「事実は小説より奇なり(知人たちの不思議話)」

上松 煌(うえまつ あきら)

 「事実は小説より奇なり(知人たちの不思議話)」

          「球電」


 NHKのアシスタント・クルー岡○くんは小学校の頃、不思議な赤い人魂を見たことがあるという。

九州の田舎のことで、敷地の広い家々が田畑の中に点在している。

兼業農家のため父親は会社勤め、母と祖父母が畑を管理していた。


 その日はちょうど、家族が全員何かの用事で出かけてしまい、岡○くんだけがポツンと留守番をしていた。

夏のことで、午後からひどい雷雨になった。

尿意を催して、玄関に向かって左のトイレに入った折も折、地響きで家も揺れるかの落雷。

閃光と大音響に自分が直撃されたのでは?と錯覚するくらいだったという。


 肝をつぶして早々に転げ出たが、両引き戸の和風玄関で、子供の顔ほどの真っ赤なもの、今考えれば柑橘の「晩白柚(ばんぺいゆ)」ほどの鈍い光物に出くわした。

それはガラス戸をふわんという感じですり抜け、彼の頭上30センチほどの空間に漂い、ほとんど鉢合わせという有様だったらしい。

微かな音もしていた気がするが、それがどんなものだったかまでは恐怖で記憶していないという。


 とにかく声も出ないくらいびっくりし、そのまま右の茶の間に逃げこんだ。

赤い人魂はすすすす~ぅと音もなく追って来る。

逃げ切れないほどのスピードではないので、必死にその下をかいくぐり、廊下に出て、一番奥の客間を目指した。

床の間と押入れがあり、押入れの上段はカラだが下段には座布団がしまってある。

そこにダイブして隠れようと、とっさに考えたようだ。

ちらりと振り向くと、もう、客間の入り口に来ていて、押し入れのふすまは引っかかってしまって閉められない。

とにかく下段に飛び込み体勢を整える間もなく、ぼわんとくぐもった爆発音がした。

押入れの上段からで、焦げ臭いにおいがしたものの、そのまま静かになった。


 しばらく様子をうかがってから、恐る恐る這い出してみた。

赤い球体は消えていて、それが突入したあたりの漆喰と壁板が、黒くこげていたという。


 「ああ、人魂なんかじゃない。それは球電だね。非常に高温で人を追うように動くのは、きみ自身の生体電気の影響だよ。逃げ切れてよかったね。ほら、不思議現象で有名な【人体発火現象】ね。あれは球電が原因だといわれてる」

説明すると、岡○くんは顔色を変えるほど怖がっていた。





          「会釈する人」



 茂○原くんは、一人親方の電気工事士だ。

数年前の猛暑の夏、エアコン工事依頼が殺到して、毎晩21~22時ごろまで取り付け工事に励んでいた。

疲れもあったのだろうか、ある夜、帰り道を間違えて、普段通らない住宅街を通りがかった。

行く先に見える1軒の家が明かりを煌々とつけて、なにかやっている。

どうやら、葬式の準備らしかった。

都下ではあるものの、敷地の広い農家でもない、ごく普通の住宅だった。


 (へ~、今どき自宅で葬儀なんか珍しいなぁ。家族葬というやつかな)

目のはじでなんとなく注目しながら近づくと、玄関先にお婆さんがいて人待ち顔に道路を見ている。

(ああ、お爺さんでも亡くなって、孫か親類でも待ってるんだな)と思い、目が合ったので会釈した。

お婆さんも会釈を返した。

何の変哲もないそれだけのことで、すぐに忘れてしまった。


 注文順に工事をこなしていたから、それから5~6日たった夜。

その日最後の依頼主のところに向かっていた。

何となく見覚えのある住宅街。

(あ、この間通ったところだ)


 たどり着いた目的の家は、数日前にお婆さんが立っていた、当のその家。

(ありゃ、なんたる偶然)

こういうこともあるのかと思いながら、工事に取り掛かった。

こじんまりした和室で、なげしになにやら遺影がかかっている、

なんとなく見上げてびっくりした。

間違いなく、数日前のあのお婆さんだ。

(え?じゃあ、亡くなったのはご本人?)

思わずしげしげと見入る姿に奥さんが気がついたようで、こう話してくれた。

「母です。おたくに工事をお願いしてすぐに亡くなってしまったんですよ。でも、お断わりするのもどうかと思って、そのまま付けていただくことにしたんです」


(いやいや、おれ、葬儀の日に通りかかって、お婆さんに合ってますよぉ)

心の中で叫んだが、なぜか口には出せなかった。

「そうですか。エアコンは付けておけば、いづれ使う時もありますから」

さりげなく返事をして、そのまま工事を終えて帰った。


 茂○原くんは今でも、その時のお婆さんの姿を思い出すという。

葬祭準備の進む玄関先で、人待ち顔に立っていたお婆さん。

一体、誰に会いたかったのだろう?





          「神隠し」


 戦後、間もないころ、立川市砂川町1番の残堀川沿いに住んでいた鳴○氏。

ちなみにこの残堀川は立川断層の断層上のくぼみに沿って流れているそうで、古くは「砂の川」と呼ばれて水量が少なく、夏にはいつも枯れてしまう。

市では有名な川だ。


 彼は子供のころ、近所の遊び仲間10人ほどで、範囲を区切ってよくかくれんぼをした。

当時は立川市も田舎で、集落は農家だらけだから、隠れ場所はイヤというほどある。

隠れるほうは様々な工夫を凝らして隠れ、探す鬼は知恵を働かせる。

いつも通り、次々と探し出して最後の1人になった。

ちょっとひょうきんな△くんという子で、常日頃から隠れ方は上手い。

鬼はやっきになって探すが、どうにも見つからない。

そうこうするうちに日が暮れかけ、「どうしたんだろう?」ということになった。


 「たぶん、探しに来ないので、ふてくされて家に帰ったのでは?」

と言う者がいて、足の速い子が様子を見に走った。

でも、いない。

そのあたりから全員が不安でたまらなくなり、親や隣近所に連絡し、町内会の力を借りて探してもらった。


 当時は「人さらい」という者がいて、軽業師やサーカスに売られてしまうという話があったからだ。

子供たちの間では、「隠れ座頭(かくれざとう=目暗)」や、当時流行った「黄金バット」に似た「赤マント」がその犯人だと言われていた。

大人によっては、全国を巡り歩いて「せん行(せんぎょう)」という修行をする流れ者の行者を「夜道怪(やどうかい)」と呼んで疑っていたようだ。

これはその者が夕方「宿う借(宿を借りたい)」と呼ばわる声色を、そのまま名づけたものだ。


 このように子供が突然、行方不明になることを当時は「神隠し」「天狗にさらわれる」と言って、多摩地区では八王子の「今熊山」に出向く。

この山は「呼ばわり山」といい、組合の人々が山頂でいなくなった子供の名を呼ぶ習わしがあった。

返事があれば帰って来るそうで、ある子供の場合、山頂の呼び声に返事があったので人々は大急ぎで下山した。

その子の家に着き、「大丈夫。返事があった」と報告しているさなか、玄関の破風(屋根を形成する三角の部分)の上で音がする。

急いで出てみると奇跡のように、いなくなった当の子供が梯子をかけなければ上がれない高さの破風の上に座っていたという。


 夜通し探すも△くんは見つからない。

「組合で今熊山に呼ばわりに行かねばなるまい」古老たちが寄りあって、そんな話をしていたそうだ。

それでも白々とした夜明け、やっといつもの物置の陰、よしずが巻いて立てかけてある裏に、本人がちょこんとつぐらんでいたという。

鳴○さんは真剣に言う。

「いや、不思議。だって、今まで、散々探したところだぜ。とうに見つかっていなければいけない場所だ。その周りには大人たちも立っていたし、後からこっそり隠れるなんで不可能だよ」


 △くんはなにやらぼ~っとした状態で家に帰され、両親をはじめ多くの人から質問を受けたが、どれ一つとして要領を得なかったという。

見知らぬどこかの道で女の人に会い「帰りなさい」と言われたようなことも話したそうだが、その女性の風体も印象もどれも曖昧で、手がかりになるものではなかったようだ。

△くんはそのまま魯鈍か愚鈍のようになってしまい、親御さんたちを大いに嘆かせたという。

鳴○さんは言う。

「いや、神隠しってのは恐ろしいね。帰って来ても一晩で別人みたいになっちゃうんだから」


 これを青少年期の突発的精神疾患と言って言えなくもないだろう。

だが、△くんにしろ、破風の上の子供にしろ、考えられない場所に忽然と現れるのは、いったい何の作用なのか?





          「最終バスの女の子」


 仕事仲間の川○氏。

彼は大学を卒業してしばらくは会社勤めに励み、その後独立して、国立駅前に小さな事務所を持っていた。

通勤は雨の日は車、ふだんは当時流行った自転車通勤をやっていた。

ある晩、もう午前1時近くだったそうだ。

自宅の立川に帰る途中に「弁天通り」という通りがある。

路線バスのコースになっていて、バスに出くわすといつも追いつ追われつのシーソー ・ゲームになる。

その日もそうだった。


 当時の彼は独身だったし別に急ぎもしないから、抜きつぬかれつをやっていると「観音寺」というバス停に小学生くらいの女の子が たった1人でバスを待っていた。

(塾の帰りか。小学生もたいへんだな)と思うまもなくバスがきて、その子が乗り込んだようで、後姿がバスの最後尾の窓越しに見えた。

なんとなくそれを確認しながらバスの前に出た。


 終点までバス停は2つだったが乗降客はなかったようで、終点の直前でバスは彼を追い越していった。

あいかわらず、その子は一番後ろにたった1人で乗っていたようだ。

最終バスだから、バスは乗客を降ろして車庫に帰っていく。

当然、その子は降りるはずだ。

もう、その子しか乗客はいないのだから。

だが、運転手はドアを開けないままUターンして戻っていこうとする。

(え???)、彼はバスの内部に注目した。

いない。

バスの後部のあの場所にもだれも乗っていなかった。


 その子が乗った「観音寺」のバス停は当時、後ろは梨畑、前は広い畑、その向こうは観音寺の墓地で薄暗い。

寺は低い里山の中腹にあるから、バス停からも墓地が見える。

その距離、150mほどか?

あの子は墓地からさまよい出て、バスに乗って家に帰り着こうとしたのだろうか。

それっきり、その子には会ったことがないという。





          「共振と電磁波」


 渡○くんは若手銀行員で、最近身を固めたばかりだ。

新居を持ちたくて土地や建売りを探していたが、いい土地が売りに出たということで見に行った。

不動産屋と同行すると商売人の仲人口にほだされそうなので、1人でこっそり実行したようだ。

場所は埼玉県所沢市で、新秋津という西武電鉄の駅に近い。

丘の上の日あたりと風通しのいい、南下がりの30坪ほどの宅地だ。

数軒の家越しには、西武線の走る鉄路が見下ろせる。

南・西・北にそれぞれ4m道路が入った、いわゆる3方角地で立地も素晴らしい。


 ただ、難点といえば1軒おいた北側に、でかい高圧線の鉄塔がそびえている。

東側は共同墓地で、低い塀があるだけで墓の様子が丸見えだ。

まぁ、墓地は永久に家が立たないということで案外人気で、そこも東側の並びには建売りがびっしり建ってしまっている。

かろうじて渡○くんが見に行った西側の土地だけが空いている感じだ。


 彼も墓地などは気にしないので、これなら陽あたり抜群と、内心ほくそ笑んだようだ。

道路から高くなっているから、西と南にある擁壁の強度を見たりしながらぐるっと回って東側の墓地を覗きこんだ。

花なども供えてあってきれいに管理されている。

カラッと明るい感じで、不動産屋の言うようにお買い得な気がした。

大いに心が動いた矢先、ちょっと気になる物を見つけた。


 共同墓地の敷地境、つまり、彼の気に入った西側の土地との境の塀際に古い墓石が集められている。

無縁墓のようで、まぁ、それはいいのだが、中にひとつ、とても気味悪く感じられるものがあったという。

古い摩滅しかかった小さな墓石が斜めになったまま、コンクリートで固められてしまっている。

だれもが気にもしないようなものだが、渡○くんは自分の足が足かせにでも固められた感じがして、ゾッとしてしまったそうだ。


 もう、帰ろうと思って立木に下げてあった自分のショルダー・バッグに近づいた。

チリリリ………。

なにやら連続的な、かすかな音がしている。

バッグにぶら下げてあるいくつかのカギが細かく振動して鳴っているのだ。

いつまでも止まる気配もなく、鼓動するかのような微妙な強弱がある。

それがひどく異様に感じられ、真昼間なのに真夜中のように寒気がした。

鈴の音?

よく怪談にあるような?

ひったくるようにバッグを掴んで、足早に逃れ出た。


 「と、いうことなんですよぉ。怖かったです。その晩、変な悪夢も見ちゃったし。あんなのはじめてでした」

かなり真剣な彼の顔と言葉に思わず笑ってしまった。

「心霊なんかじゃない。共振だよ。多分、北側の高圧線か、西武線の電線か、アマチュア無線だろ。道路を通るトラック無線も共振の原因になるって言うし。でも、異様に怖かったのは、きみの脳も電磁波の影響を受けていたかもね。情緒不安定になるって言うから。ま、そういう土地は買わないのが正解だね」


 月並みなアドバイスをしたのだが、渡○くんはあまりにも軽く解説されたので逆に未練がわき、その後、その土地をまた見に行ったそうだ。

10か月近くがたっていたせいで、そこには真新しい家が建ち、だれかがフツーに暮らしているようだったという。

(惜しかったかなぁ?)

彼は時々、後悔の念に駆られると言っているが、果たして…??



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

 「事実は小説より奇なり(知人たちの不思議話)」 上松 煌(うえまつ あきら) @akira4256

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ