そう自分に言い聞かせても、
きっと、湯船のお湯が熱いせいだ、そうに違いない。
でも、
「麟児、大事な話なんだけど、さ」
「まず、大事なところを隠して、姉貴」
「ん、ああ……いや、見てもらった方が手っ取り早いと思って」
千奈の姉貴は、
そして、首から下を全く隠していない。
その薄い胸にうっすらと浮かぶ鎖骨まで、はっきり見て取れる。
そう、全てが
なのに、僕は直視せぬよう目を逸らす。
それでもチラチラ盗み見てしまう。
そんな中、最初は気付けなかった……その言葉の意味に。
「麟児、ごめんね。実は私……麟児の姉貴じゃないんだ」
「……え?」
「父さんは、自分の子だと言ってくれたけどね。でも、私は父さんとは血の繋がりがないんだ」
「ああ、なんだ。つまり、えっと……
静かに姉貴は首を横に振る。
そうだよね、それってただの他人だものね。
でも、父さんの血を引いていない?
それじゃあ、千奈の姉貴は――!?
驚く僕へと、
僕は自然と立ち上がって、壁を背にして張り付いた。これ以上は下がれない、そういう距離なのに……姉貴は湯船の前で僕を真っ直ぐ見詰めてくる。
「私を見て、麟児。恥ずかしがることはないんだ」
「い、いや、そういう訳にもいかないよ。
「健全だね、麟児は。でも、本当に大丈夫なんだよ? それが、私の秘密だから」
「えっと、それは」
いつもの
きっと、姉貴も
そして、衝撃の言葉が僕の鼓膜を揺さぶる。
「私は麟児の姉貴じゃない。父さんの……
「ちょ、ちょっと話が……ん? そ、それって」
「ほら、見て。姉貴じゃないだろ?」
恐る恐る僕は、千奈の姉貴に向き合う。
心の中で必死に「姉貴の裸、姉貴の裸、これは姉貴、今でも姉貴」と、念仏のように唱える。そうして、体内の血流集中を防ごうとした。
それでも、
そして……僕は、姉貴の言葉の意味を目撃してしまった。
「……あ、あれ? 姉貴?」
「姉貴じゃないんだ、ごめんね。ずっと、隠してたんだけど」
そこには、見慣れたものがあった。
僕と同じものが、ぶらさがってた。
つまり――
「あ、姉貴は……兄貴、だった?」
「うん」
「父さんの子じゃなくて、でも、母さんの子?」
「そう」
僕は、あまりのショックに全身の力が抜けてしまった。
そう、千奈の姉貴は……男だった。
僕と同じ、男の子だった。
つまり、普段は男の娘なのだ。
全く気付かなかった、疑いもしなかった。でも、思い返せば千奈の姉貴、もとい兄貴は、肌を
「……女装、似合うね。いつも、綺麗、でした」
「ふふ、ありがと」
ズルズルと僕は、湯船の中にへたり込んでしまう。
しかし、確かに何度見ても男性だ。
僕よりちょっと、ちょっぴりだけオトナだ。
でも、次の一言は衝撃的で、それを口にする姉貴は辛そうだった。そして、性別が違っても僕はまだ、千奈の姉貴を自分の姉、家族だとはっきり感じていた。
あまりに完璧な、まるで漫画やアニメのヒロインみたいに完全無欠な姉。
その
「罪を告白するよ? 麟児……私と麟児は、同じように母さんから生まれた。でも、私は……私の父親は」
「……僕の、父さんじゃ、ない」
姉貴は静かに
天才的な科学者だった父さんには、優秀な助手がいたらしい。その人が、姉貴の父親だ。そして多分……いや、確実にそうだ。
僕を襲った謎の人物、それは父さんの助手だった人だと思う。
なら、父の遺産を狙う理由にも想像がついた。
誰よりも一番近くで、父の研究の数々を見てきたのだろう。その価値を知るからこそ、暴力的な手段で僕を亡き者にしようとしたんだ。
「私の父親は、あの男は……麟児の母さんに、酷いことをした。そして今、その消えない
「……姉貴」
「姉貴じゃ、ない……もう、姉貴でいられなくなっちゃう」
姉貴の頬を、涙が伝った。
僕はようやく立ち上がると、そっと手を伸べその雫を拭う。
「姉貴は姉貴だよ。それが兄貴でも、同じことだ。僕の大好きな姉貴だよ?」
「でも、あの男は……父さんの研究の数々に目がくらんで。それ以前に、父さんに対して……何より、母さんに対して」
僕は思わず、姉貴に身を寄せ抱き締めてしまった。その背を優しくポンポンと叩いて、体温を分かち合う。震える姉貴の、押し殺した
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