6話 元魔王、せいけんを取りに行く


イテオロの街。

午前中、親衛隊を練兵中の元魔王ラバスの元に、一つの知らせがもたらされた。


「聖剣が再出現しました!」

「「おおっ!」」


親衛隊員達の間から、どよめきが沸き起こった。


聖剣

聖なる剣

勇者の証

魔王城への道を示し、唯一、魔王を倒せる可能性を秘めた武器。


聖剣は、その運命を勇者と共にする。

すなわち、勇者降臨と同時にこの世界に出現し、勇者の死と共に、この世界から失われる。

聖剣の再出現は、彼等親衛隊の目の前に立つ、残念なまおうさまこそ、新たに降臨した真の勇者である事を、雄弁に物語っていた。


「まおうさま……ついに聖剣がっ!」


歓喜に打ち震え、言葉に詰まる一同の中で、元魔王ラバスの機嫌だけが、明らかに悪くなっていた。


「聖剣……だと?」


聖剣っちゅうたら、確かアレや。

わしがのんびり魔王城でラノベ読んでたら、いきなり乗り込んできた勇者ダイスが、振り回してきたヤツやな。

あいつ、人の話も聞かんで、いきなりぶっ刺してきやがって……


カッコイイ決め台詞を言い終える前に、聖剣で瞬殺された事を思い出した元魔王ラバスの身体が、怒りで打ち震えた。


「まおうさま、聖剣が出現したそうですよ。すぐに取りに……って、まおうさま?」


隣に立つローザは、元魔王ラバスの様子がおかしい事に気が付いた。


はっ!?

勇者様は、全力で魔王ロープレをなさっている最中だったわ!

きっと、勇者様、聖剣なんて、魔王ロープレにとっては百害あって一利無し、とか思ってらっしゃるに違いない。

でも、聖剣無しでは、例え勇者様でも、大魔王エンリルに勝てないかも……


ローザは、おずおずと切り出した。


「まおうさま、あの……聖剣……」

「髑髏のローザよ、今、不快な単語が、我れの鼓膜を穢したように感じたが?」


やっぱり……

ローザ、考えるのよ。

あなたが出来る子だって事は、私が一番よく知っているわ。


ローザは、元魔王ラバスの説得を試みた。


「まおうさま、聖剣って、そう、凄い剣なんです」

「凄い剣……だと?」

「そうなんです。凄いんです。まさに、まおうさまが手にしてこその剣なんです!」


ローザの若干意味不明な言葉に、元魔王ラバスは、少し首を傾げた。


えっ?

聖剣って、勇者専用の武器とかやなかったっけ?

魔王が手にするに値する聖剣?

せいけん……凄い剣……

わし、もしかして、勘違いしとるんやろか?


「ローザよ、おぬしの申す“せいけん”とは、凄い剣の事か?」

「そうです! 凄い剣なんです!」


なんや、せいけんはせいけんでも、聖剣(せいけん)では無く、凄剣(せいけん)の方か……

なまじ読み方が同じ分、勘違いするとこやったわ。


「なるほど、凄剣。名前からして凄そうじゃ。なれば、我が所持する宝物の一つに加えるのも、良いかもしれぬな……」


元魔王ラバスの言葉に、今度は、ローザが首を傾げた。


あれ?

勇者様、急に物分かりが良くなられた。

でも、これはチャンス!


「そうです! まおうさまこそ、聖剣を所持するにふさわしいお方。急いで取りに参りましょう!」



午後、元魔王ラバス、ローザ、それにパリカーの三人は、聖剣が再出現した、と報告のあった神殿へとやって来ていた。


「まおうさま、報告では、聖剣は、この奥、試練の間に出現したそうです」

「では、早速参ろう」


神殿の奥に進もうとする元魔王ラバスに、ローザが声を掛けた。


「すみません、まおうさま。私達は、一緒にいけないんです」

「? いかがいたした?」

「資格の無い者が立ち入ると、防衛システムが作動するんです」


聖剣は、勇者のみが手にする事を許される、究極の武器。

資格の無い者の手に渡らないよう、究極の防衛システムで守られていた。

その防衛システムは、凄まじく、勇者以外の者が立ち入れば、例え大魔王エンリルといえども、ものの数秒でこの世界からの退場を余儀なくされるほどであった!


「また謎のナレーションが……っつうか、そんな凄いシステムあるんやったら、それでエセ魔王殺せばエエんちゃうんかい!」

「まおうさま?」

「ゴホン、気にするでない」


元魔王ラバスは、ローザとパリカーには、外で待つよう告げると、神殿の奥へと入って行った。


奥へと向かう元魔王ラバスは、しかし、すぐに怪訝そうな顔になった。


「なんや、これは?」


試練の間に続くと思われる回廊は、凄まじいまでに破壊されていた。

大きな瓦礫が通路を塞ぎ、奥へ進む隙間をみつけるのもやっとの状態。

破壊の跡を一瞥した元魔王ラバスは、顔をしかめた。


なんや、この破壊の跡、まだ新しいやん。

これ、もしかして、つい最近、誰か強引に押し通ったあとなんちゃうか……

エセ魔王すら排除できるっちゅう究極の防衛システム、もしかして、看板倒れか?


元魔王ラバスは、濃密な魔力を展開し、慎重に奥へと進んだ。


やがて、突き当りに、壮麗な装飾が施された扉が見えてきた。

どうやら、この奥が、試練の間のようであった。

その扉に手を触れた元魔王ラバスの動きが止まった。


この奥で何者かが戦っている!?


扉の向こうから、激しい剣戟の音と、解き放たれた魔力による破壊の音が、微かに漏れてきている。


まあ、せっかくここまで来たんや。

誰が戦ってんのか知らんけど、とりあえず、凄い剣どうなってんのか確認せんと……


元魔王ラバスは、扉を押してみた。

が、扉は開かない。


おい、開かへんで?

もしかして、中で戦ってる奴らが、内側から鍵かけとるんか?

しゃあないな……



チュドーン



轟音と共に、扉は吹き飛んだ。

濛々と舞い上がる粉塵の向こう側で、先程まで戦っていたと思われる者達が、唖然とした目でこちらを見つめていた。

巨大な10mはあろうかと思われる石像の戦士と……


「親衛隊長!?」


満身創痍で剣を構えるアリス=フアン=パブロ=アルフォンソ=デ=トドス=ロス=サントス=デ=ボルボン=イ=グレシアの姿があった。


しばしの沈黙の後、元魔王ラバスが、二人(?)に問いかけた。


「お前達、ここで何をしておる?」


石像の戦士は、返事の代わりに、その手に持つ巨大な戦斧を振り上げた。



チュドーン



石像の戦士は、あとかたも無く吹き飛んだ。


「くっ、貴様こそ、何をしにきた?」


銀色のSS級冒険者、アリス=フアン=パブロ=アルフォンソ=デ=トドス=ロス=サントス=デ=ボルボン=イ=グレシアは、石像の戦士が、元魔王ラバスの力で消滅したのを確認すると、がっくりと膝をつき、元魔王ラバスを睨みつけて来た。


「何をしにきた、だと? 当然、凄い剣を取りに来たのじゃ」

「凄い剣?」

「知らんのか? 凄い剣、凄剣じゃ。ここにある、と聞いてきたのじゃが……」


元魔王ラバスが、辺りを見回すと、少し奥に、台座に逆さに突き立てられた剣がある事に気が付いた。


あれが、凄い剣やろか?


その台座に近付こうとした元魔王ラバスに、アリス=フアン=パブロ=アルフォンソ=デ=トドス=ロス=サントス=デ=ボルボン=イ=グレシアが、鋭い声を掛けた。


「聖剣に触るな!」

「何を言っておる?」

「聖剣は、資格を持つ者のみが手にする事を許される。貴様のようなニセ勇者が手にして良い代物では無い!」


アリス=フアン=パブロ=アルフォンソ=デ=トドス=ロス=サントス=デ=ボルボン=イ=グレシアは、剣を杖に、よろよろと立ち上がった。


「私が……私こそが……自ら資格を持つ者である、と証明して見せる!」


なんや、この女。

言うに事欠いて、わしの事、ニセ勇者って……

ニセも何も、元々勇者や無い、と何度言えば……

そういや、こいつ、前も勇者がどうとか、言うとったな。

まさか、こじらせ過ぎて、自分こそ勇者やって妄想の世界に、旅立ってしもうとるんか?

しゃあない、ちゃんと教えといたるか。


「親衛隊長よ」

「私は、断じて、貴様の親衛隊長では無い。アリス=フアン=パブロ=アルフォンソ=デ=トドス=ロス=サントス=デ=ボルボン=イ=グレシアだ!」


いや、ごめん、その名前、長過ぎるねん。


「いいから聞け。ここには、お前の言う聖剣は存在しない」

「はぁ!?」

「聖剣は聖剣でも、凄剣の方じゃ。まあ、わしも最初、読み方同じで、勘違いした位じゃ。お前が間違えたとしても、誰も責めぬ」


アリス=フアン=パブロ=アルフォンソ=デ=トドス=ロス=サントス=デ=ボルボン=イ=グレシアの目が、一瞬、大きく見開かれた。

しかし、すぐにそれは、可哀そうな人を見る目へと変わった。


「イタいやつとは思っていたが、ここまでイタかったか……」


元魔王ラバスは、なおもブツブツ何かを呟いているアリス=フアン=パブロ=アルフォンソ=デ=トドス=ロス=サントス=デ=ボルボン=イ=グレシアを無視して、剣が突き立てられた台座に近付いた。

そして、やおらそれに手を掛け、引き抜こうとした。


声が響いた。


「我を手にせんとする者よ、汝に最後の試練を与える」


剣は、元魔王ラバスの手から離れ浮遊した。


「さあ、我と死合いせよ! 汝が勝利した暁には……」

「剣の分際で、我れに挑むか? その性根、我れが直々に叩き直してやろう!」



―――【次元消滅デストルクティオ



黒い球体が、剣を包み込んだ。


「えっえっ? ちょ、待って!」


剣が、慌てたような声を上げた。


「魔王たる我に、大言壮語を成したる不遜の罪、冥界で悔やむが良い!」


黒い球体が、内包した剣を圧し潰すかのように急速に縮小した。

次の瞬間!



チュドーン



あれ?

次元消滅デストルクティオ】って禁呪、圧し潰して終わりのはずなんやけど、なんで爆発したんやろ?


訝る元魔王ラバスは、その姿勢のままで固まった。

彼の視線の先には、手を床につき、肩でゼイゼイ呼吸する、全裸の金髪美女が姿を現していた。


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