小話:ネロとハッピーバレンタイン

 バレンタイン。

異世界転生でも問答無用につきまとう、恋愛小説には欠かせないイベントである。

世界観など関係ないね!と言わんばかりに、強引に差し込まれる力技。

現代ですら、日本人のほとんどは元ネタを意識してないが盛り上がるイベントであるから、異世界人も名称の意味も由来も知らなくても、盛り上がる…のだろうか?

くっそー、どいつもこいつも企業戦略に踊らされやがって!

資本主義に踊らされているだけなんだ!と、喚きたくなるのはモテナイ男だけではない。

案外、女も変わらなかったりする。


「誰だよ、チョコ作ろうとか言ったの…」


 責任転嫁しよー、とぼやく私の声を拾う者はいない。

私がキッチンを訪れると、途端にGに怯えるかのように使用人たちが声にならない悲鳴をあげて散ってしまったからである。

一体、何だと言うのだ。

私とて一介の女子。

前世、チョコレート菓子くらい作ったことはあるのだ。

いろいろ代用品ではあったが、それなりのものは作れるだろう、と傲慢なことを考えていたからバチが当たったというのか。

それとも、使用人に怯えられている現世の行いが悪いというのか。

私は、自らが生み出した罪の産物を目の前にして、業の深さと浅慮さを実感したのだった…。


 完。


「と思ったんだけど、そういえばもう一人、責任をとってくれそうな相手がいるじゃーん、と思い出してな」

「何の責任だ」

「わからんか?全く、お腹を痛めてない男親は実感が薄いとはこのことなのか。おぬしのために産みだしたといっても過言ではないのだぞ、パパ」

「貴様、またふざけやがって!誰がパパだ!!!!」


 ネロの部屋で二人でテーブルを囲み、素敵なティータイムを繰り広げているわけだが、テーブルに置かれた真っ白な陶器の器の上に盛り付けられているのは、謎の黒い物体…いや、チョコである。

バレンタインチョコである(断言)!!


「これが、チョコレートなわけないだろ!何を入れた…?」

「毒物は入れてないぞ」

「それは料理として最低限の遵守事項だ」

「砂糖も入っている」

「断片的な情報ではなく、情報は全て開示しろ!!」


 困った質問であった。

チョコレートが見つからなかったので、代用品で何とかしようと思い、それらしきものを片っ端から入れたのだ。

だから何を入れたか、入れた本人ですら覚えていないという事態と相成ったのであった。

わはは、これは参ったな。


「参ったのは俺様だ…」


 頭を抱えるネロの前に、ずいとスプーンを差し出す。

ん、と言いながら、困惑するネロに黒い物体を乗せたスプーンを差し出し、口元へと近づける。

眉間に思いっきり皺をよせ、しかめっ面をするネロ。

親の仇のように睨み付けるスプーンの先だったが、次の瞬間には目を閉じて、おそるおそる口を開いた。

私は、ネロの気が変わらぬうちに、素早くスプーンをネロの口に突っ込む。


 んふぐぅっ!!という謎の奇声。

顔面の穴という穴から冷や汗を出し、口元を必死に抑え、顔を青ざめながら、大きく開かれた目がテーブルの一点を見つめている。

そんなネロを見ていると、私とて良心が痛むというか、好奇心が強まるというか。


 私は思い切って、黒い物体をスプーンですくって、自らの口元に運んだ。

味見も毒見もせずにネロに差し出せたのは、奇跡である。


「うむ、やはり不味い!人間はこんなにも不味いものを作り出せるというのか!人間の可能性は無限大だな!」


 わはは、と笑う私をネロは恨みがましい目で見つめるのであった。


「…貴様、覚えていろよ」

「ああ。ホワイトデーを楽しみにしている」

「いいか、来年までに料理人を派遣してやるから、次はもっとましなものを作るんだ!わかったな!!」


 懲りない奴だ。

顔面蒼白で不味い不味いという割に、私の手料理の虜となったのか。


「物好きな奴…」

「ふん、貴様の婚約者なんだ。俺様は物好きなんだよ」


 そう呟きながらも、次々に黒い物体を口に運ぶネロを見て、来年こそはもっと良い表情で食べてもらいたいと思うのだった。

せっかく作るのなら、嫌々食べられるより、喜んで食べてもらいたいと思うのは当然のことだ。

来年もずっと、その先も、継続は力なり。

続けていけば、きっとネロが絶賛するようなチョコ菓子を作れるはずだ。


 だけれど、私は悪役令嬢。

あと、何回、ネロとこの日を迎えることができるのか。

それまでにネロが、私の料理にひれ伏す日が来ればよいのだが。


 一瞬、違う未来が頭を掠めたが、黒い物体の苦さの前に、消え失せてしまった。

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