第6話「忍び寄る闇、再醒する力」
頭上を覆うような、声。
その中に凝縮された悪意が、僕にはすぐにわかった。
攻撃的な声音で、酷く興奮した叫びが響き渡る。
「
ここからは顔は見えない。
けど、電柱の上で謎の人物はよく喋る。
その口数の多さが、声を偽るその人の性格を表していた。
恐らく、こうした現場での
僕が妙な冷静さを発揮していると、
「パパが作ったこのスーツは、兵器じゃない!」
「なにを言う! 貴様は現に今、その力で俺の手駒を破壊したではないか!」
「それは……でも、カーボノイドだって全部、人の役に立つために生まれたんだ!」
「そうだ、役立っているぞ! こんな
季央ねえが
その身が震えているのは、E.R.O.スーツとやらの冷却材が冷たいからじゃない。
彼女がパパと呼ぶのは、僕の父……科学者だった
ただ、家族五人で何不自由なく暮らしていける、それだけの富を生んでいる。
無数のパテントを持っているようで、その一部が軍事利用できるものなのだろう。
「季央ねえ、下がってて」
僕は少し、頭にきていた。
どこの誰だか知らないけど、随分と好き勝手やってくれる。
これでも僕は温厚な方だと自負してるし、平和と平穏をなによりも愛しているんだ。そして、姉たちを大切に思っている。その日常を壊すような
「
「ん、大丈夫。あと、季央ねえ……あんまし視界に入らないでね」
「
「いや、その……僕には刺激が強過ぎるから。それと」
僕は、握ることも
拳の中に、爪が痛いくらいに固く握り締める。
今の僕なら、一瞬で飛べる距離だった。
「で、そっちのガキが高定の娘か! 貴様、答えろ! 高定の遺産、それも特別な最高傑作と言われる――」
「僕は、男だ。それと……少し、いや、かなり……うるさいよ」
季央ねえの息を飲む気配を、置き去りにする。
僕は軽く地を蹴り、自分を弾丸に変えた。
あっという間に、僕は空の中を駆け抜ける。
そして、振りかぶった拳を目の前の人間に叩きつけた。
「な、なにっ!? 馬鹿な!」
「失礼だね。僕は馬鹿じゃないつもりだけど。ああでも、
僕の大振りな一撃は、奴が立っていた電信柱に直撃する。
その瞬間、僕ははっきりと見た。
謎の人物は、長い長い黒髪を頭の後ろで結んでいる。いわゆるポニーテイルというやつだ。そして、端正な細面を
そう、毎日一緒に暮らしてる。
登校前は僕を抱き締めるのがルーティーンの、それは――
「えっ……
「ええい、クソッ! そうか、高定の子は男児か! フッ、まあいい」
その男は……そう、肉声は若い男のものだった。
男はこの暑い中でも、きっちりとスーツにネクタイで、マントを
千奈の姉貴にそっくりな、中性的な顔立ちの男が飛び去る。
それを見送りつつ、僕は重力に
目標を逸れた僕の拳が、
「えっと、うん……とりあえず、季央ねえ」
「……ほへ? あ、ああ、うん! つ、強いね、麟児クン。ボク、びっくりした」
「まあ、ちょっと事情があって。最近、なんだか身体がおかしいんだ」
元の服装に戻った彼女の手を握り、僕はとりあえずその場を離れた。
例のカーボノイドとかいうのは、サラサラと黒い粉になって風に消えてしまった。
僕は季央ねえと、コンビニに来ていた。
単純に、朝ご飯を作る時間が取れそうもないからだ。
朝食の準備よりも先に、季央ねえと二人で話したかったのもある。彼女は僕より、父の遺産を狙う謎の男を知っていると思ったから。
彼女は僕を守ると言ってくれたのだから。
だが、早朝のコンビニで季央ねえは、何故かテンション爆超だった。
「凄い、日本のコンビニ凄い! スイーツが沢山……やだ、どうしよ。ボク、手持ちの日本円って持ってたかな」
「えっと、季央ねえ?」
「ホットスナックも充実してるね! 朝はいらないけど、いつでも買えるっていいかも」
「……とりあえず、ここは僕が持つから」
適当に、サンドイッチやおにぎりを買う。
翠子姉様は和食派で、
千奈の姉貴は……とりあえず適当に。
今は考えが上手くまとまらないんだよね。
で、振り返るとそこには……スイーツを両手に抱えた季央ねえがいた。
朝ご飯はもっと、栄養価にも気を配ってほしいな。
まあ、コンビニで済ませてしまおうと思った僕も僕なんだけど。
「麟児クン、日本って凄いじゃない! あ……そうだったね、朝ご飯を選ぶんだった」
「まあ、いいよ。甘いもの、好きなんだね」
「そだよ? 女の子は大半が、スイーツに目がないものさ」
「この
「
眠たげなバイト店員に会計をしてもらい、ついでにコーヒーを二つ買う。渡された紙コップにセルフサービスでマシーンがコーヒーを
ドイツでは多分、コンビニはもっと殺風景なものなのかもしれない。
飲食ができる隅のスペースで、僕たちは小さなテーブルを挟んで座った。
「えっと、まず、ありがとう。季央ねえ、助かったよ」
「フッフッフ、見たかい? ボクの強さを」
「いや、直視はちょっと……なにか上から一枚羽織るとかしてほしいなと思ったかな」
「グッ! ……ボ、ボクだって結構、恥ずかしいんだぞ? それに……E.R.O.スーツは本来、戦うために使うんじゃないんだ。本当は、パパは」
そして同時に、少し嬉しかった。
父は、真っ当な研究をして人々の暮らしを豊かにしたかったんだと思う。だが、文明の利器は
季央ねえもそのことを、十二分に知っているらしい。
「そ、それに……お礼を言うのはボクの方。
「なら、おあいこだね。……季央ねえさえよければ、今後も助け合えたらって思う」
「本当は、ボクがしっかりしなきゃいけないんだけどね。見たでしょ? パパの遺産を狙う人間が今、暗躍している。顔、見た?」
「……いや、はっきりとは」
まじまじと
けど、あれは学園のマドンナとして男女を問わず大人気の、
それも、なにかミスリードを誘っているのかとさえ思える。
少なくとも今、僕は千奈の姉貴を疑うことはできないし、必要ない。
「話して、季央ねえ。僕も話す……この僕の身体に生じた、ここ最近の異変を」
「ん、そっちが先かな。ボク、昨夜から気になってた。自分でも色々調べたんだね?」
「……なにも、わからなかった。ただ、僕は……僕の身体は今、普通じゃない」
進級して間もない、春先の出来事だった。
突然、僕は全身を激しい痛みに
そして、日常生活で信じられないほどの力を得た。
超人的な筋力と反射神経、五感の全てが異常なまでに発達した。最初は、それを全てコントロールできずにいた。落ち着いてきたのは最近である。
「学校で、ちょっとやらかしちゃってね」
「それで学校、行ってないんだ? なるほどね」
「僕は今まで、凄いのは父の高定で、自分は普通の子供だと思ってた。でも、違った。この異常な肉体の状態は、父の研究となにか関係があるんじゃないかな」
「……ちょっと、ボクの方でも調べてみる。で、さっきの奴らなんだけどさ」
僕は知った。
はっきりとした敵が今、僕の生活を脅かしていると。
それは僕ばかりか、愛しい姉たちをも狙っているかもしれない。
とりあえず今は、先程見た首謀者と思しき男の顔……姉の一人によく似た人物だったことは、季央ねえには伏せておくことにした。
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