第7話「御暁家の次女はスーパーガール」
結局今日も、いつも通りの朝に落ち着いた。
僕は少し寝坊したことにして、姉たちにコンビニのパンやおにぎりを食べてもらった。
で、いつものように姉たちは学校へ出掛けていった。
「これといって、変わったところはなかったな。やっぱり、他人の
僕は
時刻は午後四時を回って、夏の熱気もようやく落ち着き始めている。まだまだアスファルトには熱が
きっと、以前の貧弱な僕だったら、少し疲れたかもしれない。
でも、今は不思議な力が
「っと、
ずっと朝から、僕の思考を占拠している姉が見えた。
しかも、剣道を始めとする武道やスポーツを何でもこなす。
成績だって常に学園トップ、絵に描いたようなウルトラヒロインなのだ。
今日も大勢の女子に囲まれて、その全員に笑顔を返している。
「……仮に姉貴が父の遺産を狙うとして、動機がない。ように、思える。それに、姉貴だって半分は父の血を継いでるんだ」
そう、千奈の姉貴には僕を襲う理由がない。
もしそれが存在して、ずっと隠してきたのなら……あの
それはありえない。
断言できるほどに、千奈の姉貴は
ちょっと
そんなことを考えていると、向こうで千奈の姉貴も僕に気付いた。
「あっ、
「まあ、妹さんかしら」
「では千奈様、また明日……ごきげんよう」
「夏休みの予定、考えてくださいね」
「みんな、千奈様と過ごすのを楽しみにしてますの」
うーん、凄い人気だ。
あと、何度も言うけど僕は弟、男なんだよね。
まあ、いいけど。
千奈の姉貴は女子の一人一人に丁寧に挨拶して、こちらへ駆けてくる。なにをやっても
彼女は僕の前まで走ってきて、
「荷物、持つよ。重いでしょ」
「いやあ、これでも僕だって男だし」
「あ、さっきの気にしてる? ふふ、かわいんだから、もう」
「まあ、ある程度はね。もう慣れっこだけど」
いつもと変わらない、いつでも優しい姉貴だ。
僕から買い物籠をそっと取り上げ、横に並んで歩き出す。僕より頭半分くらい、背が高い。それは僕が低身長だってのもあるけど、千奈の姉貴がスタイルよすぎるんだ。
そういえば確かに、昨晩
っていうか、ない。
失礼な言い方だけど、いわゆる微乳や貧乳ではなく、無乳? っていうのかな?
「ねえ、姉貴」
「んー? なになに?」
「姉貴は、父さんのことをどれくらい知ってる?」
「……そういえば、父さんのことはあまり話したことなかったっけか」
ふと、珍しく姉貴が寂しげに目を細めた。
見上げる
思わず僕は、
きっと夏のせいだと、自分の中で自分に言い訳する。
「父さんは……とても凄い人だったね。あの人がいなかったら、私はこうして麟児と一緒にいられないんだもの」
小さい僕に歩調を合わせてくれながら、姉貴は慎重に言葉を選んでいるように見えた。
そういえば、千奈の姉貴に限らず、姉たちとも父の話をすることは今までなかった気がする。それは、彼女たち全員が『父の遺産や研究が目的ではない人たち』だからだと思っていた。
利権に群がってくる人は、今まで星の数ほどいた。
その全てが、
「私が麟児に初めて会った日のこと、覚えてる?」
「うん。忘れないよ。ずっと忘れない……多分、片時も忘れられないと思う」
「おっ、殺し文句だね。ふふ、嬉しい」
あれは確か、僕が小学校に上がったばかりのことだったと思う。
四歳年上の、四歳しか違わないとは思えない女の子が訪ねてきた。丁度、翠子姉様と同じくらいに見えたっけ。
その人は、僕に対して姉だと自己紹介した。
ああ、またかと思った……こうやって、僕の肉親を
「翠子にさ、あの時すっごく
「なにを話してたの? あの時」
「んー、まあ……互いの秘密を共有して、信用してもらった。あと、私の麟児に対する想いが本物だって、わかってもらったかな」
ちょっと歯が浮くような台詞も、全然
恥ずかしげもなく姉貴は、僕への
それにしても……秘密だって?
互いの秘密、それってもしかして。
いや、そんな筈はない。
千奈の姉貴は勿論、翠子姉様だって僕の姉なんだ。
小さい頃からずっと、僕を守ってくれたんだ。
「翠子にさ、妹だと認めてもらったんだ。それはつまり、麟児の姉として認めてもらえたんだと思う。実際さ、あの家は居心地がいいよ……自分の罪を忘れてしまうくらいにね」
「えっ? それって」
「まあ、そうだなあ。明るいうちはちょっと。夜、また話そうか。二人きりで。それより」
あの姉貴が、話題を
いつも真っ直ぐ、直球ストレートな言動の姉貴が。
明るいうちは話せないことって、なんだろう。
やっぱり、千奈の姉貴は父の遺産を狙っているのか? 今朝、僕をカーボノイドとかいうのに襲わせたんだろうか。あの場所に、あの時間、いたんだろうか。
だとすれば、僕は危うく千奈の姉貴を殴ってしまうところだった。
「姉貴、言ってたもんな……女の子を殴るような奴は、男の子じゃないって」
「ん? どしたの」
「ううん、こっちの話。じゃあ、また今夜にでも」
「うんっ。それでさ……えっと、
「ああ、季央ねえ」
ちょっと僕は迷った。
それというのも、季央ねえは朝食後こそ起きてたものの……今は爆睡している。なんでも、あの
それでも最初は、リビングにノートパソコンを持ち込んで調べ物していた。
そしてそのまま居眠りを始めたので、僕が布団に運んだんだ。
「えっと、寝てる。ドイツとは時差があるんじゃないかな。時差ボケだって」
「ああ、なるほど。彼女、
姉貴は自分の胸に両手を当てて、小さく
あ、やっぱり気にしてるんだ。
「でもさ、麟児。姉としては、日がな一日家でゴロゴロするのはオススメできないなあ」
「まあ、大学までの教育課程は終わってるって言ってたけど」
「学校は勉強だけする場所じゃないしね。考えてみて、麟児。いくら才能に恵まれた秀才でも、仕事もしてない、勉強もしてない、これって」
「ニート、だね」
「うん」
それでも季央ねえは、僕を守るために必死で頑張ってくれてる。今朝だって、疲れてるのに一生懸命調べごとをしていた。多分、例の黒幕の情報を探っているのかもしれない。
その首謀者と思しき男が、千奈の兄貴にそっくりだった。
それを僕は、まだ季央ねえに伝えられずにいた。
どうしたものかと思案してると、突然背後になにかが覆いかぶさってきた。
「やっほー! たっだいまー! りんりー、千奈と一緒にお買い物? はぁ、癒やされる……オトウトロン、めちゃんこ補給されるどすばい!」
「か、華凛姉さん? えっと……重い、です、けど」
「そんな訳ないですよ、あたしちゃんは永遠の48kgです! これは間違いないのです」
「な、なんで敬語に」
突然現れた華凛姉さんが、僕に抱き付いてきたのだ。完全に僕によじ登るようにして、甘やかな呼気が耳元に風を運んでくる。
いや本当に、普通に重いんですけど……体重、すっごくサバ読んでるよね?
最近、謎の怪力状態で身体能力が上がってても、本当に重い。
今朝、季央ねえを布団に運んだ時とは大違いだ。
「ねね、りんりー! 今日のごはん、なんじゃらほい?」
「えっと、今日は
千奈の姉貴もいつもの笑顔で、夕食への期待を示してくれる。超がつく程の健康優良児で、華凛姉さんほどではないが千奈の姉貴も
僕はとりあえず、夜まで姉貴をちゃんと姉として見るように決めたのだった。
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