第7話「御暁家の次女はスーパーガール」

 結局今日も、いつも通りの朝に落ち着いた。

 僕は少し寝坊したことにして、姉たちにコンビニのパンやおにぎりを食べてもらった。華凛リンカ姉さんが文句をブーブー言いながらも、サンドイッチを3パック、それと別にカレーパンと小倉おぐらマーガリンのコッペパンを完食したっけ。

 で、いつものように姉たちは学校へ出掛けていった。

 勿論もちろん千奈チナの姉貴も普段通り、僕を抱き締めてからの登校だ。


「これといって、変わったところはなかったな。やっぱり、他人の空似そらになのかもなあ」


 僕は呑気のんきに、商店街でお買い物だ。

 時刻は午後四時を回って、夏の熱気もようやく落ち着き始めている。まだまだアスファルトには熱がもってる気がするけど、すでに太陽は帰路につきはじめている。

 八百屋やおやと魚屋、精肉店せいにくてんを回ったので、僕の買い物かごは結構重い。

 きっと、以前の貧弱な僕だったら、少し疲れたかもしれない。

 でも、今は不思議な力がみなぎってて、この程度の買い物はなんでもないんだけど。


「っと、うわさをすれば、って感じかな。……うん、やっぱり普段通り、なにもおかしいところはないような」


 ずっと朝から、僕の思考を占拠している姉が見えた。

 御暁千奈ゴギョウチナは高校三年生。すらりと長身のスレンダー美人だ。中性的な顔立ちもあいまって、さわやかな少女剣士といったおもむきだ。凛々しく結った総髪ポニーテイルが、一層そういう印象を強くしている。

 しかも、剣道を始めとする武道やスポーツを何でもこなす。

 成績だって常に学園トップ、絵に描いたようなウルトラヒロインなのだ。

 今日も大勢の女子に囲まれて、その全員に笑顔を返している。


「……仮に姉貴が父の遺産を狙うとして、動機がない。ように、思える。それに、姉貴だって半分は父の血を継いでるんだ」


 そう、千奈の姉貴には僕を襲う理由がない。

 もしそれが存在して、ずっと隠してきたのなら……あの屈託くったくのない笑顔も、僕に優しい普段の態度も、いつわりだったということになる。

 それはありえない。

 断言できるほどに、千奈の姉貴は裏表うらおもてのないさっぱりした性格なのだ。

 ちょっと意地悪いじわるな見方をすれば、嘘のつけない人なんだと思う。

 そんなことを考えていると、向こうで千奈の姉貴も僕に気付いた。


「あっ、麟児リンジ! お買い物? じゃあみんな、ゴメン。今日はこの辺で」

「まあ、妹さんかしら」

「では千奈様、また明日……ごきげんよう」

「夏休みの予定、考えてくださいね」

「みんな、千奈様と過ごすのを楽しみにしてますの」


 うーん、凄い人気だ。

 あと、何度も言うけど僕は弟、男なんだよね。

 まあ、いいけど。

 千奈の姉貴は女子の一人一人に丁寧に挨拶して、こちらへ駆けてくる。なにをやっても颯爽さっそうとしてて、いやになるくらい決まってる。

 彼女は僕の前まで走ってきて、ひたいの汗を拭いながら微笑ほほえんだ。


「荷物、持つよ。重いでしょ」

「いやあ、これでも僕だって男だし」

「あ、さっきの気にしてる? ふふ、かわいんだから、もう」

「まあ、ある程度はね。もう慣れっこだけど」


 いつもと変わらない、いつでも優しい姉貴だ。

 僕から買い物籠をそっと取り上げ、横に並んで歩き出す。僕より頭半分くらい、背が高い。それは僕が低身長だってのもあるけど、千奈の姉貴がスタイルよすぎるんだ。

 そういえば確かに、昨晩楓夜フウヤお姉ちゃんが言ってた通り、胸は小さい。

 っていうか、ない。

 失礼な言い方だけど、いわゆる微乳や貧乳ではなく、無乳? っていうのかな?


「ねえ、姉貴」

「んー? なになに?」

「姉貴は、父さんのことをどれくらい知ってる?」

「……そういえば、父さんのことはあまり話したことなかったっけか」


 ふと、珍しく姉貴が寂しげに目を細めた。

 見上げる美貌びぼうがあまりにも整い過ぎてて、その横顔は芸術家が生み出した傑作みたいだ。うれいを帯びてて、なんともいえぬ色気みたいなものを感じる。

 思わず僕は、ほお火照ほてるのを感じた。

 きっと夏のせいだと、自分の中で自分に言い訳する。


「父さんは……とても凄い人だったね。あの人がいなかったら、私はこうして麟児と一緒にいられないんだもの」


 小さい僕に歩調を合わせてくれながら、姉貴は慎重に言葉を選んでいるように見えた。

 そういえば、千奈の姉貴に限らず、姉たちとも父の話をすることは今までなかった気がする。それは、彼女たち全員が『』だからだと思っていた。

 利権に群がってくる人は、今まで星の数ほどいた。

 その全てが、翠子スイコ姉様によってシャットアウトされてきたんだけどね。


「私が麟児に初めて会った日のこと、覚えてる?」

「うん。忘れないよ。ずっと忘れない……多分、片時も忘れられないと思う」

「おっ、殺し文句だね。ふふ、嬉しい」


 あれは確か、僕が小学校に上がったばかりのことだったと思う。

 四歳年上の、四歳しか違わないとは思えない女の子が訪ねてきた。丁度、翠子姉様と同じくらいに見えたっけ。

 その人は、僕に対して姉だと自己紹介した。

 ああ、またかと思った……こうやって、僕の肉親をかたる人は無数にやってきたから。だからその時も、翠子姉様が対応したんだ。


「翠子にさ、あの時すっごくにらまれちゃって……ちょっと怖かった。でも、すぐにわかった。この人は私と同じ、麟児の家族をやってるんだなって。本気なんだって」

「なにを話してたの? あの時」

「んー、まあ……互いの秘密を共有して、信用してもらった。あと、私の麟児に対する想いが本物だって、わかってもらったかな」


 ちょっと歯が浮くような台詞も、全然気障きざったらしくない。

 恥ずかしげもなく姉貴は、僕への姉馬鹿あねばかを隠そうともしないんだ。

 それにしても……秘密だって?

 互いの秘密、それってもしかして。

 いや、そんな筈はない。

 千奈の姉貴は勿論、翠子姉様だって僕の姉なんだ。

 小さい頃からずっと、僕を守ってくれたんだ。


「翠子にさ、妹だと認めてもらったんだ。それはつまり、麟児の姉として認めてもらえたんだと思う。実際さ、あの家は居心地がいいよ……

「えっ? それって」

「まあ、そうだなあ。明るいうちはちょっと。夜、また話そうか。二人きりで。それより」


 あの姉貴が、話題をそらした。

 いつも真っ直ぐ、直球ストレートな言動の姉貴が。

 明るいうちは話せないことって、なんだろう。

 やっぱり、千奈の姉貴は父の遺産を狙っているのか? 今朝、僕をカーボノイドとかいうのに襲わせたんだろうか。あの場所に、あの時間、いたんだろうか。

 だとすれば、僕は危うく千奈の姉貴を殴ってしまうところだった。


「姉貴、言ってたもんな……女の子を殴るような奴は、男の子じゃないって」

「ん? どしたの」

「ううん、こっちの話。じゃあ、また今夜にでも」

「うんっ。それでさ……えっと、季央キオは?」

「ああ、季央ねえ」


 ちょっと僕は迷った。

 それというのも、季央ねえは朝食後こそ起きてたものの……今は爆睡している。なんでも、あのE.R.O.イーアールオースーツを使うと酷く疲れるらしい。感情や激情をエネルギーに変換しているので、要するにあの短い戦いで季央ねえは、猛烈に怒っていきどおったのと同じだとか。

 それでも最初は、リビングにノートパソコンを持ち込んで調べ物していた。

 そしてそのまま居眠りを始めたので、僕が布団に運んだんだ。


「えっと、寝てる。ドイツとは時差があるんじゃないかな。時差ボケだって」

「ああ、なるほど。彼女、いくつくらいなのかな。見た感じ、ひょっとしたら華凛や楓夜より年上かもよ? 凄い発育いいし……あ、でも、外国人だから大人びて見えるのかな」


 姉貴は自分の胸に両手を当てて、小さく溜息ためいき

 あ、やっぱり気にしてるんだ。


「でもさ、麟児。姉としては、日がな一日家でゴロゴロするのはオススメできないなあ」

「まあ、大学までの教育課程は終わってるって言ってたけど」

「学校は勉強だけする場所じゃないしね。考えてみて、麟児。いくら才能に恵まれた秀才でも、仕事もしてない、勉強もしてない、これって」

「ニート、だね」

「うん」


 それでも季央ねえは、僕を守るために必死で頑張ってくれてる。今朝だって、疲れてるのに一生懸命調べごとをしていた。多分、例の黒幕の情報を探っているのかもしれない。

 その首謀者と思しき男が、千奈の兄貴にそっくりだった。

 それを僕は、まだ季央ねえに伝えられずにいた。

 どうしたものかと思案してると、突然背後になにかが覆いかぶさってきた。


「やっほー! たっだいまー! りんりー、千奈と一緒にお買い物? はぁ、癒やされる……オトウトロン、めちゃんこ補給されるどすばい!」

「か、華凛姉さん? えっと……重い、です、けど」

「そんな訳ないですよ、あたしちゃんは永遠の48kgです! これは間違いないのです」

「な、なんで敬語に」


 突然現れた華凛姉さんが、僕に抱き付いてきたのだ。完全に僕によじ登るようにして、甘やかな呼気が耳元に風を運んでくる。

 いや本当に、普通に重いんですけど……体重、すっごくサバ読んでるよね?

 最近、謎の怪力状態で身体能力が上がってても、本当に重い。

 今朝、季央ねえを布団に運んだ時とは大違いだ。


「ねね、りんりー! 今日のごはん、なんじゃらほい?」

「えっと、今日はかつおのいいのがあったから、タタキにして食べようかなって。季央ねえは生魚なまざかなって大丈夫なのかな。一応、ざっくり表面には火を通すけど」


 千奈の姉貴もいつもの笑顔で、夕食への期待を示してくれる。超がつく程の健康優良児で、華凛姉さんほどではないが千奈の姉貴も健啖家よくたべるひとだ。

 僕はとりあえず、夜まで姉貴をちゃんと姉として見るように決めたのだった。

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