第5話「平凡な平和は昨日に去った」
僕は夢を見ていた。
昔の夢だ。
忘れもしない、あの日の夢……死んだ父の葬儀の夢だった。
親戚たちの参列はなくとも、沢山の大人が来ていた。皆、
泣いている人間は、僕だけだった。
そして、その涙を止めてくれたのは、自分を姉と名乗る少女だった。
『待たせたわね、
当時の僕にとって、
彼女はすぐに、利権に群がるだけの人たちを論破し、幼い僕から財産を
たった数年年上の、小学生くらいの姉は強かった。
そして、優しかったのを今もよく覚えている。
こんな夢を見ているのは、その翠子姉様と一緒に寝てるから……そう思った瞬間、僕は脇腹に鈍い衝撃を受けてベットから転がり落ちた。
「いたた……翠子姉様、こんなに
そんな
ただ、抱き着き
僕の見た目が彼女を追い越しても、しばらく
でも、寝相の悪さは……しかも、えぐるような
「ああ、そういう……え、なんで? どうして
身を起こしてベットを見れば、そこにネグリジェ姿はなかった。
確か僕は、渋々翠子姉様と寝たと思ったんだけど……?
「ムニャ、りんりー、あぶない……ロリババァは
「寝ぼけてるのかな。いやいや、ロリババァはともかく淫魔って」
「それなー! ……ムニャムニャ、あたしちゃんがりんりーを守るかんね……めっちゃ守るかんね。いつでもあたしちゃん、は……」
ちらりと見れば、
ガジガジかじってる。
うん、あれは痛そうだ。
僕はとりあえず、華凛姉さんに
そして奇妙なことに気付く。
「あれ?
ちらりと時計を見れば、まだ朝の五時だ。
外では
今日も暑くなりそうな青空が、夜明けの光に染まっていた。
「布団はまだ温かい……ん? 今、玄関から音が」
引き戸が静かに開いて、そして静かに閉じる。
明らかに、気配を殺した動きだった。
普通の人なら、多分拾えない音域だったと思う。でも、残念ながらもう僕は普通じゃない。そして、遠ざかる足音が季央ねえのように思えて立ち上がる。
すぐにあとを追って、僕もサンダルをつっかけた。
同じように無音で入り口を開け閉めして、門の外に出た瞬間だった。
「えっ……あ、えっと、ど、どうも。おはよう、ございます」
目の前に、人がいた。
人の形をしていたから、そう思った。
けど、違った。
全身が暗く塗り潰されて、黒光りした
そんな
握った右の
「……あ、これはまずいな。誰も見てないし、じゃあ今だけ――」
死ぬと思った。
殺されるとすぐにわかった。
殺気すらない、全く感情も気配もない暴力が炸裂しようとしている。
けど、そのまえに柔らかななにかが僕を包んで、そして飛ぶ。
「危ない! 大丈夫かい? 麟児クン!」
「あれ、季央ねえ。えっと、あれは」
「カーボノイド、ひらたく言えばアンドロイド、ロボットさ。パパは福祉や介護、危険作業の
僕を抱き寄せ、一気に飛んで転がったのは季央ねえだった。
Tシャツにスパッツ姿の彼女は、まるで姫君を救った王子様のように僕を抱き上げる。
そして気付けば、そのカーボノイドなる暴漢ロボットは、ずらりと僕たちを囲んでいた。その全てを
そう、やっぱり今日も新しい姉の顔には圧倒的な自信が満ち溢れていた。
「麟児クン、キミを守るためにボクは来たんだ……キミは今、狙われている。姉を自称する怪しい女にも、その他
「姉を自称する怪しい女……自分で言っちゃうかなあ」
「えっ、なにそれ。麟児クン、ボクみたいな超絶美少女が怪しいと思う訳?」
「十分怪しいですよ。でも、助かりました。ありがとうございます」
突然、シュボン! と季央ねえは赤くなった。
そして、あわあわと言葉にならない声を
「そっ、そそそ、そうね、そうだよね! うん、感謝されてしかるべき……いや、でもちょっと、真っ直ぐ見られると……や、やだな、ボクってば動揺してる」
「まあ、それはあとにしてもらって。……ちょっと下がってて、季央ねえ」
僕は季央ねえを背に
――つもりだった。
だけど、それより早く季央ねえは一歩前に出る。
手首につけた不思議な腕時計型端末に指を滑らせ、彼女は
「どこの誰だかしらないけどね、麟児クンを狙う奴はボクが相手だ! ――
『
季央ねえの声に、電子音声が無機質に鳴った。
彼女のたおやかな金髪が、逆立つ……まるで
瞬間、周囲の景色が真っ白に塗り潰される。
その苛烈な光は、季央ねえから
そして、思わず僕は目を手で
指の隙間から見た光景は、かろうじて季央ねえの影だけを浮かび上がらせていた。そう、瞬時に季央ねえは裸になっていた。
光が消えて視界が回復すると……そこには戦いの
『
「E.R.O.スーツ、装着。さあ、ボクが相手だ! パパに代わってこの姉が……季央・ツェントルムが麟児クンを守る!」
季央ねえは、一瞬素っ裸に見えた。
だが、違う。
神々が
白を基調とした、赤と青のトリコロール。
そのシルエットは生まれたままの姿だが、各所にプロテクターらしきものがある。普通じゃないスーツだし、
そして、周囲のカーボノイドは季央ねえに一斉に襲いかかる。
「麟児クン、下がってて! こう見えてもボク、通信教育であらゆる格闘技をマスターしてるんだ。さあ、かわいい麟児クンに手を出すやつは……片っ端からやっつけちゃうよ!」
だが、質量と数で圧殺するつもりだったらしいが、そうはならなかった。
無数のカーボノイドが、季央ねえの蹴りで次々と宙を舞う。
常軌を
それが僕にははっきり見てた。
僕だから、その
季央ねえは最後の一体が繰り出す拳を、なんなく避けた。そして、そのまま大振りな一撃をかいくぐり、カーボノイドの背後に回って両手で組み付く。
そのまま季央ねえは、見事なブリッジで背後へと
「よしっ、パーフェクト! ボクの弟に手を出す奴は、叩き潰しちゃうぞ?」
『
「おっと、いけない。
季央ねえのスーツは、各所から白い煙を吹き出してゆく。どうやら冷却材のようで、その冷たさが僕のところまでたなびいてきた。
季央ねえは地面に刺さったカーボノイドを手放し、巻き戻しの逆再生みたいに立ち上がる。
「麟児クン、
「ええ。また助けられました。ありがとうございます」
「ふふ、いいね……もっと言って、姉を
「ただ、その……ちょっと、目の毒というか、僕には刺激が強いというか」
季央ねえの、その胸の
露出が全くないことが、逆に奇妙ないかがわしさというか、すっごいえっちな感じである。
そのことを僕が指摘しようとした、その時だった。
「おやおや……それはE.R.O.スーツのプロトタイプじゃないかあ。どこで手に入れたんだい? 美しいお嬢さん。……それは、
声のする方を見上げて、朝日の眩しさに僕は顔をしかめた。
逆光の中、電柱の上に誰かがいる。
ボイスチェンジャーを通した、耳障りな声が確かに僕と季央ねえを射抜いていた。そこには、先程のカーボノイドにはなかった敵意と害意がはっきりと感じられたのだった。
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