4話 最凶の刺客
ここは、大魔王城地下の最凶監獄。
―――ギギギィィ
巨大な扉が押し開けられ、魔王軍四天王序列5位のカモンが、姿を現した。
「カモン様、こちらでごぜぇます」
案内のゴブリンに先導され、長い通路をカモンが歩いていく。
通路の両側には、鉄格子を嵌められた、無数の扉が並んでいる。
その向こう側にいるのは、異形の怪物たち。
扉越しに、異様な叫び声が響いてきた。
「ギョェェェ!!」
「ギャハハハハハ!」
「ジュワジュワジュワ……」
ゴブリンとカモンに、それを気に留める様子は無い。
やがて、ゴブリンが、扉の一つで立ち止まった。
扉の向こうには、壁に貼り付けにされた魔人が一人。
左目に特殊な封印を施された眼帯が装着されている。
「死をもたらす者モルス……」
カモンのつぶやきに答えるように、中にいた魔人が、ニヤリと笑った。
「これはこれは、魔王軍のお偉いさんが、俺なんかに何の御用で?」
モルス、死をもたらす者。
彼の左目には、異様な力があった。
かれは、その左目で睨むだけで、人間、魔族、魔物問わず、生きとし生ける全ての者を殺すことが出来た。
邪眼の力に飲まれ、敵味方問わず、無差別な大量虐殺を行った彼は、大魔王エンリルによりその左目を封印され、この監獄に繋がれていた。
「モルスよ、チャンスをやろう」
「チャンス?」
カモンの言葉に、モルスが首を傾げた。
「性懲りも無く、女神がまたも勇者をこの世界に送り込んできた。勇者を殺せば、お前を再び自由にしてやろう」
モルスがゲタゲタ笑い出した。
「たかが勇者ごときのために、俺を自由にするのか? 後悔するぜ」
「今度の勇者は、今までのやつと違う。やつは、魔王軍幹部を何人も殺し、イテオロの街を奪い、四天王のパリカーを寝返らせた」
「面白そうな奴だな。では、今すぐこの左目の眼帯を外してくれ。……俺の左目が疼くんだよ。絶望して死んでいく奴の顔が見たいってなぁ! ギャハハハハハ」
「……」
「……おい、なんだ、その目は? 俺は、可哀そうな奴じゃねえ! 俺の左目は本物だ!」
「いや、それは知っているんだが。お前がステレオタイプなセリフを口にするものだから、つい」
カモンは、咳ばらいをしてから言葉を続けた。
「モルスよ、お前の左目の封印を一部だけ解除する。すなわち、勇者に対してのみ、その力を使えるようにしてやろう」
カモンは、大魔王エンリルから授けられた魔道具をモルスに対して使用した。
一刻後、モルスは、アルザスの街近郊に転移させられた。
元魔王ラバスは、一人アルザス郊外にいた。
「疲れた……」
四六時中パリカーに纏わりつかれ、原因不明に目が怖くなるローザの機嫌を取る毎日。
元魔王ラバスは、プチ家出の最中であった。
とはいえ、土地勘の無い悲しさ。
転移の魔法で街を抜け出したはいいが、行くあても無く、アルザス郊外をうろうろしていた。
彼が、ぼんやり、周りの風景を見渡していると、一人の魔人の姿が目に留まった。
なんや、あの魔人?
いつからあそこにおったんやろか。
まあええ、それよりあの魔人、男やな。
最近、女の配下に振り回されっぱなしやし、ここらで野郎の配下ゲットするのも悪ないな。
いっちょ、あの魔人スカウトしてみるか。
元魔王ラバスは、その魔人の方へとつかつか歩いて行った。
「おい、そこの魔人」
魔人は、驚いたように、元魔王ラバスの方を振り向いた。
左目に奇妙な眼帯を装着したその顔に、怪訝そうな表情が浮かんでいる。
「そなた、中々お洒落な眼帯をしておるな? 名を名乗れ」
元魔王ラバスは、そう話しかけると、魔人に対して【看破】スキルを発動した。
名前:モルス
種族:魔族
役職:死をもたらす者
レベル:999(MAX)
HP:125,874
MP:2,038
スキル:俺の左目が疼く
……
ちなみに、答えを聞く前に、【看破】スキルで名前が分かってしまったのは、秘密である。
そっか、左目、疼いてるんや……
ラバスが、感慨にふけっていると、モルスが、口を開いた。
「おい、そこのニンゲン。勇者を知らんか?」
「……勇者だと? 貴様、まさか、我を勇者呼ばわりするのではないだろうな?」
「お前が勇者では無いのは分かっている。なにしろ、俺は、勇者を瞬殺できる力があるからな。俺の前に立って生きている時点で、そいつは勇者じゃない」
「ほう……それは、興味深いな。どうやって瞬殺するのじゃ?」
「聞いて驚くな。俺の左目には邪眼気が宿っているのだ!」
なんや、凄そうやな。
レベルもMAXやし、是非わしの配下に欲しい男や。
「素晴らしい力じゃな。モルスよ、その力をもって、わしに仕えぬか?」
「はぁ?」
「我こそは、魔王ラバス! 真の恐怖をこの世界にまき散らすために降臨した男! 偽りの魔王エンリルを討滅し、世界を征服するため、優秀な配下を募っているところだ」
「……お前、ダイジョウブか?」
「左目が疼いてる奴には、言われとう無いわ!」
モルスは、やれやれといった風に首をすくめた。
「……まあいい。まおうさんよ、勇者がどこにいるのか教えてくれないか?」
「あいにく、この世界で勇者の知り合いなどおらん」
「おっかしいなあ。最近、勇者ってのがこの世界に送り込まれて、四天王ぶっ殺したり、街を奪い返したりしてるって聞いたんだが」
「なに!? 勇者が現れて、そんな事をしているのか!? モルスよ、それは由々しき事態。さあ、我の元で、ともにその勇者を討ち果たそうでは無いか!」
二人が、不毛な会話を繰り広げていると、遠くから元魔王ラバスを呼ぶ声がした。
「まおう~さま~。もう怒ってないので、一緒に帰りましょ~」
見ると、ローザとパリカーであった。
優しい二人は、元魔王ラバスをわざわざ探しに来てくれたのであった!
「また妙なナレーションが聞こえた気がしたが……」
やがて、二人は、元魔王ラバスの傍に駆け寄ってきた。
「まおうさま、さあ、帰りましょう」
「まおうさまがいないと、私、寂しさで悶絶死しちゃいそう......ん?」
パリカーが、元魔王ラバスにしなだれかかろうとして、モルスに気が付いた。
「……お前は! なぜここにいる!?」
「紅蓮のパリカーよ、知り合いか?」
「まおうさま、こいつは、邪眼持ちのモルスって魔人で、魔界でも一二を争う超危険人物ですわ。確か、最凶監獄に収監されてたはずですけど」
「ほう……それは頼もしい。是非我が配下に欲しい男じゃ」
一方、モルスも混乱した。
なぜ、元四天王のパリカーがここに?
カモンは、勇者に寝返ったと話していたが……
という事は、このイタイまおうさまが、勇者!?
モルスは、元魔王ラバスから距離を取ると、左目で思いきり、睨みつけた。
カモンの話では、勇者に対してのみ、その封印を解くことが出来るはず。
「うなれ、我が邪眼気!」
しかし、何も起こらない。
「もいっかーい! うなれ、我が邪眼気!」
元魔王ラバス以下、特にローザの目が、残念な人を見る時のそれになっていた。
「おかしい。なぜ死なぬ?」
「モルスよ、我は、魔王。邪眼など我には通用せぬ」
「し、しかし……?」
理由不明だが、この勇者らしき男に、自分の邪眼が通じないのは明らかだった。
実は、モルスは、左目の邪眼以外には、これといった戦闘力を持ってはいなかった。
勇者らしき“まおうさま”とここで邪眼無しで戦うのは、明らかに不利であった。
一旦、戻るか?
戻って、カモンを問い詰めて、勇者相手に邪眼が発動しなかった責任を取らせよう。
そう考えたモルスが、身を翻そうとした矢先、元魔王ラバスが、声を掛けてきた。
「モルスよ、そなたが望むなら、その左目の封印、我が解いてやろう。その代わり、我が配下となるのだ」
「なに!? 大魔王エンリルの施した封印だぞ? ニンゲンごときに解除できるわけが……」
「我は、魔王。エセ魔王の封印ごとき、小指一本で解除してみせようぞ」
元魔王ラバスは、言葉通り、小指を一本立てた。
(作者注;文化圏によっては、色々トラブルになるから、よいこはマネしないでね)
次の瞬間、眼帯はサラサラと崩れ去った。
「し、信じられん!?」
「なあに、我にとっては、造作も無い事よ」
一人悦に入る元魔王ラバスに、両脇の二人の配下が不安の声を上げる。
「まおうさま、邪眼の封印って言ってましたよ? 大丈夫でしょうか?」
「まおうさま、あの男の封印、全面解除するのは、やばいですって! 魔族もいっぱい殺されてるんですよ?」
「案ずるな。我は魔王。どんな暴れ馬でも乗りこなして見せようぞ」
元魔王ラバスは、彼等を宥めながら、再びモルスに顔を向けた。
「どうじゃ、封印を解いてやったぞ。さあ、わが配下に……」
「うなれ、我が邪眼気!」
モルスは、思いきり左目に力を込めた。
感じる、感じるぞ~。
あの殺戮の日々、あの時と同じ力が戻ってきている!
クックック、まずはこいつらからだ。
どんな死に顔みせてくれるんだ?
って、あれ?
モルスと元魔王ラバスとは、まともに目と目で見つめ合っている。
にもかかわらず、元魔王ラバスは、さっぱり死にそうにない。
もしや、封印はまだ解除されていない?
落胆したモルスの視線が、偶然ローザと交差した。
瞬間! ローザの目から生気が失われた。
*ローザは死亡しました*
「なんだよ、焦らせやがって。邪眼、封印解けてるじゃねえか」
モルスの顔に再び残酷な笑みが浮かび上がった。
さあ、世界よ、再び我に恐怖せよ!
元魔王ラバスは、直ちに悪魔大神官(作者注;ローザ)の異変に気が付いた。
彼は、慌てずに、スキルを発動した!
【リセット】
「はっ!? 私、今?」
なんと、ローザは生きていた。
スキル【リセット】は、元魔王のみが使える特殊スキルだ!
上手くいけば、最悪の結果を無かった事にしてしまえる!
ただし、パッシブスキル【オートセーブ】のタイミングを測らないと、【リセット】で悲惨な結果が永遠に固定されてしまう可能性もあるという、恐ろしい側面も持っている!
せっかくの愉悦の瞬間を無かった事にされてしまったモルスが、叫んだ。
「ば、馬鹿な!? いくら勇者でも、反則過ぎるだろ? そのスキル」
元魔王ラバスの瞳から理性の色が消えた。
「誰が勇者や!」
チュドーン
この日、アルザスの郊外で、この世界最凶の一角を占めていた魔人が一人、消滅した。
今日の一言;ラスボスには、一撃死、効かないよ?
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