地上の洗礼

天井に蓋がされていない。


それが地上に出たポップが

最初に感じたこと。


天井がある生活に

すっかり慣れていたポップは

感覚がまだ馴染めなかったが、

ゴーグル越しでも

空が果てしなく広く

雲が自由であることは

理解出来た。


押さえ込まれていたモノから

解放されたような気分もあるが、

ソワソワして落ち着かない

どこか不安定な気もしてならない。


-


地上の出口付近には

ポップがはじめて見る

女だと思われる人間が

数人立っていて、

声を掛けて来る。


「セミの兄さん、

はじめての地上はどうだい?


よかったらあたしと

いいことしないかい?」


地上にはじめて出て来る

セミ男達が持っている

所持金目当ての街娼なのだが、

はじめて女を見たセミ男達は

大概いきなりここで引っかかる。


女達からすれば

セミ男達はいい鴨でしかなく、

ここで出待ち営業をしているのも

いつものことであった。


地下でずっと暮らして来て、

外の世界を知らないセミ男達は

あまりにも世間知らずなのだ。



ポップもまた例外ではなく、

はじめて見る人間の女に

興味津々で興奮を隠せない。


男と似ているが

一回り小型で細く

男と比べて丸味があって

柔らかい印象を受ける。


数人いる女達、その中の一人に

ポップは一目で心を奪われ

目が離せない。


はじめて見る女に

興味もあり興奮もしていたが、

照れもあり、心臓が高鳴り、

頭が真っ白になりそうだ。



そうしていると

女の方からポップに近づいて来る。


「どうやら、兄さんは

あたしのことが

気に入ってくれたみたいだね」


いきなり手を握って

連れて行こうとする

女の手の柔らかさに

ポップは驚く。


「い、いや、でも……」


はじめて見た女に

いきなり触れられ

どうしたらいいのか分からないポップ。


「七年間地中に居たセミが、

何の為に地上に出て来るのか

兄さん知らないのかい?


交尾する為じゃあないか」


女の言う事は合ってはいるのだが、

いくらセミ男と

呼ばれているからとはいえ

昆虫のセミと一緒にされても

困ると言うもの。


しかし女に全くの免疫力も

耐性もないポップが

女の魅力と魔性に抗える筈もなく、

そのまま近所にある

連れ込み宿に

連れ込まれてしまう。


街娼の女も

セミ男がこれから辿る

境遇を知っており、

憐れみも感じてもいるので、

することはちゃんとする。


そこでポップは天にも昇るような

甘美な一時を過ごす。


-


夢のような一時を体験し、

そのまま全裸で

眠りに落ちていたポップが

目を覚ましてみると

既に女はおらず、

有り金がすべて盗まれていた。


女としてははじめから

そのつもりであり、

見事にポップは

まんまとはめられた。


いきなり地上の

洗礼を受けたポップは

これから先無一文で

地上で七日間を

過ごさなくてはならなくなった。

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