5話 元魔王、親衛隊を編成する


人々が復興のため、忙しく立ち働く中、パリカーの凛とした声が響いた。


「全員整列!」


ここは、イテオロの街の中央広場。

この世界に新たに降臨した勇者の伝説的奮戦(?)により、闇の勢力から奪還されたばかりの地。

この世界を覆わんとする闇を払い、光を取り戻さん、との気概に燃える、12名の勇士達が集っていた!


「……せやから、時々入るこの説明臭いナレーション、何とかならんのか?」

「何かおっしゃいました? まおうさま」


一人ぶつぶつ文句を言う元魔王ラバスを、ローザが不思議そうに見つめてきた。


「ゴホン、気にするでない」


元魔王ラバスは、改めて、目の前の勇士達に視線を向けた。



今朝、冒険者ギルドの受付エルフが、アルザスの魔王城(宿屋ともいう)にやってきた。

ちょうど、元魔王ラバスは、ローザ、パリカーと共に、朝ごはんを食べている最中であった。

受付エルフは、テーブルに近付いて来ると、元魔王ラバスに、うやうやしくお辞儀をした。


「まおうさま、イテオロの街奪還、もとい制圧、おめでとうございます」

「街一つ程度で、いちいち祝いを言上しに来なくとも良いぞ」


元魔王ラバスは、そこで言葉を切り、やおら立ち上がった。

そして、高らかに宣言した。


「我は、魔王ラバス! 世界を統べる者! いずれ世界は知るであろう! 偽りの大魔王は滅び去り、真の恐怖が降臨した事を!!」


―――パチパチパチ


約一名(パリカー)から拍手が起こるが、周りの他の宿泊客は、何事も無かったかのように、カチャカチャと食器の音を立てながら、朝ご飯を食べ続けている。

そして、受付エルフも、何事も無かったかのように、言葉を続けた。


「早速ですが、まおうさま」

「って、おい、まさかのスルー!?」

「……何かおっしゃいましたか?」

「いや、何でも無いです」


元魔王ラバスは、少し肩を落とした。

元魔王ラバスは、元魔王だけあって、実は、承認欲求が人一倍強かった。


「話を戻しますと、まおうさま、イテオロの街を大魔王エンリルから守らねばなりません」


あっ!

そういや、あの街、ほっといたら、またあのエセ魔王に取り返されてしまうがな。

せやけど、どないして守ったらええやろ?

やはり、配下が足りへんな……


悩む元魔王ラバスに、受付エルフが、ずいっと顔を近付けてきた。


「まおうさま。まおうたるもの、やはり親衛隊位は組織なさるべきです。彼等に、街を守らせましょう」


このまおうさま、頭は残念だけど、能力はピカ一。

選りすぐりの冒険者達を鍛えてもらえれば、人類側にも光明が見えてくる。

彼等を親衛隊扱いにしとけば、きっとこのまおうさまも、喜んでこの話に乗ってくるはず。


受付エルフの狙いは的中した。

元魔王ラバスの瞳に光が宿る。


親衛隊!

エエ響きや。

この受付エルフ、中々分かっとるやないか。


「そなたの進言、誠に正鵠を得た物と言えよう。して、我が親衛隊を組織するアテはあるのか?」

「おまかせ下さい、まおうさま。既に人選はすませてあります」


受付エルフは、12名分の冒険者リストを、元魔王ラバスに手渡した。

SS級が1人、S級が3人、A級が8人。

彼等は、このアルザスの冒険者達の中でも、間違いなくトップクラスの者達だ。


「彼等は、既にイテオロの街の守りについております。まおうさま御自ら謁見されてはいかがでしょうか?」


元魔王ラバスは、鷹揚に頷いた。



そして現在、元魔王ラバス、ローザ、パリカーの前に、12名の冒険者達が並んで立っていた。

彼等は、冒険者ギルドから、元魔王ラバスこそ、人類最後の希望、勇者である事、

しかし、大人の事情(?)で、勇者では無く、まおうさまと名乗っている事等を聞いていた。

彼等は、元魔王ラバスが、アルザスの街を救い、大魔王エンリルの四天王、パリカーを下し、イテオロの街を奪還した事も知っていた。

そのため、彼等の殆どは、元魔王ラバスとその仲間達に、敬意の籠った視線を向けてきていた。


しかし、その中で一人だけ、元魔王ラバスを忌々し気に睨みつけている者がいた。


銀白色の美しい鎧に身を包んだ、銀髪の若い女性。

彼女は、勇者を除いては、恐らく人類最強、この世界最後のSS級冒険者であった。

彼女が、口を開いた。


「ラバス……と言ったか。貴様は、本当に勇者なのか?」

「勇者だと?」


ラバスの目が細くなった。


「貴様、まさか、我を勇者扱いするつもりでは無かろうな?」


ローザが、慌てて元魔王ラバスをなだめにかかった。


「まおうさま、落ち着いて下さい。私があの人に、まおうさまの事、ちゃんと説明しますから」


ローザは、【お察し下さい】のスキルを発動した!

しかし、銀色の女冒険者は、そのスキルに対して【抵抗】した。


「私は、認めぬ。自ら魔王を名乗り、女といちゃつく貴様が勇者だ、等とは断じて認めぬ!」


元魔王ラバスは、困惑した。


見た所、こいつがこの中で一番使えそうや。

せやけど、なんやけったいな女やな。

わし、別に勇者や無いし。

勇者やって認めてもらわんでエエねんけど、こいつの態度は、親衛隊としては、アカンやろ。

上に立つ者として、広い度量で諭してやるか……


「女、名を名乗れ」

「私は、アリス=フアン=パブロ=アルフォンソ=デ=トドス=ロス=サントス=デ=ボルボン=イ=グレシア。

勇者とは、天命を受けた者。貴様は、本来あるべき勇者の姿から、激しく逸脱している。おふざけで、魔王は倒せない」


勇者に対して何か激しい思い入れのありそうなアリス=フアン=パブロ=アルフォンソ=デ=トドス=ロス=サントス=デ=ボルボン=イ=グレシアは、激しく歯噛みした。


「そなた、勇者に何か幻想を抱いておるようじゃが、我が親衛隊を拝命したのであれば、我が命に服するのが、そなたの取るべき道じゃ」

「親衛隊だと? 寝言は、寝てから言え。こんな茶番はうんざりだ。私は、私の方法で、この街を守り抜く」


掃き捨てるようにそう言うと、アリス=フアン=パブロ=アルフォンソ=デ=トドス=ロス=サントス=デ=ボルボン=イ=グレシアは、その場から歩き去って行った。


おいおい、受付エルフ。

ここに集まってるのは、わしの親衛隊やりたいっていう、配下候補達ちゃうんかい。

一番使えそうな奴が、どっか行ってしもたやん。

しゃあないな……


元魔王ラバスは、その場に残った他の“親衛隊”達を適当に教育するよう、ローザとパリカーに命ずると、アリス=フアン=パブロ=アルフォンソ=デ=トドス=ロス=サントス=デ=ボルボン=イ=グレシアの後を追いかけた。


アリス=フアン=パブロ=アルフォンソ=デ=トドス=ロス=サントス=デ=ボルボン=イ=グレシアは、街の城壁で、一人たそがれていた。

彼女は、これまで大魔王エンリルと戦い続けてきた。

この世界に降臨した勇者達の内、何人かとも共闘した。

しかし、仲間達は次々と倒れ、自分だけが、まだ生きている。


物思いにふける彼女の背後に、影が差した。


「親衛隊長、アリス=フアン=パブロ=アルフォンソ=デ=トドス=ロス=サントス=デ=ボルボン=イ=グレシア、こんな所で何をしている」


振り返ると、元魔王ラバスが立っていた。


「私は、貴様を勇者だとは決して認めない。まおうさまごっこにも付き合わない」


「ま、まおうさまごっこだと!?」


アリス=フアン=パブロ=アルフォンソ=デ=トドス=ロス=サントス=デ=ボルボン=イ=グレシアの意外な言葉に、さすがの元魔王ラバスも若干、声が上ずった。


アカン。

短気は損気や。

それにしても、親衛隊長にしてやっても、心開かへんのか。


アリス=フアン=パブロ=アルフォンソ=デ=トドス=ロス=サントス=デ=ボルボン=イ=グレシアが、呻くようにつぶやいた。


「勇者は、ストイックであるべきだ。闇を払い、光を導くもの、それが勇者だ。なのに、貴様は……」


戦いで散っていった多くの勇者達を想い、アリス=フアン=パブロ=アルフォンソ=デ=トドス=ロス=サントス=デ=ボルボン=イ=グレシアは、涙をこぼした。


「お前の言うストイックな勇者達は、この世界のために何をした? あるいは、何を成し遂げた?」

「彼等は英雄だった。高い理想を持ち、立派な志を胸に戦った。彼等と共に旅をした私に、光を残してくれた」

「それで結局、エセ魔王に敗れさるなら、何も残らんではないか」

「何だと?」

「聞け、アリス=フアン=パブロ=アルフォンソ=デ=トドス=ロス=サントス=デ=ボルボン=イ=グレシア。理想を語るのも良いだろう。立派な志を持つのも良いだろう。しかし、敗れれば、そこで仕舞じゃ。力無き理想や志なんぞ、腹の足しにもならぬ」

「貴様、亡き勇者達を愚弄するか?」

「ならば、お前はどうじゃ? お前一人で何が出来る? 魔王エンリルを倒せるのか?」

「それは……しかし、例え我が身が破れようとも、我が魂まで破る事は出来ない!」

「単なる精神論になっておるぞ。よいか、我には、高い理想(作者注;世界征服)も、立派な志(作者注;リア充魔王エンリルをぶっ殺す)もある。そして、それを実現する力もまた兼ね備えておる」


元魔王ラバスは、一旦言葉を切り、アリス=フアン=パブロ=アルフォンソ=デ=トドス=ロス=サントス=デ=ボルボン=イ=グレシアの顔をじっと見つめた。


「我と共に参れ。我ならば、そなたに新しき世界を見せてやれる」


どや、かなりエエ事言ったんちゃうやろか?

これは、感動して、『魔王様! 私が心得違いをしておりました!』ってこの場で泣き崩れるパターンやろ。

つうか、前の世界で読んだラノベやと、そんな展開の話あったはず。


元魔王ラバスは、期待の籠った瞳で、アリス=フアン=パブロ=アルフォンソ=デ=トドス=ロス=サントス=デ=ボルボン=イ=グレシアの答えを待った。


「断る」

「えっ?」


こうして、元魔王ラバスは、SS級冒険者を親衛隊長にスカウトするのに失敗したのだった。


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